【海外エンジニア生存戦略】スマホを捨てよ、街に出よう。

~C#書きが体験した「リアルなつながり」というバグ修正~

エラーログの山:常時接続という名の「孤独な檻」

海外のカフェでVisual Studioを開き、XAMLのプレビュー画面と睨めっこをしている時、ふと気づくことがあります。

「あれ、俺、今ここ(海外)にいる意味ある?」と。

私の仕事は、C#とWPFを使ったデスクトップアプリケーションの設計開発です。クライアントの要望をViewModelに落とし込み、Viewとのバインディングを完璧に決めた瞬間は快感ですが、その快感と同じくらい、日常に潜むある「バグ」に蝕まれていました。

それは、「デジタル常時接続」という名の依存症です。

海外に来て最初の1年、私は正直、不安でした。言語の壁、文化の違い、そして何より「日本の友人や家族から忘れ去られるんじゃないか」という恐怖。だからこそ、スマホは常に手放せませんでした。LINEの通知音、X(旧Twitter)のタイムライン更新、Instagramのストーリー。これらが私にとっての生命維持装置であり、日本と繋がっている唯一の「LANケーブル」だと思っていたんです。

テキストという名の不完全なプロトコル

朝起きて一番にスマホを見る。通勤中の電車(メトロ)でもスマホを見る。ランチタイムも、コードのコンパイル待ちの時間も、寝る直前まで。

当時の私のコミュニケーションは、9割がテキストベースでした。

「元気?」「そっちはどう?」

友人からのメッセージに、「元気だよ、仕事大変だけど」と返す。スタンプを送る。

一見、コミュニケーションは成立しています。TCP/IP的にはパケットは届いているし、ACKも返ってきている。でも、何かが欠落している感覚が拭えませんでした。

海外で働いていると、時差のせいでリアルタイムの会話は難しいものです。だからこそテキストに頼るわけですが、テキストチャットというのは、情報の欠損が激しいプロトコルです。相手の表情、声のトーン、その場の空気感。これらがすべて削ぎ落とされた文字列だけのやり取りは、まるで仕様書だけを渡されて「あとは想像で作って」と言われているようなもの。

ある日、日本の友人とチャットをしていて、些細なことで言い合いになりました。文字のニュアンスの取り違えです。普段なら笑って済ませられることが、テキストだと冷たく見える。

「ああ、繋がっているようで、実はすごく遠いんだな」

画面越しに送られる言葉は、海を越える間に冷えてしまっているように感じました。これって、WPFで言えば、ViewとViewModelの連携がうまくいかず、データは来ているのに画面に何も表示されない状態に近いかもしれません。虚無です。

「テック・アディクト」な世界をデバッグする

そんなモヤモヤを抱えながら、ある日の通勤中、ふと周りを見渡してみました。

私が住んでいる都市の地下鉄も、東京と変わりません。混雑した車内、座っている人も立っている人も、その視線は手元の小さなデバイスに釘付けです。

イヤホンで耳を塞ぎ、目はブルーライトを浴び、指先だけが忙しく動く。

隣に誰が立っていようが関係ない。窓の外にどんな景色が広がっていようが見ていない。

まるで、全員が個別のサンドボックス環境で動作していて、外部との通信ポートをすべて閉じているかのようでした。

「これ、俺も同じだな」

客観的にその光景を見た時、強烈な違和感を覚えました。

私たちは、物理的には同じ空間(車両)を共有しているのに、精神的にはバラバラの仮想空間にいる。目の前にいる生身の人間よりも、数千キロ離れたサーバー上のデータの方を優先している。

これって、エンジニア的な視点で見ると、すごく「非効率」で「リソースの無駄遣い」じゃないでしょうか?

せっかく海外に来ているのに。

目の前には、日本では見られない建築様式の駅がある。隣には、聞いたこともない言語で話しかけてきそうな地元の人がいる。窓の外には、異国の空気が流れている。

それら全ての「ライブデータ」を無視して、日本にいる時と同じようにスマホの画面を見ているなんて、なんという損失。

それはまるで、最新のハイスペックPCを買ったのに、メモ帳しか起動していないようなものです。

「つながり」の再定義:なぜエンジニアこそ変えるべきか

私たちITエンジニアは、職業柄、一日中モニターと向き合っています。

論理的思考、抽象化、効率化。これらが求められる仕事です。だからこそ、プライベートの時間くらいは「感覚的」で「非効率」で「アナログ」な体験をしないと、脳のバランスが崩れてしまうんです。

ずっとデジタルの世界に浸っていると、現実世界の解像度が下がります。

季節の変わり目の匂いや、街の雑踏の音、店員さんとのちょっとした会話の「間」。そういうアナログな情報処理能力が鈍ってくる。

これは、良い設計をする上でも致命的です。ユーザーは生身の人間です。人間の感情や機微、不合理な行動パターンを理解するには、自分自身が「人間的な生活」をしていないといけない。

私は決意しました。

「このままじゃ、俺はただの『海外にサーバーを置いているだけのボット』になってしまう」

そこで私は、ある実験をすることにしました。

それは、恐怖でもあり、挑戦でもありました。

**「意図的な遮断(Digital Detox)」**です。

日本とのホットラインであるSNSを一時的に断ち、目の前の「今、ここ」にある世界にフルコミットする。

C#で言えば、外部ライブラリへの依存を削除して、自分自身のコアロジックだけで動いてみるようなものです。

ビルドエラーが出るかもしれない。例外がスローされるかもしれない。でも、やってみる価値はある。

私が目指したのは、単にスマホを触らない時間を増やすことではありません。

**「コミュニケーションの質」の変革(The Social Shift)**です。

テキストに頼らないコミュニケーションが、家族や友人、そして見知らぬ他人との関係をどう変えるのか。

デバイス越しではない、生身のやり取りの中に、どんな「予期せぬ接続(Unexpected Connections)」が待っているのか。

次回、私が実際に30日間かけて行った「通知OFF生活」の全貌と、そこで起きた劇的な変化(リファクタリング結果)についてお話しします。

先に言っておきますが、最初の3日は禁断症状で指が震えました(笑)。でも、その先には、WPFのどんなリッチなアニメーションよりも美しい景色が待っていました。

リファクタリング:通知OFF生活、30日間のトライアル

~同期処理への回帰と、失われた「帯域」の確保~

さて、前回の記事で「スマホを捨てる(比喩です、物理的には捨ててません)」と高らかに宣言した私ですが、プロジェクトというのは得てして「要件定義」と「実装」の間に深い溝があるものです。

私が自分自身に課した仕様は、シンプルですが過酷なものでした。これを私は**「オフライン・ファースト・ポリシー」**と名付けました。

  1. 通知(Interrupt)の完全無効化:電話の着信以外、全てのアプリのプッシュ通知をOSレベルでOFFにする。
  2. 非同期通信(Messaging)の制限:LINEやMessengerの確認は、朝・昼・晩の決まった3回のみ(バッチ処理化)。
  3. デバイスフリー・ゾーンの設置:寝室とダイニングテーブルにはスマホを持ち込まない。
  4. 「歩きスマホ」の禁止:移動中は、視覚情報を外界から取得する(要するに前を見て歩く)。

これを読んでいるあなた、「なんだ、そんなことか」と思いましたか?

でも、毎日C#で非同期処理(async/await)を書き、常にSlackでメンションが飛んでくる生活をしているエンジニアにとって、これは「呼吸を止める」に等しい苦行でした。

1. 禁断症状:ファントム・バイブレーションとドーパミン枯渇

開始から3日間。正直に言います。地獄でした。

ポケットの中が常に気になります。何も鳴っていないのに、太ももあたりが震えた気がする。「ファントム・バイブレーション・シンドローム(幻想振動症候群)」というやつです。

これは、脳が常に「新しい情報(ドーパミン報酬)」を期待して、外部からの割り込み待ち状態(Polling)になっている証拠です。

カフェでコーヒーを待っているわずか2分間。

以前なら、反射的にスマホを取り出してX(Twitter)を更新していました。「誰かが自分に反応していないか」「世界で何か新しいAPIが公開されていないか」。

しかし、ポケットに手を入れて、「あ、ダメなんだった」と手を引っ込める。この動作を1日に何十回も繰り返しました。手持ち無沙汰で、視線のやり場に困る。まるで、コンパイルエラーが取れないままデバッグ実行を繰り返しているような焦燥感。

「俺は、こんな板切れに支配されていたのか」

その事実に愕然としました。海外という刺激的な環境にいながら、私の脳のリソースは、数インチの画面の中に監禁されていたのです。

2. コミュニケーションの再設計:テキストからボイスへ

この「遮断」がもたらした最初の変化は、日本にいる家族や友人とのコミュニケーション方法でした。

これまでは、ダラダラと続くテキストチャットがメインでした。

「今起きた」「これからランチ」「疲れたー」

そんな低品質なパケットを、絶え間なく送り合う。これは「常時接続」ではありますが、回線品質(QoS)は最悪です。

私は友人にこう伝えました。

「チャットの返信は遅くなる。その代わり、週末に1時間、ビデオ通話で話そう」

これが劇的でした。

テキスト(非同期)を捨て、ビデオ通話(同期)に切り替えたことで、情報の「帯域幅」が爆発的に広がりました。

テキストチャットでは、「沈黙」は許されません。既読がついたのに返信がないと不安になるからです。しかし、通話の中での沈黙は「共有された時間」になります。

画面越しに友人がビールを飲み、僕も現地の安いワインを飲む。

「最近、どう?」と聞くと、友人は少し考えてから話し出す。その「考える間」、ちょっとした表情の曇り、声のトーンの揺らぎ。

テキストなら「まあまあかな(笑)」で済まされていたであろう一言の裏に、仕事の悩みや将来への不安が隠れていることに気づけるようになりました。

「テキストで100回やり取りするより、1回の通話の方が、相手のステータスを正確に把握できる」

当たり前のことですが、テキストという便利なラッパー(Wrapper)に包まれていたせいで、生身の通信プロトコルを忘れていたのです。

海外にいる孤独感は、常時接続していた時よりも、むしろ減りました。「繋がっているふり」をやめて、「しっかり繋がる」時間を作ったからです。

3. 「テック・アディクト」な世界を観察する:NPC化する人々

スマホ画面から顔を上げると、世界の見え方が変わりました。

エンジニア的な視点で言うと、「レンダリングの負荷が下がって、フレームレート(FPS)が上がった」感覚です。

メトロに乗っている時、以前の私はスマホを見ていたので気づきませんでしたが、周囲を見渡すと異様な光景が広がっていました。

向かいの席に座るカップル。二人とも無言でそれぞれのスマホを見ている。

ベビーカーを押す母親。子供が何かを訴えているのに、片手でスマホをスクロールしていて気づかない。

観光客の集団。目の前の大聖堂を見ずに、スマホのカメラ越しに風景を確認し、すぐにインスタにアップロードしている。

彼らは「そこにいる」けれど、「そこにいない」。

まるでMMORPGのNPC(Non Player Character)のように、決められたルーチン(スワイプ、タップ)を繰り返しているだけに見えました。

**「Phubbing(ファビング)」**という言葉をご存知でしょうか? Phone(電話)とSnubbing(冷遇する)を組み合わせた造語で、スマホに夢中で目の前の人を無視する行為を指します。

街中がこのPhubbingで溢れかえっている。

「今まで俺も、このNPCの一人だったんだな」

そう思うと、背筋が寒くなりました。海外に来て、現地の空気を吸っているつもりで、実はデジタルの殻に閉じこもっていた。

私は、WPFの画面設計で「ユーザー体験(UX)」を重要視してきましたが、自分自身の人生のUXが、これほどお粗末なものになっていたとは。

4. 予期せぬ接続:オフラインの例外処理が生む「奇跡」

スマホを見ないで街を歩くようになると、予期せぬ「イベント」が発生するようになりました。これを私は**「アナログな例外処理」**と呼んでいます。

ある日のランチタイム。いつも行くサンドイッチ屋での出来事です。

これまでは、注文して待っている間、必ずスマホを見ていました。店員さんもそれを察してか、商品を受け渡す時も事務的でした。

しかし、その日はスマホがありません。手持ち無沙汰なので、カウンターの中の店員(髭モジャの陽気そうな兄ちゃん)の動きをぼーっと見ていました。

目が合いました。

彼はニカっと笑って、話しかけてきました。

「今日のシャツ、いい色だね。どこで買ったんだ?」

そこから、他愛のない会話が始まりました。私が日本のエンジニアであること、彼が実はバンドをやっていること、この街の週末のおすすめスポット。

わずか3分間の会話。でも、店を出る時、サンドイッチの味がいつもより美味しく感じました。

もし私がスマホを見ていたら、このイベントはcatchされずにスルーされていたでしょう。

デバイスというフィルターを通さない「生身のインタラクション」は、検索エンジンでは絶対に見つからない情報をもたらしてくれます。

その店員に教えてもらった「観光客は絶対に行かない隠れ家バー」は、今では私の最高のリフレッシュ場所になっています。

5. エンジニアリングへの還元:シングルスレッドの強さ

この生活を続けて2週間が過ぎた頃、本業のC#コーディングにも変化が現れました。

**「集中力の深度(Deep Work)」**が変わったのです。

通知におびやかされない環境は、脳のメモリを解放します。

以前は、コードを書きながらも、無意識にマルチタスク(SNSチェック、メール確認)を行っていました。これはCPUのコンテキストスイッチを頻発させ、パフォーマンスを著しく低下させます。

しかし、オフライン時間を確保することで、一つのロジック、一つのアーキテクチャに深く潜る(Deep Dive)ことができるようになりました。

WPFの複雑なデータバインディングのバグを追っている時、以前ならすぐに「Stack Overflow」で答えを探し、ついでにネットサーフィンをしてしまっていました。

しかし今は、じっくりと自分の頭の中でロジックをトレースする。

「あ、ここでメモリリークしてる」

外部に答えを求めるのではなく、内部のリソースを使って問題を解決する。その解決スピードと質が向上しました。

デジタルを遮断することは、エンジニアとしての死ではありません。

むしろ、ノイズを除去し、自身のコア・アルゴリズムを最適化するための、最強のメンテナンス作業だったのです。

さて、こうして「デトックス」のリファクタリングが順調に進んでいるように見えた私の生活ですが、ここで物語は終わりません。

システム開発で言えば、順調なテストフェーズの直後に、想定外の本番障害が起きるようなものです。

静寂を取り戻した私の心に、今度は別の種類の「ノイズ」が聞こえ始めました。それは、スマホの通知音よりもっと厄介で、もっと根本的な問いかけでした。

次回、「転」の章では、静けさの中で直面した自分自身の内面(コアダンプ)と、そこから得られた本当の意味での「人生の最適解」についてお話しします。

予期せぬ例外:沈黙の中で見つけた「ノイズのない世界」

~外部入力を遮断して初めて気づいた、内なるCPUの高負荷状態~

デジタルデトックス生活も3週間が過ぎ、禁断症状も消え、私は「悟り」を開いたような気分でいました。

「なんだ、スマホなんてなくても生きていけるじゃん」

「俺は、デジタル支配から脱却した自由な人間だ」

カフェで文庫本を読み、街の風景を楽しみ、夜はぐっすり眠る。

完璧なリファクタリングに見えました。しかし、ある週末の夜、ふとした瞬間に**「それ」**はやってきました。

それは、PCのファンが突然唸りを上げるような、内側からの焦燥感でした。

1. 「静寂」という名の猛毒

金曜の夜、予定していた友人との食事がキャンセルになり、アパートに一人でいました。

スマホの通知はOFF。テレビもつけない。部屋は静まり返っています。

いつもなら、ここでYouTubeを見たり、SNSを巡回して時間を潰すところです。でも、今の私はそれを禁止しています。

何もしない時間。

その時、猛烈な「不安」が襲ってきました。

「俺、海外まで来て何やってるんだろう?」

「今のプロジェクトが終わったら、契約更新されるのかな?」

「日本の同期はもうマネージャーになってるのに、俺はずっと現場でコード書いてていいのか?」

「ていうか、このまま海外にいて、将来どうなるんだ?」

スマホという「常時接続のノイズ」が消えた途端、それまで隠蔽されていた**「自分の内側のノイズ」**が、大音量で再生され始めたのです。

これは、WPFで言えば、UIスレッド(表面上の意識)がフリーズしないように、重たい処理をバックグラウンドスレッド(無意識)に逃がしていたのが、突然メインスレッドにコールバックされてきたような状態でした。

私は気づきました。

私がスマホに依存していた本当の理由。

それは「誰かと繋がりたいから」でも「情報が欲しいから」でもありませんでした。

「自分自身と向き合う孤独な時間」から逃げるためだったのです。

2. スタックトレース:なぜ我々は「暇」を恐れるのか

海外生活は、キラキラしているように見えて、実は孤独との戦いです。

言語のハンデ、文化の壁、常に「外国人」として扱われる疎外感。

それらのストレスを、私はスマホを見ることで麻痺させていました。

ちょっとでも不安がよぎると、スマホを取り出し、ドーパミンを摂取して、「考えないように」していた。

つまり、スマホは私にとって、単なる通信機器ではなく、**「精神安定剤(try-catchブロックによる例外の握りつぶし)」**として機能していたのです。

デトックスによってその「蓋」を外してしまった今、私は生身の心で、将来への不安や孤独感という「未処理の例外」を受け止めなければなりませんでした。

部屋の中で一人、冷や汗をかきながら思いました。

「キツい。スマホ見たい。誰でもいいから『いいね』してくれ」

それは、物理的な依存よりも深刻な、実存的な恐怖でした。

3. 「Loneliness(寂しさ)」と「Solitude(孤独)」のバグフィックス

ここで私は、ある心理学者の言葉を思い出しました(後述の参考文献)。

それは**「Loneliness(ロンリネス)」と「Solitude(ソリチュード)」の違い**です。

  • Loneliness(ロンリネス): 自分が一人であることに痛みを感じている状態。「寂しさ」。
  • Solitude(ソリチュード): 自分が一人であることを楽しんでいる状態。「積極的な孤独」。

私はこれまで、スマホを使って「Loneliness」をごまかしてきました。しかし、そのせいで「Solitude」を得る能力を失っていたのです。

「Solitude」は、自分自身をリセットし、創造性を回復させるために不可欠なステート(状態)です。

エンジニアなら分かるはずです。

常に割り込み処理(Interrupt)が発生しているCPUは、重たい計算処理(人生の深い思考)を完了できません。

「Solitude」とは、全ての割り込みを禁止し、CPUリソースを100%、自分自身のコア・ロジックのために使う時間のことです。

私は、不安から逃げるのをやめました。

スマホに手を伸ばす代わりに、ノートを開き、頭の中に浮かぶ不安(エラーログ)をすべて書き出してみました。

「なぜ不安なのか?」「どうなれば満足なのか?」

C#のコードを書くように、自分の感情をロジカルに分解していきました。

すると、不思議なことが起きました。

書き出すことで、不安が「漠然とした恐怖」から「解決すべきタスク」に変わったのです。

「なんだ、俺はただ、次のキャリアパスが未定義(undefined)なことが怖かっただけか」

静寂は、敵ではありませんでした。

それは、自分自身のコードを見直すための、最強のデバッガだったのです。

4. 何もしないことの「生産性」

その週末を境に、私のデジタルデトックスは「我慢大会」から「贅沢な時間」へとシフトしました。

「退屈」を愛せるようになったのです。

公園のベンチに座り、30分間、何もしない。

以前の私なら「時間の無駄だ」と焦ったでしょう。でも今は違います。

風の音を聞き、通り過ぎる犬を眺め、ぼーっとする。

この「アイドリング状態」の時にこそ、脳のバックグラウンドでガベージコレクション(GC)が走り、思考のメモリリークが解消されていくのが分かります。

驚くべきことに、仕事での「ひらめき」も、このアイドリング中に降ってくるようになりました。

モニターの前で唸っている時ではなく、散歩中にふと、「あ、あのクラス設計、こうすれば依存関係がスッキリするじゃん」と思いつく。

「余白(Margin)」がないと、良いデザイン(設計)は生まれない。

これはUIデザインの鉄則ですが、人生も全く同じでした。情報を詰め込みすぎた人生は、ユーザー(自分)にとって使いにくいのです。

5. 真の「接続」とは

「転」の章の結論として、私は一つの逆説的な真実にたどり着きました。

「他人と深く繋がるためには、まず自分自身と深く繋がっていなければならない」

自分自身の内なる声(Internal Noise)を聞くことを恐れ、スマホで耳を塞いでいる人間が、どうして他人の声を深く聞くことができるでしょうか?

私が「起」の章で感じていた「周りの人がNPCに見える」という感覚。あれは、彼らが悪いのではなく、私自身の受信感度が、自分自身のノイズで妨害されていたからかもしれません。

自分との対話(Solitude)を取り戻した今、他人との対話も変わりました。

相手の言葉を待てる。沈黙を恐れない。

なぜなら、沈黙の中にこそ、自分と相手の「存在」があることを知ったからです。

デジタルデトックスは、単に「スマホを見る時間を減らす」というタイムマネジメントの話ではありませんでした。

それは、**「自分というOSの再インストール」**に近い、根源的な変革だったのです。

さて、エラーログを吐き出し、バグフィックスを行い、安定稼働し始めた私の「オフライン生活」。

最後となる「結」の章では、これを一過性のイベントで終わらせず、現代社会(デジタルジャングル)の中で、エンジニアとしてどうやって「ハイブリッド」に生きていくか。

その具体的な「運用設計書(ベストプラクティス)」を提示して締めくくりたいと思います。

0か1か、ONかOFFかではない。

アナログとデジタルの、最高に心地よい「疎結合」を目指して。

デプロイ:アナログとデジタルの最適なハイブリッド設計

~「切断」をシステムに組み込み、持続可能な高可用性(High Availability)を実現する~

30日間の「デジタルデトックス」という名のPoC(概念実証)を経て、私は一つの結論に達しました。

「スマホを完全に捨てることはできないし、その必要もない」

私たちはITエンジニアです。最新の技術を愛しているし、GitHubのトレンドは追いたいし、遠く離れた日本の友人とも繋がりたい。

デジタルの恩恵を全て否定して山奥で暮らすのは、レガシーシステムへの退行です。

重要なのは、「主導権(Admin権限)」を取り戻すことでした。

スマホに使われるのではなく、スマホを道具として使いこなす。

そのために私が確立し、現在も運用し続けている「人生の運用ルール(SLA)」を公開します。

1. 運用ルール:物理的な「エアギャップ」を設ける

セキュリティの世界には、ネットワークを物理的に遮断する「エアギャップ」という概念がありますが、これを生活に取り入れました。

意思の力は信用しません。エンジニアなら、ヒューマンエラーが起きない「仕組み」を設計すべきです。

  • サンクチュアリ(聖域)の設定「寝室」と「トイレ」と「ダイニングテーブル」。この3箇所を**『No Wi-Fi Zone』**と定義しました。特に寝室への持ち込み禁止は効果絶大です。目覚まし時計を買い(アナログな針のやつです)、スマホはリビングで充電する。これだけで、朝一番の行動が「他人の情報の消費(SNSチェック)」から「自分の体調の確認(ストレッチや深呼吸)」に変わりました。
  • 「歩きスマホ」はバグとみなす移動中は「移動」というプロセスに集中します。ポッドキャストを聴くのはOKですが、画面は決して見ない。顔を上げて歩くことで、海外の街並み、建築、人々のファッションなど、インプットの質が劇的に変わりました。これらは、将来何かしらのUI/UXデザインのヒントになる「資産」です。

2. 通信プロトコル:同期と非同期の明確な分離

「承」で触れたコミュニケーションの再設計を、恒久的な運用フローに落とし込みました。

  • 通知(Interrupt)はホワイトリスト形式で許可デフォルトですべてOFF。許可するのは「電話(緊急連絡)」と「カレンダー(会議)」のみ。SNSやメールは「プッシュ型」ではなく「プル型」で運用します。つまり、通知が来てから見るのではなく、自分が決めた時間に自分から見に行く。「情報は、自分が欲しい時に取りに行くもの」。この能動的なスタンスが、精神的な平穏をもたらします。
  • 大事な話は高帯域(High Bandwidth)で「ごめん」「ありがとう」「相談がある」。感情が伴うキーワードが出たら、即座にテキスト入力を中止し、通話または対面に切り替えます。テキストは情報の損失(パケットロス)が大きすぎます。エンジニアとして、重要なデータのやり取りには、最も信頼性の高いプロトコル(対面・音声)を選択する。これがプロの仕事です。

3. ログ監視:スクリーンタイムという「現実」を直視する

毎週日曜日の夜、iPhoneの「スクリーンタイム」を確認する時間を設けています。これはサーバーのアクセスログ解析と同じです。

  • 「先週はInstagramに5時間も使っている。この時間があれば、技術書が1冊読めたのでは?」
  • 「夜中の使用率が高い。睡眠の質に影響が出ている可能性がある」

データを元に、翌週の運用ポリシーを微調整(チューニング)します。

感覚で「使いすぎたかな」と思うのではなく、数字で自分を管理する。これがエンジニアらしい改善サイクル(PDCA)です。

4. 海外で働くエンジニアたちへ:孤独を愛せよ

最後に、これから海外を目指す人、そして今、異国の地で孤独と戦っている同業者たちへ伝えたいことがあります。

私たちは、C#やJava、Pythonといったプログラミング言語を使って、コンピュータと対話するプロです。

でも、それと同じくらい、「自分自身というOS」と対話する時間を大切にしてください。

海外生活は、日本にいる時よりも「ノイズ」が少ない環境です。

同調圧力もない、無意味な飲み会もない。

この環境は、自分自身のコア・スキル、本当にやりたいこと、人生の価値観を深掘り(Deep Dive)するための、最高のステージです。

その貴重な時間を、日本のSNSを眺めて「寂しいな」と消費して終わらせるのは、あまりにもリソースの無駄遣いです。

寂しさは、スマホで埋めるものではありません。現地のリアルな体験と、自分自身との対話で埋めるものです。

「Disconnect to Reconnect(繋がるために、断つ)」

一度、デジタルな繋がりを断ってみてください。

すると、目の前の景色が、4K解像度よりも鮮やかに見えてくるはずです。

カフェの店員の笑顔、公園の緑の匂い、街角のミュージシャンの音色。

それら全てが、あなたの感性を刺激し、結果として、あなたが書くコード、あなたが設計するシステムに「人間味」という深みを与えてくれるはずです。

エピローグ:私の「Hello World」

今、私はこのブログを、お気に入りの公園のベンチで書いています。

手元にはノートPC一台。スマホはカバンの奥底で機内モードになっています。

風が気持ちいい。子供たちの笑い声が聞こえる。

私の頭の中はクリアで、書きたい言葉が次々と溢れてきます。

WPFのXAMLを書くのも好きですが、こうして人生のコード(Lifelog)をリファクタリングするのも悪くありません。

さあ、そろそろ画面を閉じて、顔を上げてください。

あなたの目の前には、Googleマップには載っていない、あなただけの素晴らしい「現実(Real World)」が広がっているはずです。

Let’s build a better life, not just better software.

(より良いソフトを作るだけでなく、より良い人生を構築しよう)

以上、現場からお伝えしました。

Happy Coding, and Happy Living!

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