失敗を「避けるもの」だと思っていた頃の話
海外でエンジニアとして働き始めた当初、僕はずっと「失敗は減らすもの」「障害は起こさないもの」だと信じていました。
C# WPFで設計・開発をしてきた日本時代の感覚のまま、レビューではバグを潰し、テストケースを増やし、想定外をなくすことに全力を注ぐ。
それ自体は間違っていません。でも、海外の現場で最初にカルチャーショックを受けたのは、**「失敗を前提に話が進む」**という感覚でした。
ある日、チームの定例ミーティングでこんな一言が飛び出しました。
「来週、このサービス壊しますけど、誰が一番早く復旧できるかやります?」
一瞬、耳を疑いました。
「壊す? わざと?」
しかもそれを、冗談ではなく楽しそうに話している。
日本で働いていた頃の自分なら、
「それ、誰の責任ですか?」
「お客さんに影響出ませんか?」
と、真っ先にリスクを挙げていたと思います。
でも、彼らの発想は真逆でした。
壊れないように祈るより、壊れても立ち上がれる力を鍛えよう。
そのために生まれたのが、彼らが冗談半分・本気半分で呼んでいた
「Antifragility Arena(反脆弱性アリーナ)」 という仕組みでした。
Antifragility(反脆弱性)という言葉は、ナシーム・ニコラス・タレブの著書で有名ですが、
ここで重要なのは難しい理論ではありません。
- 壊れると弱くなる → 脆弱
- 壊れても元に戻る → 頑健
- 壊れることで前より強くなる → 反脆弱
彼らが目指していたのは、3つ目でした。
そして驚いたのは、それを**「訓練」ではなく「ゲーム」にしていた**ことです。
Antifragility Arena は、簡単に言えば
「自分たちのシステムを、自分たちで壊す競技場」 です。
ただし、目的は
「障害を起こさないこと」ではありません。
むしろ逆。
- ランダムにサービスを落とされる
- 依存している外部APIが突然死ぬ
- CPUやメモリが極端に制限される
- DB接続数が強制的に枯渇する
こうした Chaos(混沌) が、予告なしに注入されます。
日本の現場感覚だと、正直こう思うはずです。
「そんなことしたら、怖くて触れないコードになるのでは?」
でも、ルールが決定的に違いました。
このゲームでは、
「失敗を防いだ人」は評価されません。
評価されるのは、
- どれだけ早く異常に気づいたか
- どれだけ冷静に切り分けできたか
- どれだけ小さな変更で復旧できたか
- 復旧後、同じ失敗を起こさない改善を入れたか
つまり、
ポイントは「回復力」と「学習量」で稼ぐ のです。
障害ゼロは、ゼロ点。
派手に壊して、見事に立て直すと高得点。
最初は正直、理解が追いつきませんでした。
でも、ある時ふと気づいたんです。
これって、人生そのものじゃないか? と。
海外で働くと、
- 英語が聞き取れずに会議で固まる
- 仕様を誤解して作り直しになる
- 「それ、違う」とストレートに言われる
- 日本的な空気読みが通用しない
失敗を避けようとすると、動けなくなります。
発言しない、挑戦しない、責任を持たない。
でもそれは、成長点ゼロのプレイ なんですよね。
Antifragility Arena の思想は、
システムだけでなく、人にもそのまま当てはまる。
- 転ばないことが強さじゃない
- 立ち上がりが早いことが強さ
- 次は転ばない工夫を入れることが、本当の強さ
この考え方を知れただけでも、
海外で働くエンジニアとしてのメンタルは、かなり楽になりました。
「失敗しない人」より、
「失敗しても強くなる人」 の方が、長く生き残る。
次の 承 では、
この Antifragility Arena が実際にどんなゲーム設計で回っているのか、
・ランダムカオス注入
・依存関係破壊
・リソース枯渇チャレンジ
といった具体例を、エンジニア目線で深掘りしていきます。
失敗を「仕組み」に変えるゲーム設計
― Antifragility Arena の中で何が起きているのか ―
Antifragility Arena が面白いのは、「精神論」では一切終わらせないところです。
失敗を歓迎しよう、チャレンジしよう、という言葉だけなら、日本でもよく聞きます。でも、言葉だけの文化は、忙しくなると一瞬で消える。
だから彼らは、失敗を仕組み化しました。
しかも、ちゃんと「ゲーム」として。
① ランダム・カオス注入
― 何が壊れるかは、誰にも分からない
まず最初に導入されたのが、Randomized Chaos Injection。
平たく言えば、「いつ・どこが・どう壊れるか分からない仕組み」です。
- 特定のマイクロサービスが突然落ちる
- 通信レイテンシが急激に悪化する
- Feature Flag が強制的に切り替わる
- バックグラウンドジョブが停止する
これらが、事前予告なしで起きます。
日本的な開発文化だと、
「事前に共有されていない障害」は事故扱いされがちです。
でも Arena では逆で、
予告された障害は訓練にならない。
なぜなら、本番の障害はいつも「想定外」だから。
ここで重要なのは、
「誰がやったのか」を追及しないルールです。
壊した人も、壊された人も、全員プレイヤー。
このルールがあることで、
- 障害=犯人探し
という空気が完全に消えます。
結果として、障害発生時の会話はこう変わります。
×「誰がこれをデプロイした?」
○「今、何が起きている?」
この違い、海外では想像以上に大きいです。
② 依存関係破壊ゲーム
― 「それ、どこに依存してる?」と即答できるか
次に行われるのが、Dependency Failure Challenge。
これはかなり実践的で、
- 外部APIが 500 を返し続ける
- 認証基盤が一時的に死ぬ
- メッセージキューが詰まる
- 設定サーバーが参照不能になる
といった、「あるあるだけど地獄」な状況を意図的に作ります。
ここで試されるのは、
コード量ではなく、理解度 です。
- この画面、どのAPIに依存してる?
- フェイルしたら、何が表示される?
- ユーザー影響はどこまで?
- 最低限、生き残らせるルートは?
C# / WPF のようなクライアントアプリでも、
API・設定・認証・キャッシュなど、依存は山ほどあります。
Arena では、
「ドキュメントに書いてある」は通用しません。
その場で説明できなければ、理解していない扱い。
これが効くんです。
普段は
「動いてるからOK」
「触らない方が安全」
になりがちなコードも、
「壊されたら、自分は説明できるか?」
という視点で見るようになる。
結果として、
- 不要な依存を減らす
- 境界を明確にする
- フォールバックを用意する
といった設計改善が、自然発生的に増えました。
③ リソース枯渇チャレンジ
― 綺麗な設計は、余裕がある時しか通用しない
三つ目が、個人的に一番学びが大きかった
Resource Depletion Challenge です。
これは、
- CPU 使用率を意図的に制限
- メモリを極端に絞る
- スレッド数を減らす
- DB コネクション上限を下げる
といった、「余裕を奪う」ゲーム。
面白いのは、
平時は美しい設計ほど、非常時に弱い という事実が浮き彫りになること。
- ログを出しすぎて逆に詰まる
- 再試行処理が雪だるま式に負荷を増やす
- 非同期処理が暴走する
Arena では、こうした挙動が
「バグ」ではなく「学習ポイント」 になります。
復旧できたら終わりではなく、
- どの設計判断が効いたか
- どこが足を引っ張ったか
- 次はどうシンプルにするか
までが、得点対象。
結果、チーム全体の設計思想が
「賢く作る」から
「苦しい時でも生き残る」 方向にシフトしていきました。
④ ポイントは「防御」ではなく「回復」に入る
Antifragility Arena 最大の特徴は、
ポイント配分 です。
- 障害を防いだ → 0点
- 障害に気づくのが早い → +α
- 切り分けが的確 → +α
- 暫定復旧が早い → 高得点
- 再発防止がシンプル → ボーナス
このルールがあることで、
「完璧を目指して黙る人」より、
「壊れても前に出る人」 が評価される。
海外で働くエンジニアにとって、
これはそのままキャリア戦略にも繋がります。
- ミスを隠す人 → 信頼が減る
- ミスを共有し、改善する人 → 信頼が増える
Arena は、
それを安全に練習できる場所でした。
「守る文化」から「回復する文化」へ
― 日本人エンジニアが最初に戸惑う違和感の正体 ―
Antifragility Arena がチームにもたらした一番大きな変化は、
技術力の向上でも、障害対応スピードの改善でもありません。
それは、
「空気」が変わったことでした。
障害が起きた瞬間の、あの独特の重さ。
誰がやったのか、どこでミスしたのか、
言葉にされない緊張感。
日本で長く働いてきたエンジニアなら、
この感覚を身体で覚えているはずです。
① 障害=「事件」ではなく「イベント」になる
Antifragility Arena が回り始めてから、
障害は「事件」ではなくなりました。
「今日のイベント、誰が一番点取る?」
この一言で、空気が一変します。
もちろん、本番影響が出ないように
検証環境・制限付き環境でやっています。
でも心理的な効果は絶大でした。
- 障害が起きる → 緊張
- 障害が起きる → 役割分担が始まる
この差は大きい。
日本人エンジニアは特に、
「迷惑をかけてはいけない」
「自分のミスで空気を壊してはいけない」
という意識が強い。
でも Arena では、
壊れない方が空気を壊す。
なぜなら、学びが発生しないから。
② 「正しさ」より「速さ」が評価される瞬間
海外チームで働いていて、
日本人が最初に評価を落としがちな場面があります。
それは、
「完璧な説明をしようとして黙る」瞬間。
Arena では、これが完全に裏目に出ます。
- 状況が分からないなら、分からないと言う
- 仮説でもいいから声に出す
- 間違っていたら、すぐ修正する
これが「強いプレイ」になります。
日本的な感覚だと、
「間違ったことを言うくらいなら黙る」
が美徳になりがちですが、
Arena では、
黙る=チームの時間を奪う行為。
この価値観の転換は、正直しんどいです。
僕自身、最初は
「もっと整理してから話そう」
と考えている間に、
他の誰かが仮説を出し、検証を進め、
気づいたらポイントを総取りしていました。
③ 「自分の担当外」が存在しなくなる
もう一つの大きな変化は、
担当境界が溶けることでした。
Arena では、
「これは自分の担当じゃない」
という言葉がほぼ使われません。
なぜなら、
障害は担当表を見てくれないから。
- フロントの人が DB を見る
- バックエンドの人が UI を触る
- 新人がログ解析を任される
これ、日本だと
「事故りそうで怖い」と思われがちです。
でも Arena では、
理解していない状態の方が危険。
触れなくてもいい。
でも説明できる状態にはなれ。
この姿勢が、
チーム全体の耐久力を底上げします。
④ 日本人エンジニアが一番苦しむポイント
ここで、はっきり言います。
日本人エンジニアが
Antifragility Arena で一番苦しむのは、
技術ではありません。
- 失敗を晒すこと
- 分からないと言うこと
- 間違った仮説を口に出すこと
この3つです。
でも逆に言えば、
ここを超えた瞬間、
評価の伸びは一気に加速します。
なぜなら、海外の現場では
「失敗しない人」より
「失敗しても学習する人」
の方が、圧倒的に信頼されるから。
Arena は、
それを安全に失敗できる場所として機能していました。
⑤ システムは、文化を映す鏡になる
最終的に気づいたのは、
Antifragility Arena は
「障害対応の練習場」ではなく、
文化の設計装置 だった、ということです。
- 失敗を責めない
- 学びを称える
- 早い共有を評価する
これらを「言葉」で言うのは簡単。
でも、人は評価される行動を繰り返す。
Arena は、
評価軸そのものを設計し直していた。
だから文化が変わった。
壊れた回数が、あなたの強さになる
― 失敗を恐れない人が、海外で一番長く生き残る ―
Antifragility Arena を経験してから、
僕の中で「失敗」という言葉の意味は、完全に変わりました。
以前の僕にとって失敗は、
- できなかった証拠
- 評価を下げる要因
- できれば無かったことにしたい履歴
でした。
でも今は、
失敗はログ だと思っています。
しかも、
「取っておかないと、次に同じ場所でまた落ちるログ」。
① 海外で評価されるのは「無傷な人」じゃない
海外で働き始めて、
最初に戸惑ったのは評価の仕方でした。
- バグを出した人が評価されている
- 障害対応で前に出た人が昇進している
- 完璧な設計より、改善を続ける人が信頼されている
日本的な感覚だと、
どうしても違和感があります。
でも Antifragility Arena の視点で見ると、
すべて一貫しています。
評価されているのは、
壊れた経験を、次の強さに変えた人。
無傷でいる人は、
たまたま壊れなかっただけかもしれない。
でも、壊れて立て直した人は、
「次に壊れた時、何をすべきか」を知っている。
② キャリアも「反脆弱」に設計できる
ここが一番、得するポイントです。
Antifragility Arena の考え方は、
そのまま個人のキャリア設計に使えます。
- 完璧に準備してから転職 → 動けない
- 英語ができてから海外 → 一生来ない
- 自信がついてから発言 → 評価されない
これ、全部
「壊れないようにしている」状態。
でも、反脆弱なキャリアは違います。
- 小さく挑戦して、失敗する
- フィードバックを受ける
- 次は少しだけ強くなる
海外で評価されている人は、
ほぼ例外なくこれを繰り返しています。
失敗しない設計より、
回復できる設計 を選んでいる。
③ 日本人エンジニアにこそ必要な人生術
正直に言います。
日本人エンジニアは、
反脆弱になりやすい素質 を持っています。
- 振り返る力
- 改善する力
- 学びを言語化する力
これは Arena でいうと、
得点が入りやすいスキルです。
ただし、弱点も同じくらい明確。
- 失敗を表に出さない
- 途中経過を共有しない
- 自分を過小評価する
これを続けると、
反脆弱になる前に、消耗します。
だから意識してほしいのは、
失敗を「出す」練習。
- ミスを共有する
- 学びを言語化する
- 次にどう変えるかを言う
これだけで、
海外では一段評価が上がります。
④ 人生に「アリーナ」を持て
Antifragility Arena の本質は、
「壊してもいい場所」を持つことです。
- 本番じゃない
- 評価が即死しない
- 学びが点数になる
この条件が揃った場所。
それは、
- 社内の検証環境かもしれない
- 勉強会かもしれない
- 個人プロジェクトかもしれない
重要なのは、
失敗が資産になる場所 を意図的に作ること。
人生でも同じです。
- 失敗が恥になる場所ばかりにいると、人は守りに入る
- 失敗が糧になる場所にいると、人は強くなる
環境は、自分で選べます。
⑤ 最後に伝えたいこと
海外で働くと、
失敗は避けられません。
- 英語は噛む
- 仕様は勘違いする
- 意見はぶつかる
でも、それは
あなたが前に進んでいる証拠 です。
壊れた回数が多い人ほど、
立ち上がり方を知っている。
Antifragility Arena が教えてくれたのは、
システムの作り方ではなく、
「壊れながら、強くなる生き方」
でした。
もし今、
「失敗しないように」と立ち止まっているなら、
その場に小さなアリーナを作ってみてください。
壊していい。
学べばいい。
次は、少し強くなればいい。
それが、
海外で長く、楽しく、エンジニアとして生きるための
一番コスパのいい人生術 だと、今は本気で思っています。

コメント