英語を「正しく」より「届く」に変えたマインドシフト

「話せない」僕を止めていたのは、英語じゃなかった。

「え、これって現在完了?それとも過去形?」

初めての海外勤務が決まり、ワクワクよりも不安でいっぱいだった僕は、出発前に少しでも英語に慣れておこうと、某有名英会話スクールに通っていた。

レッスン中、あるシチュエーションでのロールプレイがあった。

講師:「あなたは同僚にミーティングの変更を伝えます。では、どうぞ!」

僕:「Umm… Sorry, the meeting… changed? No, has been changed? いや、えっと…」

そこで止まってしまった。文法の正解がわからなくなった瞬間、言葉が完全に詰まった。

講師は笑顔でこう言った。

「どっちでも伝わるよ。言ってごらん?」

でもその時の僕には、それがどうしてもできなかった。

「間違ったら恥ずかしい」「馬鹿にされるかもしれない」──そんな不安が、喉の奥をギュッと締めつけた。


文法の「正しさ」という鎧

僕はC#でWPFアプリケーションを開発するエンジニアだ。日本では要件定義から設計、実装、テストまで、わりと上流から関わっていた。論理的に筋道を立てて考えるのは得意だし、ドキュメントを書くのも嫌いじゃない。

英語にも同じように向き合っていた。「まずは文法をしっかり」「ミスはNG」「相手に誤解されないように、正確に伝えるべき」。

この「正確に」という意識が強すぎたせいで、結局まったく話せなかった。


海外赴任が始まったけど…

そんな不安を抱えたまま、僕は現地の開発チームに加わった。オーストラリア、シドニーの小さなオフィス。メンバーは多国籍。英語が母語じゃない人も多い。みんな、第一声はフレンドリーだった。

「ようこそ!どんなプロジェクトやってきたの?」
「C#書けるの? WPF?めずらしいね!」

話しかけられても、僕の返事はいつもワンテンポ遅れた。

「Umm… Yes, I worked… uh… in Japan… for system… application…」

彼らは笑ってくれたけど、僕自身が一番笑えなかった。


英語じゃなく、自分に壁があった

最初の2ヶ月くらいは、ずっとそうだった。Slackのメッセージを書くにも、Google翻訳とDeepLを何度も往復。ミーティングでは「一言も発せずに終わる」なんて日もあった。

でも、ある日。ある一言が、僕をガラッと変えた。

「伝わった」その一瞬が、僕を変えた。

あの日、きっかけをくれたのは“バグ”だった

忘れもしない。海外チームでの開発が始まって2ヶ月、プロジェクトは本格的なUI開発フェーズに入っていた。

その日、担当していたWPF画面に重大なバグがあった。ログイン後、ユーザーが遷移すべき画面に進めず、アプリがクラッシュする。

調べてみると、DataContextが正しくバインドされていなかった。XMLのBindingパスに誤りがあり、例外がスローされていた。

(うわ、ヤバい。これは早く共有しないと…)

でも、Slackに英語でどう書けばいいか、わからなかった。

“There is a problem in main view?”
“Binding is not working correctly?”
“User can’t go to next screen?”

どれもなんか違う気がして、30分くらい文を直しては消してを繰り返していた。


言葉が出ないより、沈黙がまずい

その時、チームリーダーのCarlosが後ろから声をかけてきた。

“Hey, something wrong with the screen?”

僕は、しどろもどろに答えた。

“Yes, the screen is… uh, not moving to next page. I think… data is not binding? Maybe ViewModel… not set…?”

英語としてはボロボロだったと思う。でも、Carlosはふっと笑って、こう言った。

“Ah, got it. You mean the binding is broken. Let’s check the DataContext.”

そして、そのままPCを覗き込み、一緒にXAMLを見てくれた。

“Oh yep, the path is wrong. Good catch!”

それで終わった。バグは数分で解消し、僕はSlackにメッセージを書いた。

“Found a bug in main screen. Binding path was wrong. Now fixed with Carlos.”

このとき、衝撃だったのは、「あんな下手な英語でも、ちゃんと伝わった」という事実だった。


正しくなくても、ちゃんと届く

Carlosは僕の話し方に一切突っ込まなかった。むしろ、「伝えてくれてありがとう」と言ってくれた。

他のメンバーもそれ以降、気軽に話しかけてくれるようになった。

“What do you think about this approach?”
“Can you review this PR?”
“Wanna grab lunch together?”

もちろん、最初は毎回ドキドキだった。でも、変わったのは、話す前に“正しさ”を気にしなくなったこと。

多少間違ってても、「とにかく言ってみる」。言葉よりも「中身」が問われる現場だった。


英語は“思考”じゃなく“伝達ツール”

日本では英語の正しさ、特に文法に対してとても厳しい文化がある。間違った英語を使うと「恥ずかしい」と感じてしまうのも、その影響だと思う。

でも、Carlosやチームのみんなと働く中で、僕はこう思うようになった。

英語は“評価の対象”じゃない。
英語は“意思を伝える手段”だ。

もし伝えたいことがあるなら、単語だけでもいい。ジェスチャーでもいい。図に描いてもいい。

彼らも、僕の母語じゃない英語を聞こうと努力してくれている。お互いに“完璧”じゃないからこそ、歩み寄る姿勢が生まれる。


少しずつ、自信が「会話」を生んだ

英語を「完璧にしなきゃ」と思っていた頃は、話しかけられるのが怖かった。でも、「通じればいい」と思えるようになってからは、話しかけられるのが少し楽しみになった。

たとえば、こんな会話。

Carlos: “Hey, you have experience with MVVM Light?”
僕: “Yes, I used it in Japan project. Very light-weight and good for small apps.”
Carlos: “Cool. Maybe we try it in the next tool.”

短くてもいい。流暢じゃなくても、ちゃんと「経験」と「意見」が伝わる。

“話せた”という体験が、次の会話への勇気をくれる。その繰り返しだった。


この変化は、英語力の成長じゃない

自分の中でのマインドシフトに気づいたのは、もう少し後になってからだった。

あの日を境に、「言葉を選ぶ前に、言ってみる」ことができるようになった。

これは語彙力の成長でも、発音の改善でもない。「伝える勇気」が育ったという感覚に近い。

そして、それはエンジニアという職種にとっても、とても大切なスキルだった。

「伝える勇気」が、チームを変えた。

意見を言わないエンジニアから、言えるエンジニアへ

バグの件をきっかけに、僕は「文法より伝わること」を意識して英語を使うようになった。

その頃から、チーム内での僕の立ち位置が少しずつ変わってきたのを感じた。

たとえば、デイリースクラム。

最初は “Today I work on bug fix” とだけ言って終わっていたのが、今では、

“Today I’m working on fixing the logout issue. I found that the session is not cleared properly. I’ll also check the service layer logic with Mark.”

くらいは普通に言えるようになった。

英語が完璧かどうかはともかく、自分の「考え」と「方針」を言葉にできるようになったのは、自信になった。


会話が増えると、チャンスが見えてくる

もう一つ、大きな変化があった。

以前の僕は、自分の担当範囲だけを黙々とこなしていた。でも、Slackでの雑談や1on1で「英語で話す」ことを恐れなくなってから、自然とチームの流れが見えるようになった。

あるとき、チームが新しいモジュール設計をしていると聞き、興味があって聞いてみた。

“Can I join the design meeting? I worked on something similar in my previous project.”

リーダーは驚いた顔をしながらも、

“Sure! Would love to get your input.”

と言ってくれた。

そのミーティングでは、正直、半分くらいは聞き取れなかった。でも、僕が一つ発言したとき──

“Maybe we can use Dependency Injection here to decouple the modules?”

チームメンバーが「Good point. That makes sense.」と言ってくれた。

そのとき、思った。

英語力は十分じゃなくても、技術力と視点は自分にもある。
それを言葉にすることで、チームに貢献できる。


文化を超えるには、完璧さより“関わる意思”

海外のチームで働く中で、英語の「正しさ」より大切だと思ったことがある。

それは、「間違っても、話しかけること」。

雑談、相談、確認──すべて、英語で話す以上、ミスはつきもの。でも、話しかけることで“相手の文化”に関わる姿勢を見せられる。

たとえば、あるときチームメイトの誕生日だった。

“Happy birthday!” に続けて、「日本では誕生日にラーメンを食べるのがラッキーって言われてる」と半分冗談で言った(実際はそんな風習ないけど)。

みんな笑って、“Seriously? That’s awesome!” と返してくれた。

そうやって、「仲間」に近づいていける。


プレゼンの場で、“通じる英語”が武器になった

チームでの信頼が高まってきたころ、プロジェクトの中間報告を他チーム向けにプレゼンする機会があった。

英語でのプレゼンはもちろん初めて。資料はできても、発表には不安があった。

でも、Carlosが言ってくれた。

“Don’t worry about grammar. Just explain like you always do in daily standups. You’re good at that.”

だから僕は、こう始めた。

“Hi everyone, I’m Hiro. I’d like to share our progress, especially UI part. Sorry for simple English, but I hope you get the idea.”

たどたどしくても、ポイントは伝わった。質問もたくさん来て、技術的な議論にも参加できた。

最後に、「発表よかったよ」と声をかけてくれた人が何人もいた。


“話す英語”より、“伝える覚悟”を

日本で英語を学んできた僕にとって、文法や表現はずっと「正しさを守るもの」だった。

でも、海外で働く中で、英語は「考えを届ける道具」に変わった。

  • 多少間違っても、黙るよりマシ。
  • 完璧じゃなくても、発言すれば価値が生まれる。
  • 英語に“評価されるもの”ではなく、“使うもの”として向き合えるようになった。

この意識の変化は、僕のキャリアだけじゃなく、自分自身の内面にも大きな影響を与えた。

“通じた”体験が、自分を変えてくれた。

英語が「壁」じゃなくなった日

ある日の午後、いつものようにチームで軽いブレストをしていたとき、リーダーのCarlosがふと言った。

“I like how Hiro shares ideas. Even when it’s not perfect English, it’s clear and practical.”

「正しい英語じゃないのに…」と、自分では今でも思う。でも、それが関係なかった。伝わっていれば、それで十分だった。

そして僕自身も、英語に対してこんなふうに思えるようになっていた。

「完璧じゃなくても、仕事はできる」
「伝える勇気が、チームをつくる」
「英語は、僕を閉じ込めるものじゃなく、世界とつなげるツールだ」


僕が気づいた、3つの「マインドシフト」

  1. “正しく”より、“伝えること”を優先する
     文法のチェックばかりしていては、言葉が出ない。単語とジェスチャーでも、「伝える姿勢」が伝われば会話になる。
  2. “沈黙”より、“つたない一言”を
     話さなければ、そこにいることすら気づかれない。でも一言話すことで、そこから関係が始まる。
  3. “評価される英語”から、“使うための英語”へ
     テストのために学んできた英語から、「行動するための英語」へ。目的が変わると、姿勢も変わる。

伝えることが、自分を変える

海外で働くというのは、文化も言語も違う中で「自分をどう出すか」という挑戦の連続だった。

でも逆に言えば、言葉が不自由だからこそ、「何を伝えたいか」が研ぎ澄まされていった気がする。

英語がうまく話せないとき、僕は何を伝えようとしているのか、自分に何が足りないのか、どうしたら伝わるか──常に意識した。

そのプロセスを通して、英語だけじゃなく、**「自分の考えを整理して、相手に届ける力」**が育ったと思っている。


英語はキャリアの“通行証”じゃない。“道具”だ。

日本にいたときは、「英語ができないと海外では働けない」と思っていた。TOEICのスコアや文法の正確さばかりが不安で、海外は遠い世界だった。

でも実際に海外で働いてみて思うのは──

英語はパスポートじゃない。
英語は「やりたいこと」をやるための、ただの道具だ。

だからこそ、多少不器用でも、伝えたいことがあるなら話せばいいし、書けばいいし、聞いてみればいい。


あなたがもし、「文法ミスが怖い」と思っているなら

それ、僕も全く同じでした。

「通じなかったらどうしよう」「バカにされたら嫌だ」「この英語、変じゃないかな?」

そう思っていた頃の自分に、今の僕が言ってあげたいことがあります。


🗣「間違っても、通じるときは通じるよ。」
🗣「むしろ、話さないと何も始まらないよ。」
🗣「あなたの中にある技術、経験、アイデアは、文法の正誤よりずっと価値があるよ。」


エンジニアとして、言葉の壁を超えるということ

僕は今もC#とWPFで開発をしています。相変わらず英語は完璧じゃありません。冠詞も間違えるし、過去完了も時々混乱する。でも──

  • 海外の仲間と笑い合いながらコードレビューできる
  • 課題をSlackで相談しながら乗り越えられる
  • 自分の意見を英語で伝えて、設計に反映される

そんな日々を過ごせているのは、「文法ミスを恐れず話した」あの日の一歩があったから。


まとめ|“英語を話す”より、“英語で生きる”

英語を「完璧に話す」ことが目標じゃない。
「自分の考えを伝えて、相手とつながる」ことが目的なんだ。

だから、間違っていい。詰まっていい。笑われても、気にしなくていい。

英語で働くエンジニアは、言葉の技術者でもある。
コードと同じように、英語も“通じる形”に組み立てていけばいい。

その先には、もっと大きなチーム、プロジェクト、可能性が待っている。

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