エンジニア脳を壊す勇気 ― アンラーニングのはじまり

はじめに

「君のエンジニア脳は強力だけど、それが足かせになっているかもしれない」
もし初めてそう言われたら、あなたはどう感じるだろうか。僕は正直、最初にこの言葉を聞いたとき、ちょっとムッとした。だってエンジニアにとって「ロジカルに考える力」や「問題解決力」こそが武器だと思っていたからだ。日本でC# WPFを使ってUI設計やシステム開発をしていた頃も、その武器でいくつものプロジェクトを乗り越えてきた。

でも海外で働きはじめた途端、その「強力な武器」が通用しない瞬間に何度もぶつかった。むしろ、頭の中でガチガチに固まった「正しいはずのやり方」や「最適解への執着」が、現場での柔軟な対応を邪魔することが多かった。


僕が気づいた「エンジニア脳の限界」

日本にいたときの僕は、ある意味「完璧主義のエンジニア脳」だった。仕様書を徹底的に作り込み、レビューでの指摘を極限まで減らし、最適化された設計を目指す。これは日本の開発現場では評価されやすいし、チームとしても安定した成果につながりやすい。

でも、海外でプロジェクトに入った途端、その価値観が揺らいだ。ミーティングでは「とりあえず動くものを見せて」「あとで方向性が変わるかもしれないけど、とにかく早く形にして」と言われることが多かった。僕の中では「え、それじゃ効率悪いじゃん」「ちゃんと設計してから作らないと後で破綻するよ」と思っていた。

実際、僕は会議で「そのやり方じゃ危険です」と強く主張したこともある。けれどチームメンバーはあっけらかんとしていて、「危険? まあそのとき直せばいいよ。ユーザーに早く届けることのほうが大事だから」と返される。僕の中では「論理的に正しいことを言っているのに、なんで納得してくれないんだ?」というモヤモヤばかりが溜まっていった。


「正しさ」より「柔軟さ」が求められる世界

このとき初めて気づいたのは、僕のエンジニア脳は「正しさ」を重視しすぎていたということだ。もちろんそれ自体は悪いことじゃない。でも海外の現場では、スピードや柔軟性、チーム全体での試行錯誤のプロセスが何より重視される。

たとえば、あるプロジェクトでUIの仕様が二転三転したことがあった。日本で働いていた頃の僕なら「仕様が確定するまで作業は進められません」と抵抗しただろう。ところが海外では「とりあえず仮のUIを作って、ユーザーに触ってもらいながら修正していこう」と即決される。僕にとっては「完成度の低いものを出すなんて…」と背筋がゾワッとするやり方だったけど、実際にやってみるとユーザーのフィードバックは早く集まるし、チームの雰囲気も前向きだった。

ここでようやく僕は「自分のエンジニア脳の強みが、実は足かせになっていた」ことに気づいた。


アンラーニングの扉を開く

「学ぶ」ことはエンジニアにとって日常だ。新しいフレームワーク、新しい言語、新しい設計パターン。常にキャッチアップしていかないと取り残される。でも実はもっと大事なのが「アンラーニング」、つまり古い価値観や固定観念を意識的に手放すことだった。

僕にとってアンラーニングの最初の一歩は、「完璧でなくてもいい」と認めることだった。海外の現場では、「まず動くものを出して改善する」という文化が圧倒的に強い。そのスピード感を拒否していたら、僕はただのブレーキ役で終わってしまう。

「正しさ」への執着を一度外し、「柔軟さ」を優先してみる。これが僕にとっての最初のアンラーニングだった。そしてその瞬間から、エンジニアとしての視野が一気に広がった。

アンラーニングの実践と葛藤

「アンラーニングが大事だ」って頭では分かっても、実際にやるとなるとめちゃくちゃ難しい。なにせ僕らエンジニアは、長年「正しいやり方」や「効率的な手順」を身体に叩き込んできている。それを手放すのは、まるで利き腕を縛って別の手でプログラミングしろと言われるような感覚だった。


最初のアンラーニング:完璧主義を手放す

僕にとっての最初の挑戦は、「未完成でもリリースする」文化に飛び込むことだった。

あるとき、C# WPFを使って業務用アプリのUIを担当した。日本での経験から、僕はUIデザインに関しては「ユーザビリティテストをして、バグを潰し、完成度を高めてからリリースする」のが当たり前だと思っていた。

でも海外のチームでは違った。「まずはユーザーに触ってもらおう」「動くデモを来週までに出そう」と言われる。僕は「いや、それじゃ品質が担保できない」と食い下がったけれど、プロジェクトリーダーは笑いながら「品質はあとで上げればいい。今はスピードが品質だ」と言い切った。

結果的に、仮のUIをユーザーに触ってもらったら、意外なフィードバックが山ほど返ってきた。「ボタンの位置が直感的じゃない」「この画面はそもそも不要じゃないか?」など、僕が緻密に設計していたものが根本から覆された瞬間だった。

そのとき僕はハッとした。完璧に作ってから出すより、不完全でも早く見せてしまった方が、結局は効率がいいんじゃないかと。これはまさにアンラーニングの体験だった。


次のアンラーニング:正解は一つじゃない

もう一つ大きかったのは「正解は一つじゃない」という考えを受け入れることだ。

日本の現場だと「最適解」を求める文化が強い。設計レビューでは「なぜそのアーキテクチャを選んだのか」「他の方法と比較してどうか」と徹底的に詰められる。だから僕も「最適解を論理的に導き出すこと」が正しいエンジニアリングだと思っていた。

でも海外の現場では、「とりあえずやってみよう」が多い。あるときWPFアプリのデータバインディング設計で、僕はMVVMパターンを徹底して守ろうとした。でもチームメンバーの一人は「MVVMにこだわらなくても、今はシンプルにコードビハインドで書いた方が早い」と言い出した。僕の中では「そんなのはアンチパターンだ」と拒絶反応が出たけれど、結局そのやり方の方が早く動いて、ユーザー検証もすぐに進んだ。

このとき気づいたのは、「技術的に美しい正解」が必ずしも「プロジェクトとしての正解」ではないということだった。プロジェクトには期限があり、ユーザーには期待があり、チームには限られたリソースしかない。その中で「最適」かどうかは状況次第で変わる。

つまり、エンジニアとして大事なのは「正解を導く力」ではなく、「複数の解を受け入れて取捨選択できる柔軟さ」だった。


チーム文化との衝突と学び

アンラーニングの過程では、当然ながらチーム文化との衝突もあった。

例えば、僕は日本的な「事前に計画して、リスクを潰してから進める」スタイルが染みついていたから、プロジェクトの不確実性にすぐ不安を感じてしまう。でもチームメンバーは「不確実性は前提だから、走りながら考えればいい」と言う。僕は「そんな無責任でいいのか?」と思ったけれど、彼らにとってはむしろ「いちいち不安がって動きを止める方が無責任」だった。

このギャップに気づいたとき、僕は初めて「文化的アンラーニング」が必要だと理解した。技術的なやり方だけじゃなく、働き方や価値観そのものをアップデートしなければならないのだと。


アンラーニングの小さな習慣

「正しさ」や「完璧さ」を手放すのは一朝一夕ではできない。だから僕は、自分なりにアンラーニングの小さな習慣を作るようにした。

  • レビューで「反論する前に一度受け入れてみる」
    以前はすぐに「でも〜」と反論していたけれど、まずは「なるほど、それもアリだね」と受け入れてから考えるようにした。
  • 不完全なものをあえて早く出す
    UIモックを作るとき、前は時間をかけて整えていたけど、今はラフでもチームに共有するようにした。
  • 「正解探し」より「合意形成」
    議論では「どっちが正しいか」ではなく「どっちに進むかをみんなで決める」ことを意識するようにした。

こうした小さな実践を積み重ねるうちに、自分の中で少しずつアンラーニングが進んでいった。


振り返って気づいたこと

アンラーニングを実践してみて分かったのは、僕がこれまで「正しい」と信じてきたことが、実は環境や文化によって相対的なものだったということだ。日本の現場では完璧主義が評価されたけれど、海外の現場ではスピードと柔軟さが評価される。

つまり「正しさ」は普遍じゃない。だからこそ、一度自分の固定観念を壊して「今の環境に合ったやり方」を選べることが大事なんだ。

アンラーニングがもたらした変化とブレイクスルー

アンラーニングを実践し始めてからしばらくは、正直なところ不安の方が大きかった。
「本当にこんなやり方でいいのか?」
「自分の強みを捨ててしまっているんじゃないか?」
エンジニアとしてのアイデンティティがぐらつく感覚があった。

でもある瞬間を境に、その不安が「新しい武器を手に入れた」という実感に変わっていった。


小さな成功体験:ユーザーの声が変わった日

あるプロジェクトで、業務管理システムのWPF画面を担当したことがあった。これまでは「仕様が固まってから作る」スタイルを貫いてきた僕だけど、そのときはあえて不完全なモックを1週間で仕上げてユーザーに見せることにした。

当然、完成度は低い。ボタンのアイコンも仮だし、データのバインディングも一部ダミー。でもユーザーは目を輝かせて、「こういう画面を待っていたんだよ!」と喜んでくれた。しかもその場で「この項目は不要」「こっちはもっと強調してほしい」と具体的な意見が次々と出てきた。

それまでの僕なら「仕様が決まってからじゃないと…」と突っぱねていた場面だ。でもこのときは違った。ユーザーの声をその場でホワイトボードにまとめ、次のスプリントに即反映する流れを提案した。

数週間後、同じユーザーが「今までで一番フィードバックしやすかった」と言ってくれた。その瞬間、「完璧を目指すより、早く見せて改善する」ことの価値を心から実感した。


チームでの信頼が深まった瞬間

アンラーニングの効果は、ユーザーだけじゃなくチームにも現れた。

以前の僕は議論で「論理的に正しいかどうか」を重視していた。だからつい「いや、それは効率が悪い」と反論してしまうことが多かった。でもアンラーニングを意識してからは、一度「それも面白いね。やってみようか」と受け入れるようにした。

すると不思議なことに、チームの空気が変わった。僕が柔らかくなった分、相手も僕の意見を聞きやすくなったのだ。あるときは同僚から「君のアイデアはいつもロジカルだから頼りになる。でも最近は柔軟になってきて、さらに話しやすいよ」と言われた。

それは僕にとって大きなターニングポイントだった。今まで「論理で正しさを証明すること」が信頼を得る方法だと思っていたけれど、実は「相手の意見を受け入れること」こそが信頼を深める一番の近道だったんだ。


異文化のチームにフィットする自分

海外の現場では、文化や価値観の違いが日常的に顔を出す。以前の僕なら「なぜそんな非効率なやり方を?」とイライラしていた。でもアンラーニングを通して「非効率に見えるやり方も、その文化に根ざした合理性がある」と考えられるようになった。

たとえば、あるチームでは「仕様変更は当たり前」という文化だった。日本の感覚では「仕様変更=リスク」だけど、彼らにとっては「ユーザーが本当に欲しいものに近づくチャンス」だった。僕もそれに合わせて、仕様変更が来る前提で設計を軽くしておくようになった。結果として、変更が来てもストレスが少なく、むしろ「ここは予想通り崩れてきたな」と楽しめるくらいになった。

この変化は、アンラーニングなしには絶対に得られなかったものだ。


新しい武器としてのアンラーニング

ここで僕が強く実感したのは、アンラーニングは「今までの強みを失うこと」ではなく、「新しい武器を手に入れること」だということだ。

完璧主義や正解探しは、状況によっては強力な武器になる。でもそれだけだと、環境が変わったときに通用しない。アンラーニングを通して「古い武器を必要に応じて置き換える柔軟さ」を持てば、どんな環境でも戦えるようになる。

実際、僕はプロジェクトの後半でリーダー的な立場を任されるようになった。以前なら「自分が一番正しいやり方を示すこと」がリーダーの役割だと思っていたけど、このときは違った。僕はあえて「みんなのアイデアを集めて、その場で合意形成する」スタイルを取った。結果的にチームは活気づき、ユーザーからの評価も高かった。

このとき初めて「アンラーニングが自分を次のレベルに押し上げてくれた」と心から思えた。


自分の成長曲線を振り返って

振り返ってみると、アンラーニングを始める前の僕は「正しさに縛られたエンジニア」だった。
でもアンラーニングを経て、「正しさを一旦手放し、状況に合わせて最適を探せるエンジニア」に変わっていった。

海外で働く上で一番大事なのは、技術スキルそのものよりも、この「柔軟なエンジニア脳」だったんだ。そう気づいたとき、自分のキャリアの未来が一気に広がったような感覚があった。

アンラーニングが導く未来とあなたへのエール

アンラーニングを通じて見えた景色

ここまで僕が語ってきたのは、海外で働き始めたエンジニアとしての「アンラーニングの旅」だ。
完璧主義を手放すこと。正解探しをやめること。文化の違いを受け入れること。

最初は苦しかった。自分の武器を奪われるようで、自信がぐらつく瞬間もあった。
でも振り返れば、あの葛藤こそが僕を次のステージへ押し上げてくれたんだ。

いまの僕にとってアンラーニングは「武器を捨てること」ではない。
それは「武器を増やすこと」だ。
環境や文化が変わっても戦えるように、自分の思考や行動を柔軟に切り替える力。これが海外で働くエンジニアにとっての最強のスキルだと確信している。


「正しさ」から「適応力」へ

C# WPFの設計をしていると、どうしても「最適解」を探すクセが抜けない。データバインディングのやり方、MVVMの実装方法、UIのレスポンス最適化…そうした技術的な議論は僕らエンジニアにとって日常だ。

でも海外の現場で気づいたのは、「技術的に最適」よりも「チームやユーザーにとって最適」の方が圧倒的に大事だということ。

アンラーニングを通じて、僕は「正しさ」を追い求めるエンジニアから、「適応力を武器にするエンジニア」に変わることができた。


アンラーニングはキャリアを加速させる

興味深いことに、アンラーニングを重ねて柔軟性を身につけていくと、自然とキャリアの幅も広がっていった。

以前の僕は「UI設計担当」という狭い枠に自分を閉じ込めていたけれど、今では「チームの橋渡し役」として動けるようになった。ユーザーとエンジニアをつなぐ。文化の違うメンバーの間を取り持つ。こうした役割は、まさにアンラーニングで鍛えた柔軟さがなければできなかったことだ。

結果的に、僕は設計だけでなくプロジェクトマネジメントにも関わるチャンスを得た。これも「アンラーニングがキャリアを加速させてくれた」一つの証だと思う。


これから海外を目指すあなたへ

もし今これを読んでいるあなたが、これから海外で働こうとしているエンジニアなら、まず覚えておいてほしいことがある。
それは「あなたの強みは、そのままでは通用しないかもしれない」ということだ。

でも、それは弱点じゃない。むしろチャンスだ。
アンラーニングを通して、自分の強みを新しい環境にフィットさせることができれば、必ず大きな成長につながる。

大事なのは、「正しさを証明すること」よりも、「柔軟に適応すること」。
言い換えれば、エンジニア脳を一度壊して、再構築する勇気を持つことだ。


最後に:エール

海外で働くのは、技術以上に「心の柔軟性」が試される場だ。
僕も最初は「通じない英語」「違う文化」「理解されない正論」に何度も心が折れそうになった。

でもアンラーニングを実践することで、少しずつ景色が変わっていった。
「違う」が「面白い」に変わり、
「通じない」が「伝え方を工夫する」に変わり、
「正しくない」が「別の正解もある」へと変わっていった。

だから僕は胸を張って言える。
アンラーニングは、海外で戦うエンジニアにとって最強のスキルだと。

これから海外を目指すあなたも、ぜひ自分の中の「正しさ」を一度疑ってみてほしい。
そして新しい考え方を受け入れ、柔軟に動ける自分を育ててほしい。

きっとその先には、今まで想像もしなかったキャリアの広がりと、ワクワクする未来が待っているはずだ。

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