かつて夢見た「銀の弾丸」と、2025年のほろ苦いコーヒー
やあ、みんな。今日も地球のどこかでコードを書いてるかい?
僕は今、オフィスの窓から見える異国の街並みを眺めながら、濃いめのコーヒーを飲んでいるところだ。手元のディスプレイには、見慣れたVisual Studioと、そして無数に立ち上がったコンソールのログが流れている。
僕は普段、C#とWPFを使って、比較的リッチなクライアントアプリケーションの設計開発をしている。WPFというと「デスクトップアプリ? レガシーじゃない?」なんて思う人もいるかもしれないけど、海外のエンタープライズ領域、特に金融や医療、高度なエンジニアリングツールなんかの分野では、Web技術だけではパフォーマンスや堅牢性が足りない場面で、まだまだ現役だし、むしろ進化しているんだ。
でも、今日話したいのはフロントエンドの話じゃない。その裏側、バックエンドのアーキテクチャについての話だ。
「マイクロサービスなら、すべて解決する」という熱狂
時計の針を少し戻そう。
君も覚えているだろうか? 数年前、テック業界全体を包み込んでいたあの「熱狂」を。
「モノリス(一枚岩)は悪だ。マイクロサービスこそが正義だ」
NetflixやAmazonといったテックジャイアントが成功事例を引っ提げ、カンファレンスでは誰もが「疎結合」「独立デプロイ」「スケーラビリティ」という言葉をマントラのように唱えていた。
僕もその一人だった。
巨大なソリューションファイル(.sln)を開くのに数分かかり、たった一行の修正がシステム全体のリビルドを必要とし、金曜日のデプロイが週末の障害対応を約束していたあの頃。「マイクロサービス」という概念は、まさに**「銀の弾丸」**に見えたんだ。
「機能ごとにサービスを小さく分割しよう!」
「チームごとに好きな言語や技術スタックを選べるぞ!」
「あるサービスがダウンしても、システム全体は止まらない!」
アジリティ(俊敏性)とスケーラビリティ(拡張性)。この2つの約束は、あまりにも魅力的だった。僕たちはこぞってモノリスをハンマーで叩き割り、小さなサービスの集合体へと作り変えることに躍起になった。REST API、gRPC、メッセージキュー…。新しいおもちゃを手に入れた子供のように、僕たちは分散システムの海へと飛び込んだんだ。
2025年、現場で起きている「異変」
そして現在、2025年。
コーヒーの味が少し苦く感じるのは、豆のせいだけじゃないかもしれない。
今、僕の周りの海外エンジニアたちとランチに行くと、話題は決まって「複雑さ」への嘆きになる。かつて「アジリティをもたらす」はずだったマイクロサービスが、皮肉なことに、今では私たちの足枷になり始めているんだ。
「約束が違うじゃないか」
そんな声が、Slackのチャンネルからも、GitHubのIssueからも聞こえてくる気がする。
確かに、マイクロサービスは普及した。今やスタートアップから大企業まで、猫も杓子もマイクロサービスだ。履歴書に「Microservices Architecture」と書いていないエンジニアを探す方が難しいくらいだ。
しかし、2025年の今、私たちはその「代償」に直面している。
アジリティという名の「迷路」
初期の約束だった「アジリティ」。
確かに、小さなサービス単位での修正は速くなった。C#で書かれた認証サービスを修正するのに、Goで書かれた決済サービスを気にする必要はない。そこまでは良かった。
だが、システム全体としての「アジリティ」はどうなっただろう?
例えば、新しいビジネス要件で「ユーザーが購入履歴に基づいて、おすすめ商品を表示し、かつ在庫確認をしてクーポンを発行する」という機能が必要になったとする。
かつてのモノリスなら、データベースを数回JOINして、一つのトランザクションで完結していた処理だ。
しかし今はどうだ?
- User Serviceからユーザー情報を取得。
- Order History Serviceに問い合わせ。
- Recommendation Serviceにデータを投げ、AIモデルで推論。
- Inventory Serviceで在庫確認(あ、ここでネットワーク遅延が発生!)。
- Coupon Serviceで発行処理…おっと、ここでエラーが起きたらどうロールバックする? 分散トランザクション? Sagaパターン?
気がつけば、私たちは「ビジネスロジック」を書いている時間よりも、「サービス間の通信エラー」や「データの不整合」と戦っている時間の方が長くなっていないか?
WPFクライアントを開発している僕の立場から見ると、この複雑さはさらに顕著だ。
「画面にデータを表示したいだけなのに、裏側で10個のサービスが連携していて、そのうちの1つが遅いせいで画面全体がフリーズする」なんてことが日常茶飯事だ。クライアント側でリトライ処理やサーキットブレーカーの実装を求められることも増えた。
「バックエンドの複雑さを、フロントエンドに押し付けないでくれ」と言いたくなることもある。
データ整合性という「悪夢」
そして、最も深刻なのが「データ」の問題だ。
2025年の今、データの重要性はかつてないほど高まっている。AIや機械学習がビジネスの核となり、リアルタイムなデータ活用が求められる時代だ。
しかし、マイクロサービスによって分断されたデータベースは、情報のサイロ化(孤立化)を招いた。
「結果整合性(Eventual Consistency)」という言葉は、聞こえはいいが、現場にとっては「いつデータが正しくなるか保証できない」という恐怖と隣り合わせだ。
レポートを出力しようとしたら、在庫数と売上金額が合わない。原因を調査しようにも、ログは10個の異なるサービスに散らばり、トレーシングIDを追いかけるだけで半日が終わる。
「スケーラビリティ」を得るために、私たちは「シンプルさ」という、エンジニアにとって最も強力な武器を捨ててしまったのではないか?
2030年に向けた「限界」の予感
ここ海外のテックシーンでは、すでに新しい風が吹き始めている。
それは「マイクロサービスやめようぜ」という単純な回帰ではない。もっと本質的な、「複雑さとの付き合い方」に対する再考だ。
今、私たちが感じているこの「痛み」は、単なる成長痛ではない。
2030年に向けて、ソフトウェアの複雑性は指数関数的に上昇していく。AIエージェントの自律的な動作、エッジコンピューティング、量子コンピューティングの足音…。これらが絡み合う未来において、人間が管理できる「認知負荷(Cognitive Load)」の限界を超えようとしているのだ。
今のままのマイクロサービスアプローチでは、2030年のチームは破綻する。
維持管理コストが開発リソースを食いつぶし、新しい価値を生み出す余裕がなくなるからだ。
「分散されたモノリス(Distributed Monolith)」という最悪のキメラを作り上げてしまった私たちは、今こそ立ち止まり、地図を見直す必要がある。
このブログでは、そんな「マイクロサービスの幻影」から目を覚まし、私たちが次にどこへ向かうべきか、実体験と失敗談を交えて語っていきたい。
これは、単なる技術論ではない。これからの時代を生き抜くエンジニアのための、知的防衛術であり、人生を無駄なデバッグで消耗しないための「得する知識」だ。
さあ、コーヒーのおかわりを入れてこよう。
話はここからが本番だ。次は、私たちが陥った「運用の泥沼」について、もう少し生々しい話をしようと思う。
分散されたモノリスの悪夢:運用コストと整合性の泥沼
さて、コーヒーのおかわりは準備できたかな? ここからは少し、胃が痛くなるような話をしなければならない。
前回、僕は「マイクロサービスは銀の弾丸ではなかった」と言った。だが、現実はもっと残酷だ。私たちは単に「期待外れだった」だけで済ませることはできなかった。私たちは、以前よりもタチの悪いモンスターを生み出してしまった可能性があるんだ。
それが、**「分散されたモノリス(Distributed Monolith)」**だ。
2025年の今、シリコンバレーからロンドン、そしてここ(私が働いている国)に至るまで、多くのエンジニアがこのモンスターと格闘し、疲弊している。なぜこれほどまでに事態は複雑化してしまったのか?
C#とWPFで堅牢な設計を愛する一人のエンジニアとして、その「病巣」を3つの視点から解剖してみよう。
1. 「独立性」という名の幻想と、バージョン管理地獄
マイクロサービスの最大の売り文句は「独立したデプロイ」だったはずだ。「決済サービスをアップデートしても、ユーザー認証サービスには影響しない」。これが理想だった。
しかし、現実はどうだ?
僕たちのチーム(そして恐らく君たちのチームも)は、サービス間で共通のライブラリやデータモデルを共有したくなる誘惑に勝てなかった。C#で言えば、Core.Domain.dll や Shared.Models といったNuGetパッケージだ。
「コードの重複は悪だ(DRY原則)」という、プログラマとしての良心がアダとなる。
ある日、誰かが Shared.Models の中の User オブジェクトにプロパティを一つ追加する。
するとどうなるか?
そのパッケージに依存している15個のマイクロサービス全てで、「NuGetパッケージの更新」と「リビルド」、そして「再デプロイ」が必要になる。
「あれ? これって、モノリスよりも面倒くさくないか?」
モノリスなら1回のリビルドで済んだ作業が、15回のCI/CDパイプラインを回す作業に変わっただけだ。しかも、そのうちの1つだけデプロイを忘れたり、バージョンの不整合が起きたりすると、本番環境で MethodNotFoundException やシリアライズエラーが炸裂する。
結果として、リリース日は全チームのリードエンジニアがSlackの「War Room」チャンネルに集まり、「せーの」でデプロイボタンを押すことになる。
密結合なコードを、ネットワーク越しに無理やり分割しただけ。 これが「分散モノリス」の正体だ。ネットワークの遅延と信頼性のなさ(Fallacies of distributed computing)というオマケ付きの、最悪のアーキテクチャだ。
2. DevOpsの税金:私たちはいつから「YAMLエンジニア」になったのか?
次に、運用コストの話をしよう。
「運用(Ops)」の負担が、開発者(Dev)にのしかかってくる現象だ。
2025年の今、バックエンドエンジニアの求人票(Job Description)を見てみてほしい。
「C# / .NET」のスキルの横に、当たり前のようにこう書かれている。
- Docker / Kubernetes
- Helm / Kustomize
- Terraform / IaC
- AWS / Azure Networking
- Prometheus / Grafana
- Istio / Service Mesh
いつから僕たちは、ビジネスロジックを書く時間よりも、Kubernetesのマニフェストファイル(YAML)のインデントを直している時間の方が長くなったんだ?
マイクロサービスを採用するということは、インフラの複雑さがサービスの数だけ倍増することを意味する。
かつてはIISやWebサーバーの設定を一度行えば済んでいたものが、今ではサービスごとにPodのリソース制限(CPU/Memory Requests & Limits)を調整し、オートスケーリングのポリシーを決め、シークレット管理をし、サイドカープロキシの設定をしなければならない。
「機能を追加したいだけなのに、なぜインフラの設定変更に3日もかかるんだ?」
経営陣は「アジリティ」を期待しているのに、現場は「インフラの複雑さ」という沼に足を取られている。これを海外では**「DevOps Tax(DevOps税)」**と呼んだりする。この税金はあまりにも高い。特に、インフラ専任チームを持てない中小規模の組織にとっては、致命的なコストになりつつある。
3. データ整合性の悪夢:Sagaパターンの罠
そして、最も技術的に厄介で、僕たちエンジニアの寿命を縮めているのが「データ整合性」の問題だ。
モノリス時代、僕たちはRDBMSのACIDトランザクションに守られていた。
Begin Transaction して、注文テーブルに書き込み、在庫テーブルを減らし、決済テーブルに記録する。何かあれば Rollback。これで世界は平和だった。
しかし、マイクロサービスではデータベースが分割される。ACIDは使えない。代わりに登場したのが**「結果整合性(Eventual Consistency)」**だ。
「在庫引当サービス」が成功しても、「決済サービス」が失敗するかもしれない。その時、どうやって在庫を元に戻す?
ここで教科書に出てくるのが**「Sagaパターン(補償トランザクション)」**だ。失敗したら、取り消し処理(補償)を投げるというものだが、これを正しく実装するのは至難の業だ。
想像してみてほしい。
- ユーザーが注文ボタンを押す。
- 在庫が確保される(Inventory Service)。
- しかし、決済ゲートウェイがタイムアウトする(Payment Service)。
- システムは「在庫を戻す」メッセージを投げる。
- 運悪く、そのメッセージを処理するキュー(Kafkaなど)が一時的に詰まっていたり、処理中にクラッシュしたら?
在庫は「確保されたまま」、決済は「未完了」。
ユーザーの画面には「エラー」と出ているのに、裏側では商品が確保され続けている。いわゆる「在庫の亡霊(Phantom Inventory)」だ。
デバッグの難易度は「ナイトメア(悪夢)」レベルだ。
「注文が消えた」というバグ報告を受けて調査を始めると、DatadogやJaegerの分散トレーシングログを何時間も追いかけることになる。
「Trace ID: abcde123… ここまでは正常、次はService Bへ… あれ? ここでログが途切れてる。ネットワークエラーか? アプリのクラッシュか?」
まるで、犯人が誰かわからないミステリー小説を、毎日読まされているような気分だ。
WPFクライアント側でも、この「不確実性」に対処するために、ポーリング処理やWebSocketでの通知待ちなど、余計な複雑さを抱え込むことになる。
2025年の「請求書」
そして最後に、文字通りの「コスト」の話も忘れてはいけない。クラウドの請求書だ。
マイクロサービス間の通信(Service to Service)は、タダではない。
AWSやAzureでは、データの転送量、APIゲートウェイの呼び出し回数、ログの保存容量、これら全てに課金される。
「おしゃべりな(Chatty)」マイクロサービス構成にしてしまった結果、クラウドの請求額がモノリス時代の3倍、5倍に膨れ上がったという話は、ここ海外のテックカンファレンスでは笑い話にもならない「あるある」だ。
JSONのシリアライズ・デシリアライズのCPUコストも馬鹿にならない。
本来ならメモリ上のメソッド呼び出し(数ナノ秒)で済んでいた処理が、ネットワーク越しのHTTP通信(数ミリ秒)になり、それが1リクエストあたり数十回発生する。
「遅いし、高い」。
これが、私たちが「スケーラビリティ」と引き換えに手に入れた、2025年の現実だ。
ここでの「得する」気付き
ここまで読んで、「うわ、もうエンジニア辞めたい」と思ったかもしれないね(笑)。
でも、ちょっと待ってほしい。僕が伝えたいのは、絶望ではない。「見極め」の重要性だ。
海外で働くエンジニア、あるいはこれから世界を目指す君にとって、この状況は逆にチャンスでもある。
なぜなら、今、市場で最も価値があるのは「マイクロサービスを作れるエンジニア」ではなく、**「過剰なマイクロサービスを止め、適切なサイズに設計し直せる(Right-sizing)エンジニア」**だからだ。
2020年頃までは、履歴書に「K8sでマイクロサービス作れます」と書けば採用された。
しかし2025年、シニアエンジニアの面接で聞かれるのはこれだ。
「いつマイクロサービスを使うべきで、いつ使うべきでないか。そのトレードオフを、コストと複雑性の観点から説明できるか?」
この「泥沼」を知っている君なら、薄っぺらい流行りの言葉ではなく、経験に裏打ちされた「重みのある回答」ができるはずだ。それが、君のエンジニアとしての単価を劇的に上げる。
次回、**【転】**では、いよいよこの流れが変わる瞬間について話そう。
2030年に向けて、業界がどこへ舵を切ろうとしているのか。「マイクロサービス」の次に来るものは何なのか?
「複雑さの限界」を超えた先にある、新しい(あるいは懐かしい)パラダイムシフトについて語ろうと思う。
準備はいいかい?
分散トレーシングの画面をそっと閉じて、未来の話をしよう。
2030年への転換点:複雑性の限界と「適正技術」への回帰
さあ、深呼吸しよう。
先ほどまでの「分散システムの悪夢」から、少し顔を上げてほしい。
今、シリコンバレーのコーヒーショップや、ロンドンのテックパブで、シニアエンジニアたちが静かに、しかし熱っぽく語り合っている新しい(そして懐かしい)テーマがある。
それは、「脱・マイクロサービス(Microservices Exit)」、そして**「モジュラーモノリス(Modular Monolith)の復権」**だ。
誤解しないでほしい。これは「昔のスパゲッティコードに戻ろう」という話じゃない。
僕たちはマイクロサービスという「荒野」を旅して、傷だらけになりながらも重要な教訓を得た。その教訓を持って、より賢い形での「統合」へと向かっているんだ。
なぜ今、流れが変わったのか? そして2030年に向けて、何が勝者と敗者を分けるのか?
C#使いとしての視点も交えながら、その「転換点」を読み解いていこう。
1. 「ネットワーク呼び出し」より「メソッド呼び出し」が最強である
エンジニアリングの基本原則に立ち返ろう。
マイクロサービスの本質的な欠陥は、**「プロセス内(In-Process)で完結すべき処理を、不安定なネットワーク越し(Out-of-Process)の通信に変えてしまったこと」**にある。
僕たちC#エンジニアは知っている。
メモリ上でメソッドを呼び出すコストは「ナノ秒」の世界だ。型安全性(Type Safety)があり、コンパイル時にエラーがわかる。IntelliSenseが効き、F12キーで定義へジャンプできる。
一方、ネットワーク越しのgRPCやREST API呼び出しは「ミリ秒」の世界だ。しかも、型安全性は失われ(ProtoファイルやSwagger定義が古ければ終わり)、ネットワークはいつでも切断されうる。
2025年の今、ハードウェアの進化は凄まじい。
AWSやAzureのハイスペックなインスタンスを見れば、1台のマシンで数百ギガのメモリと、数百のCPUコアを使える。
「スケーラビリティのために分割が必要」という前提条件自体が、多くの企業にとってもはや当てはまらなくなっているんだ。
Stack OverflowやShopifyといった巨大なトラフィックを捌く企業が、あえて「モノリス(あるいはモジュラーモノリス)」を選択し続けている理由がここにある。
「1台の強力なサーバーで捌けるなら、なぜ分散システムの複雑さを背負い込む必要がある?」
このシンプルな問いが、過剰なマイクロサービス構成に対する「No」として突きつけられている。
2. モジュラーモノリス:秩序ある「一枚岩」
そこで注目されているのが、**「モジュラーモノリス(Modular Monolith)」**だ。
これは、「デプロイ単位は1つ(モノリス)」だが、「内部構造は綺麗に分割されている(モジュラー)」というアーキテクチャだ。
イメージしてほしい。
1つのVisual Studioソリューション(.sln)の中に、Sales、Inventory、Billingといった明確に分かれたプロジェクトがある。
これらは互いに疎結合で、直接データベースを覗き合うことは禁止されている(各モジュールが公開するInterface経由でのみ会話する)。
しかし、これらは**「同じプロセス」**で動く。
つまり、データの整合性はACIDトランザクション(単一のDBトランザクション)で守れるし、通信エラーも発生しない。デバッグもF5キーを押すだけ。ブレークポイントで止めて、変数を覗けばいい。あの悪夢のような分散トレーシングは不要だ。
WPFをやっている僕らにとって、これは涙が出るほど嬉しい回帰だ。
バックエンドがシンプルになれば、クライアントアプリのレスポンスも安定する。「サーバーからの応答待ち」でローディングスピナーを回し続ける時間が、劇的に減るんだ。
海外のテックリードたちは今、こう言っている。
「マイクロサービスが必要になるまで、マイクロサービスをやるな。そして、君たちのサービスの99%は、恐らくそれを必要とする規模にはならない」
3. AI時代のコードベース:コンテキストの分断は「死」
そして、2030年に向けて最も重要な視点がここにある。
「AI(人工知能)」との協働だ。
2025年の今、僕たちの開発パートナーはGitHub CopilotやCursorといったAIエージェントだ。
AIにコードを書かせたり、バグを探させたりするとき、最も重要なのは**「コンテキスト(文脈)」**だ。
マイクロサービスでリポジトリが50個に分割されていると、AIはその「全体像」を把握できない。
「Aリポジトリの変更が、Bリポジトリにどう影響するか?」をAIに推論させるのは、現在のLLMのコンテキストウィンドウをもってしても難しい(あるいはコストがかかりすぎる)。
しかし、モノリスなら?
すべてのコード、すべての定義、すべてのビジネスロジックが1つのリポジトリにある。
AIは全体を読み込み、「ここを変更すると、あそこの呼び出し元に影響しますよ」と完璧なアドバイスをくれる。
**「AIに理解させやすいアーキテクチャ」**こそが、これからの生産性を決める。
人間にとっても、AIにとっても、コードは「近く」にあったほうがいい。過度な分散は、AIの能力さえもスポイルしてしまうことに、我々は気づき始めたんだ。
4. 複雑性のカーブと「2030年のエンジニア」
2030年に向けて、ソフトウェアの複雑性は「外側(サービス間通信)」から「内側(ビジネスロジックとAI)」へとシフトする。
これまでは「Kubernetesの設定をいかに巧みに行うか」にリソースを割いていた。
これからは、「高度なAIロジックや複雑なドメイン知識を、いかにクリーンなコードで表現するか」にリソースを戻さなければならない。
ここで求められるのは、「境界(Boundaries)」を設計する力だ。
物理的にサーバーを分けるのではなく、論理的にコードを分ける力。C#で言えば、publicとinternalを厳密に使い分け、名前空間を整理し、依存関係の方向を制御する力だ。
「インフラエンジニア」ごっこは終わりだ。
本来の「ソフトウェアエンジニア」としての設計力が、再び問われる時代が来る。
ここでの「得する」気付き
海外を目指す君へ。
もし君が今、「マイクロサービスの経験がないから不安だ」と思っているなら、安心していい。
むしろ、君が日本で培ってきた「モノリスな業務システムを、粘り強く保守・改善してきた経験」が、実は世界で再評価され始めている。
ただし、スパゲッティコードを書く経験ではない。
**「大規模なコードベースの中で、秩序を保ちながら機能を追加するスキル」**だ。
面接でこう言ってみるといい。
「私はマイクロサービスを知っていますが、安易には使いません。まずはモジュラーモノリスから始め、パフォーマンスのボトルネックが特定できた部分だけを切り出す(Microservices extraction)戦略を取ります。それが、運用コストと開発スピードのバランスを最適化するからです」
この一言が言えれば、君は欧米のシニアエンジニアたちから「お、こいつはわかってるな(One of us)」と認められるだろう。
流行に流されず、技術の「引き際」と「使い所」を心得ていること。それが、2030年まで生き残るエンジニアの証明書になる。
さて、いよいよ次回は**【結】**。
この長い旅の締めくくりとして、明日から具体的に何を学び、どう行動すべきか。
C#エンジニアとしての具体的なアクションプランと、マインドセットについて提案して、この話を終わりにしよう。
次世代エンジニアの生存戦略:アーキテクチャを選び取る力
コーヒーカップも空になり、オフィスの外はすっかり暗くなってきた。
でも、僕たちの目の前にある道は、これまでよりもずっと明るく見えているはずだ。
「マイクロサービスは死んだのか?」
いいや、そうじゃない。マイクロサービスは「選択肢の一つ」という、本来あるべき場所に落ち着いたんだ。ただ、僕たちがそれを「唯一の正解」だと勘違いしていた熱狂の時代が終わっただけだ。
では、2025年から2030年にかけて、私たちエンジニアには何が求められるのか?
AIがコードを書き、クラウドが無限にスケールする世界で、人間である私たちが発揮できる最大の価値とは何か?
それは、「No」と言う勇気と、「境界」を引く知性だ。
1. 「How」ではなく「Why」を語れるエンジニアになれ
これまで、海外のエンジニア採用面接では「How(どうやって)」が問われてきた。「どうやってK8sクラスタを構築するか?」「どうやってgRPCを実装するか?」。
しかしこれからは違う。
「なぜ(Why)、ここでマイクロサービスを採用するのか?」「なぜ、ここではモノリスのままにするのか?」
この問いに、ビジネスと技術の両面から論理的に答えられるエンジニアだけが、シニアやアーキテクトとしての高給を勝ち取ることができる。
もし君のチームで、誰かが「流行ってるからマイクロサービスにしようぜ!」と言い出したら、君は嫌われ役を買って出てでもこう聞くべきだ。
「それによって得られるビジネス価値は、増加する運用コストを上回るのか?」
「チームの認知負荷(Cognitive Load)は許容範囲内か?」
技術スタックを選ぶことは、技術の問題ではない。投資判断だ。
この視点を持てるかどうかが、単なる「コーダー」と「エンジニア」の分かれ道になる。
2. ドメイン駆動設計(DDD)への回帰
では、具体的なスキルとして何を学ぶべきか?
僕は声を大にして言いたい。**「ドメイン駆動設計(DDD)」**だ。
マイクロサービスだろうが、モジュラーモノリスだろうが、結局のところ「システムをどこで分割するか」という**境界づけ(Bounded Context)**の設計がすべてを決める。
ここが間違っていれば、どんなに最新の技術を使っても、システムは「分散されたスパゲッティ」になるだけだ。
C#エンジニアの君なら、有利な位置にいる。
C#や.NETのエコシステムは、Eric Evansが提唱したDDDの概念と非常に相性がいい。
Record型を使ったイミュータブルな値オブジェクト、LINQによる宣言的なロジック記述、そして強力な型システム。これらはすべて、複雑なビジネスロジックを「正しく」表現するための武器だ。
「フレームワークの使い方」を覚えるのはもうやめよう。それはAIが教えてくれる。
君が学ぶべきは、「業務の複雑さを、いかにしてコードの構造に落とし込むか」というモデリングの技術だ。これは、2030年になってもAIには真似できない、人間だけのクリエイティブな領域だ。
3. 「捨てられるコード」を書く技術
逆説的だが、長く生き残るシステムを作るコツは、**「いつでも捨てられる(書き直せる)ように作ること」**だ。
マイクロサービスの失敗の一つは、一度分割してしまうと、元に戻す(統合する)のが極めて難しいことだった。
これからの正解は、**「まずは小さく、美しくモノリスで作る」**こと。
そして、システム内部のモジュール間の結合度を極限まで下げておく(疎結合)。
そうすれば、将来もし特定の機能(例えば決済機能)だけにアクセスが集中したとしても、その部分だけを「パカッ」と取り外して、別のマイクロサービスとして独立させることができる。
**「後からアーキテクチャを変更できる権利(Option)」**を確保しておくこと。これが、不確実な未来に対する最高のリスクヘッジだ。
私の好きな言葉に、こんなものがある。
“Good architecture allows you to defer major decisions.”
(良いアーキテクチャは、重要な決定を後回しにすることを可能にする)
最初から完璧なマイクロサービスを目指さなくていい。「まだ決めない」という決定をする強さを持とう。
4. コミュニケーション能力こそが最強のプロトコル
最後に、技術以外の話をしよう。
海外で働いていて痛感するのは、「英語力」よりも「文脈共有力」の重要性だ。
分散システムが難しいのは、技術的な通信の話だけではない。チーム間のコミュニケーションが分断されるからだ。
「あっちのチームがAPIの仕様を勝手に変えた!」
「こっちの要件が伝わっていない!」
システムを複雑にしないための特効薬は、実はコードの中にはない。
**「隣の席のエンジニア(あるいはZoomの向こうの別チーム)と、ちゃんと話すこと」**だ。
「Conwayの法則」をご存知だろうか。「システム設計は、組織のコミュニケーション構造を反映する」という法則だ。
裏を返せば、良いコミュニケーションなしに、良い分散システムは作れない。
WPFで画面を作る僕たちと、バックエンドを作る彼ら。
「どんなデータを、なぜ表示したいのか?」
この対話を密にすることで、無駄なAPI呼び出しを減らし、システム全体をシンプルに保つことができる。
泥臭いけれど、これが2025年の今も変わらない真実だ。
エピローグ:2030年の君へ
長い記事を最後まで読んでくれてありがとう。
少しは、肩の荷が下りただろうか?
「最新技術を追いかけ続けなきゃ死ぬ」という強迫観念は捨てていい。
その代わりに、「本質的な設計力」と「ビジネスへの理解」という、色褪せない資産を積み上げていこう。
海外で働くC#エンジニアの先輩として保証する。
流行り廃りの激しいテック業界で、最後まで生き残るのは、派手なツールを使いこなす人ではない。
**「複雑な問題を、シンプルに解決できる人」**だ。
2030年、君がどんなアーキテクチャを選んでいるかはわからない。
でもきっと、その時の君は、流行に流されることなく、自信を持って自分の選択を説明できているはずだ。
その手には、温かいコーヒーと、信頼できる仲間との絆があることを願っている。
さあ、Visual Studioを開こう。
世界はまだ、君が書く「美しいコード」を待っている。
Stay curious, stay simple.

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