揺れる世界で生き残るエンジニアとは何か
エンジニアとして海外で働いていると、良くも悪くも「変化」に振り回される瞬間が多い。
仕様変更は当たり前、プロジェクトの方向性が週単位で変わることもあるし、文化の違いによる認識ズレ、期待値の差、言語の壁など、職場にいるだけでアドレナリンが出るような日々だ。
僕自身、C# / WPFで設計開発をしているけれど、技術的な困難よりも、「環境の変化」や「周囲との違い」からくるストレスのほうが、むしろ僕のエネルギーと自信を奪っていた時期がある。
たとえば、あるプロジェクトで、要件が毎週のように変わる状況が続いたことがあった。日本で働いていた頃は、要件は固めてから作るもの、変更は最小限という価値観が強かった。だが、海外では「変わるのは当たり前。変わらないほうが不自然だよね?」という空気さえある。
当時の僕は、そのたびに作り直しになるUI、仕様変更でまた増えるタスク、レビューで返されるコミュニケーションの差異に、正直「もう疲れた…」と感じていた。
「変化が辛い」という気持ちは、僕にとってごく自然で、正しい反応だったと思う。
しかし、あるとき気付いた。
“変化に強いエンジニア” では、もう足りないのではないか?
耐える人間は、結局どこかで限界が来る。
折れない人間は、強いように見えて“同じ形のまま保とうとするだけ”だ。
それは、突然の衝撃や、予想外の状況に対しては脆い。
そこで出会った考え方が、**Anti-Fragile(アンチフラジャイル)**というものだった。
「壊れながら強くなる」という考え方
アンチフラジャイルという言葉は、ナシーム・ニコラス・タレブの著書『反脆弱性』で紹介された概念だ。
簡単に言えば、
- Fragile(脆い):変化やストレスで壊れる
- Robust(頑丈):変化を受けても耐える
- Anti-Fragile(反脆弱):変化やストレスによって、むしろ強くなる
という三つの状態のうちの三つ目。
この「強くなる」という感覚は、筋トレに近い。
筋肉は負荷を与えると、繊維が一度破壊されて、修復される過程で前より強くなる。
ストレスに晒されることそれ自体が、成長の契機になる。
そして僕は、海外のエンジニアの働き方の中に、このアンチフラジャイルな姿勢を強く感じた。
例えば、僕の同僚の一人は、仕様変更が来るたびにこう言う。
「お、また学べることが増えたな」
最初は冗談かと思った。でも彼は本気だ。
彼にとって、予期せぬ状況は「自分を上書きするチャンス」なのだ。
この姿勢こそ、僕にとってのターニングポイントになった。
変化に疲れるエンジニアと、変化で成長するエンジニア
同じ出来事が起きても、人によって「結果」は変わる。
| 状況 | 変化に疲れるエンジニア | 変化で強くなるエンジニア |
|---|---|---|
| 仕様変更 | 振り回される、やる気が削れる | 新しいパターンを学ぶ機会 |
| 文化の違い | ストレスになる | 人間理解と交渉力が育つ |
| 不確実な未来 | 不安になる | 選択肢が増えると思える |
そして、海外で働くほど、「不確実性は消せない」という現実に向き合うことになる。
ならば、不確実性を敵ではなく味方にするほうが賢い。
これは精神論ではなく、キャリア戦略だ。
アンチフラジャイルは、未来のキャリアにおける武器
技術は必ず古くなる。
市場は必ず変わる。
働く場所も、働く仲間も、人生の優先順位も、必ず変わる。
そのときに力になるのは、「今持っているスキル」よりも、
変化を成長に変える習慣、姿勢、考え方だ。
アンチフラジャイルなエンジニアはこう言える。
「変わるほど、俺は強くなる。」
これほど未来に心強い言葉はない。
現場で見た「反脆弱」なエンジニアとチームの姿
海外で働き始めてしばらくした頃、僕はある開発チームに参加した。
C# / WPF での機能改善とUI再設計がメインの案件で、社内でもそれなりに注目度の高いプロジェクトだった……のだけれど、正直な話、最初の3ヶ月はカオスだった。
要件は毎週のように変わるし、ユーザーからのフィードバックは大量に届く。
担当PMは「とりあえず動くもの作って、そこから考えよう」というタイプで、設計をがっちり固めてから作る日本式とは真逆のアプローチだった。
当時の僕は、毎週のように作り直しが発生する状況に、ストレスというより「なんだこれ?」という感情のほうが大きかった。
けれど、そのチームにはある特徴があった。
それは、「壊れること」を前提にしている文化だ。
失敗する前提で作る。これは弱さではなく戦略だった。
このチームでは、設計段階で「完璧を目指す」という発想がなかった。
代わりに、こう考える。
「一度壊されることを前提に、直しやすい形にしておく」
つまり、最初から「壊れろ、そして強くなれ」という設計思想だった。
例えば UI レイアウト。
日本で僕が経験していたプロジェクトでは、画面のUX仕様を固め、レビューを通し、細部の位置まで決めたうえで開発に進むことが多かった。
しかしそのチームでは、最初に作るのは “試作品に近いUI” だった。
デザインも構造も、とにかく 「あとから変えやすい」 を基準にしていた。
結果として、仕様変更があっても、彼らは平然と言う。
「OK、直そう」
ストレスがないわけじゃない。
ただ、壊れる前提で作っているから、壊れることにダメージが少ない。
これはアンチフラジャイルの特徴そのものだった。
反脆弱な個人:変化を“自分を上書きするチャンス”と捉えるエンジニア
一方で、反脆弱性は組織だけではなく 個人の働き方にも現れる。
あるシニアエンジニアがいた。
技術力はもちろん、交渉や説明もうまい人だったけれど、何より印象的だったのは「失敗した時の態度」だった。
彼はミスをしても、あっさりこう言う。
「うん、これは俺の理解が浅かった。次は違うアプローチを試そう。」
そこに 罪悪感も言い訳もない。
あるのは、冷静さと、成長前提の心構え。
僕はその姿を見て、内心でこう思った。
「強い人って、壊れない人じゃなくて、壊れたあとにしなやかに立ち上がる人なんだな。」
そして重要なのは、彼のこの態度は生まれ持った性格ではなく、習慣だということ。
彼は、意図的に自分に負荷をかけていた。
- 新しい言語に半年ごとに触り直す
- UI以外の層にも手を伸ばし、わざと知らない領域に行く
- 「自分の得意」を武器にしつつ、「不得意」にも余白を残す
これを、筋トレに例えずに説明できるだろうか。
負荷 → 破壊 → 修復 → 強化。
まさにアンチフラジャイルな自己設計だった。
僕が実感した“反脆弱なコミュニケーション”
海外では文化差・言語差が避けられない。
そのため、議論やレビューはどうしても意見の衝突が起きる。
しかし、ある日、チームの中で印象に残る会話があった。
僕が提案したUI案に対して、ある同僚が言った。
「これ、悪くないね。でも、もっと良くなる余地があると思う。」
日本的な遠回しな言い方ではなく、直接的でもなく、ただ事実としての改善点を取り上げる。
その上でこう続けた。
「アイデアを壊すんじゃなくて、成長させよう。」
この言葉を聞いたとき、僕はハッとした。
日本では「壊される=否定される」と感じやすい。
でもこのチームでは、
壊す = 改善のプロセス だった。
つまり、意見の衝突は「関係が悪化するリスク」ではなく、
アイデアを強くするための必要な摩擦として扱われていた。
これが「反脆弱なコミュニケーション」だ。
反脆弱な組織と普通の組織の違い
| 観点 | 普通の組織 | 反脆弱な組織 |
|---|---|---|
| 変化 | できれば避けたい | むしろ歓迎する |
| 設計 | 完璧を目指す | 壊れる前提で柔軟に組む |
| ミス | 被害・責任 | 学習・成長 |
| 議論 | 衝突を回避する | 衝突は成長の材料 |
この違いが、長期的な生産性やメンタルの余裕、そしてキャリアの耐久性を決定する。
ここでの学び(まとめ)
議論の摩擦は、アイデアを強くするための装置。
変化は敵ではなく、成長のトリガーに変えられる。
壊れる前提で設計すると、ストレスが激減する。
失敗に対する姿勢が、エンジニアの強さを分ける。
反脆弱を「習慣」として育てるキャリア戦略
ここまでで、「反脆弱なエンジニアやチームがどんな状態なのか」はイメージできたと思う。
ただ、ここで多くの人がつまずくのが、
「それって才能とか性格の話でしょ?」
という誤解。
ぜんぜん違う。
反脆弱は「性格」ではなく 設計 だ。
もっと言うと、日々の「選び方」の結果として育つものだ。
強さというのは、負荷と回復を繰り返すことでしか育たない。
筋肉と同じ。
じゃあ、エンジニアとしての反脆弱性を鍛える「負荷」はどこにある?
それは、
- 新しい技術に触れること
- 未知の領域に手を伸ばすこと
- 意図的に失敗の可能性を受け入れること
- できる事より「できない事」に挑むこと
この方向性に「ちょっとだけ」自分を押し出す習慣だ。
ここで強調したいのは、
反脆弱は 無理に自分を追い詰めることではない。
むしろ逆だ。
反脆弱は「小さく壊す」ことから始まる
いきなり大きな挑戦をする必要はない。
例えば、こんなレベルで十分だ。
- 1週間に1つ、新しいUIコンポーネントを自作してみる
- 普段触らないレイヤーのコードを1つだけ読んでみる
- ミーティングで毎回「1つ質問をする」と決める
- 英語で言い換え表現を1個覚える
これらは負担が小さい。
だけど「自分をちょっと未知の領域に押し出す」という点で、継続すれば強さに直結する。
反脆弱性とは、大きな挑戦の連続ではなく、細かい挑戦の積み重ねだ。
キャリア戦略としての反脆弱性
エンジニアとして生きていく中で、一番怖いのは何か?
技術が古くなること?
業界が変わること?
いいえ、もっと怖いのはこれだ。
「変化に適応できない状態のまま、時間だけが過ぎること。」
だからこそ、反脆弱なキャリアはこう設計する。
1. 得意領域は「軸」として深める
例:C# / WPF / MVVM / UI設計 など
これはあなたの 安心領域 であり、価値の源。
2. 周辺領域を意図的に少しずつ伸ばす
例:
- API設計
- DevOps
- UX思考
- クラウド
わからないなら触ればいい。
触れば、触った分だけ「選択肢」が増える。
3. 自分の“市場価値”を、技術だけに依存させない
ここが、実は一番大事。
- チーム内で合意形成する力
- 異文化間でのコミュニケーション力
- ユーザー体験の視点を持つこと
これらは どの時代でも腐らない価値 だ。
技術は変わるけど、人間はそんなに変わらない。
だから、人に向き合うスキルは一生もの。
反脆弱な人は「逃げない人」ではなく、「動ける人」
耐えるだけの人は、限界が来たときに折れる。
でも、反脆弱な人はこう言える。
「あ、変化した? OK、じゃあ次はこうしよう。」
硬くない。
柔らかい。
でも折れない。
これはメンタルの強さではなく、構え方の違いだ。
僕自身、実際にやって効果があった「反脆弱練習」
- 毎日、技術的に“ちょっと難しいこと”を5分だけ触る
- 「うまく言えなかった英語」をメモして、次の日1回だけ使う
- 仕様変更が来たら、「なぜこう変わったか」をまず考察する
- レビューを受けた時、「人格」ではなく「コード」への指摘だと意識する
- 他人の成功を、焦りではなく「未来の自分の参考材料」とみなす
どれも小さい。
でも、これを半年続けたとき、僕は気づいた。
「あれ、前より折れにくい。」
これが反脆弱だ。
反脆弱は、あなたのキャリア寿命を確実に伸ばす
長くエンジニアとして生きたいなら、
「どれだけ技術を持っているか」よりも、
「変化を味方にできるか」
のほうが重要になる。
変化はストレスではなく、
未来を育てる刺激だ。
変化を味方にする生き方へ
ここまで、アンチフラジャイル(反脆弱)という考え方を「現場」「個人」「キャリア戦略」に落とし込んで話してきた。
でも最後に伝えたいことは、もっとシンプルだ。
「変化は怖いものじゃない。」
ということ。
僕は海外で働き始めた頃、本気で自信がなかった。
英語は完璧じゃないし、説明の精度も低い。
設計レビューの場で言い返せないときは、「何もできない」とすら感じた。
自分の弱さが、毎日、目の前に現れた。
けれど、ある時期からこう考えるようになった。
「弱さが見えるってことは、強くなるチャンスがそこにあるってことだ。」
これが反脆弱のコアだ。
強さとは、弱さの先にある。
「完璧である必要はない」という解放
海外で働いていて一番よかったことは、
「完璧じゃなくていい世界」を知れたことだ。
失敗しても、言葉が詰まっても、UI提案が通らなくても、誰も僕を“ダメな人”だとは見なさなかった。
むしろこう言われる。
「Try again. We improve along the way.」
(もう一回やろう。成長はその過程の中にあるから。)
僕は、そこで初めて悟った。
「完璧さは強さじゃない。」
「変化し続けられることが、強さだ。」
だから、あなたにも言いたい。
- 英語がまだうまくなくてもいい
- 設計力に自信がなくてもいい
- 自分の市場価値に不安があってもいい
それは、「伸び代が残っている」証拠だ。
伸び代がある人は、強くなれる。
アンチフラジャイルとは、
弱さを認め、そこに成長の余地を見る力だ。
変化に強い人ではなく、変化で育つ人へ
未来はもっと不確実になる。
テクノロジーの進化はさらに加速し、求められるスキルは短いスパンで変わる。
でも、ここで一つだけ確かなことがある。
「変化できる人は、いつの時代でも必要とされる。」
キャリアを長く続けたいなら、
「今の技術」ではなく、「変化に対する構え方」を鍛えるべきだ。
アンチフラジャイルなエンジニアは、こう言える。
「変わろう。どうせ変わるんだから。」
怖さより、好奇心が勝つ生き方。
周囲に振り回されるのではなく、
自分から変化を手に取る生き方。
それが 軽く、強く、生きられる方法だ。
明日から始める、一番小さな「反脆弱の一歩」
行動はシンプルでいい。
- 昨日より「ほんの少しだけ難しいこと」をする
- 失敗したら、「これは強くなる過程だ」と言葉にする
- 意見の対立を、摩擦ではなく“成長の火種”と見る
- 完璧ではなく、改善し続けることに焦点を当てる
たったこれだけでも、
半年続けたら世界が変わる。
「無理をしない」ではなく、
「壊れない程度に押し出す」。
それが反脆弱の鍛え方だ。
最後のメッセージ
エンジニア人生は長い。
技術は常に移ろう。
人間関係、働く国、働く会社、ライフステージ、全部変わる。
でも、それでいい。
変わるたびに強くなればいい。
揺れるたびにしなやかになればいい。
壊れたときは、直しながら前より良くすればいい。
あなたは、折れないために生きる必要なんてない。
揺れながら、強くなればいい。
それこそが、
海外で通用するエンジニアの土台であり、
これからの時代をしなやかに歩くための生き方だ。
「変わるほど、俺は強くなる。」
そう思えた瞬間から、
未来は必ず軽くなる。

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