「ドキュメントは後回し」で、本当に得をしているのか?
海外でエンジニアとして働き始めて、最初に強烈な違和感を覚えたのは、
**「ドキュメントの扱いの重さ」**でした。
正直に言うと、日本にいた頃の僕は、
「動くコードが正義」
「ドキュメントは時間があれば書くもの」
そんな価値観で仕事をしていました。
C# の WPF で画面設計をして、要件を満たして、バグを潰して、納期に間に合わせる。
それができていれば十分評価される。
ドキュメントは、レビュー前に最低限書く“作業”でしかなかったんです。
ところが、海外のプロジェクトに入って最初のスプリントレビューで、
コードよりも先に、こんな質問が飛んできました。
「この設計判断は、どこに記録されている?」
「この仕様、半年後に誰が見ても理解できる?」
一瞬、頭が真っ白になりました。
動いているのに、評価されない。
理由は単純で、「チームとしての知識が残らない」から。
ドキュメントを書かない“見えないコスト”
海外の現場で痛感したのは、
ドキュメントを書かないことは、技術的負債ではなく「組織的負債」になるという事実です。
例えば、こんな経験はありませんか?
- あの実装、なんでこうなってたんだっけ?
- 作った本人が休暇・退職して誰も説明できない
- 仕様確認に毎回 Slack や Teams が荒れる
- 新しく入ったメンバーの立ち上がりに1〜2ヶ月かかる
これ、全部「ドキュメント不足」が原因です。
海外では、これを Documentation Debt(ドキュメント負債) と呼びます。
コードのリファクタリングと同じくらい、
「知識の整理」も負債として扱う文化があるんですね。
そして恐ろしいのは、
この負債は 静かに、しかし確実にプロジェクトの速度を落とすことです。
「書け」とは言われない。でも、評価は如実に変わる
面白いのは、海外の職場では
「もっとドキュメントを書け」と直接言われることは、ほとんどありません。
代わりに起きるのは、こんな変化です。
- 設計レビューで意見が通りやすくなる
- 会議で説明時間が短くなる
- 「あの人に聞けば早い」が減る
- マネージャーからの信頼が静かに積み上がる
つまり、
**ドキュメントは“成果物”ではなく、“影響力の増幅装置”**として扱われている。
これに気づいたとき、
「これは英語力の問題じゃないな」と思いました。
文章が完璧でなくてもいい。
ネイティブ表現でなくてもいい。
大事なのは、判断の背景と意図が残っていること。
プロジェクトが加速するチームには「型」がある
いくつかのプロジェクトを経験する中で、
「回っているチーム」と「詰まり始めるチーム」には、
ある共通点の差があることに気づきました。
それが、
最小限で、でも効果が最大化されるドキュメントの“型”を持っているかどうか。
何でもかんでも書くチームは、正直しんどい。
逆に、何も書かないチームは、後で必ず破綻する。
じゃあ、その中間はどこか?
そこで出会ったのが、
僕自身が「これは武器になる」と感じた考え方です。
それが今回のテーマでもある、
The MVDP Framework
(Minimum Viable Documentation for Project velocity)
直訳すると、
「プロジェクトを加速させるための、最小限で価値の高いドキュメント」
なぜ、このフレームワークを日本人エンジニアに伝えたいのか
特に、日本人で海外に出るエンジニアは、
- 英語が完璧じゃない
- 発言に慎重
- 自分の仕事を過小評価しがち
という傾向があります。
でも、
**ドキュメントは「話さなくても伝えられる自己主張」**です。
しかも、
正しく書けば、
- 英語力以上に評価される
- チーム全体の生産性を上げられる
- 「替えがきかない人」にならなくて済む
これは、知っているか知らないかで、
海外キャリアの伸び方が本当に変わります。
「何を書けばいいか分からない」問題を壊す
──ドキュメント負債を“見える化”するという技術
「ドキュメントが大事なのは分かった。
でも、何を書けばいいのか分からない。」
これは、海外で働き始めた日本人エンジニアが、ほぼ100%ぶつかる壁です。
実際、僕自身もそうでした。
全部書こうとすると時間が足りない。
最低限にすると「それ意味ある?」と突っ込まれる。
結果、誰も幸せにならない中途半端なドキュメントが量産される。
ここで重要なのは、
「書く/書かない」の二択で考えないことです。
MVDP フレームワークの最初のステップは、とてもシンプル。
今のチームが抱えている
「ドキュメント負債」を言語化する
ドキュメント負債は、コードを見ても分からない
コードの負債は、見れば分かります。
- クラスが巨大
- 責務が曖昧
- コメントだらけ
- テストがない
でも、ドキュメント負債は違います。
「困った瞬間」にしか姿を現さない。
例えば、こんな瞬間です。
- なぜこの画面遷移なのか、誰も説明できない
- 仕様変更の影響範囲を毎回総当たりで調べる
- レギュレーション対応で、過去の判断根拠を探し回る
- 新人が「これ、聞いていいですか?」と何度も止まる
これらは全部、
「書かれていない判断」が原因です。
まずやるべきは「棚卸し」ではなく「質問」
多くのチームは、
「ドキュメントを整備しよう!」と言い出すと、
いきなり Confluence や Wiki の整理を始めます。
でも、これは失敗しやすい。
MVDP 的には、
ツールに触る前に、3つの質問を自分に投げることを勧めます。
① これ、誰が困っている?
- 新しく入ったエンジニア?
- QA?
- 将来の自分?
- 法務・監査?
② どのタイミングで困っている?
- 設計レビュー?
- 障害対応?
- 仕様変更?
- 引き継ぎ?
③ 困ったとき、何が足りない?
- 仕様そのもの?
- 判断理由?
- 前提条件?
- トレードオフ?
この3つが言語化できると、
「書くべきドキュメントの正体」が見えてきます。
海外チームで実際にやっていた「負債の洗い出し」
僕がいたチームでは、
スプリントの振り返りでこんな質問を必ずしていました。
「今週、
“書いてあれば早かった”ことは何だった?」
ポイントは、
**「書いてなかったから失敗した」ではなく、
「書いてあれば速くなった」**と聞くこと。
この言い方だと、
誰も責められないし、防衛的にならない。
出てくる答えは、だいたいこんな感じです。
- API の仕様変更理由が分からなかった
- 画面設計の前提条件を毎回説明していた
- なぜそのライブラリを選んだか思い出せなかった
- 過去に却下された案を、また検討していた
これ、全部 高価値ドキュメント候補です。
「全部書くな」が、MVDP の核心
ここで、重要な考え方があります。
ドキュメントは、
書いた量ではなく
“再利用された回数”で価値が決まる
海外のシニアエンジニアが言っていた言葉で、
今でも強く残っています。
だから MVDP では、
次の3つに当てはまるものだけを書く。
- 判断が絡んでいるもの
- 繰り返し参照されるもの
- 将来の変更に影響するもの
逆に言えば、
- 読まれない仕様
- コードを見れば分かること
- 一度きりの作業手順
は、思い切って捨てる。
C# / WPF 開発で「書くべきだった」具体例
実体験ベースで言うと、
WPF 開発で特に「書いておいて助かった」のは、次のようなものです。
- なぜ MVVM を一部崩したのか
- パフォーマンス優先で諦めた設計案
- 将来差し替える前提の ViewModel
- レガシー制約(変えられない理由)
コードだけ見ても、絶対に分からない判断です。
これを1ページにまとめておくだけで、
- 設計レビューが一瞬で終わる
- 「なんでこうなってるの?」が減る
- 仕様変更時の判断が速くなる
結果として、
チーム全体のスピードが上がる。
ドキュメントは「自分を守る保険」でもある
もう一つ、海外で強く感じたことがあります。
それは、
ドキュメントは評価と責任の境界線になるということ。
- なぜそう決めたか
- どこまでを想定していたか
- 何をリスクとして認識していたか
これが残っていると、
後から問題が起きても、
「無責任」にはならない。
むしろ、
「ちゃんと考えて判断していた人」
として評価される。
英語が流暢じゃなくても、
会議で目立たなくても、
書いた事実は消えない。
「一人で書くな」が、ドキュメントを最強の武器にする
──MVDPが生むコラボレーションと加速の正体
ドキュメントの話をすると、
多くのエンジニアは無意識にこう考えます。
「誰が書くか」
「自分がちゃんと書けるか」
でも、海外の現場で学んだ最大の転換点は、
ドキュメントは“個人作業”ではないという認識でした。
MVDP フレームワークの本質は、
ドキュメントを「作ること」ではなく
「チームの思考を揃える装置」にする点にあります。
なぜ「ちゃんと書こう」とすると失敗するのか
日本人エンジニアがやりがちな罠があります。
- 英語を直してから出そう
- 構成を完璧にしてから共有しよう
- 誤解されたら怖い
結果どうなるか。
何も出ない。
海外のチームでは、
70点のメモが、
100点の沈黙より評価されます。
MVDP 的には、
ドキュメントは「完成品」ではなく「会話のきっかけ」。
だからこそ、
最初から一人で抱え込むと、
スピードも質も落ちてしまう。
海外チームで実践していた「叩き台文化」
僕がいたチームでは、
ドキュメントにこんなルールがありました。
最初に書いた人は、
責任者ではなく“起案者”
つまり、
- 完璧である必要はない
- 全部決めなくていい
- 間違っていてもいい
代わりに求められるのは、
**「思考の方向性を可視化すること」**だけ。
例えば、設計ドキュメントはこんな書き方から始まります。
- 背景(なぜ今これを考えるか)
- 制約(変えられないこと)
- 仮の選択肢(A / B / C)
- 個人的な暫定案
英語も箇条書き、文法も雑。
でも、これがあるだけで、
レビューは一気に前に進む。
コメントが付くドキュメントは「成功」
日本では、
コメントが多い=突っ込まれている
と感じがちです。
でも海外では真逆。
コメントが付くドキュメントは、
読まれている証拠
Slack や Teams で議論するより、
ドキュメントに直接コメントが集まる方が、
知識が散らからない。
特に効果的だったのは、
- 「Why?」だけ書く人
- リスク視点だけ入れる人
- 過去事例を貼る人
役割が自然に分かれていくこと。
これこそが、
ドキュメントを中心に回るコラボレーションです。
ツールは「揃える」より「混ぜない」
MVDP では、
ツール選定にこだわりすぎません。
重要なのは、
1つのドキュメントが
複数の場所に分裂しないこと。
海外チームでよくあった失敗例:
- 仕様は Wiki
- 判断理由は Slack
- 図は Miro
- 決定事項はメール
これ、後から誰も追えません。
だから、
- 本体は Confluence / Notion / Wiki
- 議論はコメント欄に集約
- Slack は通知とリンクだけ
という運用が、
結果的に一番速かった。
英語が苦手でも、コラボは回る
ここで、日本人エンジニアにとって
一番大事な話をします。
英語が完璧じゃなくても、
ドキュメントコラボは成立する。
理由はシンプルで、
- 話すより、書く方が考えられる
- 修正ができる
- 時間差で参加できる
実際、
会議では静かな日本人が、
ドキュメント上では一番貢献している
というケースは珍しくありません。
しかも、
「英語が荒れている=思考が浅い」
とは誰も思わない。
それよりも、
「判断の背景を書いている人」
が、
技術的に信頼される。
規制・監査対応で真価を発揮する瞬間
MVDP が「ただの効率化」で終わらない理由が、
レギュラトリー対応です。
海外プロジェクトでは、
- なぜその実装になったか
- どんなリスクを認識していたか
- 代替案を検討したか
を後から求められることが多い。
このとき、
- 決定ログがある
- 議論の痕跡が残っている
- 責任の所在が明確
だと、
プロジェクトが守られる。
「書いてあったから助かった」
この言葉を、
何度も聞きました。
MVDPは「ドキュメント文化」ではなく「生存戦略」
ここまで来て、
ようやく見えてきます。
MVDP フレームワークは、
几帳面な人向けの手法ではありません。
- 忙しい
- 英語に自信がない
- 発言力が弱い
そんなエンジニアほど、
書くことで戦える。
ドキュメントは、
声が小さくても残る。
立場が弱くても消えない。
知識が残る人が、最後に勝つ
──MVDPは「評価され続けるエンジニア」になるための人生術
ここまで、
MVDP(Minimum Viable Documentation for Project Velocity)
という考え方を軸に、
- ドキュメント負債をどう見つけるか(承)
- 最小限で最大効果を出すコラボレーション(転)
を見てきました。
最後の「結」では、
じゃあ結局、何を書けばいいのか
そして、
それがあなたのキャリアにどう効いてくるのか
をまとめます。
「全部は書けない」から始めていい
まず、はっきり言います。
全部を書こうとする必要は、ありません。
むしろ、それは失敗の始まりです。
MVDP のゴールは、
“プロジェクトが止まらない状態”を作ること。
だから、最初に書くべきは
「正しさ」ではなく
**「詰まりポイント」**です。
MVDPで最優先すべき3つのドキュメント
海外の現場で、
「これだけは残せ」と言われていたのは、
次の3つです。
① 判断ログ(Decision Log)
- なぜこの設計を選んだか
- 何を捨てたか
- どんなリスクを理解していたか
コードでは絶対に残らない知識です。
これがあると、
- 設計レビューが速くなる
- 仕様変更時に迷わない
- 後出し批判を防げる
個人を守る盾にもなる。
② 前提条件・制約リスト
- 変えられない仕様
- レガシー制約
- ビジネス的な理由
「なんでこんな実装?」の
8割は、前提条件を知らないことが原因。
これを書くだけで、
無駄な議論が激減します。
③ 知識の入口(Onboarding 用)
完璧なマニュアルはいりません。
- 最初に読む1ページ
- 全体像の図
- 「困ったらここを見る」リンク集
これだけで、
新しく入った人の立ち上がりが
数週間単位で変わる。
「これ以上は書かなくていい」ラインを知る
MVDP には、
**明確な「書き止めライン」**があります。
次の質問に「Yes」と答えられたら、
それ以上は書かなくていい。
- 誰かが判断を再現できるか?
- 半年後の自分が理解できるか?
- 変更時に迷わず動けるか?
「分かる人が分かればいい」
から、
「誰でも追える」
へ。
ここが越えられていれば十分です。
ドキュメントを書く人は、評価が蓄積する
海外で働いていて、
一番日本と違うと感じたのは、
評価は、積み重なる
ということ。
会議で目立たなくても、
発言が少なくても、
- 良い判断が記録されている
- チームがそれを参照している
- 問題解決が速くなっている
これらは、
静かに評価され続ける。
あるとき、マネージャーに言われました。
「君は、
プロジェクトの“記憶”を作っている」
これ以上の評価はありません。
英語が不安でも、MVDPは裏切らない
英語に自信がない。
これは、海外で働く日本人にとって
ずっとついて回る不安です。
でも、
MVDP は語学力を要求しません。
- 短い文
- 箇条書き
- 図やリンク
それで十分。
完璧な英語より、
残る思考。
話せなくても、
書けば参加できる。
これは、
発言力が弱い立場にいる人ほど
強力な武器になります。
MVDPは「仕事術」であり「人生術」
最後に。
MVDP フレームワークは、
単なるドキュメントの書き方ではありません。
- 自分の思考を残す
- チームに価値を渡す
- 将来の自分を助ける
この積み重ねが、
- 信頼
- 評価
- 選択肢
を増やしていきます。
海外では特に、
「知識を残せる人」=「次も一緒に働きたい人」
です。
今日からできる、たった一歩
もし、今日から何か一つやるなら、
これだけでいい。
「なぜ、こうしたか」を1ページ書く
完璧じゃなくていい。
英語も荒くていい。
それが、
半年後のプロジェクトを救い、
数年後のあなたのキャリアを守ります。

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