「正しさ」より「伝わること」へ──英語との向き合い方が変わった瞬間
「話せない」の正体は、知識の問題ではなかった
「間違えたら恥ずかしい」──言葉が出てこなかったあの日
海外勤務を始めてすぐのころ。
会議中、頭の中では言いたいことがあるのに、口を開けなかった。
理由は明確だった。
文法があやふやだから
語順が合っているか自信がない
発音で笑われたらどうしよう
結果、何も言えなかった。
それなのに、会議後にインド人の同僚がサラリとこんなふうに言った。
“You had something to say, right? Next time, just say it. We don’t care if it’s perfect.”
その一言が、ズシンと胸に刺さった。
「伝わるか」より、「間違ってないか」ばかり気にしていた
日本の英語教育では、「正解」が大事だった。
✔ 文法問題を間違えないこと
✔ 長文読解で主語と述語の一致を見ること
✔ 英作文の減点ポイントを避けること
でも、仕事の現場ではそれが“機能しない場面”が多かった。
たとえばSlackでの会話:
“When you will update the branch?”
明らかに文法的には間違ってる。
でも、100%意味は伝わる。
むしろ、テンポ良く仕事が進んでいく。
その光景を見ながら、自分は何を恐れているんだろうと思った。
「完璧な英語」より「実践で使える英語」を話していた仲間たち
印象に残っているのは、あるフィリピン人エンジニア。
彼の英語は時々文法が崩れていた。
“Client want fix before Friday. I talk to QA, they already test.”
でも、そのやりとりで誰かが戸惑うことはなかった。
むしろ、彼のメッセージはいつも明確だった。
– 誰が何を求めていて
– どう動いていて
– 何が次のアクションか
それが端的に、わかりやすく伝わっていた。
このとき思った。
正しい英語を話しているかじゃない、
ちゃんと意図が伝わる英語かが大事なんだ、と。
それでも、僕の中にあった“完璧主義の呪縛”
わかってはいた。
でも、なかなか“間違った英語を話す勇気”が持てなかった。
特に、日本語ではロジカルに話せる場面ほど、英語では黙ってしまった。
“この意見、英語でちゃんと伝えられるかな?”
“文法グチャグチャで印象悪くならないかな?”
そんな迷いが、発言を止めていた。
でも、その“完璧主義”こそが、
コミュニケーションの妨げになっていたと、後になって痛感することになる。
“通じる英語”は、失敗からしか身につかなかった
発音も文法も完璧じゃなかった。でも──“伝わった”
ある日、チームで週次の進捗報告があった。
その日は特に忙しく、英語の準備もできていなかった。
用意したメモは2行だけ。それでも自分にこう言い聞かせた。
「伝わればいい。間違っててもいい」
そしてこう言った。
“This week, I fixed two bugs. One was crash from login screen. Other was display issue from report page.”
明らかに文法は不完全。冠詞もないし、前置詞も怪しい。
でも、誰一人として顔をしかめなかった。
“Thanks Hiro. That’s clear.”
拍子抜けするほど、すんなり受け入れられた。
その瞬間、僕の中で“何かが壊れた”。
**「文法ミスしても、伝わるじゃん」**って。
ミスを恐れて黙るより、ミスしてでも話すほうが得だった
そこから僕は、“話す”ことを優先し始めた。
たとえ文法があやふやでも、とにかく主語+動詞+キーワードで
まずは伝える。それから、相手の反応を見て補足する。
たとえば:
- “I fix the login issue yesterday. It was about token timeout.”
- “We need test more on mobile. Android have layout broken.”
こんな簡易英語でも、現場では十分に“武器”になると分かった。
特にエンジニアリングの現場では、内容が具体的であることのほうが重要だった。
“ネイティブっぽさ”を目指すのをやめた
かつての僕は、カッコよく英語を話すことに憧れていた。
✔ 長くて滑らかな文を一気に言う
✔ ネイティブっぽい言い回しを真似る
✔ 言い淀まないように完璧に準備する
でも、実際にはそんな“型”にこだわるほど、話せなくなった。
そこで思い切って方向転換した。
「英語っぽく」ではなく「伝わる構造」を目指すようにした。
つまり:
- 短く区切る
- 主語+動詞を最初に言う
- 言い切る
- ジェスチャーや図も使う
たったそれだけで、“話しやすさ”が段違いに上がった。
エンジニアに必要な英語は、“正しさ”より“具体性”だった
ある日、ミーティングでデザイン仕様の話になったとき、同僚のポーランド人エンジニアがこう言った。
“I don’t understand this part. Maybe better to show example?”
その一言で空気が変わった。デザイナーが例を共有し、理解が一気に深まった。
文法的には完璧じゃない。でも、一番必要な情報に向かって言葉を投げている。
それを見て、僕も真似を始めた。
- “Maybe we need check with real user?”
- “I’m not sure, but maybe async problem?”
- “How about show warning before delete?”
たとえ文法が100点でなくても、動詞・主語・目的が入っていれば伝わる。
そういう言葉を積み重ねていく中で、少しずつチーム内での発言回数も増えていった。
「正しい」から「伝える」に、意識がシフトした瞬間
あるレビュー後、リードエンジニアがこう言った。
“Hiro, your feedback is really helpful. You explain very clear now.”
そのとき気づいた。
自分は“英語が上手になった”んじゃない。
“伝えることを優先できるようになった”だけだった。
でも、それで十分だった。
“通じる”だけでは足りなかった。次の壁は「精度」だった
「通じた」けど、意図がズレて伝わっていた
ある日、Slackでこうメッセージを送った。
“We maybe delay the release because of test issue.”
自分では「テストの不具合のせいで、リリースが遅れるかもしれない」と伝えたつもりだった。
しかし、リードの反応はこうだった。
“Are you saying we should delay? Or is it just a risk we need to watch?”
え?伝わってなかったのか──。
要するに、“maybe delay” という曖昧な表現では、
「予定を変えるべき」とも「まだ確定じゃない懸念」とも取れてしまう。
ここで痛感した。
“通じる”はゴールじゃなかった。
“正しく意図を伝える”ことが、次のステップなんだ。
カジュアル英語では伝えきれない“責任ある発言”
技術的なトピックでは特に、言葉の精度が重要になる場面がある。
たとえば:
- バグがどのバージョンで起きるのか
- 再現性があるかないか
- 誰にどの対応をお願いしたいのか
そういう細かいニュアンスが曖昧だと、
「伝わっているようで伝わっていない」事態を招く。
特にコードレビューのコメントや、仕様の確認時には、
“ちょっとした言い回し”が大きな意味の違いになることもある。
✔ “You should fix this.”(命令)
✔ “Maybe you can fix this?”(提案)
✔ “I think it might cause issue in some cases.”(リスク提示)
英語はシンプルだからこそ、トーンや意図を補う語彙力・構文力が問われる。
「英語で戦えるようになった」は、“気楽に話せる”の先だった
僕は、「文法に縛られない」ことで発言のハードルを下げられた。
でもあるとき、レビューでこう指摘された。
“I think we misunderstood your suggestion earlier. Could you clarify?”
自分では丁寧に言ったつもりだった。
でも、動詞の時制や語順が少しずれていたせいで、伝えたいことがぼやけてしまっていた。
そのとき思った。
「伝わること」から、「誤解されないこと」へ。
“戦える”ためには、もう一段階の精度が必要だった。
ミスを恐れる必要はない。でも、繰り返さない工夫は必要だった
僕がその後意識したのは、次の3つ:
- 話す内容は、先に日本語で“意図”を明確にしておく
→「言いたいこと」を先に整理しておくと、英語にする際のブレが減る。 - フィードバックをもらった表現をメモして、使い回す
→ “How about we…” や “Would it make sense to…” のような便利フレーズは、即戦力。 - 「あれ?」と思ったら、すぐ聞き返す・確認する習慣
→ “Just to confirm, do you mean…” で、自分の理解を相手にチェックしてもらう。
こうして、英語での発言に“精度と自信”が両立するようになっていった。
英語のゴールは“文法的正しさ”じゃなく、“相互理解”
文法を気にしすぎて何も話せなかった時期、
僕は「相手にどう思われるか」ばかり気にしていた。
でも今はこう思う。
✔ 「完璧じゃなくてもいい」けど
✔ 「雑であってはいけない」
つまり、「間違えてもいいけど、相手と丁寧に向き合うこと」は必要だった。
“話す勇気”が“信頼される言葉”に変わった日
英語が上手くなったんじゃない。“相手を意識するようになった”だけだった
思い返すと、「英語を話せるようになった」と実感したタイミングは、
文法ミスが減ったときでも、発音が良くなったときでもなかった。
「この言い方だと、相手はどう受け取るかな?」
「今、自分が一番伝えたいことは何だろう?」
「説明がズレてたら、素直に聞き直そう」
そうやって、“自分のための英語”から“相手と共有するための英語”に変わったとき、
初めて英語でのやりとりが心地よくなった。
“信頼される英語”とは、言葉だけじゃなく「責任ある姿勢」だった
ある日、僕が英語で説明した仕様が、一部誤解されて開発が進んでしまったことがあった。
その場でこう言った。
“Sorry, that’s my fault. I should’ve explained it more clearly.”
するとチームリーダーが返してくれた。
“No worries. Appreciate your clarity now.”
間違えたときに誠実に伝える。
曖昧なときは「わからない」と正直に言う。
不完全な英語でも、伝える姿勢があれば、信頼は築ける。
むしろ、完璧な英語よりも、自分の言葉で、相手と向き合おうとする姿勢こそが
「この人は頼れる」と思ってもらえる理由だった。
英語力の土台にあったのは、「日本語力」と「思考の構造」だった
ここに来て思う。
✔ 英語で説明できるようになる前に、
✔ まず「日本語でどう伝えるか」を考えることの大切さ
曖昧な思考は、どんな言語でも曖昧になる。
逆に、頭の中で論理的に整理された言葉は、シンプルな英語で十分伝わる。
実際に役立ったのは、こんな手順だった:
- 言いたいことを日本語で3行以内にまとめる
- 主語・動詞・キーワードだけで要点を英語に変換する
- 「言い切る」「補足する」「確認する」を段階的に使い分ける
これだけで、英語力に自信がなくても、言葉の芯がブレなくなった。
僕にとっての“戦う英語”とは
「文法が正しくないと恥ずかしい」
「ネイティブみたいに話せないと通用しない」
そんな思い込みは、すべて現場で壊された。
今の僕にとって“戦う英語”とは:
- 相手に届く言葉を、今の自分のベストで届けること
- 間違えてもいいから、向き合う姿勢を持ち続けること
- 言葉の奥にある「自分の意思」を曖昧にしないこと
完璧じゃなくていい。でも、伝えることから逃げない英語。
それが、海外で僕が身につけた“働くための言葉”だった。
これから海外で働くエンジニアのあなたへ
英語が苦手でも、文法があやふやでも、気にしないでほしい。
現地の人たちは、あなたの文法よりも、**あなたの中にある「伝えたい想い」や「責任感」**を見ている。
そしてなにより──
英語はツールであって、目的じゃない。
その先にある“信頼と成果”こそが、本当のゴールだ。

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