The Silent Drain on Your Brilliance――優秀なエンジニアが“保守モード”に閉じ込められる理由

静かに奪われていく“輝き”の正体(約3000字)

海外でエンジニアとして働いていると、ふとした瞬間にこんな感覚に襲われることがある。
「自分、ちゃんと成長してるだろうか?」
毎日コードを書き、バグを直し、レビューをして、ミーティングにも出ている。忙しい。なのに、なぜか手応えがない。

特に多いのが、いわゆる**“maintenance mode(保守モード)”に入っている状態だ。
既存システムのバグ修正、問い合わせ対応、障害対応、レガシーコードの小改修。仕事はなくならない。むしろ多い。だが、その忙しさが
静かにエンジニアの輝きを削っていく**。

これは怠けているわけでも、能力が足りないわけでもない。
むしろ逆だ。「ちゃんと仕事ができる」「任せれば安心」なエンジニアほど、この状態にハマりやすい。

海外の職場で、何人もの優秀なエンジニアを見てきた。
アーキテクチャを理解していて、システム全体を把握していて、障害が起きれば真っ先に呼ばれる。
本人も誇りを持っているし、周囲からの信頼も厚い。

でも、ある日ぽつりとこう言う。
「気づいたら、ここ2〜3年、新しいことをほとんどやってないんだよね」

この言葉、海外で働く日本人エンジニアにもかなり刺さるはずだ。
なぜなら、海外では「自分は何ができるエンジニアか」を常に市場に晒されているからだ。
転職市場、評価制度、レイオフの現実。
“今できること”ではなく、“これから価値を生む力があるか”を見られる。

にもかかわらず、日々の仕事は**リアクティブ(受け身)**だ。
問題が起きたら直す。
問い合わせが来たら調べる。
スケジュールに追われ、SlackやTeamsの通知に反応し続ける。

一見すると、組織にとっては理想的だ。
システムは安定する。大きな事故は起きない。顧客からのクレームも減る。
マネージャーは「うまく回っている」と判断する。

だが、その裏側で何が起きているか。

  • 新しい技術を試す時間がない
  • 設計を根本から見直す余裕がない
  • 将来を見据えた改善提案が後回しになる
  • 「また今度やろう」が積み重なる

こうして、エンジニアの仕事は“未来”ではなく“過去”を守るものになっていく。

ここで厄介なのは、この状態がとても静かに進行することだ。
燃え尽き症候群のように、急にやる気がなくなるわけじゃない。
毎日は忙しいし、評価も悪くない。給料もすぐには下がらない。

だからこそ気づきにくい。
でも数年後、ふと立ち止まったときに思う。

「自分は、この会社のこのシステムがないと、どれくらい戦えるんだろう?」

海外で働くエンジニアにとって、この問いは重い。
会社が変われば、プロダクトも、技術スタックも、文化も一変する。
“この会社専用のエンジニア”になってしまうことは、リスクそのものだ。

それでも、保守モードから抜け出せない理由がある。
なぜなら、目の前の問題を解決し続けることは、短期的には正解だからだ。
障害対応を断るわけにはいかない。
顧客対応を無視することもできない。
「今困っていること」を解決する人は、いつも正義だ。

だから多くの優秀なエンジニアが、知らず知らずのうちにこう考えるようになる。
「今は仕方ない」
「落ち着いたらやろう」
「このフェーズでは安定が大事だ」

そして気づけば、**組織全体が“安定を最優先する構造”**に最適化されている。
イノベーションは掛け声だけで、現場には降りてこない。
未来の話はロードマップのスライドにしか存在しない。

この“静かな消耗”こそが、
**The Silent Drain on Your Brilliance(あなたの才能を静かに吸い取るもの)**だ。

次の「承」では、
なぜ優秀なエンジニアほど、この罠から抜け出せなくなるのかを、
海外の職場での実体験を交えながら、構造的に掘り下げていく。

なぜ優秀なエンジニアほど抜け出せなくなるのか(約3000字)

「保守モードにハマるのは、成長意欲の低い人だ」
もしそう思っているなら、それはかなり危険な勘違いだ。

実際に海外の現場で見てきた限り、
**一番ハマりやすいのは“優秀で責任感の強いエンジニア”**だ。

理由はシンプルだ。
その人がいなくなると、システムが回らなくなるから。

たとえば、こんな人がいる。

  • レガシーなC# WPFアプリの構造を一番理解している
  • 過去の設計判断の背景を知っている
  • どこを触ると危険かを体感で分かっている
  • 障害対応で何度も火消しをしてきた

こういう人は、チームにとって「最後の砦」になる。
問題が起きれば、自然とその人のところに仕事が集まる。

海外の職場では、これが善意と合理性の合わせ技で加速する。
マネージャーからすると、こう考える。

「この人に任せるのが一番早くて安全だ」

結果として、その人は常に“今”を守る役割に固定される。
新しいPoCやアーキテクチャ検討?
「それは余裕がある人がやろう」

ここで重要なのは、
誰も悪気がないという点だ。

マネージャーはチームを守ろうとしている。
本人も「自分がやるしかない」と思っている。
チームメンバーも「助かっている」と感謝している。

それでも結果は同じ。
未来に向かう時間が、静かに削られていく。


「今は安定が大事」という言葉の裏側

海外のプロジェクトで、よく聞くフレーズがある。

“Right now, stability is our top priority.”

一見、正しい。
特に顧客を抱えたプロダクトでは、安定性は命だ。

だが問題は、
この“Right now”が、永遠に続くことだ。

障害は必ず起きる。
問い合わせもなくならない。
ビジネス要件は次々に変わる。

つまり、「落ち着くタイミング」は自動では来ない。
意識して作らない限り、ずっと来ない。

それでも多くのエンジニアは、
「今は仕方ない」と自分を納得させる。

なぜか?

それは、短期的には正しい判断だからだ。
目の前の問題を解決すれば、感謝される。
評価も下がらない。
会議でも「助かったよ」と言われる。

一方で、
将来のための改善提案や技術投資は、効果が見えにくい。

  • 「それ、今やる必要ある?」
  • 「ROIは?」
  • 「リスク高くない?」

こうした質問を受けるたびに、
「まあ、今じゃなくてもいいか」と引いてしまう。

結果として、
“安全で確実な仕事”だけが残る


優秀な人ほど「NO」が言えない構造

もう一つの罠は、
優秀なエンジニアほど、仕事を断らないという点だ。

海外で働くと、日本以上に役割分担が明確だと言われる。
だが実際には、「できる人」に仕事が集中するのは万国共通だ。

特に日本人エンジニアは、

  • 責任感が強い
  • 期待に応えようとする
  • チームの空気を壊したくない

こうした特性を持っていることが多い。

だから、
「これもお願いできる?」
と言われると、つい引き受けてしまう。

しかもその仕事が、
“ちょっとした修正”
“念のための確認”
“念押しレビュー”
だったりする。

一つ一つは小さい。
でも積み重なると、確実に時間を奪う。

気づけば一日が終わり、
「今日も未来の仕事はできなかった」となる。


リアクティブな仕事は“成長している錯覚”を生む

さらに厄介なのは、
保守・障害対応の仕事は頭を使うということだ。

原因調査、ログ解析、再現確認。
簡単ではない。むしろ難しい。

だからこそ、
「自分はちゃんとエンジニアリングしている」
という感覚を得やすい。

だが冷静に振り返ると、
そのスキルはそのシステム専用だったりする。

  • その会社特有の構成
  • そのプロダクト特有の癖
  • その歴史を知っているからこそ解ける問題

外の世界でどれだけ通用するかは、別問題だ。

ここに、
「忙しいのに、市場価値が上がらない」
という最大の落とし穴がある。


組織は“無意識に”安定を選ぶ

最後に強調しておきたいのは、
多くの組織は、意図的にイノベーションを潰しているわけではない、ということだ。

ただ単に、

  • 失敗したくない
  • トラブルを避けたい
  • 今期の数字を守りたい

その結果、
安定を生む人材に、安定の仕事を集め続ける

そして、その中心にいるのが、
「優秀で、真面目で、責任感のあるエンジニア」だ。

こうして、
才能は消耗され、
気づいたときには抜け出しづらくなっている。

次の「転」では、
この“安定優先の構造”が、組織と個人の未来をどう奪っているのかを、
さらに一段深い視点で掘り下げていく。

安定を優先する組織が失っているもの(約3000字)

「安定している」
この言葉ほど、海外のIT組織で誤解されやすいものはない。

稼働率は高い。
重大障害も少ない。
顧客からのクレームも減っている。

マネージャーのスライドには、緑色のステータスが並ぶ。
誰もが「うまくいっている」と思う。

だが、現場のエンジニアとして長く働いていると、
ある違和感が積み重なっていく。

「このシステム、5年後も本当に戦えるのか?」

安定を優先する組織が、最初に失うのは**“問いを立てる力”**だ。


「壊れないこと」がゴールになる瞬間

本来、システムは価値を生むための手段だ。
ビジネスを加速させ、ユーザー体験を向上させ、競争力を高める。

ところが、保守モードが常態化すると、
いつの間にかゴールがすり替わる。

  • 壊れないこと
  • 問題を起こさないこと
  • クレームを出さないこと

これらが最優先事項になる。

もちろん重要だ。
だが、それだけを追い続けると、
「もっと良くする」という発想が、徐々に消えていく。

海外のあるプロジェクトで、
明らかに改善余地のある設計があった。

レスポンスも遅く、開発効率も悪い。
技術的負債と呼ぶにふさわしい状態だ。

それでも会議で出てくるのは、こんな言葉だった。

“But it works.”

動いている。
致命的な問題は起きていない。
だから変えない。

この一言が、
組織の時間を数年単位で止める


リアクティブな文化が奪う「未来の選択肢」

安定を最優先する組織では、
仕事のほとんどがリアクティブになる。

  • 障害が起きたら対応
  • 要望が来たら対応
  • クレームが出たら対応

一見、顧客志向で正しい。
だが、ここには致命的な欠陥がある。

それは、
未来を自分たちで選べなくなることだ。

本来なら、
「この技術を採用すれば、1年後はこうなる」
「今ここに投資すれば、次の成長が見える」
そうした意思決定があるはずだ。

しかしリアクティブな組織では、
常に“誰かの問題”が優先される。

結果、
未来への投資は「余った時間」でやるものになる。
そして、その余った時間は、ほぼ来ない。


イノベーションは“特別な人”の仕事になる

もう一つ、見逃されがちな損失がある。

それは、
イノベーションが日常業務から切り離されることだ。

  • 新しいことはR&Dチームがやる
  • PoCは一部のシニアがやる
  • 現場は安定運用に集中

こうした分業は、短期的には効率がいい。

だが長期的には、
現場のエンジニアから「考える筋肉」を奪う。

海外の現場でよく見る光景がある。

「それ、面白そうだけど、僕の仕事じゃない」
「運用チームは関係ないよね?」

こうして、
改善や挑戦は“特別な人”のものになる。

結果、
組織全体の進化速度が落ちる。


優秀な人ほど、静かに去っていく

皮肉なことに、
この状態で最初に離れていくのは、優秀なエンジニアだ。

彼らは気づいている。

  • ここでは新しいことができない
  • 将来の市場価値が伸びない
  • このままでは自分が消耗する

だから静かに転職する。
文句も言わず、淡々と次へ行く。

残るのは、
システムに詳しい人がいなくなった組織と、
さらに保守に寄った文化だ。

そして、
「最近、良い人が採れない」
「なぜか成長が鈍っている」
と首をかしげる。

だが原因は、ずっと前に作られている。


安定は“結果”であって、“目的”ではない

ここで一つ、はっきり言っておきたい。

安定そのものが悪なのではない。
安定は、健全な進化の結果として得られるものだ。

問題なのは、
安定を目的にしてしまうこと。

そうなると、
変化=リスク
挑戦=トラブルの種
という思考に支配される。

海外の競争が激しい市場では、
この思考は致命的だ。

変わらないことこそが、最大のリスクになる。


個人にとっての本当の損失

そして最後に、
これは組織の話であると同時に、個人の人生の話でもある。

保守モードに長く留まるほど、

  • 新しい挑戦が怖くなる
  • 失敗耐性が下がる
  • 選択肢が減る

気づいたときには、
「ここを離れたら何ができる?」と不安になる。

これは、才能の問題ではない。
環境が、選択肢を削ってきただけだ。

次の「結」では、
この構造の中で、
個人としてどう生き残り、どう抜け出すかを、
現実的で再現性のある人生術としてまとめる。

保守モードから抜け出すための現実的な人生術(約3000字)

ここまで読んで、
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
そう思った人も多いはずだ。

忙しい現場で働きながら、
いきなり環境を変えるのは難しい。
家族もいる。ビザの問題もある。
「理想論は分かるけど、現実は厳しい」

だからこそ必要なのは、
一気に抜け出す方法ではなく、静かにポジションを変えていく戦略だ。


① まず「保守モードにいる自覚」を持つ

最初の一歩は、驚くほど地味だ。
自分が今、保守モードにいると認めること。

  • 仕事の8割が障害対応・問い合わせ・小改修
  • 新しい設計や技術検討に、ほとんど時間を使っていない
  • 「今は仕方ない」を何度も自分に言っている

これに当てはまるなら、
あなたはすでに“安定要員”として最適化されている。

これは失敗ではない。
むしろ、信頼されている証拠だ。

問題は、その状態に“無自覚”でいることだ。


② 「未来の仕事」をスケジュールにねじ込む

未来のための仕事は、
空いた時間では絶対にやれない。

だから、意識的にこうする。

  • 週に2時間
  • 月に半日
  • スプリントに1タスク

どんなに小さくてもいいから、
未来につながる作業を予定として入れる。

  • 技術的負債の可視化
  • 小さなリファクタ提案
  • 次に壊れそうな箇所の洗い出し

ポイントは、
「余裕があったらやります」と言わないこと。

海外の職場では、
スケジュールにない仕事は存在しない。


③ “全部やる人”をやめる勇気を持つ

優秀なエンジニアほど、
無意識にこうなっている。

  • 最後まで自分で仕上げる
  • 念のため全部確認する
  • 他の人が不安だから巻き取る

これを続ける限り、
あなたは永遠に保守モードから抜けられない。

重要なのは、
仕事を減らすのではなく、仕事の種類を変えること。

  • 調査 → 方針決定まで
  • 実装 → 伴走・レビューへ
  • 火消し → 再発防止の仕組み作りへ

「自分がやらなくても回る状態」を作ることが、
次のフェーズへの条件になる。


④ マネージャーには「不満」ではなく「選択肢」を出す

保守モードから抜けたいとき、
やってはいけないのが、愚痴や不満だ。

代わりに出すべきなのは、
トレードオフ付きの選択肢

たとえばこう言う。

「この障害対応を続けると安定は保てますが、
半年後も同じ問題が起きる可能性があります。
もし今2週間投資できれば、将来の対応コストは下げられます。」

海外のマネージャーは、
感情よりも“判断材料”を求める。

未来の話は、
コストとリスクの言語で語ると通りやすい。


⑤ 「社外で通用する軸」を必ず持つ

これは人生術として、一番重要だ。

今の会社の中で価値があるスキルと、
市場で通用するスキルは、必ずしも一致しない。

だから、
会社の外でも説明できる強みを作る。

  • 設計改善をどう進めたか
  • 技術的負債をどう減らしたか
  • チームの開発速度をどう上げたか

言語は問わない。
C# WPFでもいい。レガシーでもいい。

重要なのは、
「その会社だからできた話」になっていないこと。


⑥ それでもダメなら、環境を変える

ここまでやっても、
何も変わらないこともある。

  • 常に安定が最優先
  • 改善は口だけ
  • 挑戦する余地がない

その場合、答えは一つだ。

あなたが悪いのではない。環境が合っていないだけ。

海外で働く最大のメリットは、
選択肢が一つではないことだ。

保守モードに閉じ込められた才能は、
場所を変えれば、また輝く。


最後に

The Silent Drain on Your Brilliance
それは、ある日突然起きるものではない。

「今は仕方ない」
その積み重ねが、
気づかないうちに未来を削っていく。

でも逆に言えば、
小さな選択の積み重ねで、取り戻すこともできる。

保守モードは、終着点じゃない。
次のステージに行く前の、危険な踊り場だ。

この記事を読んだあなたが、
「知れてよかった」と思えるなら、
もう一歩、未来に近づいている。

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