The Illusion of Innate Talent――「生まれつき賢い」なんて幻想だ。

才能は最初から決まっていない

「お前は生まれつき頭がいいよな」
海外で働き始めてから、こんなことを言われる場面が増えた。たぶん僕がC#やWPFを使ってシステム設計をしているからだと思う。パッと見で「専門的なことを難なくやっている」ように見えるのかもしれない。だけど、正直に言うと――僕は昔から「頭がいい」と言われるタイプじゃなかった。

日本にいた頃の学生時代、英語は赤点スレスレ。数学も公式を丸暗記するだけで応用力ゼロ。プログラミングだって最初は何をどう書いていいのか分からず、エラーの山に埋もれていた。そんな僕が「才能あるエンジニア」と見られているのだとしたら、それはただの幻想だ。

ここで強調したいのは、「才能」や「頭の良さ」が生まれつき決まっているという考え自体が幻想だということ。僕自身、海外で働くようになって強く実感した。

「生まれつき頭がいい」神話の崩壊

日本にいた頃の教育って、「あの子は頭がいい」「自分は勉強が苦手」といったラベルがやたらと貼られがちだった気がする。小テストや模試の点数で一喜一憂して、偏差値で人を序列化する。いつの間にか、僕自身も「自分は勉強ができない側の人間」だと信じ込んでしまっていた。

でも、海外でいろんなバックグラウンドを持つエンジニアと出会って気づいたんだ。「そもそも“できる・できない”は固定じゃない」って。

神経科学の研究でも明らかになっているけれど、人間の脳は一生を通じて変化できる(ニューロプラスティシティ)。新しい言語だって、大人になってからでも学び直せる。プログラミングも、最初はチンプンカンプンでも、繰り返しコードを書いてエラーと格闘していくうちに確実に上達していく。つまり「できる脳」は後から育てられるんだ。

教育システムが見えなくしているもの

ただし残念なのは、僕らが子供の頃に受けてきた教育システムが、この「脳は一生変われる」という事実をちゃんと伝えてくれなかったこと。

海外の同僚と話すと、彼らも同じように「学校での勉強が嫌いだった」と言う人が多い。でもその理由を掘り下げると、だいたい「好奇心を抑え込まれたから」なんだよね。テストの点数を取ることだけにフォーカスして、本来ワクワクするはずの学びを無味乾燥な作業にしてしまった。

僕も思い出す。子供の頃、「どうして空は青いの?」と聞いたときに、先生から「そういうのは授業が終わってから」と言われて、しゅんとしたことがある。こうやって「問い」を閉ざされる体験を積み重ねるうちに、自然と「自分には才能がない」という誤解を抱きやすくなるんだと思う。

海外で気づいた「リワイヤリング」

海外に出て働き始めて一番大きな気づきは、「周りのエンジニアも、最初からできたわけじゃない」という当たり前のことだった。

例えば、同僚のインド出身のエンジニアは、最初にC#に触れたときに「ポインタが理解できずに一週間眠れなかった」と笑いながら話してくれた。別のヨーロッパの仲間は、英語もプログラミングも20代後半からスタートしたと言っていた。

つまり僕がエラーで悩んでいた時間も、彼らも同じように苦しんでいたんだ。違いは「諦めなかった」かどうか、ただそれだけだった。

この「脳は書き換えられる」という前提を知っているかどうかで、学びに向かう姿勢はまったく変わる。最初は苦手でも、繰り返していけば必ず伸びる。逆に「自分は生まれつきダメだ」と思い込んでしまえば、その瞬間に成長の扉は閉ざされてしまう。

思い込みが生むブレーキ

「才能は幻想だ」と気づくまでに、正直、僕自身かなり遠回りをした。
特に海外で働き始めてすぐの頃、この「才能神話」にとらわれていたせいで、自分の可能性を自分で勝手に狭めてしまった経験が何度もある。

「英語ができないから無理」問題

最初の壁はやっぱり英語だった。
海外のプロジェクトに入った初日、同僚たちはものすごいスピードで会話している。仕様の議論、設計方針の決定、そして冗談まで全部英語。僕は聞き取るのに必死で、言いたいことがあっても口を開けない。

そのとき頭の中でリフレインしていたのは、
「自分は英語が苦手な人間だから、これは無理だ」
というセルフラベルだった。

でも今振り返ると、それは「才能神話」が生み出した思い込みにすぎない。言語もスキルと同じで、反復すれば必ず伸びる。最初からペラペラな人なんていない。ところが僕は「英語ができない=海外エンジニアとして失格」という図式を勝手に作り出して、自分の行動にブレーキをかけてしまっていた。

「できる人」との比較地獄

さらに厄介だったのは、チーム内に「スーパーエンジニア」が存在することだ。
どんなバグも瞬時に直すし、設計レビューでは誰も思いつかない視点を出す。そういう人を見ると、やっぱり心のどこかで「やっぱり才能が違うんだよな」と思ってしまう。

だけどその同僚とランチを重ねて話していると、意外な事実が見えてきた。彼は10年以上毎日コードを書き続けていて、休日もOSSに貢献している。つまり彼の「すごさ」は生まれ持った才能ではなく、圧倒的な時間と努力の積み重ねだったのだ。

それを聞いたとき、僕の中で大きな転換が起きた。
「才能」という言葉は、努力の見えない部分を一言でまとめてしまう便利なラベルにすぎない。裏にあるプロセスを見ずに「才能」と呼んでしまうことで、自分が努力する余地を奪ってしまっていたんだ。

教育が埋め込んだ「固定観念」

ここで少し教育の話に戻すと、日本の学校教育(もちろん海外も似た部分はあるけど)は、テストの点数や偏差値で人を早々に区分けする仕組みが強い。

小学生のときに九九が早く覚えられた子は「算数が得意」、英単語テストで苦戦した子は「英語が苦手」とラベルが貼られる。そうやって「できる/できない」が固定された属性のように扱われる。

僕自身も「英語は苦手」「数学は凡人」というセルフイメージをずっと引きずっていた。
でも実際には、これはただの教育システムが作り出した幻影でしかなかった。

海外で働くようになってから、僕はインド、ブラジル、ドイツ出身の同僚と一緒に仕事をしたけれど、彼らも同じように「子どもの頃は勉強ができなかった」と笑い話にしていた。でもその後、好奇心に火がついた分野をとことん学んで、今は一流のエンジニアになっている。

つまり「できない」という固定観念は、ただの教育的副作用でしかない。

思い込みがキャリアを縛る

この「才能神話」が厄介なのは、学びだけじゃなくキャリア選択にも影響してくることだ。

僕自身、海外での最初の数年は「設計に向いているのは特別に頭が切れる人だけ」と思い込み、手を挙げられなかった。レビューの場で意見を言いたくても、「これは自分のレベルを超えている」と引いてしまう。

でも実際にやってみると分かるのは、設計レビューも結局は積み重ねだということ。最初は穴だらけでも、経験を積んでいくと確実に改善されていく。逆に「才能がない」と思い込んで挑戦を避けていたら、成長のチャンスを自分から放棄してしまうところだった。

この経験から僕が学んだのは、「才能」ではなく「姿勢」が未来を決めるということだ。

脳科学が裏付ける「思い込みの危険性」

脳科学的にも、この「才能神話」が危険だとされている。
スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授は「成長マインドセット(Growth Mindset)」という概念を提唱している。

  • 「能力は努力で伸ばせる」と信じる人 → 挑戦を恐れず成長していく
  • 「能力は固定的だ」と信じる人 → 失敗を恐れて挑戦を避ける

僕がまさに後者だった。
「才能がない」と思い込むこと自体が、成長を止める一番の原因だったんだ。

海外で得たリアルな気づき

ここまで書くと理屈っぽいけど、僕にとっての転機はとてもシンプルな瞬間だった。

ある日、同僚が言った一言が忘れられない。
「Hiro、お前が“できない”って言ってることの半分は、ただの時間不足だよ」

それを聞いたとき、肩の力が抜けた。
「あ、才能がないんじゃなくて、まだ時間をかけてないだけなんだ」
そう気づいた瞬間、心の中で大きな制約が外れた。

そこからは英語もコードレビューも、苦手だから避けるのではなく「まだ時間をかけてないから伸びしろがある」と捉えられるようになった。

幻想を壊したアクション

「才能がないんじゃなくて、まだ時間をかけてないだけ」
そう気づいた僕は、実際に行動を変える必要があった。
でも正直なところ、長年の思い込みを壊すのは簡単じゃない。頭では理解していても、体がすぐに「苦手だ、無理だ」と反応してしまう。だから僕はあえて、自分に“実験”を課すことにした。

1. 英語は「実験場」で磨く

最初の実験は英語だった。
ミーティングで黙り込んでしまう自分を変えるために、まずは「1日1フレーズは必ず発言する」とルールを決めた。

内容は大したことじゃなくていい。「I agree」とか「Can you repeat that?」でもOK。最初は周りにどう思われるか不安だったけど、やってみると意外と誰も気にしていない。むしろ「お、話したな」という小さな成功体験が積み重なっていった。

さらに、帰宅後にはその日のミーティングで聞き取れなかった単語や表現をメモして復習。最初は単語帳のように暗記していたけど、途中からは「実際に明日使える表現」だけに絞った。例えば「納期を守れるか?」と聞かれて答えられなかったときは、次の日に「We can make it by Friday if we fix this bug」って言えるように準備しておく。

こうして少しずつ「発言できる自分」という成功体験を積み上げることで、「英語が苦手」という幻想はだんだん壊れていった。

2. コードレビューは「恥をかく場」として利用する

次に挑んだのは、コードレビュー。
最初は「自分の意見なんて的外れだ」と思い込んで発言を避けていたけど、ある日思い切ってレビューでコメントしてみた。結果は見事に的外れで、先輩から笑われた。

でも、その瞬間にふと気づいた。
「笑われても、別に死ぬわけじゃない」

それからはレビューの場を「学びの場」だと割り切って、間違いを恐れずに発言するようにした。もちろん最初は赤入れだらけ。でもそのやり取りの中で「なぜこの設計が良くないのか」「どんな観点を見落としていたのか」を具体的に学べた。

気づけば半年後には、自分のレビューコメントがちゃんと採用されることも増えていた。

3. 「小さな習慣」を武器にする

僕がやったことは派手なことじゃない。
でも共通していたのは「小さく始めて、積み重ねる」というアプローチだった。

  • 毎日1フレーズ英語を発言する
  • 毎週1回はレビューでコメントする
  • 毎月1つは新しい技術を学んで社内共有する

こうやって習慣化していくと、「苦手」が「当たり前」になっていく。最初はしんどいけど、気づけばそれが生活の一部になっていた。

4. 比較の対象を「他人」から「過去の自分」へ

もうひとつ大きかったのは、比較の仕方を変えたことだ。
以前は「スーパーエンジニア」と自分を比べて勝手に落ち込んでいた。だけどそれを「昨日の自分」と比べるようにした。

昨日は英語で1文も発言できなかったけど、今日は1文言えた。
先週はレビューでスルーされたけど、今週は質問を返してもらえた。

そうやって小さな成長を可視化すると、「才能がないからできない」ではなく「時間をかければ確実に進歩している」と実感できた。

5. 「脳の書き換え」を意識する

僕は技術書を読むときも、あえて「脳を鍛えている」と意識するようにした。
ニューロプラスティシティの研究では、新しいことに挑戦するたびに脳内の回路が強化されることが分かっている。

つまり、難しい本に挑戦するたび、レビューで恥をかくたび、ミーティングで口を開くたびに、僕の脳はちょっとずつリワイヤリングされている。それを理解してからは、「今は苦しいけど、これは脳の筋トレだ」と思えるようになった。

6. 周囲のサポートを素直に受け入れる

最後に大事だったのは、「助けを求める」こと。
以前の僕は「できない姿を見せるのは恥ずかしい」と思っていたけど、海外で働くうちにそれをやめた。

分からないことは素直に「I don’t know. Could you explain?」と聞く。
英語で詰まったら「Let me rephrase」と言って言い直す。

すると意外なことに、周りはむしろポジティブに受け止めてくれる。「分からない」と正直に言った方が議論がスムーズになるし、「言い直そう」とする姿勢の方が信頼される。

この経験から、「できないことを隠す」のではなく「できないことを共有する」方が、結果的に成長が早いと学んだ。

才能よりも「信じる姿勢」が未来をつくる

ここまで書いてきたように、僕が海外で働きながら実感したのは「才能なんて幻想だ」ということだ。
もちろん、最初からスラスラとコードを書ける人も、英語を軽やかに話せる人もいる。でもそれは「生まれつき」じゃなくて、これまで積み重ねてきた時間と経験の差だ。

この事実に気づけたことは、僕のキャリアにとって本当に大きな転換点だった。
なぜなら、「才能がない」と思い込むことで止まっていた挑戦が、「まだ時間をかけていないだけ」と思えるようになったから。

1. 「才能」という幻想に縛られない

これから海外で働きたいエンジニアに伝えたいのは、まず 「才能」という言葉に振り回されないでほしい ということだ。

  • 「英語ができないから無理」
  • 「プログラミングのセンスがないから無理」
  • 「自分にはデザイン力がないから無理」

そうやって「無理」と思う理由の多くは、実は「まだ経験していない」だけに過ぎない。僕自身、最初は全部そうだった。だけど一歩踏み出してみたら、案外なんとかなるものだ。

2. 成長は「小さな積み重ね」でしか生まれない

才能の有無を議論する前に、もっと大事なのは「小さな積み重ねを続けられるか」だと思う。
僕の場合は、毎日の「1フレーズ英語発言」や「レビューで必ずコメントする」といった小さな習慣が、自信につながった。

すぐに大きな成果を求めると挫折しやすい。でも小さな一歩を繰り返すと、いつの間にか「できること」が増えていく。その変化はすごく地味だけど、確実だ。

3. 比較するなら「過去の自分」

海外で働いていると、本当にすごいエンジニアと出会う。
アルゴリズムに精通している人、UI/UXに強い人、クラウドに詳しい人……。最初は「自分はあの人に勝てない」と思ってしまうけど、それは意味のない比較だと気づいた。

本当に大事なのは「昨日の自分より一歩進んだかどうか」。
昨日は言えなかったことが今日は言えた。
昨日は気づけなかったバグを今日は見つけられた。
この積み重ねが、結局は大きな成長につながる。

4. 脳は一生書き換えられる

神経科学が教えてくれるのは、脳は大人になっても一生変われる ということ。
僕が30歳を超えてから英語を学び直し、海外で働けるようになったのも、その証拠だと思う。

だから「もう年齢的に遅い」「今さら始めても無理」と思う必要はない。脳は常にリワイヤリング可能だし、挑戦するたびに新しい回路がつながっていく。

5. 海外エンジニアとして伝えたいこと

僕が一番強く伝えたいのはこれだ。

👉 「才能」じゃなく「信じる姿勢」が未来をつくる。

海外で働くと、文化も言語も価値観も違う仲間と一緒に仕事をすることになる。そこで大事なのは「自分にはできる力がある」と信じて挑戦し続ける姿勢だ。
英語が下手でも、最初はコードレビューで赤入れだらけでも、恥ずかしがらずに一歩踏み出す人が結局は成長していく。

僕自身、海外で何度も失敗した。でもそのたびに「才能がない」じゃなく「まだ学びの途中」と考えるようにした。その姿勢があったから、今こうしてエンジニアとしてキャリアを積み重ねられているんだと思う。

6. 未来のあなたへ

これを読んでくれている人の中には、
「自分は海外なんて無理」
「英語は苦手」
「才能がない」
そう思っている人もいるかもしれない。

でも僕が保証する。
それはただの幻想だ。

海外で働いてみると分かるけど、誰も「生まれつき完璧」なんて人はいない。みんな必死に学び、失敗しながら進んでいる。大事なのは、才能を信じるんじゃなく、自分の「伸びる可能性」を信じること。

その一歩を踏み出すかどうかで、未来はまるで違う景色になる。


最後に

「才能がある人だけが成功できる」という思い込みは、僕らの学びや挑戦を止めてしまう。
でも本当は、脳はいつでも書き換えられるし、努力と習慣で誰でも成長できる。

海外で働くエンジニアとして僕が強く感じたのは、「才能」ではなく「姿勢」が未来をつくる ということだ。
そしてその姿勢は、誰でも今日から育てることができる。

だからどうか、才能の幻想に縛られず、あなた自身の可能性を信じて挑戦してほしい。
それが、海外で戦うエンジニアとしての第一歩になるはずだ。

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