「日本では速いのに、海外では遅い」問題に初めて直面した日
海外で働き始めてしばらく経った頃、僕は「パフォーマンス」という概念を、文字通り“世界規模”で考える必要があるんだと痛感した瞬間があった。
日本にいた頃、正直パフォーマンス改善って「社内で速度比較」くらいの世界だったと思う。
ローカル環境で速いか、社内のテストサーバーで速いか、回線はそこそこ安定している前提、ユーザーのネットも早い前提。
いわば**“前提条件が甘やかされている”**環境だった。
でも海外に出て、僕が担当したシステムを実際にヨーロッパやアジアの別地域で使ってもらうことになった時、それは一瞬で崩れた。
「画面が開くまで20秒かかる」
「ファイルが全然ダウンロードできない」
「こっちだとアプリが落ちるんだけど?」
最初は信じられなかった。
だって、日本のオフィスではめちゃくちゃサクサク動いていたのだ。
それが、海を越えただけで“別物のアプリ”みたいになってしまう。
ここで初めて知ることになる。
**「世界は、同じインターネットじゃない」**ということを。
■ ネットワークは国ごとにまったく違う
たとえば、日本は回線が速い国として有名。
世界的に見てもトップクラスで、動画ストリーミングも快適、オンラインゲームのpingも小さい、社内VPNも安定。
でも、海外ではそんな国ばかりじゃない。
時差以上に“通信品質差”という壁が存在する。
僕が赴任していた国では、ネット回線は常に揺らいでいた。
とくに多かったのはこんな状況。
- 朝と夜になると全体的に回線が重くなる
- 建物や部屋によって電波が不安定
- 社内VPNが毎日落ちる
- CDNを使っていないと“地理的に遠い”せいで遅い
- モバイル回線頼りのユーザーが多い
こうなると**「サーバーは正常だけど、ユーザーは快適じゃない」**という矛盾が起こる。
そして、この“体感の不一致”がユーザー満足度を大きく下げる。
つまり、海外対応のサービスでは
「ユーザーがどこからアクセスするか」を前提にした設計が必要になる。
■ じゃあどうするべきなのか
僕が最初にぶつかった壁は、キャッシュ戦略と配信拠点(CDN)の重要性だった。
日本にいると、CDNってなんか「大規模サービスが使うもの」みたいに感じていたんだけど、海外での業務ではむしろ逆。
小規模アプリこそ、CDNとキャッシュ戦略で差が出る。
理由はシンプル。
- 「距離」はパフォーマンス劣化の最大の原因
- 「安定しないネットワーク」では再取得が致命的
- UI表示や画像配信はキャッシュ次第で体感速度が激変する
つまり、“速さ”は技術力だけじゃなく、構成と戦略で決まる。
ここから僕は学び始めた。
- 国や地域ごとに最適なキャッシュ層を置くこと
- CDNを使うことで物理距離を短縮できること
- DBの読み取りアクセスは必ずしも1拠点集中が正義ではないこと
- 不安定な回線では「壊れても動く仕組み」がユーザー体験を救うこと
この学びが、今回のテーマ「Proactive Performance Hacks」につながっていく。
■ 心に刺さった同僚の一言
その頃、一緒に働いていたヨーロッパ出身の同僚に言われた言葉がある。
「Hiromi、エンジニアは“機能”を作る人じゃない。
ユーザーが“使える状態”まで責任を持つ人だよ。」
この言葉は今でも忘れない。
コードが正しい ≠ ユーザーが喜ぶ
動く ≠ 使いやすい
動作する ≠ 届く
サービスは、世界のネットワーク事情に左右される。
だからこそ、僕らは“主体的にパフォーマンスを作りにいかないといけない”。
■ この記事で話すこと
この記事は「パフォーマンスチューニングのテクニック集」ではない。
もっと根本的な話をする。
- なぜキャッシュ戦略が海外対応の“生命線”なのか
- CDN導入の判断基準はどこにあるのか
- DBをグローバルに展開する時のリアルな落とし穴
- ネットが不安定な国のユーザーにも“ちゃんと届く”アプリの作り方
これらは、海外で働いたからこそ分かったことであり、
日本だけで開発していたら一生知らなかったかもしれない。
“世界で使われるものを作る”ってこういうことなんだ。
「速さは設計できる」キャッシュとCDNの具体的戦略
起の部分では、「日本では速いのに海外では遅い」という落差にぶつかった経験を話した。
ここから一歩踏み込んで、具体的にどのように「速さを設計していくか」について掘り下げていく。
まず大前提として、海外向けアプリにおいて重要なのは通信回数を減らすこととデータをできるだけ近い場所から届けることだ。
この二つが噛み合うと、ユーザー体験は驚くほど改善する。
逆に言えば、この二つが設計に入っていないと、どんなに良いUIや機能を作ってもストレスのあるアプリになる。
ここでは、キャッシュ戦略とCDNの使い方を、僕の経験ベースで整理する。
■ キャッシュ戦略は「何を持たせるか」を決めるところから始まる
キャッシュの基本はシンプルだ。
「変わりにくいものは、ユーザーの手元に置いておく」
たったこれだけで、通信回数は劇的に減る。
しかし、実務に入ると問題になるのは「どれをキャッシュするか」だ。
よくある落とし穴はこれ。
- 「とりあえず全部キャッシュしておけば速いんじゃない?」→ ダメ
- 「頻繁に更新されるからキャッシュしないほうがいい」→ 意外にダメ
キャッシュの最適化は、「変わる頻度」の見極めではなく、
**「変わるときにユーザーにどれだけ影響があるか」**で決めたほうが良い。
例えば、国際向けアプリでよくあるデータを分類するとこうなる。
| 種類 | 変化頻度 | ユーザー影響 | キャッシュ方針 |
|---|---|---|---|
| UI文言、翻訳テキスト | ほぼ変わらない | 高い | 強めにキャッシュ |
| 画像・アイコン | たまに更新 | 中 | CDN + 長期キャッシュ、ハッシュ管理 |
| コンフィグ情報 | 稀に更新 | 中〜高 | バージョン管理 + 適時再取得 |
| ユーザーデータ | 毎回変わる | 高い | キャッシュNG(または局所的に短期) |
特に海外対応において重要なのは
**「翻訳テキストやUI構造を丸ごとキャッシュする」**という視点だ。
これを行うだけで、画面構築の初動が速くなり、遅い回線環境でも“表示されない待ち時間”が格段に減る。
WPFの場合であれば、ローカルファイルキャッシュやIsolated Storage、
WebフロントであればLocalStorage / IndexedDBが有効に機能する。
■ CDNを「入れたら終わり」だと思っていた頃の失敗
CDN(Content Delivery Network)は、地理的な距離を短縮する最重要技術だ。
しかし、ここにも落とし穴がある。
僕が最初にやらかしたのは、
「CDNを導入すれば勝手に速くなる」と思っていたことだ。
実際は、こんな問題が起きた。
- CDNに乗せる対象を間違えていた
- キャッシュされる前に大量アクセスが来て逆に遅くなった
- APIはCDNでどう扱うかを考えていなかった
- TTL(キャッシュ期間)と無効化のルールを考えていなかった
つまり、CDNはただ導入するだけでは意味がない。
大切なのは、「どのレイヤに何を置くか」を設計すること。
■ CDNで扱うべきもの、扱わないほうがいいもの
| 対象 | CDN向きか | 理由 |
|---|---|---|
| 画像、CSS、JS、フォント | ◎ | 変わりにくい & 物理距離が効く |
| 翻訳リソース、UI構成 JSON | ○ | キャッシュで初期表示が速くなる |
| API(GET) | △ | 使えるが、地域差や整合性に注意 |
| API(POST / PUT / DELETE) | ✕ | 状態変更はCDNで扱わない |
| 個人データ・機密情報 | ✕ | セキュリティと一貫性が問題 |
特に**「GET APIをCDNに載せるかどうか」**は悩みどころだ。
これは明確な基準がある。
- **整合性(Consistency)**が最優先 → CDNに載せない
- **体感速度(Performance)**が最優先 → CDNに載せる
海外に向けたサービスでは、「完全な最新」より「問題なく使える」が勝つことが多い。
つまり、**「完璧より、届くこと」**が大事になる。
■ 実際にやって効果が大きかったキャッシュ設計
僕の現場で特に効果が高かったのはこの構成だ。
- 初回起動時にUIリソースと文言辞書をまとめて取得
- それらをローカルに保存しておく
- 一定時間ごとに「更新チェック」だけ軽く行う
- 変更があったときだけ部分的に更新する
このやり方の良いところは、
- 通信が遅い国でも、画面がすぐ出る
- ネットが不安定でも、アプリが使える
- 再取得回数が減るので、サーバー負荷も軽減する
つまり、**「初回にしっかり仕込んで、後は必要なときだけ通信」**という発想だ。
■ 「速さ」はエンジニアの優しさだと思う
海外で働く中で実感したのは、
速さ = 技術力 × 思いやり
ということ。
「遅いけど仕方ないよね」ではなく、
「この環境でも快適に使えるようにしてあげる」
という姿勢があるかどうか。
その姿勢が、システムの設計に現れる。
「データはひとつ」では通用しない。世界規模システムに潜む“整合性の罠”
キャッシュとCDNの戦略を学んだあと、僕が次にぶつかったのは、もっと根が深い問題だった。
それは、**データベースの一貫性(Consistency)**だ。
つまり、
「どの国のユーザーが使っても、同じデータが同じように見えて、同じように正しい状態であること」。
日本にいた頃は、データベースはひとつでいいと思っていた。
オンプレ、もしくはクラウドの東京リージョンに一個置いておけばOK、バックアップさえ取れてれば十分、という世界だった。
けれど、海外ユーザー向けに展開した途端、それはまったく通用しなかった。
■ 距離とレイテンシは、データの“見え方”すら変えてしまう
例えば僕が最初に担当したユーザー分布はこんな感じだった。
- 日本
- 東南アジア
- 中東
- 一部はヨーロッパ
ここで問題になるのは、「日本→東南アジア」や「日本→中東」への通信距離が長いということだ。
APIは応答している。
DBも正常に動いている。
ネットワークも“理論上は”繋がっている。
にも関わらず、データ更新が遅れる、反映されない、表示が古いままになる。
この状態は、ユーザーから見るとただ一つ。
「使えない」
僕にとっては「数百ミリ秒の遅延」という技術用語でも、
ユーザーにとっては「データが反映されない不安」なのだ。
そしてそれは信用を削っていく。
■ レプリケーションは万能ではない
そこで当時のチームが取った方針は、
**「DBをグローバルにレプリケーションする」**というものだった。
各地域に参照用DBを置き、
書き込みはメインDBに集約して、
読み込みは地域レプリカから行う。
理屈としてはこうだ。
- 書き込みは本拠地(例:日本)
- 各地域へ複製(replicate)
- 参照は近いレプリカから処理するので速い
一見、完璧な設計に思える。
しかし、実際はここに大きな落とし穴がある。
■ レプリケーションには「時間のずれ」がある
レプリケーションはリアルタイムではない。
0.1秒のときもあるし、
1秒のときもあるし、
回線状況が悪いと数秒遅れることすらある。
この数秒が、海外ではユーザー体験を壊す。
例えばこんなことが起きる。
- ユーザーが更新したはずのデータが、まだ古いまま表示される
- 他人が変更した内容が、地域によってバラバラに見える
- 「Saveしたのに反映されてない?」と問い合わせが増える
ここで初めて僕は実感する。
「整合性は“当たり前”ではない。設計しないと保てない。」
■ さらに深刻なやつ:ネットワークが不安定な地域での書き込み競合
ある国では、ネットワーク切断が日常茶飯事だった。
そんな中で、同じレコードを複数ユーザーが更新するとどうなるか?
答えは、
「どの更新が正しいか分からなくなる」
つまり、
整合性が壊れる。
ここで必要になるのが、**「コンフリクト戦略」**だ。
代表的なのはこういうやつ。
| 戦略 | 説明 | 向いているケース |
|---|---|---|
| Last Write Wins | 最後に書いた人が勝つ | 重要度が低いデータ |
| Versioning | 変更履歴を持つ | 履歴保全が必要なデータ |
| Merge | 自動または手動で統合する | メッセージ、ノート系のデータ |
大事なのは、「アプリは常に壊れうる」という前提に立つこと。
■ 僕が最終的に辿り着いたアーキテクチャ
最適解は現場次第だが、僕らが結論として採ったのはこれだった。
- 参照は地域レプリカで高速化
- 書き込みは単一リージョンに集約(整合性重視)
- 一部のデータはローカルキャッシュ + 後追い同期
- 更新にはバージョン番号を付与して競合を制御
つまり、
「全部を同期させるのではなく、整合性が必要な場所だけ厳密にする」
これが現実的な落とし所だった。
■ 世界に向けて作るなら、「正しさ」は段階的に保証すべき
日本向け開発に慣れていると、
- データは即時一貫しているべき
- 表示される内容は常に最新であるべき
- 競合は発生してはいけないもの
と考えがちだ。
しかし、世界規模では違う。
「届かない正しさ」より「届く正しさ」
これが大事になる。
つまり、
- 最新でなくても、意味が通るならOK
- 局所的な同期遅延は、UX設計で吸収できる
- リアルタイム性と整合性はトレードオフ
この考え方に気づけたことは、自分にとって大きな転換点だった。
「世界に届ける」という視点がエンジニアを強くする
ここまで、海外向けのサービス開発において大切になる3つのポイントについて話してきた。
- キャッシュとCDNで「距離」を縮めること
- データベース設計で「整合性」と「体験」を両立すること
- 安定しないネットワークでも「壊れにくい」システムにすること
どれも、最初は「知識として知っていた」つもりだった。
でも、実際に海外で働いて、海外のユーザーやチームと仕事をして、初めて本当に理解した。
もっと言うと、
「パフォーマンスは技術の話ではなく、ユーザーを思う姿勢の話だ」
と気づけたのが一番大きかった。
■ 海外で働くと、「当たり前」が当たり前じゃなくなる
日本にいた頃に信じていた“前提条件”は、海外ではほぼ通用しなかった。
- ネットが速いのは当たり前じゃない
- データが即時反映されるのは当たり前じゃない
- 画面がサクサク動くのは当たり前じゃない
むしろ、
「ユーザーが不便を感じている環境のほうが普通」
と思ったほうが、ものづくりの精度は上がる。
僕が海外での開発を通して学んだことは、技術スキル以上に、前提を疑う力だった。
例えば、
「このAPIは本当にリアルタイムである必要ある?」
「このデータは“確実に最新”でなければ駄目?」
「この画面はオフラインでも開ける必要はない?」
「この国のネット事情、本当に想像できてる?」
こうした問いを常に投げかけるようになってから、コードだけでなく設計が変わり始めた。
■ パフォーマンス改善とは、「ユーザーの時間を尊重すること」
よく「速さは正義」と言われるけど、海外に出てみて、僕はこう思うようになった。
速さは、ユーザーの時間を奪わないという“思いやり”だ。
だって、動作が遅いアプリって、
ユーザーの人生から、静かに、でも確実に「何秒も何分も」奪っていく。
その時間は本来、
家族とご飯食べたり
自分の趣味したり
ぼーっとしたり
そういう大事な時間だったかもしれない。
だから僕らエンジニアは、ただ動くものを作るんじゃなくて、
“心地よく使えるもの”を作る責任がある。
そしてそのためには、コードだけじゃなく、
- 世界のインターネット事情を知る
- 使う場所や文化の違いを理解する
- どの国でも“ちゃんと届く”工夫をする
こういう視点が必要になる。
■ 海外で働くエンジニアに向けて、最後に伝えたいこと
世界に向けてシステムを作るということは、
単に英語を使うとか、国際的な会議に参加するとか、そういうことじゃない。
**「世界のユーザー全員の生活の中に、自分が作ったものが入り込む」**ということだ。
そこには、文化も環境もルールも違う人たちがいる。
だからこそ、必要なのは
- 相手を想像する力
- 不便を自分ごととして捉える姿勢
- “できない理由”じゃなく、“届ける方法”を探す姿勢
海外で働くことは、技術者としての幅を信じられないくらい広げてくれる。
そしてなにより、
「世界のどこかで、あなたの作ったものを使ってくれている人がいる」
その実感は、何にも代えがたい。
僕はそれを知ってから、仕事がただの「仕事」じゃなくなった。
■ 今日からできる小さな一歩
大きなことをいきなりやる必要はない。
たとえばこんなことから始められる。
- 画像やライブラリをCDN経由にする
- 翻訳テキストをローカルキャッシュする
- ネットワークが遅い環境をエミュレートしてテストする
- DBの整合性設計で「本当に即時性が必要か?」を考える
- 「遅かった経験」を一度、自分で疑似体験してみる
世界に届くサービスは、小さな工夫の積み重ねで作られる。
最後に
もしあなたが、
「いつか海外で働きたい」
「世界中のユーザーに使ってもらえるものを作りたい」
と思っているなら、もうその第一歩は踏み出している。
この記事で話したことは、特別な人にしかできないことじゃない。
ひとつひとつの工夫と、ユーザーを思いやる視点があれば、誰でもできる。
そして、その視点を持てるエンジニアは、どこへ行っても重宝される。
世界で戦える。
僕たちは、ただコードを書く人じゃない。
「届かせる人」だ。

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