― つながりを“橋”に変えるエンジニア術 ―
「ネットワーキング」って聞くと、みなさんどんなイメージを持ちますか?
カクテル片手にビジネスカードを配り歩く、いわゆる“名刺交換大会”みたいな場面を思い浮かべる人も多いかもしれません。正直に言うと、僕も海外で働き始めるまではその一人でした。ネットワーキングは、ちょっとした営業活動であり、自分を売り込む場であり、ときには「数の勝負」だと思っていたんです。
でも、実際に海外でエンジニアとして働き出してから、その考え方は大きく変わりました。いや、変えざるを得なかった、という方が正しいかもしれません。
なぜなら、僕が経験したネットワーキングの現場は「取引」ではなく「人と人との関係」そのものだったからです。そこにあったのは、役職やスキルを前に出すのではなく、共通の興味や情熱でつながっていく場でした。そして、その本質に気づけたとき、仕事だけでなく日常生活もぐっと豊かになったんです。
名刺よりも「会話」が価値になる世界
僕が最初に参加した海外の技術系イベントは、正直なところカルチャーショックの連続でした。
会場には、C#やWPFに限らず、Python、JavaScript、クラウド、UI/UXなど、さまざまなバックグラウンドを持つエンジニアたちが集まっていました。
日本でよくある勉強会では「どんな会社に所属しているか」「どんな肩書を持っているか」という自己紹介から始まることが多いですが、こちらでは違いました。
最初の会話がいきなりこんな感じだったんです。
- 「最近どんなプロジェクトにワクワクしてる?」
- 「趣味でやってる開発とかある?」
- 「週末は何して過ごしてる?」
一瞬、「え、仕事の話じゃないの?」と戸惑ったのを覚えています。
でも、会話を続けるうちに気づきました。彼らはまず「人となり」を知ろうとしているんです。そしてそこから、自然に技術やキャリアの話に発展していく。
つまり、取引的なネットワーキングではなく、“genuine connections”――本物のつながりを求めていたんです。
心理的安全性は「チームの空気」を変える
もうひとつ、僕にとって大きな気づきとなったのは「心理的安全性」の大切さです。
新しい職場に飛び込むと、まずは周囲にどう見られるかが気になりますよね。英語が完璧じゃない僕は、特に最初のころ「変に思われないだろうか」とか「間違えたらどうしよう」と常に心配していました。
でも、ある日チームの同僚にこう言われたんです。
「We don’t need you to be perfect. We just want you to be you.」
その一言で肩の力が抜けました。
チーム全体が「失敗を責めない」「意見を歓迎する」という雰囲気を持っていたからこそ、僕も安心して自分のアイデアを出せるようになったんです。
心理的安全性がある職場では、雑談も増えます。ジョークも飛び交います。結果として、ただの「一緒に働く人」から「一緒に楽しめる仲間」へと関係が変わっていくんです。
「聞く」ことは最大のコラボレーション
最後にもうひとつ、僕が学んだ大切なこと。それは「話す」よりも「聞く」ことの力です。
日本にいた頃は、英語に自信がないせいで「きちんと話さなきゃ」とプレッシャーを感じていました。でも実際には、流暢に話すよりも「相手の話を真剣に聞く」ほうがはるかに信頼を得やすいんです。
あるプロジェクトのミーティングで、同僚がUIデザインの課題について熱く語っていました。僕はすぐに解決策を提案するのではなく、まずは「なるほど、そう感じたんだね」「その観点は気づかなかったよ」と共感を示しました。すると相手は一気に安心した表情になり、その後のディスカッションがすごく建設的になったんです。
“Active listening”と“Empathetic responses”。これこそが、海外で信頼関係を築くための最強スキルだと実感しました。
― 実践の中でつかんだ“本物のつながり” ―
1. 名刺ではなく「趣味」でつながる
僕が本格的に“genuine connections”を意識し始めたのは、海外に来て2ヶ月目のこと。現地で開かれたC#系の開発者コミュニティのミートアップに参加したときでした。
会場に入ると、知らない人ばかり。正直、緊張で足がすくみました。しかも英語の会話スピードは想像以上に速く、「自分から話しかけるなんて無理かも」と思っていたんです。
でもそのとき、隣にいたエンジニアが気さくにこう話しかけてきました。
「Hey, what’s your favorite IDE?」
いきなりVisual StudioかRiderかって質問(笑)。
そこから「普段どういう環境でコーディングしてる?」という技術トークに発展しました。僕も少しずつリラックスして話せるようになり、最後には「実は週末に釣りに行くのが好きなんだ」と雑談の流れに。すると相手の目が輝きました。
「No way! I love fishing too!」
それからは技術よりも釣りの話で盛り上がり、気づいたら会場を出ても連絡を取り合う関係に。
この出会いをきっかけに、「ネットワーキングは名刺の数ではなく、共通の興味でつながることが大事なんだ」と強く実感しました。
2. チームに「心理的安全性」を育てる小さな工夫
僕の職場は国籍もバックグラウンドもバラバラな多国籍チーム。英語の流暢さや表現力にはかなりの差があります。最初の頃は、英語が苦手なメンバーが会議中に黙り込んでしまうこともよくありました。
そこで僕が意識したのは、「小さな安心感を積み重ねること」。
具体的にはこんな工夫をしました。
- 誰かの意見が出たら、必ず「Good point!」や「I see what you mean」と反応する
- 相手の言葉をそのまま繰り返して要約する(例: “So you mean we should refactor this part?”)
- 意見がまとまらなくても「Let’s park it and come back later」と前向きに処理する
これだけでも場の空気が柔らかくなるんです。
ある日、普段は控えめなインド出身の同僚が勇気を出して提案をしてくれたんですが、僕が即座に「That’s interesting, tell me more!」と返したら、彼の顔がパッと明るくなったのを覚えています。その瞬間、チーム全体の雰囲気も一気に前向きになったんです。
心理的安全性って、リーダーだけが作るものじゃない。チームの一員である自分も雰囲気づくりに貢献できるんだと学びました。
3. 「聞く姿勢」で信頼が生まれる瞬間
あるプロジェクトで、UI設計を巡って激しい議論になったことがありました。
デザイナーは「もっとシンプルにすべきだ」と主張し、開発側は「ユーザーの要望に応えるにはオプションを増やすべきだ」と譲らない。会議室の空気はどんどん険悪に……。
僕は英語で強く意見を言う自信がなかったので、ひたすら「聞く」ことに徹しました。相手の言葉を途中で遮らず、最後まで聞いてから「So what I hear is, you’re worried that too many options might confuse the user, right?」と確認する。
するとデザイナーが「Exactly!」と嬉しそうに頷いたんです。
ただ聞いただけなのに、相手は「理解してもらえた」と安心した様子。そこから議論が落ち着き、建設的な解決策に向かいました。
この経験で、「聞くこと」そのものが強力なコラボレーションツールだと確信しました。言葉の流暢さよりも、相手をきちんと理解しようとする姿勢の方が、はるかに信頼を生むんです。
4. 「イベント後」こそ本物のネットワーキング
海外で働く中で気づいたのは、ネットワーキングはイベント中だけで完結しない、ということです。
本当に関係が深まるのは「イベントが終わった後」。
たとえば、あるミートアップの後、何人かで飲みに行くことになりました。話題はプロジェクトの課題から、急に「どの国の料理が一番恋しいか」へ。僕は迷わず「日本のそば!」と答えたら、別の国のメンバーが「俺はインドのビリヤニ!」と返してきて大盛り上がり。
その場の笑いがきっかけで、普段の仕事でも気軽に意見交換できるようになり、プロジェクトの進行もスムーズになりました。
つまり、ネットワーキングは「会話のきっかけ作り」であり、その後の継続的なやり取りこそが本物のつながりになるんです。
― 壁にぶつかって気づいた“人との距離感” ―
1. 「聞く」つもりが「黙ってるだけ」に見える
最初の壁は、「聞く姿勢」を勘違いされたことです。
「承」で書いたように、僕は英語に自信がなかったので積極的に話すよりも「聞く」ことに力を入れていました。ところが、あるプロジェクトの後に上司からこんなフィードバックをもらったんです。
「You’re too quiet in meetings. We want to hear your thoughts.」
そのとき初めて、「黙って聞くこと」と「積極的に聞くこと」は違うんだ、と気づきました。僕の中では“うなずく・相槌を打つ・要約する”を意識していたつもりでしたが、英語のニュアンスが弱いせいで「ただ黙っている人」に見えてしまっていたのです。
そこからは、会議中に必ず一度は質問を投げるようにしました。
「So what you’re saying is… right?」とか「How about if we try…?」など、短くても声を出すことを徹底しました。
小さな一言でも、自分の存在を示すサインになるんだと学びました。
2. 「心理的安全性」は文化によって違う
心理的安全性を意識して「Good point!」や「I see what you mean」と声をかけるようにしていた僕ですが、あるとき逆効果になる場面がありました。
ドイツ出身の同僚とコードレビューをしていたときのこと。
僕が相手の提案に「Interesting!」と返したら、相手がちょっと怪訝な顔をしたんです。後で聞いてみると、彼にとっては「Interesting」という言葉が“微妙だね”“そこまで良くはないけど”みたいな含みを持つことがあるらしく、「本当にそう思ってるの?」と疑問に感じたそうです。
文化や言語の違いによって、同じ言葉でも受け取り方が変わる。これが僕にとって大きな壁でした。
それ以来、できるだけ曖昧な表現を避けて、「That’s a strong point」「I like this approach because…」と、理由を添えて伝えるようにしました。
心理的安全性は「雰囲気」で作れると思っていましたが、実際は「言葉の選び方」が文化によって微妙に違う。その難しさに直面した瞬間でした。
3. ネットワーキング疲れと「壁にぶつかる自分」
海外では、仕事以外にもネットワーキングの機会がとにかく多いです。
ミートアップ、カンファレンス、社内外の交流会。最初は刺激的で楽しかったんですが、数ヶ月経つと正直「疲れた…」と感じるようになりました。
特に辛かったのは、イベントの場で「営業モード」になる自分に気づいたときです。
相手に好かれたい、印象を残したい、と力みすぎてしまい、会話の内容が表面的になってしまう。すると当然、深いつながりは生まれないし、帰り道にどっと虚しさが押し寄せました。
このとき痛感したのは、ネットワーキングは量より質だということです。
無理してイベントに全部出るよりも、自分が本当に興味のあるテーマの場に絞る。気の合う人がいれば、その人とじっくり時間を過ごす。
「誰とつながるか」ではなく、「どうつながるか」が大事なんだと、失敗を通して学びました。
4. 「自分を出す」ことの怖さ
もうひとつの壁は、「自分らしさを出すこと」への抵抗です。
チームが「Be yourself」と言ってくれても、心の奥では「でも本音を出したら嫌われるんじゃないか」という不安がありました。
あるとき、プロジェクトの進め方について「もっと小さい単位でリリースした方がいい」と意見を言ったのですが、周りが黙り込んでしまったことがありました。
「やっぱり言わなきゃよかったかな」と落ち込みましたが、後日その意見をきっかけに議論が深まり、結果的にチーム全体の開発プロセスが改善されたんです。
その経験から、「怖くても言う価値はある」と少しずつ思えるようになりました。もちろん、言い方やタイミングは工夫が必要ですが、「自分を出すこと」がチームへの最大の貢献になる場合もあるんです。
― 学びをつなぎ、次の世代へ ―
ここまで「起」での気づき、「承」での実践、「転」での壁や失敗談をお話ししてきました。
最後の「結」では、それらをどう統合し、今の自分のキャリアや人間関係にどう影響を与えているのか。そして、これから海外で働こうとするエンジニアのみなさんに何を伝えたいのかをまとめたいと思います。
1. ネットワーキングは「戦略」ではなく「日常」
海外で働いて数年経った今、ネットワーキングを特別な「イベント」だと捉えることはなくなりました。
当初は「名刺を集めること」や「印象を残すこと」に意識が偏っていましたが、今ではもっと自然な“日常の一部”としてネットワーキングを考えています。
たとえば、オフィスのコーヒーマシンの前で同僚と交わす5分の会話。
たまたま隣の席に座った人との雑談。
そうした小さな会話の積み重ねこそが、実は一番大事なネットワーキングの時間だったりします。
「戦略的に動くこと」よりも「目の前の人に興味を持つこと」。
これさえ忘れなければ、自然と人とのつながりは広がっていく――これが僕の実感です。
2. 心理的安全性は「贈り物」
心理的安全性についても、当初は「自分が安心できる環境を求める」ことばかり考えていました。
でも今では、「自分が周りに安心感を与えられているか」を意識するようになっています。
ちょっとした相槌や共感の言葉は、相手にとって大きな勇気の源になることがあります。
「承」で紹介したように、控えめな同僚が提案してくれたときに「Tell me more!」と返したら、彼の表情が一気に明るくなった。その経験は僕の中でずっと残っています。
心理的安全性は「環境に依存するもの」ではなく、「自分が提供できるもの」。
つまり贈り物のようなものなんです。そう考えると、日常のコミュニケーションの意味がぐっと重みを増しました。
3. 「聞く力」はキャリアを支える最強スキル
海外で働き始めた当初は、英語力の不足をずっとコンプレックスに感じていました。
でも振り返ると、英語が完璧でなくても「相手の話を最後まで聞き、理解しようとする姿勢」があれば、信頼関係は築けるとわかりました。
いま僕がプロジェクトマネージャーやクライアントから評価される理由の一つは、「まず話を聞いてくれる人」だからだと思います。
技術力やスピードも大事ですが、結局のところ「この人と一緒に仕事したい」と思ってもらえるかどうかは、聞き方や共感の姿勢にかかっているのです。
つまり、「聞く力」は僕にとってキャリアを支える最強スキルになりました。
4. 失敗は“踏み石”になる
「転」でお話ししたように、僕は数え切れないほど失敗をしました。
- 黙って聞いているだけに見えた
- 文化の違いで言葉を誤解された
- ネットワーキング疲れで空回りした
- 自分を出すのが怖くて悩んだ
でも、こうした失敗は決して無駄ではありませんでした。
むしろ、一つひとつの失敗が“踏み石”のようになって、少しずつ成長させてくれたのです。
海外で働くというのは、まさに“文化の川を渡る”ようなもの。
その川を渡るためには、失敗という石を踏みながら、少しずつ前に進んでいくしかありません。
そして振り返ったとき、失敗が多ければ多いほど、自分が渡ってきた橋は強く、太くなっていると気づくんです。
5. これから海外に挑戦するエンジニアへ
最後に、これから海外で働こうとするエンジニアのみなさんに伝えたいことがあります。
- 英語は完璧じゃなくていい
文法や発音が多少間違っていても、相手を理解しようとする姿勢があれば十分です。 - ネットワーキングは数ではなく深さ
名刺を集めるよりも、一人とじっくり話した方がよっぽど価値があります。 - 心理的安全性は与えるもの
あなたが安心感を与える人になれば、自然とチームも安心できる場所に変わっていきます。 - 失敗を恐れない
失敗は恥ではなく、前に進むための“踏み石”です。
海外で働くことは、挑戦の連続です。
でも、そこで築いた“本物のつながり”は、技術や肩書き以上にあなたのキャリアを支えてくれる財産になります。

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