「完璧なリリース」という幻想。海外で叩き込まれた”チリツモ”改善の威力
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皆さん、お疲れ様です!
突然ですが、皆さんの「リリース」ってどんなイメージですか?
僕のバックグラウンドは、ご存知(?)の通りC#とWPF。つまり、クライアントサイドのデスクトップアプリケーション開発が長かったんです。
日本でWPFアプリを開発していた頃の「リリース」って、そりゃあもう「一大イベント」でした。
まず、がっつり数ヶ月かけて仕様を固め、設計し、開発フェーズに入ります。開発が終わったら、今度はQA(品質保証)チームによる長ーいテストフェーズ。バグが出たら修正し、またテスト。これを何度も何度も繰り返して、バグがクリティカルなレベルまで潰しきれたら、ようやく「リリース日」を迎えるわけです。
関係者全員が緊張する中、インストーラー(.msiとかClickOnceとかね)をサーバーにアップし、ユーザーに「新しいバージョンが出ました!ダウンロードしてください!」と告知する。
この時の僕らのマインドセットは、間違いなく**「完璧なもの(バグがないもの)を届ける」**でした。リリースしたら、基本、次のメジャーアップデートまで大きな変更はない。だからこそ、失敗は許されない。そういう世界観です。
で、この「完璧主義」の感覚を持ったまま、僕は海外に飛び出したわけです。
そして、文字通りのカルチャーショックを受けました。
僕がジョインしたチーム(Webサービスがメインでしたが)の会話を聞いて、最初は意味がわからなかったんです。
- 「あ、その機能、さっき本番にプッシュしといたよ」
- 「とりあえず5%のユーザーだけにこのUI見せてみようか」
- 「なんかエラーレート上がった? OK、すぐロールバックしよ」
……は?
「本番にプッシュ」? テストは? 承認は?
「5%のユーザーだけ」? そんなことできんの?
「すぐ戻す」? そんな軽く言っちゃう?
僕がいた世界では、一度リリースしたものを「やっぱナシ!」と戻すなんて、それこそ始末書モノの「障害」でした。
でも、彼らは平然と、それこそ1日に何度も「リリース」を繰り返していたんです。
彼らは決して「テキトー」に仕事をしていたわけじゃありませんでした。むしろ、僕が知っていた「完璧主義」とは違うベクトルの「完璧主義」だったんです。
彼らがやっていたのは、「完璧なプロダクト」を一発で目指すのではなく、「改善のプロセス」を完璧に回すことでした。
その中核にあったのが、今回紹介したい「インクリメンタルな進化(Incremental Evolution)」という考え方。具体的には**「A/Bテスト」や「カナリアリリース(Canary Deployments)」**といった手法です。
聞いたことはあるかもしれません。A/Bテストは「ボタンの色、赤と青、どっちがクリックされる?」みたいなのを実際のユーザーで試すやつ。カナリアリリースは「新しいバージョンを、まず1%のユーザーだけにこっそり公開して、問題が起きないか『炭鉱のカナリア』のように試す」手法です。
(この辺の用語に馴染みがない人は、後で紹介する参考サイトを見てみてください)
僕が衝撃を受けたのは、この技術そのものよりも、その背景にある**「文化(カルチャー)」**でした。
彼らは、「エンジニアの勘」や「偉い人の鶴の一声」を信じていませんでした。信じるのは**「データ」**だけ。
そして、大きな変更をドカンとリリースして大失敗(Big Bang Failure)するリスクを極端に嫌っていました。彼らにとっての「悪」とは、バグを出すこと以上に、**「改善を止めること」**だったんです。
- 「100点の変更」を半年に1回やるより、
- 「+1点の変更」を毎日やる。
これが、彼らの働き方でした。
この「インクリメンタルな進化」という考え方。これ、正直、新しいフレームワークを1つ学ぶより、100倍価値のある「気付き」でした。
なぜなら、この「チリツモ(塵も積もれば)精神」こそが、変化の激しい海外のIT業界で生き残るための「人生術」そのものだったからです。
今回のブログでは、この「インクリメンタルな進化」が、いかに僕たちエンジニアの働き方、そしてキャリアや学習方法まで変えてしまうか、という話を、僕の実体験ベースで掘り下げていきたいと思います。
なぜ彼らはA/Bテストとカナリアリリースを愛するのか?―データが上司の世界線
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さて、「起」では僕が「完璧なリリース」の世界から「インクリメンタルな(少しずつの)リリース」の世界に放り込まれて、カルチャーショックを受けた話をしました。
最初は「なんてテキトーなんだ」とすら思った彼らのやり方。
でも、数ヶ月もすれば、僕のその考えが180度ひっくり返ることになります。
彼らはテキトーだったんじゃなく、僕が知っていた「完璧」より、もっとシビアな「価値」を追求していたんです。
なぜ、彼らはあんなにも「A/Bテスト」や「カナリアリリース」を愛し、日常的に使っていたのか?
理由は大きく二つあります。
1. 「失敗」のコストを最小化するため(守り)
2. 「成功」の確率を最大化するため(攻め)
です。
まず「守り」の話。これは分かりやすい。
僕がいたWPFの世界では、リリース=全ユーザーへの一斉配布でした。もし、特定の環境でだけクラッシュするような致命的なバグが紛れ込んでいたら?
…想像したくもないですね。
全ユーザーが影響を受け、サポートデスクはパンク、エンジニアは不眠不休でパッチ(修正プログラム)の準備。そしてパッチをまた全ユーザーに当ててもらう…。まさに「大炎上」です。
一方、「カナリアリリース」はどうでしょう。
「よし、この新機能、まずは全ユーザーの1%…そうだな、オーストラリアのユーザーだけにリリースしてみよう」
もし、ここで問題が起きても、影響は(もちろんゼロではないですが)1%のユーザーだけ。すぐに機能をオフ(ロールバック)すれば、被害は最小限です。全社的な大炎上にはなりません。
これは、「失敗しないこと」を目指すのではなく、「失敗しても即リカバリーできること」を目指すという、根本的な思想の違いです。海外、特に変化の速いWeb業界では「失敗ゼロ」は不可能だと知っている。だから、失敗をいかにコントロール下に置くか、に全力を注ぐんです。
で、ここからが本題。僕が本当に「やられた!」と思った「攻め」の話です。
それは、「エンジニアの”勘”」と「偉い人の”鶴の一声”」を排除する文化でした。
日本で働いていた頃、こんな会議、ありませんでしたか?
偉い人: 「このボタン、やっぱりウチのコーポレートカラーの『赤』にしてよ。目立つし、それが”正しい”から」
デザイナー: 「いえ、UI/UXの観点からは、コンバージョン(成約)ボタンは『緑』の方が…」
偉い人: 「いや、赤だ。ウチのブランドイメージは赤で統一するんだ」
エンジニア(僕): 「(……どっちでもいいけど、仕様決めてくれないと作れないな…)じゃあ、赤で進めます」
これ、最悪ですよね(笑)
結局、声の大きい人や役職が上の人の「主観」で物事が決まっていく。そして、もしその「赤いボタン」が原因で売上が下がっても、誰も責任を取らない。
ところが、僕が今いるチームで同じ議論が起きたら、100%、こうなります。
デザイナー: 「このボタン、緑の方がコンバージョン上がると思うんですよね」
マネージャー: 「ふむ。僕は赤の方がブランド認知に繋がると思うけど…まあ、僕の意見はどうでもいいか」
マネージャー: 「よし、A/Bテストしよう。エンジニアさん、ユーザーの50%には赤を、50%には緑を見せるようにできる?」
エンジニア(僕): 「OK。feature-flag(機能のオン・オフスイッチ)仕込んでおくよ。結果はダッシュボードで見られるようにしとくね」
…これです。
この世界では、「上司」は「データ」なんです。
マネージャーも、デザイナーも、エンジニアも、全員が「どの案が優れているか」を口で戦わせるんじゃなく、「じゃあ、どっちが数字(売上やクリック率)を改善するか、ユーザーに直接聞いてみようぜ」というスタンスなんです。
これが、彼らが「A/Bテスト」を愛する本当の理由。
それは、**不毛な主観のぶつけ合いを終わらせ、客観的なデータに基づいて意思決定をするための、最強の「武器」**だからです。
そして、この「A/Bテスト」と「カナリアリリース」は、切っても切れない関係にあります。
A/Bテストをやるということは、複数のバージョンのUIやロジックを本番環境に同時にデプロイするということです。これがもう、「カナリアリリース」の考え方そのものですよね。
この文化(カルチャー)が何を意味するか。
それは、「エンジニアの仕事の価値」が根本から変わるということです。
WPFアプリを開発していた頃の僕の価値は、「仕様書通りに、バグなく、期限までにモノを作ること」でした。
でも、今、海外で働く僕の価値は、**「A/Bテストを設計・実装し、その結果(データ)を分析し、プロダクトのKPI(重要業績評価指標)を改善すること」**にあります。
- 「このボタンを緑にしたら、クリック率が3%上がった」
- 「決済処理のロジックをA/Bテストしたら、処理時間が短縮されて、カゴ落ち(購入途中の離脱)が5%減った」
これが、僕の「成果」になります。
これ、エンジニアにとって、めちゃくちゃエキサイティングじゃないですか?
僕らはもう、ただの「コーダー」じゃない。「言われたものを作る人」じゃないんです。
自分たちの書いたコードが、ダイレクトに「ビジネスの数字」に影響を与える。そして、その「ROI(投資対効果)」を、僕ら自身がデータで証明できる。
これは、**「エンジニアがビジネスの主役になる」**ための、強力な武器でありマインドセットなんです。
僕が日本で培ったC#の技術(ロジックを正確に組む力)は、もちろん今も役立っています。でも、それだけじゃ足りなかった。
海外でエンジニアとして「価値」を出すためには、この「インクリメンタル(少しずつ)に改善し、データで証明する」という文化を理解し、そのための技術(A/Bテストやカナリア)を使いこなす必要があったんです。
この「インクリメンタル思考」、コード以外(英語学習・転職活動)でも最強説。
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さて、ここまでの話。「A/Bテスト」だの「カナリアリリース」だの、C#でWPFやってた僕にとっては、正直最初はWeb系の人たちの「なんかオシャレな横文字」くらいにしか思えませんでした(笑)
でも、この「インクリメンタル(少しずつ)な進化」というマインドセットが、僕のエンジニア人生、いや、海外での「人生そのもの」をハックする鍵だと気づいたんです。
この思考法、コードの外でこそ、威力がヤバい。
そう、僕がぶち当たったデカい壁、**「英語」と「キャリア」**です。
英語学習における「完璧主義」の呪い
まず、英語。
海外で働くエンジニアにとって、避けては通れない道ですよね。
日本にいた頃の僕の英語学習って、まさに「ウォーターフォール開発」そのものでした。
- 要件定義: 「TOEIC900点」とか「ビジネス英会話を完璧に」みたいな、やたらデカい目標(=仕様)を立てる。
- 設計: 分厚い文法書を買い、単語帳アプリをダウンロードする。
- 開発: 毎日100単語覚えるぞ!と意気込む。
- (テストフェーズにすらたどり着けず)
- 炎上・頓挫: 三日坊主。「やっぱ俺には無理だ」と諦める。
これ、「完璧なプロダクト(=ペラペラな俺)」を一発でリリースしようとして大失敗(Big Bang Failure)する典型的なパターン。心当たり、ありませんか?
この「失敗が怖い」マインドが、僕の口を重くしていました。「間違った文法で笑われたらどうしよう」「発音が変だと思われたくない」。これが「バグを恐れてリリースできない」状態です。
英語学習に「カナリアリリース」を導入してみた
でもある時、気づいたんです。
「あれ? 待てよ。英語もインクリメンタルにやればよくない?」
僕がやったのは、**英語学習の「カナリアリリース」**です。
いきなり全社ミーティング(=全ユーザー)で、練習中の難しいフレーズを使う必要はないんです。
僕の「カナリア(=最初の1%ユーザー)」は、毎朝行くスターバックスの店員さんでした。
- Iteration 1: いつも “A coffee, please.” だったのを、 “Can I get a latte?” に変えてみる。
- データ: お、通じた。成功だ。
- Iteration 2: 次の日、”How’s it going?” と付け加えてみる。
- データ: “Pretty good! You?” と返ってきた! ちゃんと会話が成立したぞ。(コンバージョン率アップ!)
- Iteration 3: 別のフレーズ “Could I have…” を試してみる。
- データ: あれ、ちょっと聞き返されたぞ?(=エラーレート上昇)。OK、これは発音が悪かったな。すぐ「ロールバック」(簡単な “I want…” に言い直し)して、後で発音を「デバッグ」しよう。
こうやって、「影響範囲が限定的な場所(=カフェの店員さん)」で、新しいフレーズ(=新機能)をこっそり「カナリアリリース」していくんです。
これなら、もし「バグ(=文法ミスや発音ミス)」があっても、炎上しません。怖いのは「全ユーザー(=会社の役員とかクライアント)」の前でやることだけ。
この「チリツモ」の成功体験が、僕の「英語怖い」マインドを劇的に改善してくれました。
転職・キャリアも「A/Bテスト」
この考え方、キャリア戦略にもドンピシャでハマります。
特に僕らC# / WPF畑の人間って、「この技術を極めるぞ!」という「一つの道を究める」志向が強い傾向、ありませんか?(僕だけ?)
それは素晴らしいことなんですが、海外、特に技術の流行り廃りが激しい場所では、それが足かせになることも。
日本にいた頃の僕:「C#とWPFの経験を活かせる、完璧な職場」を探す。
これ、「Big Bang」思考です。そんな完璧な求人、なかなか見つからない。
じゃあどうするか? **キャリアも「A/Bテスト」**するんです。
例えば、自分のレジュメ(履歴書)。
- パターンA: 「C# / WPFによるデスクトップアプリ開発のスペシャリスト」と強く打ち出す。
- パターンB: 「C#の経験を活かし、クラウド(Azure)やWeb(.NET Core)にも挑戦したい」と、ちょっと幅広な書き方をする。
この2パターンのレジュメを、それぞれ5社ずつ送ってみるんです。
どっちが面接に呼ばれる率(=クリック率)が高いか? どのキーワードが採用担当に響く(=コンバージョン)か?
「データ」を取るんです。
面接に落ちた?
それは「失敗」じゃありません。「新機能のカナリアリリースに失敗した」だけ。
「あ、このスキルセット(=この機能)は、今の市場(=ユーザー)には響かないんだな」という貴重な「データ」が取れただけです。
「ダメだった。俺はもう終わりだ…」と落ち込むんじゃなく、
「OK、エラーログ(=面接官の反応)を分析して、次のイテレーション(=次の会社への応募)までにレジュメを修正(=デバッグ)しよう」
こう考えるんです。
この「インクリメンタルな進化」という思考法は、僕が海外で学んだ、最強の「人生術」です。
それは、「失敗」を「終わり」から「学習データ」に変える魔法でした。
完璧じゃなくていい。昨日より0.1%でも前に進んでいれば、それは「進化」です。
コードも、英語も、キャリアも、全部同じ。
この「チリツモ」思考を受け入れた瞬間、エンジニアとして、そして一人の人間として、めちゃくちゃ生きるのが楽になりました。
「完璧主義」を捨てよ、エンジニアよ。海外で活躍するための新しいコンパス
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さて、C#とWPFという「完璧なリリース」の世界から飛び出した僕が、海外で学んだ「インクリメンタルな進化」という最強の武器について話してきました。
起: まずは僕のカルチャーショック。「バグゼロで完璧なリリース」を目指す世界から、「1日N回リリース、即ロールバックOK」という世界へ。
承: なぜ彼らがA/Bテストやカナリアリリースを愛するのか。それは「失敗をコントロール」し、何より「データという客観的な上司」に従って、エンジニアがビジネスの数字(ROI)を直接改善するため。
転: そして、この「チリツモ思考」は、英語学習やキャリア戦略という、コード以外の「人生の壁」を乗り越えるための最強のハック術(人生術)だったこと。
僕がこのブログで、技術的な話(A/Bテストとか)を交えながら本当に伝えたかったこと。
それは、たった一つのシンプルなマインドセットです。
それは、**「完璧な一発を狙うな。小さな”マシ”を積み重ねろ」**ということ。
僕たちエンジニア、特に真面目な人ほど、「完璧主義」の呪いにかかりがちです。
「あの技術も知らないとダメだ」
「このアーキテクチャはまだ不完全だ」
「英語がペラペラじゃないと恥ずかしい」
そうやって、「完璧な準備」ができるまで、リリース(=行動)のボタンを押せない。
でも、僕が海外で見た優秀なエンジニアたちは、みんな「不完全さ」を受け入れていました。
彼らは知っているんです。
今の世の中、どうせ「完璧」なんて作った瞬間に「時代遅れ」になるって。
だから、彼らは「完璧なモノ」を目指す代わりに、**「昨日より今日、0.1%でも”マシ”にする」**という「プロセス」を回すことに全力を注ぎます。
そのための武器が、「A/Bテスト」であり「カナリアリリース」なんです。
それは、失敗を恐れず、安全に「小さな一歩」を踏み出すための技術であり、文化(カルチャー)なんです。
これから海外で働きたいと思っている皆さんへ。
もちろん、C#のスキルも、WPFの知識も、強力な武器になります。僕も今でもC#を書いています。
でも、それと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に大事なのが、この「インクリメンタリスト」になることです。
あなたの書いたコードを、まずは「1%のユーザー」にだけ届けてみてください。
あなたの拙い英語を、まずは「カフェの店員さん」にだけぶつけてみてください。
あなたの中途半端なキャリアプランを、まずは「5社の採用担当」にだけ見せてみてください。
失敗したら? 何も問題ありません。
「OK、エラーログ(=反応)をゲット。即ロールバック(=修正)して、次のイテレーション(=挑戦)だ」
ただ、それだけです。
「失敗」は、あなたの価値を下げる「恥」じゃありません。
それは、プロダクトを、あなた自身を、昨日より「マシ」にするための、**最高に価値のある「データ」**なんです。
この「インクリメンタルな進化」というコンパスさえ持っていれば、大丈夫。
技術のトレンドが変わろうが、どの国で働こうが、きっとあなたは「進化」し続けられる。
「完璧なリリース」の幻想から、今すぐ自分を解放してあげてください。
僕もまだまだ道半ば。
お互い、昨日よりちょっとだけ「マシ」な自分を目指して、このサバイバル、楽しんでいきましょう!
最後まで読んでくれて、ありがとうございました!

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