始まりは、静かな「データ不整合」だった
(※想定文字数:約2000文字)
どうも!海外の片隅で、C#とWPFを使って主にデスクトップアプリ(たまにそれに付随する管理画面とか)を設計・開発している、しがないITエンジニアです。
今日は、これから海外で働きたいと思っているエンジニアの皆さんに、僕がこっちで「マジか…」と頭を抱えた、実体験ベースの「気付き」をシェアしたいと思います。
これは単なる技術の話じゃありません。日本で「常識」だと思っていたことが、いかに簡単に「通用しなくなる」か。そして、その時エンジニアとしてどういう視点を持つべきか、という「人生術」に近い話です。
特に、読んだ人が「これ知っててよかった」と思えるような、リアルな「得する情報」として、僕の失敗談を捧げます。
謎の「データが消える」事件
僕のキャリアの多くはWPF、つまりクライアントサイドです。ユーザーが直接触る画面を作り、ユーザーからの入力を受け取り、それをバックエンドに送信する。いわば、システムの「顔」を作る仕事ですね。
ある日、カスタマーサポートから、こんなイラついた報告が上がってきました。
「おい、お前のチームが作ったアプリ、入力したデータが頻繁に消えるぞ」
「え?」ってなりますよね。
僕らC#エンジニアからすれば、「データが消える」なんていうのは、一番言われたくない、悪魔の言葉です。
もちろん、真っ先に自分のコードを疑います。
「まさか、async await の処理でタスクが迷子になったか?」
「ネットワーク瞬断時に、リトライロジックがバグってる?」
「そもそも送信ボタン押下時の、ローカルDBへの書き込みが漏れてる?」
僕はC#のコードを(それこそ脳内でデコンパイルする勢いで)隅から隅まで見直しました。ローカル環境で何百回とテストを繰り返し、ありとあらゆる異常系を試しました。
でも、再現しない。
ログを見ても、僕のWPFアプリは「送信成功(HTTP 200 OK)」のレスポンスをキッチリ受け取ってるんです。
「いや、俺のせいじゃない。俺は悪くない!」
そう叫びたい気持ちを抑え、僕はサポートに「こっちのログでは正常に送信完了してます。バックエンド側で何か起きてませんか?」と(超低姿勢で)返しました。
静かに忍び寄る「バックログ」という名の悪魔
この「俺は悪くない」が、実は半分正解で、半分間違いだったんです。
これが、海外特有の「スケールの壁」にぶち当たった瞬間でした。
結論から言うと、データは「消えて」いたんじゃなく、**「詰まって」**いたんです。
僕のWPFアプリが送ったデータは、確かに一度バックエンドのAPIに受け取られていました。
問題は、その後。
APIは受け取ったデータを、リアルタイムで処理しきれず、一旦「あとで処理するリスト(バックログ)」に突っ込んでいたんです。
そして、その「あとで処理」を担当していたのが、古き良き**「伝統的なバッチ処理」**。
具体的には、深夜0時に起動する「Cronジョブ」です。
日本で働いていた頃も、夜間バッチなんて当たり前にありました。1日の終わりにデータを集計して、朝にはレポートができてる。素晴らしい仕組みです。
……ただし、それはデータ量が「常識の範囲内」であれば、の話。
僕が今いる会社は、グローバルにサービスを展開しています。日本で「大規模」と思っていたデータ量の、文字通り100倍のイベントが、毎日発生していました。
伝統的バッチ処理が「死んだ」瞬間
その結果、何が起きていたか。
フック(冒頭の英文)にあった「悪夢」が、そのまま現実になっていました。
- スケーリングの悪夢 (Scaling nightmares):深夜0時に起動したバッチ(ただのPythonスクリプト)は、100万件のデータを処理する想定でした。しかし、サービスが急成長し、気づけば5000万件のデータがバックログに溜まっていました。その結果、バッチ処理は24時間経っても終わりません。深夜0時に始まり、次の日の深夜0時になっても、まだ動いてるんです。
- 連鎖する障害 (Dropped jobs and inconsistent data):最悪なのは、バッチ処理が途中でコケた時です。5000万件のうち、3000万件目で何らかの理由(DBの接続タイムアウトとか)でエラーが発生したとします。するとどうなるか?残りの2000万件は、その日は処理されません。そう。これが「データが消えた」ように見えた正体です。データはDBの手前で「詰まって死んで」いたんです。
- 隠れたコスト (The hidden costs):そして、この「詰まり」を解消するために、バックエンドのシニアエンジニアが何をしていたか。毎朝、出社するとまずログを確認し、どこでバッチがコケたかを特定。「OK、昨日は3000万件目まで終わってるから、今日は3000万1件目から手動でスクリプトをキックするよ」……マジか。手動リトライです。(フックの manual retries って、これか!)
僕たちクライアントサイドのエンジニアが新機能のUIを必死で設計している横で、優秀なシニアエンジニアが、ただ「バッチ処理の監視と手動リトライ」という**「火消し」**に、貴重な開発時間を奪われていたんです。
僕のWPFアプリは悪くなかった。でも、システム全体で見れば、僕のアプリが吐き出すデータが、バックエンドを殺していた。
「俺は悪くない」なんて言ってる場合じゃなかったんです。
これが、僕が海外で直面した「バックログの呪い」の始まりです。
この「伝統的バッチ処理の失敗」という経験が、僕のエンジニアとしての視点を、クライアントサイド(WPF)からシステム全体へと、強制的に広げるきっかけになりました。
深夜3時のアラートと、手運用が生んだ「開発者のゾンビ」
(※想定文字数:約2500文字)
前回、「データが消える」事件の犯人は、僕のWPFアプリではなく、バックエンドで悲鳴を上げている**「時代遅れのバッチ処理(Cronジョブ)」**だった、という話をしました。
シニアエンジニアが毎朝「手動リトライ」という名の火消しに追われている、と。
さて、ここからが本当の地獄の始まりです。
【起】で書いたのは、まだ「序章」に過ぎませんでした。
海外で働くエンジニアを目指すなら、覚えておいてほしい。
技術的な問題、特に「スケーラビリティ(規模拡張性)」の問題は、風邪と一緒です。初期症状(手動リトライ)で対処を間違えると、必ず「肺炎」を起こします。
深夜3時に鳴り響くアラート
サービスが成長するにつれ、僕らが処理すべきデータ量は、もはや「増加」というレベルではなく「爆発」していました。
もはや、朝イチの「手動リトライ」では、まったく追いつかなくなります。
「24時間動いても終わらないバッチ」は、ついにDBの接続プールを使い果たし、あるいはメモリを食いつぶし、致命的なエラーを吐いてクラッシュするようになりました。
それも、夜中に。
こうなると、もう「朝イチで対応」なんて悠長なことは言っていられません。
深夜だろうが早朝だろうが、オンコール担当(障害対応担当)のスマホが鳴り響きます。
僕もクライアントサイドの担当でしたが、WPFアプリがデータを送る先のAPIが、バッチ処理のせいでDBロックを引き起こし、道連れで死ぬ、なんてことも増えてきました。
結果、僕のスマホも深夜3時に鳴るわけです。「お前のアプリからデータが送れないってアラートが上がってるぞ!」と。
「いやいや、俺のせいじゃねえし!」
…と叫びたいのをこらえ、眠い目をこすりながらPCを立ち上げ、結局バックエンドチームのシニアエンジニアと「あー、またバッチ詰まってますね」「DB再起動しますか」「いや、先に詰まってるプロセス殺さないと…」なんていう、不毛な会話をすることになります。
「火消し」が「本業」になった日
これが「Relatable pain points(共感できる苦痛)」ってやつですね。
フック(前回の冒頭にあった英文)の The headaches of manual retries(手動リトライの頭痛)は、いつしか Developer time wasted on fire-fighting(火消しに浪費される開発時間)へと進化していました。
ここが、海外(というか、急成長するサービス)で働くことの恐ろしさであり、同時に「学び」のポイントです。
問題は、火消しが「日常」になってしまったこと。
僕のチームは、本来、ユーザー体験を向上させるための新しいWPFの画面や、イケてる機能を開発する(feature building)はずでした。
でも、現実はどうでしょう。
僕のタスクリストは、こんなもので埋め尽くされます。
- 「(バックエンドが詰まってるから)WPFアプリ側で、ユーザーが送信ボタンを押したあと、30秒待ってもレスポンスがなかったら『後ほど処理されます』ってメッセージを出す機能」
- 「(バッチがコケてデータが不整合を起こした時用の)手動でデータを修正するための、緊急管理画面の作成」
- 「(深夜にバッチが止まったか監視するための)WPF製の監視ダッシュボードの作成(※本末転倒)」
……気づきましたか?
僕らは、新しい価値を生み出す「機能開発」をしていたんじゃありません。
**「燃え盛るバックエンド」から降りかかる火の粉を払うための「火消し専用ツール」**を作らされていたんです。
これは、僕らクライアントサイドだけじゃありません。
バックエンドチームはもっと悲惨です。
彼らの貴重な時間の8割は、文字通り「ログの監視」「手動リトライ」「深夜障害対応」に消えていました。
開発者のゾンビ化と「隠れたコスト」
フックにあった The hidden costs(隠れたコスト)というのは、単に「エンジニアの残業代」や「サーバー代」のことじゃありません。
最大のコストは、**「エンジニアのモチベーションが死ぬこと」**です。
想像してみてください。
超優秀なシニアエンジニアが、最新の技術トレンドを追いかけ、本来ならシステムのアーキテクチャを刷新するような刺激的な仕事ができるはずなのに、現実は、深夜3時に叩き起こされ、ただただ「昨日失敗したバッチの続き」を手動で実行している。
新しい機能のアイデアを提案しても、マネージャーから返ってくる言葉はいつも同じ。
「いいね!でも、まずこのバックログの問題をなんとかしないと。リソースがないんだ」
こうして、エンジニアは「開発者」ではなく**「火消し屋」になります。
新しいことを学ばず、ただ目の前の火を消すだけの毎日。
彼らは、生ける屍。まさに「開発者のゾンビ」**です。
そして、優秀なエンジニアから、会社を辞めていきます。
「こんな非生産的な仕事、やってられない」と。
これが、伝統的なバッチ処理が引き起こした、最大の「隠れたコスト」でした。
システムが崩壊するより先に、開発チームが崩壊したんです。
根本解決から逃げた者の末路
僕らクライアントサイド(WPF)チームも、この「火消し」に加担してしまったことを後悔しています。
バックエンドが詰まっているなら、根本原因(=時代遅れのバッチ処理)を解決すべきでした。
でも、僕らは「手っ取り早い」対症療法を選んでしまった。
「バックエンドが遅い?じゃあ、WPFアプリ側でローカルDB(SQLiteとか)を持って、一旦そこに全部貯めこんで、非同期でゆっくりバックエンドに送るように改修しよう」
一見、スマートな解決策に見えますよね?
ユーザーは待たなくて済むし、バックエンド側も一気にデータが来なくて助かる。
これが、最悪の選択でした。
なぜなら、今度は「WPFアプリ側のローカルDB」と「バックエンドDB」の**「二重データ管理」**という、新たな地獄を生み出したからです。
「あれ?ユーザーのPCが壊れたら、ローカルDBのデータってどうなるの?」
「ユーザーがオフラインの間に、バックエンド側でデータが更新されたら、どっちが正?」
「このデータ不整合、バッチのせい?それともWPFアプリの非同期送信のバグ?」
問題の切り分けが、絶望的に難しくなったんです。
僕らは、小さな火事を消すために、システム全体にガソリンをぶちまけてしまった。
僕が海外に来て学んだ、重要な「人生術」の一つがこれです。
「目先の『火消し(対症療法)』は、必ず、より大きな『負債』となって未来の自分に返ってくる」
この「バックログの呪い」は、もはやC#がどうとか、WPFがどうとかいうレベルの話ではありませんでした。
僕らは、根本的に「仕組み」を変える必要に迫られていました。
「もう、Cronで夜中に動かすとか、そういうの、無理じゃない?」
チーム全員が「開発者のゾンビ」になり果てた頃、ついに、あのシニアエンジニアが口を開きました。
「このデータ量、もう『バッチ』でさばくのは限界だ。僕らには、**『リアルタイム』**で処理する仕組みが必要だ」
それが、僕がC#エンジニアでありながら、「Kafka(カフカ)」という、まったく新しい世界の扉を開くことになるきっかけでした。
「それ、バッチじゃ無理っす」— C#エンジニア、Kafkaと出会う
(※想定文字数:約2800文字)
【承】の最後、開発チームが「ゾンビ化」し、僕らクライアントサイド(WPF)も「火消し専用ツール開発」に追われ、システム全体が崩壊寸前になった、という話をしました。
全員が疲弊しきった会議室で、あのシニアエンジニアが絞り出した「もうバッチじゃ無理だ。リアルタイム処理が必要だ」という言葉。
あの日を境に、会議で飛び交う単語がガラッと変わりました。
「バッチ」「Cron」「リトライ」といった、聞くだけで胃が痛くなる言葉は消え、代わりに**「Kafka(カフカ)」**という単語が頻繁に登場し始めたんです。
え、Kafka? 俺、C#エンジニアなんだけど…
正直、ピンと来ませんでした。
「カフカ? あの『変身』を書いた小説家?」「なんかJava界隈で流行ってるやつ?」「LinkedInが作ったらしい」…くらいの、フワッとした知識だけ。
僕はC#とWPFが専門です。XAMLで画面を組み、async/await で非同期処理を書いて、ユーザー体験を向上させるのが仕事。
Kafkaなんていうゴリゴリのバックエンド、それも「分散メッセージング基盤」とかいう、いかにも難しそうな代物は、僕のキャリアパスとは無縁だと思っていました。
「まあ、バックエンドチームが何か新しい仕組みを導入するんだろうな。俺は今まで通り、API(HTTP)を叩くだけだろ」
そう高をくくっていたんです。
ところが、次のアーキテクチャ会議で、僕は衝撃の言葉を聞くことになります。
例のシニアエンジニアが、システム構成図を指しながら、僕に向かって言いました。
「OK。で、君のWPFアプリが、この新しいKafkaトピックに、直接データを『Produce(プロデュース)』することになるから」
「……は?」
一瞬、何を言われたか分かりませんでした。
「え、API(HTTP)経由じゃなくて、ですか?」
「そう。APIを挟むと、そこがまたボトルネックになる可能性がある。クライアント(WPF)から、Kafkaブローカー(サーバー)に直接TCPで送ってほしい。Confluent.Kafka っていうC#のクライアントライブラリがあるから、それ使って」
……マジか。
ついに、クライアントサイドエンジニアである僕が、バックエンドの「川」の、その「源流」を直接触ることになった。
もう「俺は悪くない」なんて、口が裂けても言えない状況です。
これが、僕が自分の専門領域(クライアントサイド)から、否応なく「越境」させられた瞬間でした。
悪夢の「ダム方式」から、希望の「河川方式」へ
なぜ、Kafkaだったのか?
なぜ、API(HTTP)すら挟まず、クライアントから直接データを流し込む必要があったのか?
それを理解した時、僕は「バックログの呪い」の本当の正体と、僕らがどれだけ間違った戦い方をしていたかを痛感しました。
シニアエンジニアは、ホワイトボードに2つの絵を描きました。
1. 今までの「ダム方式」(伝統的バッチ処理)
「僕らが今までやっていたのは、これだ」
彼は、巨大な「ダム(DBの手前のバックログ)」の絵を描きました。
「君のWPFアプリが送るデータ(水)を、APIが受け取り、一日中このダムに貯め込む。そして、深夜0時にCron(バッチ)が起動し、ダムのゲートを全開にして『放流』する。これがバッチ処理だ」
「問題は」と彼は続けます。
「サービスの成長で、ダムに流れ込む水の量が、想定の100倍になった。もうダムは満杯で溢れかえり(データロスト)、ゲートを全開にしても水が捌ききれない(バッチが終わらない)。ダムが壊れれば(DBクラッシュ)、下流は全滅だ(サービス停止)」
まさに僕らが体験した地獄絵図そのものでした。
2. これからの「河川方式」(ストリーム処理)
「だから、ダムを造るのをやめる」
彼は、ダムの絵を消し、一本の「巨大な川(Kafkaトピック)」を描きました。
「これからは、データを『貯める』んじゃない。**『流す』**んだ」
「君のWPFアプリは、データ(石)が発生したら、それをAPI(ダム)に送るんじゃない。この『川(Kafka)』に、そのまま投げ込む(Produceする)んだ」
「川」には、何人もの「水を汲む人(コンシューマー=バックエンド処理)」が待機しています。
彼らは、川に石が流れてくるたびに、それを拾い上げ、自分の仕事(DBへの書き込み、集計、通知など)をします。
この「河川方式」こそが、Kafka(イベントストリーミング)の本質でした。
そして、これが僕らの悪夢をすべて解決する「革命」だったんです。
Kafkaがもたらした、3つの「解放」
C#エンジニアの僕が、必死で Confluent.Kafka のドキュメントを読み漁り、WPFアプリに「データをKafkaへProduceする」機能を実装した結果、何が起きたか。
1. 「詰まり」からの解放(ユーザー体験の劇的改善)
WPFアプリは、データをKafka(川)に投げ込むだけ。Kafkaは超高速なので、投げたら即「OK(送信完了)」が返ってきます。
もう、バックエンドの処理が遅くて、WPFアプリが30秒もフリーズするようなことはありません。
ユーザーは、送信ボタンを押したら、一瞬で次の作業に移れる。
僕がWPFエンジニアとして一番守りたかった「ユーザー体験」が、ついに守られたんです。
2. 「データロスト」からの解放(システムの信頼性向上)
これがKafkaの真骨頂です。
Kafka(川)は、投げ込まれた石(データ)を、絶対に失くしません。
それどころか、投げ込まれた「順番通り」に、ディスクに一時保存(永続化)してくれます。
僕らがWPFアプリの改修(ローカルDB実装)で失敗した「データ不整合」の問題も、これで解決です。WPF側は何も「貯める」必要がない。ただ「投げる」だけ。信頼できる川(Kafka)が、あとは全部やってくれる。
3. 「深夜の火消し」からの解放(開発者のゾンビ化の阻止)
そして、これが全エンジニアの「人生」を救いました。
「水を汲む人(コンシューマー=バックエンド処理)」が、もし処理の途中でエラーを起こして倒れても(クラッシュしても)、全く問題ありません。
なぜなら、データ(石)は「川(Kafka)」に流れ続けており、失くならないから。
倒れたコンシューマーは、再起動すれば「あ、俺、ここまで石を拾ったんだった」という場所(オフセット)を正確に記憶しているので、自動的に、続きから処理を再開できます。
もう、深夜3時に叩き起こされ、シニアエンジニアが「昨日は3000万件目まで終わってるから…」なんてログを睨みながら**「手動リトライ」**をする必要は、金輪際なくなったんです。
専門領域を「越境」する勇気
バックログの呪いを解いたのは、僕のC#のテクニックでも、WPFのイケてるUIでもありませんでした。
それは、「データを『貯める』から『流す』へ」という、アーキテクチャレベルでの**「発想の転換」**でした。
そして、僕個人にとっての最大の「気付き」はこれです。
「俺の仕事はここまで」という境界線は、エンジニアの成長を妨げる「呪い」でしかない。
海外で、急成長するサービスに関わるということは、こういうことです。
問題は、あなたの専門領域(WPF、C#)の中だけで発生するとは限らない。むしろ、領域と領域の「境界」や「隙間」で発生します。
その時、「俺はクライアントサイドのエンジニアだから、バックエンドのことは知らない」という態度は、ただの「思考停止」です。
それは、かつて僕らが「火消し専用ツール」を作って問題解決から逃げたのと、同じ過ちです。
海外で本当に「こいつはデキる」と評価されるエンジニア、問題を根本から解決できるエンジニアになるためには、自分の専門領域という「安全地帯」から一歩踏み出し、システム全体の「流れ」を理解するために、専門外の技術(僕にとってのKafka)を学ぶことを恐れてはいけない。
この「越境する勇気」こそが、海外で働くエンジニアにとって最強の「人生術」であり、キャリアを切り開く「得する情報」なんだと、僕はC#のコードを書きながら、痛感しました。
技術選定は「人生術」。海外で戦うために必要な”スケーラビリティ思考”
(※想定文字数:約2500文字)
僕のWPFアプリから始まった「データが消える」事件。
それは、古き良き「伝統的バッチ処理」という名のダムが、グローバルサービスの巨大なデータ量(水流)によって決壊した、という話でした。
開発チームはゾンビ化し、僕らクライアントサイドは火消しに追われ、システム全体が沈みかけた。
その地獄から僕らを救い出したのは、Kafkaという「河川方式(ストリーム処理)」への、アーキテクチャレベルでの「発想の転換」でした。
今日は、この一連の「バックログの呪い」との戦いを通じて、僕がC#エンジニアとして、そして海外で働く一人の人間として学んだ、一番大切な「気付き」と「人生術」をシェアして、このブログを締めくくりたいと思います。
あなたの「技術選定」は、未来の「働き方」を選んでいる
これが、僕が一番伝えたかったことです。
僕らはよく、技術選定を「機能要件を満たせるか」「開発効率はどうか」「自分のスキルセットに合っているか」で選びがちです。
日本で、比較的小規模なシステムを作っていた頃の僕は、まさにそうでした。
「この処理? ああ、別にクリティカルじゃないし、ユーザーも待たないから、深夜にCronでPythonスクリプト回しておけば十分でしょ」
これは「技術選定」をしているようで、実は**「思考停止」**です。
僕が海外に来て痛感したのは、特に急成長するグローバルな環境において、その「思考停止」した技術選定は、未来の自分の「働き方」を最悪なものにする、ということ。
あの時、「手っ取り早いから」と選んだCron(バッチ処理)は、数年後の僕らを「深夜3時のアラート」「手動リトライ」「火消しに追われるゾンビ」という働き方へと、まっすぐに導いていました。
逆に、あの時、僕らが苦労して(僕は専門外のC#ライブラリまで使って)導入したKafka(ストリーム処理)は、「障害が起きても自動復旧する」「データが詰まらない」「開発者が新機能に集中できる」という、**健全な「働き方」**を未来にもたらしてくれました。
つまり、**技術選定とは「人生術」**なんです。
- 目先の「楽さ」や「慣れ」で技術を選ぶのか?
- それとも、未来の「拡張性(スケーラビリティ)」と「自分たちの睡眠時間」のために、今、学ぶコストを払うのか?
これは、エンジニアリングであると同時に、完全に「生き方」の問題です。
これから海外で働こうとするあなたは、常に後者を選べるエンジニアであってほしい。それが、あなたが得られる最大の「得する情報」です。
海外で戦う武器としての「スケーラビリティ思考」
日本と海外の最大の違いは、突き詰めれば「スケール(規模)」です。
もちろん、文化や言語の違いはありますが、エンジニアの「仕事」として直面する壁は、ほぼ「スケール」に起因します。
ユーザー数、データ量、トラフィック。それらが、日本の常識の10倍、100倍になるのが当たり前の世界です。
その時、「俺のコードは、ローカル環境(データ100件)では完璧に動く」という自信は、何の役にも立ちません。
常に、**「この処理、データが1億件になったらどうなる?」という視点、つまり「スケーラビリティ思考」**を持つことが、あなたの武器になります。
僕がKafkaの導入で学んだ「スケーラビリティ思考」は、こんな問いを持つことです。
- 「貯める」な。「流せ」ないか?(データを溜め込むバッチ処理は、スケールの敵。来た順に処理するストリーム処理にできないか?)
- 「同期」するな。「非同期」にできないか?(ユーザーを待たせる処理は悪。WPFアプリがKafkaに投げて即完了、のように切り離せないか?)
- 「手動」でやるな。「自動」で復旧できないか?(深夜に人間がリトライする前提の設計は、破綻する。Kafkaのコンシューマーのように、コケても自動で続きから再開できるか?)
この思考法は、バックエンドだけのものじゃありません。
僕が本業とするC# WPF(クライアントサイド)の設計にも、強烈に活きています。
「このボタンを押した時、本当に『同期』でAPIを待つ必要がある?」
「もしバックエンドが(Kafka導入前のように)死んでたら、ユーザーの入力データをどうやって守る?(ローカルDBは悪手だったけど、別の方法でキューイングするとか)」
「UIスレッドを1ミリ秒でもブロックしないために、この処理は Task.Run で完全に別スレッドに逃すべきじゃないか?」
スケーラビリティ思考は、僕のC#コードの「質」を、根本から変えてくれました。
境界線を越え、自分の「価値」を再定義せよ
最後に。
僕は、ただのC# WPFエンジニアでした。
それが、バックエンドの巨大な「バックログの呪い」に巻き込まれ、結果的にKafkaという専門外の技術にまで手を出すことになりました。
あの時、「俺の仕事はここまで。あとはバックエンドチームの問題だ」と線を引いて、火消し用の管理画面(WPF製)を作り続けていたらどうなっていたでしょう?
おそらく、僕の評価は「言われたことはやる、便利なクライアントサイドエンジニア」で止まっていたはずです。
そして、今もなお、深夜アラートに怯える「ゾンビ」の一員だったかもしれません。
海外で働くということは、時に、あなたの「専門性」が足かせになる瞬間がある、ということです。
「私はWPFエンジニアだから」というプライドが、システム全体の問題解決を妨げる「壁」になってしまう。
僕らを救ったのは、「専門性」ではなく、「システム全体を救う」という目的に対して、全員が自分の「境界線」を越えたことでした。
バックエンドエンジニアがKafkaを導入し、僕がC#でKafkaに接続した。
これから海外に出る皆さん。
自分の専門性を磨くことは、もちろん大切です。
でも、それと同じくらい、**「自分の専門性を、喜んで捨てる勇気」**を持ってください。
問題が起きている場所が、あなたの専門領域の外側だったなら、ためらわずに「越境」してください。
フロントエンドだから、バックエンドだから、インフラだから、なんていう境界線は、急成長するサービスの前では無意味です。
その「越境」こそが、あなたを「代替可能なエンジニア」から、「問題の本質を解決できるエンジニア」へと変貌させ、海外という厳しい環境で戦い抜くための、本当の「価値」を生み出してくれます。
僕も、今日もどこかの国のユーザーが入力したデータを、僕のWPFアプリからKafkaへと「流し」ながら、スケーラビリティと戦っています。
この実体験が、あなたの「海外で働く」というチャレンジの、何か少しでもヒントになれば、最高に嬉しいです。

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