異国の地で出会った「動く化石」との遭遇 ~ なぜ私たちは全てを書き直したくなるのか? ~
やあ、みんな。今日もコード書いてる? それとも、謎の例外エラーと睨めっこしてコーヒーをがぶ飲みしてるかな?
僕は今、海外(某国)のオフィスで、窓の外に広がる慣れない街並みを横目に、相変わらずVisual Studioと向き合っている。日本で働いていた頃は、「海外で働くエンジニア」なんていうと、なんだかキラキラしたイメージを持っていたんだよね。最先端のテック企業で、ピカピカのMacBookを広げて、マイクロサービスがどうとか、AIがどうとか、そういう会話が飛び交う洗練されたオフィスを想像していた。
でも、現実はどうだ?
僕の目の前にあるのは、15年前に誰かが書いた、継ぎ接ぎだらけの巨大なC# WPFアプリケーションだ。「歴史的建造物」と言えば聞こえはいいけど、実態は「お化け屋敷」。ドアを開ければ床が抜け、壁を叩けば謎のイベントハンドラが発火し、地下室(データベース層)には見たこともないようなストアドプロシージャが住み着いている。
今日は、これから海外を目指すエンジニア、あるいは今まさに現場で「負債」と戦っている同士たちに向けて、僕がこっちに来て学んだ**「レガシーコードとの賢い戦い方」について話をしたいと思う。特に、全てをぶち壊して作り直す「ビッグバン」ではなく、「Surgical Strikes(外科手術的介入)」**というアプローチについてだ。
これを読めば、君はきっと、明日からのリファクタリングが少しだけ怖くなくなるはずだし、何より「古いコードを触る」という行為が、実は海外でのキャリアを盤石にする最強の武器になることに気づくはずだ。
1. 憧れの海外就職、最初の洗礼
海外の企業にジョインして、最初に直面するのは「言語の壁」だと思っている人が多い。もちろん英語(や現地語)でのコミュニケーションは大変だ。でも、エンジニアにとって本当の意味での「共通言語」はコードだよね。だから、「コードさえ読めればなんとかなる」と高を括っていた。
ところが、git cloneして最初にソリューションを開いた瞬間、その自信は粉々に砕け散ったんだ。
そこに広がっていたのは、MVVMパターンなんて言葉が存在しなかったかのような、Code-behind(コードビハインド)にロジックがぎっしり詰まった MainWindow.xaml.cs だった。行数は驚異の1万行超え。クラス名は一般的すぎて何をするのか不明な Manager.cs や Common.cs。そして、変数名には現地の母国語がローマ字表記で混ざっている(例えば、日本でいう var torihikisaki = ... みたいなやつが、こっちの言葉であるんだよ!)。
「これが……グローバルスタンダードなのか?」
愕然としたよ。でも、これが現実なんだ。海外の歴史ある企業ほど、長く使い続けられているシステムがある。それはつまり、ビジネスを長年支え続けてきた「稼ぐコード」であり、同時に「誰も触りたくないコード」でもある。
2. 「全部書き直したい病」の発症
優秀なエンジニアであればあるほど、こういうコードを見た瞬間に発症する病気がある。
そう、**「リライト・シンドローム(全部書き直したい病)」**だ。
「こんなクソコード、保守できないよ! .NET Framework 4.5? いつの時代だよ! 今すぐ.NET 8に移行して、Prismか何か入れて、アーキテクチャをクリーンにすべきだ!」
入社して1ヶ月目の僕は、ミーティングで熱弁したんだ。拙い英語で、いかに今のコードが危険で、メンテナンスコストがかかるか、そして最新技術がいかに素晴らしいかを。
同僚たちは、冷めたピザを見るような目で僕を見ていた。「Hey、ナイスな情熱だけどさ、このシステムが止まったら、僕らの給料はどこから出るんだい?」
彼らの言うことは正しかった。レガシーコードは、確かに醜い。でも、それは確実に動いていて、顧客に価値を提供している。それを「汚いから」という理由だけで、ビッグバン的にリプレースしようとするのは、エンジニアのエゴでしかなかったんだ。
大規模なリライト(書き直し)プロジェクトは、大抵失敗する。これはソフトウェア工学の歴史が証明している。
新しい仕様を定義している間に、現行システムにはバグ修正や小規模な機能追加が入る。リライト側の開発が進むにつれて、現行システムとの乖離(feature parity gap)は広がり続け、いつまで経っても「追いつかない」。そして数年後、予算が尽きてプロジェクトは中止。残るのは、中途半端に新しい動かないコードと、さらに複雑化した古いコードだけ。
海外では、結果が全てだ。「頑張って書き直そうとしました」では評価されない。「ビジネスを止めずに、どう改善したか」だけが問われるシビアな世界だ。
3. 恐怖駆動開発(Fear Driven Development)からの脱却
そんなわけで、僕はしぶしぶ既存コードの修正に取り掛かることになったんだけど、ここでまた問題が起きる。
テストコードがないんだ。
ユニットテストのカバレッジ? 0%だよ。
「ここを直したら、どこが壊れるかわからない」という恐怖。これこそが、レガシーコードがレガシーたる所以だ。修正して、ビルドして、手動でポチポチ動かして確認する。でも、画面Aのボタンを直したら、なぜか画面Zのリスト表示が消える、なんてことがWPFのバインディング地獄では日常茶飯事だ。
この「恐怖」は、エンジニアの精神を蝕む。特に海外で、「外国人労働者」として働いていると、「僕がシステムを壊したら、即クビになるんじゃないか」というプレッシャーが日本にいる時の比じゃない。ビザの問題もあるしね。
だから、みんなコードに触りたがらない。「臭いものに蓋」をするように、既存の汚いクラスを継承して、さらに汚いラッパーを被せて、なんとか動かす。そうして、技術的負債の地層はさらに厚くなっていく。
この悪循環を断ち切るにはどうすればいい?
逃げるか? 諦めて、この「泥団子」を一生磨き続けるか?
いや、違う。僕らはプロフェッショナルだ。
ここで必要になるのが、**「Surgical Strikes(外科手術的介入)」**という考え方なんだ。
4. 外科手術的アプローチとは何か
イメージしてほしい。
君は老朽化した巨大なビル(レガシーシステム)のリノベーションを任された建築家だ。
住人(ユーザー)はそこに住み続けている。電気も水道も止めることは許されない。
その状況で、建物を最新の耐震構造に変え、内装をモダンにし、スマートホーム化しなければならない。
建物を爆破解体して建て直すことはできない。
じゃあ、どうするか?
答えは、**「住人が気づかないレベルで、少しずつ、しかし確実に、重要な柱を一本ずつ入れ替えていく」**ことだ。
これが、今回のテーマである「Surgical Strikes」だ。
軍事用語や医療用語から来ている言葉だけど、要は**「局所的かつ精密な打撃」**によって、全体への被害を最小限に抑えつつ、最大の問題を解決するアプローチのこと。
具体的には、以下の3つのフェーズを回していくことになる。
- Micro-migrations(マイクロ・マイグレーション):巨大な岩を一度に動かすのではなく、小石に砕いて運ぶ。特定の機能、特定のモジュールだけを切り出して、そこだけを最新技術(例えば最新の.NETやモダンなライブラリ)に置き換える。
- Wrapper patterns and anti-corruption layers(ラッパーパターンと腐敗防止層):新しく書いたピカピカのコードが、古い泥だらけのコードに汚染されないように、防護服を着せる。古いシステムとの境界線を明確にし、新しいコードの世界では「正しい設計」を守り抜く。
- Automated testing and CI/CD(自動テストとCI/CD):これが僕らの命綱だ。変更を加えた瞬間に「大丈夫、壊れてないよ」と教えてくれる相棒がいなければ、手術なんて怖くてできない。
これから続く章では、このアプローチを具体的にどうやってC# WPFの現場に落とし込んでいったか、生々しい失敗談を交えて話していくつもりだ。
WPF特有の「XAMLとコードビハインドの密結合」をどう引き剥がすか?
DI(依存性注入)コンテナを、DIなんて考慮されていないコードにどう導入するか?
そして何より、英語での議論でどうやってチームを説得し、この面倒なプロセスに巻き込んでいくか?
これは単なる技術の話じゃない。
混沌とした状況の中で、正気を保ち、エンジニアとしての価値を証明するための「生存戦略」の話だ。
海外で働くということは、技術力だけでなく、こうした「状況を打破する力」が試される。でも逆に言えば、この「お化け屋敷」を快適なスマートホームに変えることができれば、君はチームにとって「代わりの利かないヒーロー」になれるんだ。
さあ、手術の準備はいいかい?
メス(キーボード)を持って、まずは患部(依存関係)の特定から始めよう。
次回、「承:外科手術的介入の実践」で、具体的なコードの話をしようと思う。
外科手術的介入(Surgical Strikes)の実践 ~ マイクロマイグレーションと腐敗防止層の魔法 ~
さて、メスの準備はいいかい?
前回の記事で、僕は「ビッグバン・リライト(全書き換え)は死への片道切符だ」と話した。じゃあ、具体的にどうすればいいのか。ここからは、僕が実際に現場で血と汗(と大量のカフェイン)を流しながら実践している、3つの戦術的ステップを紹介しよう。
これは精神論じゃない。明日からVisual Studioで使える、実践的な「武器」だ。
1. Micro-migrations:局所的な「聖域」を作れ
まず最初にやるべきは、**「敵(レガシーコード)の勢力圏から、小さな領土を奪還すること」**だ。
巨大なWPFアプリケーション全体をいきなりモダンなアーキテクチャ(MVVMやClean Architecture)にするのは不可能だ。依存関係がスパゲッティのように絡み合っていて、一本引っ張れば全体が崩壊する。
そこで**Micro-migrations(マイクロマイグレーション)**の出番だ。
考え方はシンプル。「アプリケーション全体」ではなく、「特定の機能」や「画面の一部(UserControl)」だけをターゲットにする。そして、その部分だけを別のプロジェクト(アセンブリ)として切り出すんだ。
例えば、複雑怪奇な「注文入力画面」があるとしよう。この画面のビジネスロジックは、コードビハインド(.xaml.cs)にベッタリ書かれ、直接SQLを叩いている地獄のような状態だとする。
ここで僕は、新しいクラスライブラリプロジェクトを作成する。ターゲットフレームワークは、可能なら.NET Standard 2.0を狙う。なぜなら、これはレガシーな.NET Framework(ホスト側)と、将来移行したいモダンな.NET 6/8の両方から参照できる「架け橋」だからだ。
「この新しいプロジェクトの中だけは、最新のC#機能を使っていい。Clean Architectureを守り、SOLID原則に従う」
そうチームで合意するんだ。ここは**「聖域(Sanctuary)」**だ。泥だらけの既存コードの中に、ピカピカのガラス張りの部屋を作るイメージだね。
そして、既存のWPF画面から、ロジックだけを少しずつこの「聖域」に移動させる。
最初は小さな計算ロジック一つでいい。「税金計算」や「入力バリデーション」のような、外部依存が少ない純粋なロジック(Pure Functions)から始めよう。これを切り出して、既存コードから呼び出す形に変える。
これだけで、君のソリューションには「テスト可能な、モダンでクリーンな領域」が誕生する。この「小さな成功体験」が、エンジニアの精神衛生上、ものすごく重要なんだ。
2. Wrapper patterns and Anti-Corruption Layers:防護服を着ろ
「でも待ってくれ。既存コードはstaticな神クラス(God Object)やシングルトンだらけで、切り出した聖域からそれらを呼ばなきゃいけない時はどうするんだ?」
鋭いね。それが最大の難所だ。
レガシーコードには、GlobalSettings.CurrentUser とか DatabaseHelper.ExecuteQuery() みたいな、どこからでもアクセスできるけど、テスト不能な悪魔たちが潜んでいる。新しいコードの中でこれらを直接呼んでしまったら、せっかくの「聖域」も一瞬で汚染されてしまう。
ここで登場するのが、**Wrapper Patterns(ラッパーパターン)とAnti-Corruption Layer(腐敗防止層:ACL)**だ。
ACLとは、簡単に言えば「通訳」であり「防護壁」だ。
新しいコード(聖域)側では、理想的なインターフェースを定義する。
C#
// 聖域側で定義する、理想的なインターフェース
public interface IUserRepository
{
User GetCurrentUser();
}
そして、レガシーコードとの境界線に、このインターフェースを実装した「アダプター(Wrapper)」を作成する。このアダプターの中だけが、汚いレガシーコードに触れることを許される場所だ。
C#
// レガシーとの境界線に置くアダプター
public class LegacyUserAdapter : IUserRepository
{
public User GetCurrentUser()
{
// ここでだけ、あの忌まわしきGlobalSettingsに触れていい
var legacyUser = GlobalSettings.Instance.CurrentUser;
// レガシーなデータ形式を、聖域用のクリーンなモデルに変換して返す
return new User(legacyUser.Id, legacyUser.Name);
}
}
こうすることで、新しいビジネスロジックの中には GlobalSettings なんていう汚い言葉は一切出てこない。あるのは美しい IUserRepository だけだ。
海外の現場では、このACLの概念を説明するのに**「Hazmat Suit(危険物処理班の防護服)」**というメタファーがよく通じる。「おい、そのコードは放射能(技術的負債)を帯びてるぞ。素手で触るな、インターフェースという手袋をはめろ!」ってね。
このパターンを徹底することで、将来的にレガシー部分をごっそり捨てて、新しいデータベースやWeb APIに切り替える時も、このLegacyUserAdapterを新しい実装クラスに差し替えるだけで済む。これが「疎結合」の威力だ。
3. Automated testing and CI/CD:命綱なしで綱渡りをするな
聖域を作り、防護服(ACL)を用意した。これでやっと、僕らはエンジニアとしての尊厳を取り戻すための最大の武器を手に入れることができる。
そう、**自動テスト(Automated Testing)**だ。
ACLのおかげで、新しいコードはインターフェースにしか依存していない。つまり、あの忌々しいデータベースやグローバル変数がなくても、モック(Mock)を使えば動かせるということだ。
「レガシーコードはテストが書けないから触るのが怖い」
↓
「ロジックを聖域に隔離し、依存をインターフェースで切った」
↓
「テストが書ける!!!」
この瞬間のカタルシスといったら、言葉にできないよ。
xUnit や Moq を使って、切り出したロジックに対してバンバンとユニットテストを書いていく。テストエクスプローラーに緑色のチェックマークが並んでいく様子は、荒れ果てた荒野に花が咲いていくようで、本当に美しい。
そして、これを個人のPCだけで終わらせてはいけない。**CI/CD(継続的インテグレーション/デリバリー)**パイプラインに組み込むんだ。
僕のチームでは、Azure DevOpsを使っているけど、GitHub Actionsでも何でもいい。
「コードをコミットしたら、自動的にビルドが走り、数千件のテストが実行される」
この環境構築こそが、チーム全員に**「心理的安全性(Safety Net)」**を提供する。
海外のチームは、人の入れ替わりが激しい。「このコードの仕様を知っているのはAさんだけ」という状況はリスクでしかない。でも、テストコードがあれば、それが生きた仕様書になる。「テストが通っているなら、少なくとも既存の機能は壊れていない」という確信があれば、新入りのエンジニアでも自信を持ってリファクタリングに挑めるんだ。
実際、僕がテストカバレッジを0%から少しずつ上げていった時、チームの雰囲気が変わった。「触るな危険」だったコードが、「改善可能な遊び場」に変わった瞬間だ。
「Hey、テストが失敗したぞ! 誰だバグを埋め込んだのは(笑)」なんて会話がSlackで飛び交うようになる。これは、恐怖に支配されていた現場が、健全な開発組織へと生まれ変わる第一歩なんだ。
まとめ:技術的負債への「静かなる反撃」
ここまで紹介した「Surgical Strikes」のアプローチをまとめると、こうなる。
- 隔離する: 泥の中から宝石(ロジック)を取り出し、綺麗な箱(別プロジェクト)に移す。
- 包む: 泥に触れる部分には、手袋(インターフェース/ACL)をはめる。
- 守る: 綺麗な箱の中身が壊れないよう、センサー(自動テスト)を張り巡らせる。
これを繰り返すことで、巨大なレガシーシステムは、内側から徐々に、しかし確実に若返っていく。外側(UI)は古めかしいWPFアプリのままかもしれないが、中身(ドメインロジック)は最新の.NET技術で守られた堅牢な要塞へと変貌を遂げるのだ。
でも、忘れてはいけない。
技術的に正しいことをやっているからといって、プロジェクトがうまくいくとは限らない。
特に海外という「異文化」の中で、この地道で手のかかるプロセスを、マネージャーやチームメンバーに納得させ、巻き込んでいくのは至難の業だ。
「そんな面倒なことをせずに、早く機能を追加してくれ」
「テストなんて書いてる暇があったらバグを直せ」
次は、そんな**「人間と文化の壁」**にぶち当たることになる。
次回、「転:チームと文化の壁」では、僕がどうやって”It works on my machine”と言い張る同僚や、納期至上主義のボスと戦い(あるいは和解し)、この変革をチーム文化として定着させていったか。その泥臭い人間ドラマについて話そうと思う。
チームと文化の壁 ~ 「技術的に正しい」だけでは進まない海外現場のリアル ~
前回の記事を読んで、「よし、明日からインターフェースを切って、テストを書きまくるぞ!」と意気込んでいる君へ。
少しだけ待ってほしい。
その熱意を持ってオフィス(あるいはZoom会議)に行くと、君は恐らく、冷や水を浴びせられることになる。かつての僕がそうだったようにね。
技術的な解決策(How)はわかった。でも、それを実行に移すためには、チームと組織を動かす(Who & Why)という、さらに厄介なパズルを解かなければならない。ここからは、C#のコンパイラよりも遥かにエラーメッセージが難解な、「人間関係と異文化コミュニケーション」という泥沼の戦いについて話をしよう。
1. 「動いているなら触るな」という正義
僕が「Surgical Strikes(外科手術的介入)」のプランを意気揚々とチームに提案した時のことだ。
WPFのXAMLとコードビハインドの密結合を解き、MVVMパターンを適用してテスト可能にする。完璧なプランだと思った。
しかし、テックリードの反応は渋いものだった。
「Hey, そのリファクタリングで、ユーザーにどんな価値が届くんだ? ボタンが青から赤になるのか? 処理速度が2倍になるのか?」
僕は答えた。「いいえ、見た目は変わりません。でも、コードがクリーンになり、将来のバグが減り、開発速度が上がります」
彼は肩をすくめて言った。
「If it ain’t broke, don’t fix it.(壊れてないなら、直すな)」
これは海外、特にビジネスのスピード感を重視する現場では、聖書の一節くらい強力な言葉だ。
彼らにとって、動いているレガシーコードは「資産」であり、それを触ることは「リスク」でしかない。僕が提案した「美しいアーキテクチャ」は、彼らの目には「自己満足のためのオーバージニアリング」と映ったのだ。
日本では「職人気質」や「品質へのこだわり」が暗黙の了解として尊重されることが多い。コードが汚いこと自体が「悪」だと共有しやすい。
でも、こっちでは違う。「Done is better than perfect(完璧を目指すより終わらせろ)」が正義だ。汚くても、動いて稼いでいるコードが偉い。
ここで僕は、技術論だけで戦うことの限界を痛感した。
2. 言語の壁を超えた「文脈」の壁
さらに追い打ちをかけるのが、コミュニケーションのスタイルだ。
日本人は「察する文化(ハイコンテクスト)」で生きている。「このコード、ちょっと辛いですね」と言えば、「そうだね、そろそろ直さないとね」という空気が生まれる。
しかし、海外(ローコンテクスト文化圏)では、全てを言語化し、論理的に説明しなければ何も伝わらない。
「辛い(Painful)」とは何か? 具体的に何時間ロスしているのか? ROI(投資対効果)は?
僕は最初、拙い英語で必死に「Clean Architecture」や「SOLID Principles」の重要性を説いた。
でも、相手はポカンとしている。技術レベルが低いわけじゃない。彼らは「ビジネスの言葉」で話しているのに、僕は「教科書の言葉」で話していたからだ。
ある日、同僚とのペアプログラミング中に言われた一言が胸に刺さった。
「君の言ってることは正しいよ、教科書的にはね。でも僕らは来週までにこの機能をリリースしないと、競合に負けるんだ。君の綺麗なコードは、会社の倒産を防いでくれるのかい?」
僕は何も言い返せなかった。
技術的負債を返済することは重要だ。でも、それによって現在進行形のビジネスを止めてしまっては本末転倒だ。僕は「エンジニアとしての正しさ」に固執するあまり、チームの一員として「ビジネスのゴール」を見ていなかったのだ。
3. トロイの木馬作戦 ~ 許可を求めるな、結果で示せ ~
正面突破がダメなら、搦め手を使うしかない。
僕は戦略を変えた。「リファクタリングさせてください」と許可を求めるのをやめたのだ。
その代わりに取り入れたのが、**「ボーイスカウト・ルール(来た時よりも美しくして帰る)」と、「トロイの木馬」**作戦だ。
新しい機能追加のタスク(チケット)が振られた時、見積もりにこっそりと「20%の清掃時間」を上乗せする。
「この機能を追加するには、関連するこのクラスの構造を少し整理する必要があります」とサラッと伝え、機能実装のついでに、その周辺だけを「Surgical Strikes」するのだ。
マネージャーには「機能Aの実装」として報告する。でも、プルリクエストの中身を見ると、機能Aの実装と共に、その周辺のコードがテスト可能な形に切り出され、ユニットテストが追加されている。
最初は「余計なことをするな」と言われるかとヒヤヒヤした。
でも、結果が全てを変えた。
僕が担当した箇所からは、バグが出なかったのだ。
QA(品質保証)チームから「君の実装した新機能、リグレッション(回帰バグ)がないね。どうやってるんだ?」と聞かれた時、初めて僕は胸を張って言えた。
「実は、裏側で自動テストを走らせてるんだ」と。
4. 「敵」を「共犯者」に変える
実績が出始めると、風向きが変わる。
あの「壊れてないなら直すな」と言っていたテックリードが、僕のPR(プルリクエスト)を見てこう言った。
「この書き方、面白いな。Dependency Injectionを使うと、確かにモックが作りやすい。次のスプリントで、僕の担当箇所にも導入してくれないか?」
この瞬間、壁が崩れた音がした。
僕がやったことは、彼を論破することではなかった。
彼らの抱える「バグ修正に追われる痛み」や「リリース前の不安」を、僕のやり方(テストとモダンな設計)で取り除けることを実証したのだ。
そして重要なのは、過去のコードを書いた人へのリスペクトを忘れないことだ。
「このレガシーコードはクソだ」と批判するのは簡単だ。でも、そのコードが今の会社の利益を生み出し、僕の給料を払っている。
「このシステムは偉大だ。だからこそ、もっと長く活躍できるように、少しだけ手入れ(Rejuvenation)をさせてほしい」
そういう態度で接すると、古参のエンジニアたちは「敵」から、最強の「味方(ドメイン知識の提供者)」に変わってくれる。
まとめ:ソフトスキルこそが最強の生存戦略
海外での開発現場において、C#やWPFの知識は「入場チケット」に過ぎない。
本当に必要なのは、以下のような「ソフトスキル」という名の武器だ。
- Business Alignment: 技術的負債を「コードの美しさ」ではなく「開発速度」や「リスク」というビジネス用語に翻訳する能力。
- Empathy & Respect: 過去のコードへの敬意を払い、同僚の立場(納期、プレッシャー)を理解する共感力。
- Gradual Influence: 正論で殴るのではなく、小さな実績(Quick Win)を積み重ねて、周囲を巻き込む政治力。
こうして、僕は孤独な「文句言い」から、チームの「改革推進者」へとポジションを変えていった。
コードが変われば、テストが増える。テストが増えれば、バグが減る。バグが減れば、みんな早く帰れるようになり、職場の空気が明るくなる。
技術的な「外科手術」は、実は組織の「体質改善」でもあったのだ。
さて、長い戦いだった。
泥団子のようなコードと格闘し、文化の壁にぶち当たり、それでも少しずつ前に進んできた。
最終回となる次回「結」では、この一連のプロセスが、僕自身のエンジニアとしてのキャリアに何をもたらしたのか。そして、これから海外を目指す君たちに伝えたい「エンジニアとしての幸せ」について語って締めくくりたいと思う。
コードの若返りがもたらす、エンジニアとしての自由とキャリアの飛躍
窓の外の景色は、ここに来た当初と変わらない。相変わらず異国の喧騒が聞こえ、街ゆく人々の言葉は速すぎて聞き取れないこともある。
でも、僕の目の前にあるVisual Studioの景色は、劇的に変わった。
かつて「開かずの間」だったあの巨大なクラスは、今や機能ごとに整理された美しいライブラリ群へと姿を変えた。
変更を加えるたびに怯えていたデプロイ作業は、CI/CDパイプラインによる自動化で「ボタン一つ」の日常業務になった。
赤く染まっていたエラーログは鳴りを潜め、代わりにテストランナーの緑色のバーが、僕たちの仕事を静かに肯定してくれる。
「Surgical Strikes(外科手術的介入)」のプロセスを経て、僕たちが手に入れたもの。
それは単なる「きれいなコード」ではない。
もっと本質的で、海外で生き残るエンジニアにとってかけがえのない**「自由」**だ。
1. 「消防士」から「建築家」へ ~ 時間の使い方の変化 ~
プロジェクト初期、僕の仕事は「消防士(Firefighter)」だった。
朝起きるとSlackに悲鳴のようなバグ報告が届いている。「画面が開かない」「データが保存されない」。毎日が火消し作業。原因調査に時間を奪われ、新しいことを学ぶ余裕なんて1ミリもなかった。
レガシーコードに支配され、振り回される毎日。これじゃあ、なんのために海外まで来たのかわからない。
しかし、マイクロマイグレーションが進み、テストカバレッジが上がるにつれて、状況は一変した。
「予期せぬバグ」が激減したのだ。
当然だよね。腐敗防止層(ACL)で守られた新しいコードは、堅牢で予測可能だからだ。
火消しの時間がなくなると、何が起きるか?
「創造」の時間が生まれる。
「ねえ、この画面のレスポンス、非同期処理(Async/Await)を使ってもっとサクサクにできない?」
「WPFの新しい機能を使って、UIをもっとモダンにしてみようか」
以前なら「そんな余裕はない!」と一蹴されていた会話が、今ではチームの日常になった。
僕たちは、不具合に怯える「保守屋」から、プロダクトの価値を高める「建築家」へとジョブチェンジしたんだ。
この「守りの開発」から「攻めの開発」へのシフトこそが、エンジニアとしての幸福度(Well-being)を劇的に高めてくれる。
2. 「Legacy Hunter」という最強のキャリアパス
ここで少し、キャリアの話をしよう。
海外、特に北米や欧州のテック市場では、「最新技術(AIやBlockchain)を知っているエンジニア」は確かに人気だ。でも、それと同じくらい、いや、時にはそれ以上に高値で取引される人材がいる。
それが、**「Legacy Modernizer(レガシー変革者)」**だ。
考えてみてほしい。
世界中の銀行、航空会社、医療機関、そして歴史ある大企業の基幹システムは、いまだに数十年モノのコードで動いている。それらは巨額の利益を生み出しているが、同時に維持困難な時限爆弾でもある。
企業は喉から手が出るほど欲しているんだ。「ゼロから新しいものを作る人」ではなく、**「動いているエンジンを止めずに、最新のパーツに交換できる人」**を。
「C# WPFのレガシーコードを、テスト可能な最新の.NETアーキテクチャに移行させ、チームにDevOps文化を根付かせました」
この実績は、海外の転職市場において「核弾頭」級の威力を持つ。
「Greenfield(新規開発)」しか経験のないキラキラしたエンジニアには真似できない、泥臭くも強靭な実力証明になるからだ。
僕自身、このプロジェクトを通じて「どんなカオスな現場でも、秩序をもたらすことができる」という自信がついた。
この自信は、ビザへの不安や、言葉の壁へのコンプレックスを吹き飛ばしてくれる。
「どこに行っても食っていける」という確信。これこそが、海外生活における最大の精神安定剤だ。
3. Rejuvenation(若返り)の真の意味
タイトルの「Rejuvenation」には、二つの意味を込めていた。
一つは、もちろん「システムの若返り」。
古びたコードが最新の技術で蘇り、再びビジネスの最前線で戦えるようになること。
そしてもう一つは、**「エンジニアとしての情熱の若返り」**だ。
正直に言おう。
日本にいた頃の僕は、少し疲れていた。「どうせコードを書いても仕様変更で捨てられる」「技術的負債は見て見ぬふりをするのが大人の対応だ」と、冷めた目で仕事をしていた。
でも、この異国の地で、言葉も通じない仲間たちと、巨大なスパゲッティモンスターに立ち向かい、少しずつ切り崩していく過程で、僕は思い出したんだ。
「ああ、プログラミングって、楽しいな」と。
自分の書いたロジックが、複雑な問題を鮮やかに解決する快感。
テストが通り、CIパイプラインが完走した時の達成感。
そして、「おかげで仕事が楽になったよ」という同僚からの感謝の言葉。
コードがきれいになると、チームの雰囲気も明るくなる。
誰も触りたがらなかった「呪われた機能」が、みんなが寄ってたかって改善案を出す「人気の遊び場」に変わる。
システムが若返れば、そこに関わる人間もまた、若々しい情熱を取り戻すことができるんだ。
最後に:メスを握る君へ
今、君の目の前にあるコードは、見るのも嫌になるようなスパゲッティかもしれない。
「誰だよこれ書いたの!」と叫びたくなるような、負の遺産かもしれない。
でも、逃げないでほしい。
その泥団子の中には、ビジネスの核となる「宝石」が埋まっている。
そして、それを安全に取り出し、磨き上げることができるのは、AIでもコンサルタントでもない。
毎日現場でコードと格闘している、君だけなんだ。
ビッグバン・リライトの夢を見るのはやめよう。
代わりに、メスを握り、今日できる小さな「Surgical Strike」から始めよう。
メソッドを一つ切り出す。
インターフェースを一つ定義する。
テストを一つ書く。
その小さな一歩が、やがて君を、そして君のチームを、想像もしなかった自由な世界へと連れて行ってくれるはずだ。
海外の空の下より、親愛なる同士へ。
Happy Coding!

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