崩れ去る「絶対安全」の幻想 ~The Myth of Perfect Prevention~
こんにちは。海外でITエンジニアとして働いている者です。
普段はC#やWPFを使って、デスクトップアプリケーションの設計開発をメインにやっています。
日本で働いていた頃を思い出すと、現場の空気感ってやっぱり独特でしたよね。「バグ=悪」「システムダウン=切腹もの」みたいな、あの張り詰めた緊張感。もちろん、品質に対するその真摯な姿勢は日本の素晴らしい武器だし、僕もWPFでPixel PerfectなUIを作り込む時はその精神を大切にしています。
でも、こっち(海外)に来てから、ある決定的な「常識の違い」に気づかされました。
それは、「システムは壊れるものである」という前提を受け入れる深さです。
今日は、これから海外を目指すエンジニアの皆さん、あるいはもっとタフなエンジニアになりたいと思っている皆さんに、僕がこっちに来て叩き込まれた**「The Myth of Perfect Prevention(完璧な予防という神話)」**について話をさせてください。これを読むと、明日からのエラーログの見え方がちょっと変わるかもしれません。
崩れ去る「絶対安全」の幻想
正直に言いますね。僕らは今まで、「障害を起こさないこと」にエネルギーを使いすぎていました。
「テストカバレッジを100%にすれば安心か?」
「冗長構成を組めば絶対に止まらないか?」
答えはNoです。
特に最近のシステムは、クラウドネイティブだ、マイクロサービスだ、と複雑さが指数関数的に増しています。僕が担当しているクライアントサイドのWPFアプリ一つとっても、バックエンドのAPI、認証基盤、さらにはOSのアップデート状況まで、依存関係はスパゲッティのように絡み合っています。
ここで、最近起きた「あの」事件を思い出してみてください。
そう、2024年に世界を震撼させたCrowdStrikeによる大規模システム障害です。
あれは象徴的でしたよね。世界中の空港でフライトが止まり、病院の手術が延期され、銀行業務がストップした。「ブルースクリーン・オブ・デス(BSOD)」がタイムズスクエアの巨大スクリーンに映し出された光景は、サイバーパンク映画のワンシーンのようでした。
でも、ここで注目すべきは「誰が悪いか」じゃありません。
あの障害の原因は、サイバー攻撃でもハードウェアの故障でもなく、皮肉なことに**「セキュリティを守るためのアップデート」に含まれていた論理エラーでした。
つまり、「完璧に予防しようとした行為そのもの」が、システムを崩壊させた**のです。
他にも、AWSやAzureといった主要クラウドプロバイダーでさえ、年に数回は大規模な障害を起こします。彼らは世界最高峰のエンジニアを集め、天文学的な予算をかけてインフラを構築しています。それでも、止まるんです。設定ファイルのたった一行のミス、想定外のトラフィック急増、あるいは物理的なケーブル切断……。
これを目の当たりにして、僕らエンジニアが認めるべき事実は一つだけ。
「Failure is inevitable(失敗は避けられない)」
これが、海外のエンジニアリング現場における共通言語です。
日本にいた頃の僕は、「どうすれば100%防げるか」ばかりを考えていました。上司への報告書には「再発防止策」を完璧に書くことが求められましたし、原因究明ミーティングはまるで尋問のようでした。
「なぜ防げなかったんだ?」「想定が甘かったんじゃないか?」
でも、こっちの現場では違います。
「起きることは起きる。で、起きた時にどう動く? どう回復する? 何を学ぶ?」
議論のスタート地点がそこなんです。
「完璧な予防」を目指すことは、終わりのないモグラ叩きをするようなものです。
現代のシステムは複雑すぎて、すべての変数をコントロールすることは不可能です。バタフライ・エフェクトのように、地球の裏側にあるサーバーの小さな遅延が、あなたのアプリをクラッシュさせるかもしれない。
そんな世界で「障害ゼロ」を掲げるのは、もはや勇敢なのではなく、無謀であり、ある種の傲慢さですらあると言われています。
この「完璧な予防という神話」を信じ続けていると、エンジニアとしてどうなるか?
まず、メンタルが持ちません。アラートが鳴るたびに寿命が縮む思いをする。
そして何より、「守り」に入りすぎて、イノベーションが止まります。
「壊れるのが怖いから、デプロイ頻度を下げよう」
「新しいライブラリはリスクがあるから、枯れた技術だけで作ろう」
結果として、変化の激しいグローバル市場において、プロダクトは陳腐化し、競争力を失っていきます。
僕が海外に来て一番「得したな」と思ったマインドセットの転換はここです。
**「Disruption(混乱・中断)は敵ではない」**と考えること。
むしろ、混乱はシステムが抱える弱点を教えてくれる、ありがたいフィードバックだと捉えるんです。
例えば、僕のチームではWPFアプリのメモリリーク問題に直面した時、「絶対にリークしないコードを書く」ことだけに執着するのをやめました。もちろんベストは尽くしますが、WPFの特性上、バインディング周りでどうしても予期せぬ参照が残ることはある。
だから、「リークが発生しても、アプリが落ちる前にユーザーに警告を出して安全に再起動を促す仕組み」や、「一定のメモリ閾値を超えたら自動的にガベージコレクションを強制し、ログを送信して次回起動時に復元する仕組み」といった、**「転んだ時の受け身の取り方」**にリソースを割くようにしました。
結果どうなったと思います?
ユーザーからの「アプリが突然落ちてデータが消えた!」という怒りのクレームは激減しました。
「なんか重くなったけど、再起動したら直ったし、データも残ってたからいいや」
という許容に変わったんです。
完璧を目指して疲弊するより、不完全さを受け入れて回復力を高める方が、結果としてユーザーの信頼を得られる。これは僕にとって目から鱗の体験でした。
これから海外を目指す皆さん。
もし面接で「あなたの最大の失敗は何ですか?」と聞かれたら、ただ謝罪するだけのエピソードを話すのはやめましょう。
「想定外の障害が起きた時、いかに冷静にその『神話』を捨て、回復(リカバリー)に全力を注いだか」
そして
「その障害から何を学び、システムをどう『強く』したか」
を語ってください。それこそが、グローバルスタンダードなエンジニアの価値です。
次回は、なぜこれほどまでに現代のシステムが脆弱になってしまったのか、その構造的な理由と、僕らが抱える「見えない爆弾」の正体について深掘りしていきます。
「複雑性」という魔物とどう向き合うか。もう少しテクニカルな話も交えつつ、C#エンジニア視点での気づきをシェアしたいと思います。
なぜシステムは複雑化し、僕らは「見えない爆弾」を抱えるのか
こんにちは。海外でC# WPFエンジニアとして奮闘中の僕です。
前回の記事では、「完璧な予防なんて無理だ、諦めろ(いい意味で)」という話をしました。
「えー、でも俺の書いたコードは完璧だし、単体テストも通ってるよ?」
そう思ったあなた。かつての僕もそうでした。Visual Studioの緑色のチェックマークを見るたびに、「よっしゃ、完全勝利」と悦に入っていたものです。
でも、海外の現場で大規模なシステム開発に揉まれるうちに、ある恐ろしい事実に気づいてしまいました。
今日は、私たちが戦っている本当の敵、**「Complexity(複雑性)」という魔物と、私たちが知らず知らずのうちに抱え込んでいる「見えない爆弾」**についてお話しします。
これを読めば、なぜあなたのアプリがある日突然、何の前触れもなくクラッシュするのか、その真犯人が見えてくるはずです。
「Abstraction(抽象化)」という名の甘い罠
僕たちプログラマは、抽象化が大好きです。
C#を使っている時点で、メモリ管理はガベージコレクタ(GC)にお任せだし、WPFのXAMLを書けば、DirectXがどう描画しているかなんて知らなくてもリッチなUIが作れます。
「巨人の肩の上に立つ」
これは素晴らしいことです。車輪の再発明をせずに、ビジネスロジックに集中できるんですから。
でも、この便利さの裏には**「中身がどうなっているか分からないブラックボックス」**が山積みになっていることを忘れてはいけません。
例えば、ある日突然、WPFアプリの描画がカクつき始めたとします。
あなたは自分の書いたViewModelやXAMLを見直すでしょう。「バインディングの回数が多いのかな?」「メモリリークしてる?」
でも、原因はそこにはありませんでした。
実は、裏で使っていたサードパーティ製のUIコンポーネントライブラリ(NuGetで入れたやつです)が、特定のWindows Updateパッチと競合して、GPUアクセラレーションが無効になっていた……なんてことが実際にありました。
これが**「Leaky Abstraction(抽象化の漏れ)」**です。
僕らは「ボタン」という抽象化された便利なコントロールを使っているつもりでも、その下には.NET Runtimeがあり、Win32 APIがあり、ディスプレイドライバがあり、ハードウェアがある。
この何層にも重なったレイヤーのどこか一つでも綻びれば、一番上のあなたのコードは、何一つ間違っていなくても崩れ落ちます。
現代のシステム開発は、もはや「コードを書く」というより、**「信頼できない大量のブラックボックスを、祈るような気持ちで繋ぎ合わせる」**作業に近いのかもしれません。
マイクロサービスと「分散された爆弾」
こっち(海外)のトレンドとして、モノリス(一枚岩)なシステムを嫌い、マイクロサービス化を進める動きが依然として強いです。
デスクトップアプリ開発者の僕には関係ない? いえいえ、大ありです。
昔のデスクトップアプリは、ローカルのDBに繋いで終わりでした。自己完結していたんです。
でも今の僕が作っているWPFアプリは、ただの「リッチなフロントエンド」に過ぎません。認証はAuth0へ、データはクラウドのREST APIへ、ログはDatadogへ。
こうなると何が起きるか?
**「依存関係の爆発」**です。
ある日、QAチームから「ログインできない」と連絡が来ました。
僕のコードをデバッグしても、リクエストは正常に飛んでいる。レスポンスも(エラーではなく)200 OKが返ってきている。でも中身が空っぽ。
原因を突き止めるのに3日かかりました。
原因は、認証サーバーの裏側にあった、さらに別のマイクロサービスのデプロイミスでした。JSONのシリアライズ設定が勝手に変わり、キャメルケースがパスカルケースになっていたんです。
たったそれだけのことで、僕のWPFアプリは沈黙しました。
これが**「分散された爆弾」**です。
システムの構成要素が増えれば増えるほど、障害のポイント(Point of Failure)は指数関数的に増えます。そして厄介なことに、その爆弾のスイッチは、僕の手の届かない場所にあります。他国のチームが管理しているAPIかもしれないし、クラウドプロバイダーの隠れた仕様変更かもしれない。
「自分のコードさえ完璧なら動く」
そんな牧歌的な時代は、もう終わってしまったのです。
「技術的負債」という時限装置
さらに、もっと身近で恐ろしい爆弾があります。
それは、**「過去のエンジニア(あるいは過去の自分)が埋め込んだ負債」**です。
海外のプロジェクトは流動性が高いです。エンジニアはジョブホッピングしてナンボの世界。
つまり、今のプロジェクトのコードベースには、もうとっくに退職して連絡もつかない「ボブ」や「アリス」が書いたコードが大量に残っています。
「なぜここでThread.Sleep(500)してるの? 無駄じゃない?」
そう思ってリファクタリングでその行を消した瞬間、アプリ全体がデッドロックしてフリーズする。
実はその500ミリ秒は、非同期処理の競合(Race Condition)を奇跡的なバランスで回避するための、涙ぐましい(そして汚い)ワークアラウンドだった……なんてことは日常茶飯事です。
ドキュメントには何も書いてありません。コメントもありません。
これはもはやコードではありません。**「触れたら爆発する遺跡」**です。
システムが長く運用されればされるほど、こうした「理由はわからないけど動いている」コードが増えていきます。
複雑さは、エントロピーのように増大し続けるのです。
制御不能な世界で、僕らはどう生きるか
ここまで読んで、「うわ、エンジニアって絶望的じゃん」と思いましたか?
いえ、逆です。
「システムは複雑すぎて、誰も全容を把握できない」と認めることこそが、プロフェッショナルへの第一歩だと僕は思います。
日本にいた頃の僕は、全てをコントロールしようとしていました。
「仕様書と寸分違わぬ動作を保証しなければならない」と自分を追い込んでいました。
でも、それは「天気予報を100%当てよう」とするようなものです。複雑系において、それは不可能です。
海外のシニアエンジニアたちは、この「制御不能性(Uncontrollability)」を前提にしています。
彼らはこう言います。
「おい、このAPIは信用するな。いつか絶対に死ぬぞ。だからサーキットブレーカー(遮断機)を入れておこう」
「このライブラリはブラックボックスだ。だからラップして、何かあったらすぐに別のものに差し替えられるようにインターフェースを切っておこう」
彼らは、「爆弾があること」を前提に、防爆スーツを着込んでいるのです。
爆弾を撤去しようとするのではなく、爆発しても怪我をしない準備をする。
これが、前回の記事で触れた「The Myth of Perfect Prevention(完璧な予防という神話)」から脱却するための重要な視点です。
複雑さは、悪ではありません。現代の便利なシステムを実現するための代償です。
私たちはその代償として、「いつどこで何が起きるかわからない恐怖」を受け入れなければなりません。
でも、ただ怯えているだけじゃありません。
次回は、このカオスな状況を逆手に取り、システムをより強靭にするための驚くべき手法についてお話しします。
キーワードは**「敵を味方にする」**。
障害をあえて自分たちで引き起こす、あの狂気じみた(でも理にかなった)エンジニアリング手法についても触れていきます。
障害を「敵」から「教師」に変える、カオスエンジニアリング的思考
こんにちは。海外でC# WPFエンジニアとして働いている僕です。
前回までの記事で、「システムは複雑すぎて、いつか必ず壊れる」「完璧な予防は不可能だ」という話を散々してきました。
読んでいて「もうエンジニア辞めたい……」と胃が痛くなった人もいるかもしれません(笑)。
でも、ここからが一番面白いところなんです。
海外の現場に来て、僕が最も衝撃を受けたこと。それは、彼らがこの「壊れる」という事実に対して、とんでもないアプローチを取っていたことでした。
彼らはこう言うんです。
「いつ壊れるか分からないのが怖い? じゃあ、今ここで自分たちで壊しちゃえばいいじゃん」
は? 正気か? と思いました。
でも、これこそが現代の複雑なシステムを生き抜くための最強の生存戦略、**「Chaos Engineering(カオスエンジニアリング)」**の考え方だったのです。
今日は、障害を「避けるべき敵」から「学びを与えてくれる教師」に変える、このパラダイムシフトについてお話しします。
「筋肉」と「システム」の意外な共通点
少し哲学的な話をさせてください。
ナシーム・ニコラス・タレブという思想家が提唱した**「Antifragile(反脆弱性)」**という概念があります。
世の中には3種類のモノがあります。
- Fragile(脆い): 落とすと割れるガラスのようなもの。ストレスに弱い。
- Robust(頑健): 落としても割れない石のようなもの。ストレスに耐えるが変わらない。
- Antifragile(反脆弱): ストレスを与えると、逆に強くなるもの。
これ、何だか分かりますか?
一番身近な例は、僕たちの「筋肉」です。
筋トレって、要は筋繊維を一度ブチブチに切断(破壊)しているわけですよね。でも、体は「やばい、もっと強くならないと耐えられない!」と反応して、以前より太く強い筋肉を作って回復します。
免疫システムも同じです。適度な菌やウイルスに晒されないと、免疫は弱ってしまいます。
海外のエンジニアたちは、ソフトウェアシステムもこの「筋肉」と同じであるべきだと考えています。
「絶対に失敗しないように過保護に守られたシステム」は、いざ本番で想定外のトラブル(未知のウイルス)が来た時に、免疫がなくて即死します。
だから、**「平時に、意図的に、システムをいじめてやる」**必要があるんです。
「本番環境でサーバーを落とす」という狂気
この思想を体現したのが、Netflixが開発した「Chaos Monkey」というツールです。
これ、何をするかというと、なんと稼働中の本番環境のサーバーをランダムにシャットダウンさせるんです。
日本にいた頃の僕なら、「ふざけるな! お客様に迷惑がかかったらどうするんだ! 始末書じゃ済まないぞ!」と激怒していたでしょう。
でも、彼らの論理はこうです。
「もしサーバーが1台落ちただけでサービス全体が止まるなら、それはアーキテクチャが悪い。昼間のエンジニアがいる時間帯にわざと落として、それでも自動的に予備サーバーに切り替わってユーザーが気づかないことを確認するんだ。そうすれば、真夜中に本当に障害が起きても、誰も叩き起こされずに済むだろう?」
これが**「Design for Failure(障害を前提とした設計)」の究極形です。
障害訓練(Game Day)を避難訓練のように日常的に行うことで、システムも、そして何より「エンジニアのメンタル」**も強くなります。
「あ、サーバー落ちた? はいはい、いつものね」と、パニックにならずに対応できるようになるんです。
クライアントサイド(WPF)エンジニアのカオス思考
「それはNetflixみたいなWeb系の話でしょ? デスクトップアプリの僕らには関係ないよ」
そう思ったあなた。
僕も最初はそう思っていました。でも、この考え方はC# WPFの開発にも強烈に応用できます。
僕のチームでは、QA(品質保証)フェーズで**「カオステスト」**をやります。
例えば、アプリが重要なデータを保存している最中に:
- LANケーブルを引っこ抜く(ネットワーク断絶)。
- わざとAPIのレスポンスを10秒遅らせる(レイテンシ注入)。
- ディスクの空き容量をゼロにする。
- メモリを意図的に食いつぶす。
これをやると、大抵のアプリは無様にクラッシュします。
「NullReferenceException」で落ちたり、UIがフリーズして操作不能になったり。
でも、それでいいんです。リリース前に壊れてくれてありがとう、なんです。
これを受けて、僕らはコードを修正します。
「保存中にネットワークが切れたら、ローカルの一時ファイルに退避して、接続回復後にリトライするロジック(Pollyなどのライブラリを活用)を入れよう」
「APIが遅い時は、UIをフリーズさせずに『接続状況が不安定です』というトースト通知を出して、ユーザーに安心感を与えよう」
こうして「いじめ抜かれた」アプリは、強くなります。
海外のネット環境は日本ほど安定していません。カフェのWi-Fiはすぐ切れるし、VPNは不安定。そんな過酷な環境でも、僕らのアプリが「なかなか落ちない、しぶといアプリ」として評価されているのは、このカオス思考のおかげです。
評価軸を変えろ:MTTFからMTTRへ
この「転」のパートで皆さんに一番伝えたいのは、評価指標のパラダイムシフトです。
日本の従来の開発では、**MTTF(Mean Time To Failure:平均故障間隔)**を重視します。つまり、「いかに長く、壊れずに稼働し続けるか」です。
これはもちろん大事ですが、現代の複雑系では限界があります。どれだけ頑張っても、いつかは壊れるからです。
海外の先端企業が重視するのは、MTTR(Mean Time To Recovery:平均復旧時間)です。
「壊れるのは仕方ない。でも、壊れてから何秒で直るか?」
- アプリがクラッシュしても、自動再起動して前回の作業状態を1秒で復元できるなら、ユーザーにとっては「ちょっと瞬きした」程度の出来事になります。
- サーバーが落ちても、コンテナオーケストレーション(Kubernetesなど)が瞬時に新しいポッドを立ち上げるなら、サービスは止まりません。
「絶対に転ばない人」を目指すのではなく、**「転んでも一瞬で起き上がる人」**を目指す。
このマインドセットの切り替えこそが、海外エンジニアとして生き抜くための核心です。
完璧主義は、脆さ(Fragile)を生みます。
不完全さを受け入れ、回復力(Resiliency)を磨くこと。
障害を「隠すべき恥」ではなく、「システムを強くするための貴重なデータ」として歓迎すること。
この思考法を手に入れた時、あなたは「アラートにおびえるエンジニア」から、「波を乗りこなすサーファーのようなエンジニア」へと進化します。
さて、ここまで「システム」の話をしてきましたが、実はこの「反脆弱性」や「回復力」という考え方、僕たちの**「キャリア」や「人生」**にもそのまま当てはまると思いませんか?
次回、いよいよ最終回「結」。
この不確実な時代に、海外で、あるいは日本で、どうすれば「折れないキャリア」を築けるのか。
システム設計から学んだ人生術として、明日から使えるアクションプランをお届けして締めくくりたいと思います。
不確実性の波を乗りこなせ。海外流・折れないキャリアの作り方
こんにちは。海外でC# WPFエンジニアとして働いている僕です。
全4回にわたってお届けしてきた「The Myth of Perfect Prevention(完璧な予防という神話)」シリーズも、今回でラストです。
ここまで、システムにおける「完璧な予防の不可能性」「複雑性の受容」「カオスエンジニアリングによる回復力(レジリエンス)の強化」について語ってきました。
最終回である今回は、これらのエンジニアリング思考を、僕たち自身の**「キャリア」や「人生」**にインストールしてみよう、という話です。
正直に言います。僕が海外に出て一番救われたのは、技術力の向上よりも、この**「人生のバグに対する向き合い方」**が変わったことでした。
人生は「Unhandled Exception」の連続だ
日本にいた頃の僕は、キャリアに対しても「ウォーターフォール型」の完璧主義者でした。
「30歳までにリーダーになり、35歳でスペシャリストになり、年収はこれくらいで……」
詳細な設計図を引き、そこから1ミリでも逸れることを極端に恐れていました。履歴書に「空白期間」ができることなんて、あってはならない重大なインシデントだと思っていました。
でも、海外に出ると、そんな設計図は瞬く間に破綻します。
ビザが突然却下される、会社が買収されてプロジェクトが消滅する、信頼していた同僚が翌日にはクビになっている……。
海外生活は、まさにtry-catchブロックで囲われていない場所で発生する**「Unhandled Exception(未処理の例外)」**の連続です。C#ならDispatcherUnhandledExceptionで拾ってログを吐いて終わりかもしれませんが、人生ではそうはいきません。
ここで、前回の「MTTR(平均復旧時間)」の話を思い出してください。
「絶対にクビにならない(MTTFを伸ばす)」ことに全精力を注ぐエンジニアは、変化を恐れ、社内政治に疲れ、新しい技術への挑戦を避けるようになります。これは「脆い(Fragile)」生き方です。
一方で、「クビになっても、来週には別の現場で笑って働ける(MTTRを短くする)」準備をしているエンジニアは、最強です。
では、どうすればキャリアのMTTRを短縮できるのか?
答えはシンプルです。**「自分というシステムを疎結合(Loosely Coupled)にし、冗長化しておくこと」**です。
「会社」という単一障害点(SPOF)をなくせ
多くの人は、自分の収入やアイデンティティを「一つの会社」にガッツリ依存させています。これはシステム設計で言うところの**「Single Point of Failure(単一障害点)」**です。そこが倒れたら、全てが終わる。
僕がこっちのエンジニアたちを見て学んだのは、彼らが驚くほどドライに、しかししたたかに「個」としての生存能力を高めていることです。
彼らは、会社が安定している時こそ、外の世界と接続します。
- 技術ブログを書く(Knowledge Sharing): 自分の知見を外部化し、名前を売る。
- オープンソースに貢献する: 会社の看板がなくても通用するコード力を証明する。
- ネットワーキング(Meetup): 転職エージェントではなく、エンジニア仲間との「弱いつながり」を維持する。
これらはすべて、キャリアにおける「冗長化構成」です。
僕自身、C# WPFというニッチな分野であっても、英語で情報を発信し続けたことで、今のポジションを得ました。
「会社」というメインサーバーがダウンしても、「個人」というバックアップサーバーがすぐに立ち上がる状態を作っておく。これが、心の平穏と、挑戦する勇気を生み出します。
「再起動」を恐れるな:Fail Fast, Learn Faster
シリコンバレーには**「Fail Fast(早く失敗せよ)」**という言葉があります。
これは「適当にやれ」という意味ではありません。「小さな失敗を繰り返すことで、致命的な破滅を避け、学習サイクルを回せ」という意味です。
僕たち日本人は、どうしても「失敗=恥」と捉えがちです。
でも、エンジニアリングの視点で見れば、失敗はただの**「フィードバックループ」**です。
コンパイルエラーが出たら、落ち込みますか?
落ち込みませんよね。「あ、型が違うのね、はい修正」で終わりです。
人生の失敗も、本来はそうあるべきなんです。
- 英語のプレゼンで盛大に噛んだ? → 準備不足というフィードバックです。次はスクリプトを丸暗記しよう。
- 面接で技術質問に答えられなかった? → 知識の欠落という発見です。帰ってドキュメントを読もう。
僕が海外で見てきた「強いエンジニア」は、みんな失敗のエピソードを武勇伝のように語ります。
「あの時、本番DBを飛ばしちゃってさあ! だから今は、こういう権限管理のツールを作ったんだ(ガハハ)」
彼らは失敗を隠蔽せず、**「パッチ(修正パッチ)」**として自分自身に適用し、バージョンアップしたのです。
これこそが、タレブの言う**「Antifragile(反脆弱性)」**な生き方です。
ストレスや失敗があるたびに、以前よりも強くなって戻ってくる。
これから海外を目指すあなたへ
最後に、これから海を渡ろうとしている、あるいは新しい挑戦をしようとしているあなたへ。
完璧な準備なんて、永遠にできません。
英語が完璧になってから? 技術力がGoogleレベルになってから?
そんな日を待っていたら、チャンスは全て逃げていきます。
システム開発において、リリース前のバグをゼロにすることが不可能なように、人生においても「不安ゼロ」でスタートすることは不可能です。
だから、バグがあるまま、リリースしてください。
行って、ぶつかって、エラーを出してください。
大切なのは、エラーを出さないことではなく、エラーハンドリングのコードを自分の中に書いておくことです。
「ダメだったら日本に帰って、美味しいラーメンでも食べて、また出直せばいいや」
それくらいの例外処理(catch block)さえあれば、人間はどこへだって行けます。
僕がC#とWPFという武器一つで、異国の地でなんとかやっていけているのは、僕が優秀だからではありません。
僕が**「完璧な予防という神話」を捨て、「起きたトラブルは全てネタ(学び)にする」と決めたから**です。
エンジニアという仕事は最高です。
私たちは、カオスな世界に秩序をもたらし、動かないものを動くようにする魔法使いです。
そのロジックとマインドセットを、ぜひ、あなた自身の人生にも適用してください。
あなたの人生という壮大なプロジェクトが、どんな予期せぬエラー(ドラマ)に出会い、どんな素晴らしいリカバリーを見せるのか。
遠い空の下から、同業者として、心から応援しています。
それでは、またどこかのコードベースか、世界のどこかの街角で会いましょう。
Happy Coding & Have a Resilient Life!

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