【海外就職の現実】煌びやかなテック企業の地下に潜む「レガシーモンスター」の正体 〜The Looming Legacy Monster〜

美しいUIの裏側にある、開かずの間

どうも、海外のとある都市でソフトウェアエンジニアをしている者です。

普段はC#とWPF(Windows Presentation Foundation)を使って、デスクトップアプリケーションの設計開発をしています。「今どきデスクトップアプリ?」と思われるかもしれませんが、海外のエンタープライズ(金融、医療、物流など)の現場では、堅牢でパフォーマンスが求められる基幹業務端末として、WPFはまだまだ現役バリバリなんですよ。

さて、皆さんは「海外のITエンジニア」と聞いて、どんなイメージを持ちますか?

ガラス張りの開放的なオフィス、無料のカフェテリア。使う技術は常にBleeding Edge(最先端)。クラウドネイティブで、マイクロサービス化され、AIがコードを補完し、デプロイは完全自動化されている……。そんな「キラキラした世界」を想像する人が多いかもしれません。実際、僕も日本を出る前はそう思っていました。「海外に行けば、日本のSIerで見たような泥臭いレガシーコードとはおさらばできる」と。

でも、断言します。

それは幻想です。

むしろ、歴史ある海外企業ほど、その地下深くには、日本以上に恐ろしく、巨大で、誰も触れることのできない「レガシーモンスター」が眠っています。

今回は、僕が実際に直面した、最新のフロントエンド開発の裏側にある「恐怖の現実」について、少し長めにお話ししようと思います。これから海外を目指すエンジニアの皆さん、これは脅しではありません。生存戦略のための「必修科目」だと思って読んでください。

■ XAMLの輝きと、SQLの闇

ある火曜日の午後でした。僕は新しい在庫管理モジュールのUIを実装していました。

C#の最新機能、モダンなMVVM(Model-View-ViewModel)パターン、Prismライブラリを使った疎結合な設計。XAMLで書かれたUIは、マテリアルデザインを取り入れた流麗なもので、データバインディングも完璧に機能しているように見えました。

「よし、これで主要機能は完了だ。あとはバックエンドから実データを流し込むだけ」

僕はローカルのモック(テスト用データ)から、開発環境の実データベースへと接続先を切り替えました。Visual Studioの「開始」ボタンを押し、アプリケーションが立ち上がる。ログイン画面をパスし、在庫一覧のタブをクリックした瞬間です。

アプリが固まりました。

ローディングを示すスピナーが、虚しく回り続けます。

10秒、20秒、30秒……。

そして1分後、画面に無慈悲な例外エラー(TimeOutException)が吐き出されました。

「あれ? クエリが重いのかな?」

僕は軽い気持ちで、データアクセス層のコードを追いかけました。C#のコード側はEntity Frameworkを使っているものの、実際に呼び出しているのはデータベース側のストアドプロシージャ(Stored Procedure)でした。そのプロシージャ名を見たとき、僕は少し嫌な予感がしました。

sp_GetInventory_Legacy_DO_NOT_TOUCH_v3_FINAL

「DO NOT TOUCH(触るな)」に「FINAL(最終版)」がついているファイルほど、信用できないものはありません。僕は恐る恐る、その中身を覗いてみました。

そこで僕が見たのは、コードではありませんでした。呪文です。

3000行を超えるSQL。インデントは崩壊し、変数はすべて @v1, @v2 といった意味不明な名前。そして何より驚愕したのは、ビジネスロジックのすべてが、このSQLの中にハードコーディングされていたことです。消費税の計算、国ごとの配送ルールの分岐、顧客ランクの判定……すべてが、この一つの巨大なテキストファイルの中に、複雑怪奇なIF文の入れ子として詰め込まれていました。

さらに悪いことに、コメントアウトの日付を見ると「2003」という数字が。

2003年。まだiPhoneすらこの世に存在していなかった時代のコードが、2025年の今、最新のWPFアプリの心臓部を握っていたのです。

■ 「The Looming Legacy Monster」の正体

この一件は、氷山の一角に過ぎませんでした。

詳しく調査を進めると、この会社(そこそこ有名な企業です)のビジネスを支えているのは、クラウドでもAIでもなく、この「20年以上継ぎ足された秘伝のタレ」のようなレガシーシステムであることが判明しました。

僕たちモダンなエンジニアが触っているC#やReactのコードは、いわば「モンスターの檻(おり)」の飾りつけに過ぎません。檻の中には、COBOL時代の設計思想を引きずったメインフレームや、ドキュメントが一切残っていない謎のバッチ処理、そして退職した「伝説のエンジニア・デイブ(仮名)」しか構造を知らないスパゲッティコードという名のモンスターが鎮座しているのです。

僕はこれを**「The Looming Legacy Monster(忍び寄るレガシーモンスター)」**と呼んでいます。

なぜ「忍び寄る(Looming)」なのか。

それは、普段は静かにしているからです。システムが順調に動いているとき、誰もその存在を気にしません。経営陣は「うちはDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる」と胸を張ります。しかし、ひとたび新しい機能を追加しようとしたり、法改正でロジックの変更が必要になったりした瞬間、このモンスターは牙を剥きます。

「そのパラメータを1つ変えると、ブラジルの給与計算システムがなぜか停止するぞ」

「そのテーブルのカラムを拡張すると、物流倉庫のプリンターが動かなくなる」

嘘のような本当の話です。あまりにも複雑に依存関係が絡み合っているため(密結合)、どこか一箇所を修正した際の影響範囲(副作用)が、誰にも予測できないのです。これはもはやエンジニアリングではありません。爆弾処理、あるいは「ジェンガ」です。

■ 技術的負債という名の「人質」

「じゃあ、直せばいいじゃん」と、皆さんは思うかもしれません。

リファクタリングして、ユニットテストを書いて、モダンなアーキテクチャに移行すればいい、と。

僕も最初はそう提案しました。チームのミーティングで、自信満々に言ったんです。

「このストアドプロシージャは危険すぎます。C#側のドメインロジックに移行して、テスト可能な状態にしましょう」と。

その時の、シニアエンジニアたちの凍りついた顔を僕は忘れられません。

チームリーダーのトムが、諭すように言いました。

「いいか、そのコードはこの会社が年間数億ドルを稼ぎ出すための『心臓』なんだ。汚いコード? 知ってるよ。非効率? 分かってる。でもな、それは『動いている』んだ。そして、それがなぜ動いているのか、正確に説明できる人間はもうこの会社には一人もいない」

ここで僕は、**「The terrified reality(恐怖の現実)」**を突きつけられました。

現代の多くのビジネスは、実は「誰も理解していないシステム」によって人質に取られています。

新しい機能をリリースしたい。競合他社より早くサービスを展開したい。でも、うかつに手を入れれば、全システムがダウンするリスクがある。だから、誰も本質的な改善には手を付けられない。代わりに、モンスターの上にさらに「ラッパー(Wrapper)」という名のガムテープを貼り付け、見かけだけを綺麗にする。そうやって、技術的負債(Technical Debt)は複利で膨れ上がり、いつか破綻するその日を静かに待っているのです。

海外のエンジニアリング現場、特に歴史ある企業における開発とは、実は「ゼロから新しいものを作るクリエイティブな作業」である時間は全体の2割程度です。残りの8割は、この「過去の遺産」がいかに暴れないようにご機嫌を伺いながら、隙間を通して新しい価値を提供するかという、極めて政治的で、考古学的な作業に費やされます。

英語ができれば解決する話ではありません。

最新のフレームワークを知っていれば解決する話でもありません。

僕が直面したのは、「技術力が高いだけでは生き残れない」という、残酷なまでの現実でした。

綺麗なコードを書くことよりも、「汚いコードがなぜ汚いまま動いているのか」を読み解く力。そして、そのモンスターと対峙したときに、逃げずに(あるいは賢く逃げながら)プロジェクトを前に進める胆力。これこそが、海外で働くエンジニアに最も求められている「隠れたスキル」だったのです。

悪魔の囁き「全部作り直したほうが早くない?」

「こんなクソコード(失礼、Spaghetti Codeと言いましょう)を解読して修正するくらいなら、最初から作り直したほうが早くないですか?」

海外で働き始めて1年目の頃、僕はランチタイムに同僚のマーク(フロントエンド担当)に愚痴をこぼしていました。

レガシーシステムの改修は、泥沼です。ボタンの位置を一つ変えるために、サーバーサイドのC#コードを修正し、データベースのトリガーを確認し、さらには連携している外部システムの仕様まで調査しなければならない。たかが30分の作業に、3日の調査時間がかかる。

「New Technologyを使おうよ。C#も最新の.NETにして、フロントはWebAssemblyにしてさ。そうすればパフォーマンスも上がるし、バグも減るし、みんなハッピーだろ?」

僕は本気でそう信じていました。

しかし、マークはサンドイッチを頬張りながら、哀れむような目で僕を見ました。

「Ah, The Big Rewrite(大規模な書き換え)か。その言葉、君で5人目だよ。ここ2年でね」

彼は教えてくれました。過去に何度も「リプレイス・プロジェクト」が立ち上がり、そして屍(しかばね)の山を築いてきたことを。

なぜ、古くて非効率なシステムを「新しい技術で書き換える」だけのことが、これほどまでに不可能なのか。

理由はシンプルで、かつ絶望的です。**「仕様書が存在しない」**からです。

日本でも「ドキュメントがない」という話はよく聞きますが、海外の現場、特に人の入れ替わり(流動性)が激しい環境では、その深刻度は桁違いです。

コードが書かれたのは15年前。当時の開発者はとっくに転職して、今はGoogleやAmazonにいるかもしれないし、あるいは引退してフロリダで釣りをしているかもしれない。

「コードがドキュメントだ」と彼らは言います。

確かに、C#やJavaのコードを読めば「何をしているか」は分かります。しかし、**「なぜそうしているか(Why)」**は、コードには書かれていないのです。

例えば、ある売上計算のロジックに、こんな謎のIF文があったとします。

C#

if (user.Region == "TX" && transaction.Date < new DateTime(2018, 1, 1))
{
taxRate = 0.0d; // Why???
}

テキサス州の特定の期間だけ税率をゼロにする。

これはバグなのか? 当時の州法の特例なのか? あるいは、当時の大口顧客(社長の友人)への特別な忖度(そんたく)なのか?

リプレイスをする際、エンジニアは判断を迫られます。「このロジックを新システムにも引き継ぐべきか?」。

正解を知る人は誰もいません。もしこれを「無駄なコード」と判断して削除し、その結果、テキサス州の全顧客から訴訟を起こされたら?

逆に、このロジックをそのまま移植したら、新システムでも「意味不明な負債」を抱え続けることになります。

これが、**「チェスタトンのフェンス(Chesterton’s Fence)」と呼ばれるジレンマです。

「ある場所にフェンスが立っている理由がわからない限り、それを撤去してはならない」。

レガシーシステムとは、理由のわからないフェンスが数百万本立っている迷路のようなものです。これをすべて解き明かしながら、並行して止まらずに動いているビジネスの要求に応えて作り直すこと。それは、「F1レースの最中に、走っている車のエンジンを交換する」ようなもので、物理的にもコスト的にも、ほぼ「不可能」**なのです。

サブタイトル:失われた古代文明の考古学

こうして、僕たちエンジニアの仕事は、「開発(Development)」から「考古学(Archeology)」へとシフトします。

あるプロジェクトで、僕は20年前に作られた「在庫引当ロジック」のリファクタリングを命じられました。

WPFの画面側で「在庫あり」と表示されているのに、注文ボタンを押すと「在庫なし」でエラーになるという、ユーザーからのクレームが絶えなかったからです。

調査のために、僕はバージョン管理システム(Gitですらなく、SVNやもっと古い独自のもの)のログを遡りました。

そこで目にしたのは、歴代のエンジニアたちの苦闘の歴史でした。

  • 2005年:基本的な在庫ロジックを追加 by Dave
  • 2008年:マルチ倉庫対応のために無理やり継承クラスを追加 by Sarah
  • 2012年:ブラックフライデーの負荷に耐えられないので、一時的にキャッシュ処理を追加(TODO: 後で直す) by Mike
  • 2015年:Mikeのキャッシュ処理がバグるので、さらに例外処理でバイパス by Ken
  • 2020年:コロナ禍の需要増に対応するため、外部APIを直叩きするパッチを当てる by Unknown

地層のように積み重なったパッチワーク。

それぞれのコードは、その当時のビジネス上の危機を救うための「英雄的な行為」だったはずです。しかし、それらが積み重なり、全体像が見えなくなった今、それはただの「呪い」と化しています。

特に恐ろしいのが、**「暗黙の依存関係(Implicit Dependency)」**です。

C#のコード上はどこからも参照されていない(Reference 0件の)メソッドがあったとします。「あ、これ使われてないな。削除してきれいにしよう」と消した瞬間、別の国にある支社の古いプリンターシステムから呼び出されていたバッチがクラッシュし、物流が止まる。

実は、データベースのストアドプロシージャ経由で、リフレクション(Reflection)を使って動的にそのメソッド名を指定して呼び出していた……なんていう、ホラー映画のようなトリックが仕込まれていることもあります。

「何も触るな。息をするように現状維持しろ」

現場のシニアエンジニアたちが保守的になるのも無理はありません。彼らは臆病なのではなく、過去に地雷を踏んで足を吹き飛ばされた経験がある生存者(サバイバー)なのです。

しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。

「触らなければ安全」なら、なぜそれがビジネスを人質に取っている(Holding Hostage)と言えるのでしょうか?

それは、「何もしないこと」自体が、猛烈な勢いでコストを生み出し続けているからです。

サブタイトル:技術的負債の「複利」と機会損失

金融の世界に「負債(Debt)」があるように、ソフトウェアの世界にも「技術的負債(Technical Debt)」があります。

そして、借金に利子(Interest)がつくように、技術的負債にも利子がつきます。しかも、その利率はサラ金も真っ青の高さです。

レガシーシステムを放置することの最大のコストは、サーバーの維持費や古いライセンス料ではありません。

**「機会損失(Opportunity Cost)」**です。

例えば、マーケティングチームが「AIを使って、顧客ごとにおすすめ商品を提案する機能を来月リリースしたい」と言い出したとします。

競合他社はすでに導入しており、一刻を争う状況です。

モダンなシステムであれば、APIを一つ追加して、Pythonの機械学習モデルと連携すれば済む話かもしれません。

しかし、我らがレガシーモンスターの前ではどうでしょう。

「その顧客データは、20年前のメインフレームの中に独自フォーマットで格納されており、抽出するには夜間バッチを回す必要があり、リアルタイム連携は不可能です」

「AIとの連携? C#のバージョンが古すぎて、必要なライブラリが動きません」

「APIを追加? それをやると、既存の決済システムとの整合性が取れなくなるリスクが90%あります」

結局、「技術的に無理です」あるいは「1年かかります」と答えるしかありません。

ビジネスサイドは激怒し、チャンスを逃し、競合にシェアを奪われます。

これが、技術的負債の「利子」の正体です。システムが古いというだけで、ビジネスのスピードが極端に鈍化し、新しい価値を生み出す土壌が死んでいくのです。

さらに、**「人的コスト」**も見逃せません。

優秀なエンジニアほど、レガシーシステムの世話(介護)を嫌がります。

最新の技術を学び、市場価値を高めたいと思っている野心的なエンジニアにとって、20年前のコードのバグ取りなど、キャリアの墓場以外の何物でもありません。

「ここでは何も学べない」

そう言って、優秀な同僚たちが次々と辞めていきます。

残るのは、他に行く当てのないエンジニアか、そのレガシーシステムと心中する覚悟を決めた古参兵だけ。組織の新陳代謝は止まり、開発力はさらに低下し、モンスターはますます巨大化していく。

まさに、負の連鎖(Death Spiral)です。

僕が海外で目の当たりにしたのは、「技術的負債」という言葉の本当の重みでした。それは単に「コードが汚い」というレベルの話ではなく、**「過去の成功体験が、未来の可能性を食い潰している」**という、企業経営における構造的な病魔だったのです。

では、僕たち現場のエンジニアは、この絶望的な状況の中でどう生きればいいのでしょうか?

「逃げる」のも一つの手です。でも、もし逃げずに、このモンスターと対峙し、手なずける方法があるとしたら?

実は、この「泥臭い現場」にこそ、AI時代でも代替されない、エンジニアとしての究極の生存戦略が隠されていたのです。

腐海と共に生きる覚悟 〜「全部作り直す」という幻想を捨てた日〜

「このコードはゴミだ(This code is garbage)」

僕がそう吐き捨てた時、隣に座っていたベテランエンジニアのデイビッドが、コーヒーカップをゆっくりと置き、静かにこう言いました。

「違うな。そのゴミが、俺たちの給料を稼いでいるんだ。お前が先週書いた美しいコードは、まだ1セントも稼いじゃいないぞ」

頭をガツンと殴られたような感覚でした。

僕たちは「技術者」としてのプライドが高いあまり、コードの美醜(びしゅう)で価値を判断しがちです。SOLID原則に従っているか、アーキテクチャがクリーンか、最新の構文を使っているか。

しかし、ビジネスの視点から見れば、「稼働して利益を生んでいるスパゲッティコード」は、「動いていない完璧なコード」の100倍価値があるのです。

この瞬間、僕の中で何かが変わりました。

あの忌まわしいレガシーモンスターは、倒すべき「敵」ではなく、リスペクトを持って接すべき「稼ぎ頭の老兵」なのだと。

もちろん、老兵はボケているし、動きも遅いし、時には暴れます。でも、彼をいきなり解雇(全リプレイス)すれば、会社は立ち行かなくなる。

ならば、僕たちが取るべき道は一つ。「彼を殺さずに、現代社会に適応させる」ことです。

ここで、海外の現場で学んだ、泥臭くも極めて実践的な「レガシー飼いならし術」を紹介します。

サブタイトル:モンスターに「防護服」を着せろ(Anti-Corruption Layer)

リプレイスが無理なら、どうするか。

僕が最初に取り組んだのは、モンスターを**「隔離」**することでした。

ドメイン駆動設計(DDD)の用語に**「腐敗防止層(Anti-Corruption Layer: ACL)」**という概念があります。

これは文字通り、レガシーシステムの「腐った(複雑怪奇な)」ロジックが、新しいシステムに染み出してくるのを防ぐための防波堤です。

具体的にC#とWPFの現場で何をしたかというと、徹底的な「インターフェースによる隠蔽」です。

例えば、あの悪夢のような3000行のSQLストアドプロシージャを呼び出す部分。

これを、モダンなアプリケーション層から直接呼ぶのを一切禁止しました。代わりに、IInventoryService というクリーンなインターフェースを一枚定義します。

C#

// 美しい世界(モダンなWPFアプリ側)
public interface IInventoryService
{
// 戻り値はモダンなRecord型やModelで定義
Task<InventoryResult> GetStockAsync(string productId);
}

そして、このインターフェースの実装クラス(ここが汚れ役)の中でだけ、泥臭いレガシー処理を行います。

C#

// 汚れた世界(レガシーとの境界線)
public class LegacyInventoryAdapter : IInventoryService
{
public async Task<InventoryResult> GetStockAsync(string productId)
{
// 3000行のSQLを呼び出す呪いの儀式をここで実行
// 返ってきた謎のデータ構造を、綺麗なInventoryResultに変換して返す
}
}

これをやるだけで、WPFのUI層やViewModel層は、レガシーシステムの汚染から守られます。

ViewModelは「在庫を取得する」という抽象的な操作だけを知っていればよく、裏でSQLが走っているのか、CSVをパースしているのかを知る必要がなくなります。

これは、モンスターに「綺麗なスーツ」を着せるようなものです。

中身はゾンビのままかもしれません。でも、少なくとも会議室(モダンなアプリ空間)には、スーツを着せて連れてくることができる。臭いものには蓋をする。ただし、**「堅牢な蓋」**を。

この「アダプターパターン」や「ファサードパターン」を駆使して、レガシーコードをブラックボックス化していく作業こそが、現実的なリファクタリングの第一歩でした。

サブタイトル:ストラングラー・フィグ(絞め殺しのイチジク)戦法

防護服を着せたら、次はいよいよ中身の改善です。

しかし、ここでも焦りは禁物。「一気に直す」のではなく、**「絞め殺す」**のです。

**「ストラングラー・フィグ・パターン(Strangler Fig Pattern)」**をご存知でしょうか。

熱帯の植物である「絞め殺しのイチジク」は、宿主となる大きな木に絡みつき、長い年月をかけて上へ上へと成長し、最終的には宿主の木を枯らして、自分がその木に成り代わります。

これをシステム開発に応用します。

巨大なモノリシックなシステム(宿主)の周りに、新しい機能(イチジク)を少しずつ作っていき、徐々に機能を移行させていくのです。

僕のプロジェクトでは、こんな手順を踏みました。

  1. 特定: バグが頻発している「送料計算ロジック」だけをターゲットにする。
  2. 並行稼働: 新しいC#のクラスで、正しい送料計算ロジック(モダン版)を作る。
  3. 分岐: アプリケーション内で、特定のユーザー(例えば社内テスター)だけ、新ロジックを通るように「機能フラグ(Feature Toggle)」を入れる。
  4. 検証: 旧ロジックと新ロジックの結果をログに出力し、差異がないか(あるいは新ロジックの方が正しいか)を数週間かけて比較する。
  5. 切替: 問題なければ、フラグを切り替え、全ユーザーに新ロジックを適用する。
  6. 削除: 旧ロジック(レガシーコードの一部)を削除する。

このサイクルを、1つの機能、1つのメソッド単位で、気の遠くなるような回数繰り返します。

まさに「牛歩」です。派手さは全くありません。

しかし、この方法だけが、ビジネスを止めずに、リスクを最小限に抑えながらモンスターを解体できる唯一の道でした。

海外のエンジニアたちは、この「漸進的(Incremental)な改善」に非常に長けています。

彼らは知っています。**「ビッグバン・リリース(一斉切り替え)は、ビッグバン・エクスプロージョン(大爆発)になる」**ということを。

サブタイトル:ボーイスカウト・ルールと「技術的借金返済計画」

そしてもう一つ、日々のコーディングで徹底したのが**「ボーイスカウト・ルール」**です。

「来た時よりも美しく(Leave the campground cleaner than you found it)」。

レガシーコードに手を入れる際、その周辺だけ、ほんの少しだけ綺麗にするのです。

変数の名前を分かりやすくする。長すぎるメソッドを1行だけ抽出する。コメントを追記する。

「ついでに全部直そう」としてはいけません。それは「変更範囲の爆発」を招きます。あくまで、自分が触ったテントの周りのゴミを拾うだけ。

たったそれだけ? と思うかもしれませんが、チーム全員がこれを徹底すると、1年後には驚くべき変化が起きます。

腐海の森に、少しずつ獣道ができ、光が差し込み、やがて舗装された道路になるのです。

僕はチームリーダーに提案し、スプリント(開発サイクル)の20%を、この「技術的負債の返済」に充てる合意を取り付けました。

「機能追加を止めるな」というビジネスサイドに対し、

「この20%の投資をしないと、来年開発速度が50%落ちます。それでもいいですか?」と、数字で交渉しました。

英語での交渉は骨が折れましたが、これもエンジニアの大事な仕事です。

サブタイトル:エンジニアから「外科医」へ

こうして、僕の仕事のスタイルは劇的に変わりました。

以前は、真っ白なキャンバスに絵を描く「アーティスト」気取りでした。

しかし今は、生きたままの患者(稼働中のシステム)の患部を特定し、止血し、バイパス手術を行い、少しずつ健康を取り戻させていく**「外科医」**のような心境です。

最新のフレームワークを使うことだけが「技術力」ではありません。

泥臭いコードの中で、依存関係を読み解き、安全にメスを入れ、ビジネスという生命を維持し続ける力。

この**「サバイバル・エンジニアリング」**こそが、海外の過酷な現場で磨かれた、僕の本当のスキルだったのです。

そして気づけば、あれほど恐ろしかったモンスターが、少し可愛く見えてきました。

なぜなら、その非効率なコードの行間には、過去のエンジニアたちがビジネスを守ろうとした「意図」や「歴史」が詰まっていることが、読めるようになってきたからです。

「まったく、しょうがない奴だな」

そう呟きながら、僕は今日もVisual Studioのデバッガを起動し、スパゲッティの森へと入っていきます。

手には、リファクタリングという名のナイフと、単体テストという名の地図を持って。

モンスター飼いならしマニュアル 〜AI時代にこそ輝く「泥臭い」技術力〜

ここまで読んでくれたあなたは、もう気づいているはずです。

海外のテック業界における「理想(キラキラした開発)」と「現実(レガシーとの泥試合)」のギャップに。

しかし、誤解しないでほしいのは、これが「バッドエンド」ではないということです。

むしろ、この「汚れたコードの山」こそが、実はエンジニアとしての市場価値を爆発的に高める**「宝の山」**なのです。

なぜなら、綺麗なコードをゼロから書くこと(Greenfield Project)は、今やGitHub CopilotやChatGPTのようなAIが最も得意とする領域だからです。「ログイン画面を作って」と言えば、AIは数秒でそこそこのコードを吐き出します。

しかし、「この20年前のスパゲッティコードが、特定の条件下でブラジルの税制計算を間違える理由を突き止め、既存のシステムを壊さずに修正して」というオーダーを完璧にこなせるAIは、まだ存在しません。文脈(コンテキスト)があまりにも複雑で、ドキュメント化されていないからです。

つまり、レガシーコードと格闘できる能力(Brownfield Development)こそが、AI時代におけるエンジニアの**「聖域(サンクチュアリ)」**なのです。

最後に、僕が海外の現場で血を流しながら身につけた、レガシーモンスターを飼いならし、不可欠な人材として生き残るための「3つの極意」を授けます。

1. 「書く力」よりも「読む力(考古学)」を磨け

多くのエンジニアは、自分の「書いたコードの行数」や「作った機能の数」を誇ります。しかし、レガシーな現場で評価されるのは、**「他人が書いた(しかも酷い)コードを、いかに早く正確に読み解けるか」**です。

C#であれば、Visual Studioの「参照の検索(Find All References)」や「呼び出し階層(Call Hierarchy)」をショートカット一発で使いこなすのは当たり前。

デバッガを使いこなし、変数の値がどこで汚染されたかを追跡する「探偵スキル」が必要です。

【明日からできるアクション】

  • Git Blameの「その先」を見る: 誰がそのコードを書いたか犯人探しをするのではなく、コミットメッセージや、その時期のチケット(Jiraなど)を掘り起こし、「なぜその時、その汚いコードを書かざるを得なかったのか」という背景(歴史的経緯)を推測する癖をつけてください。
  • コードリーディングの時間を確保する: 1日30分でいいです。自分の担当外の、特に「誰も触りたがらない古いモジュール」のコードを読んでみてください。そこには、その会社のビジネスの「核心(ドメイン知識)」が詰まっています。

2. 技術的負債を「お金の言葉」で翻訳せよ

海外の現場では、日本以上に「ジョブディスクリプション(職務記述書)」が明確です。「言わなくても分かってくれる」は通用しません。

エンジニア以外の人(プロダクトマネージャーや経営陣)に対し、「コードが汚いから直したい」と言っても、1ミリも響きません。「で? それで売上は上がるの?」と返されて終わりです。

僕たちは、技術的な問題を**「ビジネスのリスクとコスト」**に翻訳する通訳者にならなければなりません。

【翻訳の例】

  • × 「このクラスは結合度が高くてテストが書けません」
    • ↓ (翻訳)
  • ○ 「現在の構造のまま新機能を追加すると、バグの混入率が推定30%上がります。その修正コストを含めると、リリースは2週間遅れます。しかし、今3日かけてここを整理すれば、遅延リスクを回避できます。どちらを選びますか?」

このように、相手に「選択肢」と「損得」を提示する交渉術(Negotiation)こそが、レガシー改修の予算を勝ち取る唯一の武器です。英語力も大事ですが、この「ロジックの構成力」の方が100倍大事です。

3. 「感情」を捨て、「リスペクト」を持て

これが最も重要かもしれません。

レガシーコードを見たとき、反射的に「誰だよこんなクソコード書いたのは!」と怒りたくなる気持ちは分かります。僕もそうでした。

でも、その怒りは何も生み出しません。チームの雰囲気を悪くし、古参エンジニアとの対立を生むだけです。

かつてそのコードを書いた人は、おそらく、納期前夜に徹夜をし、仕様変更の嵐の中で、なんとかサービスをリリースしようと必死だったのです。そのコードが動いているおかげで、今の会社の利益があり、あなたの給料が支払われている。

**「動いているコードは正義」**です。

【マインドセットの転換】

  • 批判ではなく「観察」を: 「酷いコードだ」ではなく、「興味深い(Interesting)実装だ」と言い換えてみましょう。海外のエンジニアはよく皮肉で “It’s interesting…” と言いますが、感情的に否定するよりも、冷静に分析する姿勢を示す方がプロフェッショナルとして信頼されます。
  • 過去の自分への優しさ: あなたが今日書いた「最高のコード」も、3年後の後輩から見れば「レガシーなクソコード」です。技術は進化するからです。だからこそ、過去を笑うのではなく、未来の誰かが少しでも楽になるように、今の自分が「ボーイスカウト・ルール」を徹底する。それがエンジニアとしての「徳」を積む行為です。

サブタイトル:レガシーの海を渡る君へ

最後に。

WPFやWindows Forms、あるいは古いASP.NET。これらを「オワコン(終わったコンテンツ)」と呼ぶ人がいます。

「早くGoやRustや最新のReactをやらないと、エンジニアとして死ぬよ」と。

そんな雑音は無視してください。

世界中の銀行、病院、物流、電力システム……社会インフラの根幹は、今もこれからも、当分の間はこれらの「枯れた技術」と「レガシーコード」の上で回っています。

派手なAIスタートアップで、数ヶ月で消えるアプリを作るのも一つのキャリアです。

しかし、歴史ある企業で、数百万人の生活を支える巨大なレガシーモンスターと対峙し、恐怖に打ち勝ち、それを手なずけてビジネスを前進させる。

そんな**「頼れるエンジニア」**の市場価値は、国境を越えても決して下がることはありません。

“The Looming Legacy Monster”(忍び寄るレガシーモンスター)。

そいつは確かに怖い。でも、そいつは君の敵じゃない。

そいつは、君が真のプロフェッショナルになるための、最高の「師匠(Mentor)」なのだから。

さあ、Visual Studioを開こう。

ブレークポイントを張って、深呼吸を一つ。

冒険の続きを始めようじゃないか。

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