壊れても戻るだけでは、前には進めない
〜想定外は日常であり、むしろ「織り込み済み」にする世界〜
海外でエンジニアとして働いていると、「え、そんなこと起きる!?」という瞬間に出会う機会がやたらと増える。特にC# WPF開発みたいな、レガシーな部分と新しい仕組みの共存が当たり前のプロジェクトだと、予想外の落とし穴は日常茶飯事だ。
例えば、とある製造系システムのUI刷新プロジェクトに関わっていたときの話。
要件定義も終わり、デザインも固まり、あとは実装と統合テストへ…という矢先。
突然、クライアント側から「実は現場で使う端末が全て入れ替わります」とか「OSをWindows 11に前倒しで移行することになりました」など、システム側の想定を根底から揺るがす情報が飛び込んでくる。
日本で仕事をしていた頃も仕様変更はもちろんあったけれど、それでも「段階」や「合意」が存在した。でも海外では、その段階が平気でショートカットされることがある。誰も悪気はない。ただ単に「変更は普通にあるもの」という前提で動いている。
つまり、「想定外は想定内」という空気感だ。
最初の頃は、こういう状況に直面するたびに焦っていた。
「またやり直し…?」
「ここまで積んだものが崩れるのか…」
「なんでちゃんと決まってから動かないんだ…?」
でも、時間が経って気づいたことがある。
この世界では、「状況が安定していること」を前提にすること自体が間違いだということだ。
もちろん、最初はレジリエンス(復元力)が大事だと思っていた。
「折れずに耐える」
「また起き上がれる強さ」
「失敗しても立て直せる力」
そういう力は、海外でエンジニアとして働く上で本当に重要だ。
けれど、半年、1年、2年と経験を積む中で見えてきた。
レジリエンスは『元の状態に戻る』だけ。
でも、戻っている間に世界は前に進んでいる。
つまり、「立ち直る」だけでは、追いつけないし、ましてや前に出ることもできない。
実際、僕の周りでも同じような状況にいるエンジニアは多かった。
優秀で真面目で、問題に対して粘り強く向き合える人たち。
でも、彼らはしばしば「巻き返せない」という壁にぶつかっていた。
プロジェクトが荒れれば荒れるほど、「現状を戻す」ことに意識と体力が吸われてしまう。
そして、戻せた頃には別の問題が発生している。
その連鎖で、常に遅れを追いかける感覚になる。
その時、ふとある言葉が目に入った。
「Anti-fragile(アンチ・フラジャイル)」
壊れることで強くなるもの
不確実性があるほど伸びていくもの
変化や混乱を栄養にして成長する性質
ナシーム・ニコラス・タレブが提唱した概念だ。
本を読んでみて、正直ショックを受けた。
なぜなら、僕はずっと「壊れても立ち直れる人間でありたい」と思っていた。
けど、この世界では、その思考自体がまだ「守り」だった。
混乱が起きないことを望むのではなく、
混乱が起きる前提で設計し、
混乱を利用して成長する。
そこには受動的復元ではなく、能動的進化がある。
振り返ると、海外プロジェクトで強い人たちはすべて、この「アンチ・フラジャイル」なスタンスをとっていた。焦らない。起こったことに過剰に反応しない。むしろ、「変化があるなら、その中でどれだけ伸びられるか」を考える余白を持っている。
レジリエンスは「元に戻る力」。
アンチ・フラジャイルは「変化の中で強くなる力」。
そして、今のソフトウェア業界は、変化が速すぎる。
新しい技術、インフラの変革、働き方の多様性、グローバルな文化差、プロジェクトの流動性。
「前提が変わる」ことは避けられない。
だからこそ、「元の形に戻そう」とする思考では自然と消耗してしまう。
ここまでが僕が海外で働く中で感じた、
「レジリエンスでは足りない」理由の始まりだ。
次のパート(承)では、
実際にアンチ・フラジャイルな働き方をどう採り入れていったのか、
その現場感と転機について掘り下げていきます。
変化の荒波に立ち向かうのではなく、波に乗る
〜「アンチ・フラジャイル」へと視点を切り替えた瞬間〜
アンチ・フラジャイルという言葉に出会ったあと、すぐに人生や仕事が劇的に変わったわけではない。
むしろ最初は、言葉だけが頭の中をふわふわと漂っていて、現場に戻れば、相変わらず突発的な変更や予期しないトラブルに振り回される日々だった。
ただ、その時期の僕は、以前と明確に違う点がひとつあった。
「混乱が悪いものだと思わないようにしよう」と決めたことだ。
これが、後から考えると大きな転換点になった。
■ 現場は今日も普通に揺れる
ある日のミーティング。
プロジェクトマネージャーが急に言った。
「クライアントがUXをもっとシンプルにしたいそうで、操作フローを一から再検討したいって」
開発はもう中盤を過ぎていた。
システム設計はもちろん、画面の大枠もコードが走り始めていた頃だ。
従来の僕なら、内心こう叫んでいたと思う。
「今かよ!? いや、言うの遅いって! もう動いてるのに!」
でも、その日は違った。
正直な感情で言えば、面倒くさい。ここは変わらない。
ただ、「避けたい」とまでは思わなかった。
代わりに、こう考えるようにした。
「この混乱が起きたことで、もっといいものが生まれる可能性はあるか?」
「これをきっかけに、設計をもっとスリムにできないか?」
「現状の構造を見直すチャンスかもしれないな」
そう思うだけで、反応そのものが変わった。
淡々と、だけど前向きに、チームと議論を始められた。
■ キーは「余白を設計する」ことだった
アンチ・フラジャイルという言葉は壮大だけれど、実際に現場でどう振る舞うかはもっと現実的だ。
僕がまず取り入れたのは、「余白のある設計」を心がけることだった。
たとえば、WPFの画面設計。
要求通りに作ろうと思えば、UIとロジックをピッタリ結び付けたほうが、実装は速い。
でもそれをやると、仕様変更が入った途端に画面もロジックも両方崩れる。
だから、過剰すぎない程度にシンプルに分離した。
UIはUIとして独立性を保つ。
ロジックはロジックとして交換可能性を持たせておく。
ちょうど「家の家具を全部壁に固定しない」ような感覚に近い。
揺れが来るなら、揺れ前提で配置しておく。
結果として、変更や仕様転換が来ても、
「壊れないように守る」ではなく、
「変わるなら、変わる前提で動かす」
というスタンスが取れるようになった。
これは不思議な話だけれど、余白を作ると精神にも余白が生まれる。
焦りにくくなる。
責任を抱え込みすぎなくなる。
状況を俯瞰できるようになる。
そしてもうひとつ大きかったのが、
「何かが変わったとき、それを学びに変える習慣」を意識したことだ。
■ 変化は「ダメージ」ではなく「データ」
仕様変更が起きたとき、以前は「またやり直しだ…」という気持ちが強かった。
でも、アンチ・フラジャイルの考え方では、
変化とは 成長の材料 であり、
そこに「次に生かすヒント」が眠っている。
例えば変更理由を聞くと、
「現場の作業者が操作を覚えられない」
「タッチパネルの感度差に対応する必要がある」
「全員がマウスを使うわけではない」
など、”現場” のリアルが見えてくる。
それを知れたのは、変更のおかげだ。
つまり、変更は「破壊」ではなく「情報開示」でもある。
変化が起きるほど、現場が見える。
現場が見えるほど、設計が賢くなる。
この視点を持っただけで、
仕事に対するストレスがまったく別物になった。
■ チームにも伝播していく
面白いのは、自分がアンチ・フラジャイルな姿勢になると、周囲に波及することだ。
焦っていない人がいると、会議の空気は落ち着く。
解決策を探す方向で話が進む。
「とりあえず戻す」のではなく、「前に進める」案が出てくる。
そして気づけば、チーム全体の反応力が変わっていった。
- トラブルが起きても、静かに現状整理
- 変更が入っても、「じゃあ良くなる余地ができたね」
- 学びが蓄積されることで、後半になるほど設計が洗練される
これは、「レジリエンス(戻す力)」だけでは起こらなかった変化だった。
■ 小さな一歩は「考え方のスイッチ」からだった
特別なスキルを身につけたわけじゃない。
新しい開発手法を導入したわけでもない。
環境が変わったわけでもない。
変わったのは、ただ一つ。
混乱を悪いものとみなすのをやめたこと。
これだけで、
「変化に追われる側」から、
「変化を使う側」に回れた。
そして、この感覚こそが「アンチ・フラジャイルの入り口」だった。
変化を味方にするキャリア戦略
〜「安定を求める」から「変化を取りにいく」へ〜
アンチ・フラジャイルな考え方を仕事で実践し始めてしばらく経った頃、気づいたことがある。
それは、僕のキャリア観そのものが、静かにだけど確実に変わってきていたということだ。
それまでは、キャリアというのは「積み上げるもの」だと思っていた。
経験を重ね、スキルを磨き、役割を広げ、昇格していく。
やった分だけ伸びていく楔(くさび)のような成長カーブをイメージしていた。
でも、アンチ・フラジャイルの視点に切り替えると、その考え方では不十分だということに気づいた。
というのも、「積み上げる」ことを前提にすると、変化は脅威になるからだ。
積み上げたものは壊れうる。
壊れたら戻さなければいけない。
戻せないなら、それは「損失」になる。
でもアンチ・フラジャイルでは状況が逆になる。
変化とは、成長するための「イベント」になる。
つまり、変化は脅威ではなく「経験値ドロップの宝箱」のようなものになる。
■ 「安定している仕事」ほど、実は危うい
ある時、同僚とこんな会話をした。
「もっと安定してるプロジェクトに入りたいなぁ。落ち着いて技術を磨きたい。」
その気持ちは分かる。
でも、その時ふと思った。
「安定している状態って、本当に『成長しやすい状態』なんだろうか?」
実際、安定した環境に長くいると、
・想定外に出会う機会が減る
・トラブルを楽しむ筋力が育たない
・新しい設計の試行回数が減る
・チームとの衝突や議論から学ぶ場面も少ない
つまり、経験値が落ちる。
もちろん、それが悪いわけではない。
ただ、変化の激しい業界にいる以上「安定に慣れきってしまう」ことにはリスクがある。
例えるなら、荒波が前提の海で生きているのに、ずっと波のない入江に停泊している船のようなものだ。
いざ荒波に出る時、操船できない。
この業界での安定は、決して安全ではない。むしろもっとも静かで見えづらいリスクだと思う。
■ 「やったことがない仕事」を選ぶ勇気
アンチ・フラジャイルな姿勢になってから、僕が意識して選ぶようになったものがある。
それは、「やったことがない領域に少しずつ足を入れる」ということ。
例えば、
UIだけではなく業務設計に踏み込む。
WPFだけではなくAPI側の統合にも関わる。
日本語だけではなく英語でクライアント説明を担当する。
最初は不安だし、失敗する可能性も高い。
でも、その「不確実性の高さ」こそが経験値の大きさに比例する。
ゲームのダンジョンと同じだ。
安全な草原でスライムを倒し続けても、レベルは上がらない。
森に入ってオオカミに噛まれて、初めて戦い方が進化する。
変化のある仕事の中に飛び込むことは、まさにそれだった。
■ そして気づいた。「自分の市場価値が勝手に上がっている」
アンチ・フラジャイルな姿勢で仕事を続けるほど、
「変化に強い経験値」が蓄積されていく。
・調整力
・トラブル収束力
・仕様変更に対しての再設計の引き出し
・ステークホルダー間の交渉
・曖昧な状況から要求を整理する力
これは、技術スキルの一覧表には載らない。
けれど、海外開発ではめちゃくちゃ評価されるスキルだ。
そしてある時、上司からこう言われた。
「きみは、問題が起きたときに強いね。」
それは、「強い」というより、
「混乱に慣れている」だけだった。
でも、その耐性こそが海外プロジェクトにおける価値だった。
そのタイミングで、自分の中で一つの軸が固まった。
これからは、安定ではなく、成長が起こる場所に進んでいこう。
■ なぜ海外エンジニアにこそアンチ・フラジャイルが必要なのか
海外では、
「決まりきった手順」より
「状況に応じて変えられる柔軟性」
が評価される。
プロジェクトの仕様は動く。
チームメンバーは入れ替わる。
文化も言語も前提も異なる。
つまり、安定を前提に生きることがそもそも難しい。
だから、海外の現場では「既存の強さ」より「変化の中で強くなれる性質」のほうが、圧倒的に重要になる。
そしてその性質は、「特別な才能」ではなく、
変化を怖がらない心のスタンス
から始まる。
変化を恐れず、変化と共に育つ
〜「壊れないこと」ではなく「強くなること」を選ぶ〜
アンチ・フラジャイルという考え方は、単なる仕事術でも、難しい理論でもなかった。
もっと日常的で、もっと人間くさくて、もっとシンプルなものだった。
それは、
「変化を避けようとするか」
「変化を受け入れて育つか」
その選択の話だった。
僕たちはつい、「安定している状態」こそが正しい、安心できる、成長しやすい、というイメージを持ってしまう。でも、実際はそうとは限らない。
むしろ、変化のない環境は、ゆっくりと自分の筋力を奪っていく。
仕事でも、言語でも、対人関係でも、
混乱や失敗、うまくいかない気まずさ、思った通りにいかない現実。
そうしたものがあるから、人は学べる。
その摩擦こそが、伸びる余白になる。
海外で働くようになってから、僕は何度も「自分の思い通りにいかない場面」と向き合った。
英語で伝わらないもどかしさ、文化差による誤解、仕様変更、方針転換、計画の再構築。
最初は疲れた。でも、今は違う。
今は、それらの揺れがあるからこそ、視野が広がり、判断の深さが生まれ、手札が増えたと感じている。
混乱は、自分を成長させる栄養だった。
■ 「壊れないこと」を目指すと苦しい
レジリエンスは素晴らしい力だ。
打たれても戻れる。
折れそうでも持ちこたえられる。
でも、「戻る」ことを前提にすると、ずっと必死に耐え続ける日々になってしまう。
戻るのではなく、進む。
壊れないのではなく、壊れながら強くなる。
アンチ・フラジャイルは、立て直す人生ではなく、育ち続ける人生の選択だ。
■ 明日からできる、小さな「アンチ・フラジャイル」習慣
これは大げさな改革でも、壮大な決意でもない。
ほんの少しの「視点の向け方」を変えるだけでいい。
例えば、明日からできることはこんな感じだ。
1つ目。
トラブルが起きたら、反射的に否定しない。
「なんでこうなったんだ!」ではなく
「ここから何を学べる?」と一度考えるだけでいい。
2つ目。
余白をつくる。
スケジュールでも、設計でも、思考でも。
完璧に詰めない。
すぐに改善できる形にしておく。
3つ目。
「やったことがないこと」を、少しだけ選ぶ。
全部変えなくていい。
ただ、「1割だけ新しいこと」を混ぜれば、それは経験値の貯金になる。
たったこれだけで、変化は「敵」ではなく「味方」へと、静かに形を変える。
■ 人生は、想定外に満ちている
仕事だけじゃない。
人生だって、同じだ。
計画通りに行かないことの方が多い。
人との関係も、環境も、体調も、気持ちも、日々揺れる。
その揺れを「失敗」と捉えると、生きることはしんどくなる。
でも、アンチ・フラジャイルな視点で見ると、揺れは「育つ機会」になる。
うまくいかなかった出会いが、価値観を更新してくれることがある。
挫折が、自分の核を鍛えてくれることがある。
迷いが、新しい道の起点になることがある。
壊れたことがある人は、強い。
何度も揺れた人は、しなやかだ。
戻るのではなく、進んだ経験がある人は、確かな深さを持っている。
そして、その深さは誰にも奪えない。
■ 最後に
海外で働き始めた頃の僕は、
「できるだけ問題を避けたい」
「揺れずに進みたい」
そう思っていた。
でも今は違う。
揺れるから強くなる。
壊れるから育つ。
変化があるから、人生は面白い。
アンチ・フラジャイルとは、
「変化に負けない人」ではなく、
「変化で育つ人」だ。
そして、それは才能ではなく、選択だ。
今日、どんな小さな変化でもいい。
その変化に、ほんの少しだけ前向きに触れてみてほしい。
それが、あなたの次の成長の種になる。

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