【海外エンジニア生存戦略】コードの向こう側へ:チームを救う「明瞭さ」の文化を育てよう

  1. 「英雄」はいらない? グローバルチームで孤軍奮闘してはいけない理由
      1. 言語の壁より高い「コンテキストの壁」
      2. 「孤高のヒーロー」がチームを殺す
      3. 「Clarity(明瞭さ)」の文化への転換
      4. 技術的負債という「見えない税金」
  2. ドキュメントは「置き手紙」じゃない、チームで回す「パス」だ
    1. 「ドキュメントを書け」と言われると、なぜ私たちは憂鬱になるのか
    2. 完璧な英語はいらない。「箇条書き」と「図」で戦え
    3. Wikiを捨てよ、コードの隣に住まわせよ
    4. 「How」はコードが語る。「Why」を書き残せ
    5. チャットで答えるな、リンクを貼れ
    6. 心理的安全性の土台を作る
  3. 巨大なリファクタリングという幻想を捨て、「マイクロ」な習慣へ
    1. 「全部書き直したい」という悪魔の囁き
    2. 掃除のための時間は来ない。「通りがかり」にやるのだ
    3. 1. 「名前」を変えるだけで、世界は変わる
    4. 2. XAMLとViewModelの「癒着」を剥がす
    5. 3. コメントは「弁解」ではなく「警告」に使え
    6. 許可を求めるな、謝罪せよ? いや、プロとして振る舞え
    7. 技術的負債の利子を払い続けるな
  4. 「レガシーコード」を呪うな、変革の「チャンピオン」になれ
    1. 誰もが嫌がる場所にこそ、最大のチャンスがある
    2. レガシーコードへの「敬意」を持つ
    3. 「石のスープ」を作ろう:リーダーシップは役職ではない
    4. 割れ窓理論:あなたのコードが「標準」になる
    5. 日本人エンジニアの「几帳面さ」は最強の武器だ
    6. さあ、最初の一歩を踏み出そう

「英雄」はいらない? グローバルチームで孤軍奮闘してはいけない理由

こんにちは! 海外でC# WPFを武器に戦っているエンジニアです。

突然ですが、皆さんは「自分にしか直せないバグ」に遭遇した時、少しだけ誇らしい気持ちになったことはありませんか? あるいは、複雑怪奇なスパゲッティコードを読み解き、神業のようなパッチを当ててプロジェクトを救った時、「俺、仕事してるな」と感じたことは?

正直に告白すると、日本で働いていた頃の私はそうでした。

誰もが恐れる巨大なViewModel、魔法のように絡み合ったXAMLのデータバインディング、そして誰も触りたがらない”God Object”(神クラス)。これらを夜遅くまで一人で解析し、鮮やかに修正する。そんな「火消し役」としての自分に酔っていた時期がありました。

しかし、海外に出て、多国籍なチームの一員として働き始めて、その価値観は粉々に砕かれました。

今日は、私が海外でのエンジニア生活を通じて痛感した、「コードを書くこと以上に大切なこと」についてお話しします。これから海外を目指す方、あるいは今まさに異文化の中で揉まれているエンジニアの方にとって、これが単なる精神論ではなく、明日からの実務を楽にする「生存戦略」となることを願っています。

言語の壁より高い「コンテキストの壁」

海外で働くというと、まず「英語力」の壁を想像する方が多いでしょう。もちろん、言語の壁はあります。しかし、エンジニアとして致命傷になり得るのは、言葉そのものではなく「コンテキスト(背景共有)の欠如」です。

日本、特に同じような技術的バックグラウンドを持つエンジニア同士の現場では、「阿吽の呼吸」や「空気を読む」ことが機能します。「この変数名を見れば、意図はわかるよね」「WPFのこのパターンなら、普通こう書くよね」といった暗黙の了解が、コミュニケーションコストを劇的に下げてくれます。いわゆるハイコンテキストな文化です。

しかし、私が今いるチームは、出身国も母国語も、教育背景もバラバラです。「普通こうするだろ」は通用しません。

ある日、私が良かれと思って書いた「複雑だが短くてスマートなLINQの処理」に対して、同僚のエンジニアから冷ややかなコメントがつきました。

“This implies hidden logic. Why implies? Make it explicit.”(これ、ロジックが隠れてることを示唆してるよね。なんで匂わせるの? 明示的にして。)

彼らにとって、私が書いた「行間を読ませるコード」は、知的でクールなものではなく、単なる「不親切でリスクの高い負債」でしかなかったのです。ここで私は気づかされました。グローバルチームにおいて、「明瞭さ(Clarity)」こそが正義であり、最大の貢献であるということに。

「孤高のヒーロー」がチームを殺す

海外の現場、特に流動性の高いテック業界では、エンジニアの入れ替わりは日常茶飯事です。今日隣に座っている同僚が、来月には別の国にいるかもしれない。そんな環境で最も恐れられているのが、「バス係数(Bus Factor)」の低さです。

バス係数とは、「チームの何人がバスに轢かれたらプロジェクトが破綻するか」を示す指標です。もし、ある特定のモジュールの仕様を知っているのがあなた一人だとしたら、バス係数は「1」です。これは非常に危険な状態です。

かつての私のように、「自分にしかわからないコード」を書き、「自分だけが直せる」状態を維持することは、一見すると自分の雇用を守る(Job Security)手段のように思えるかもしれません。「あいつがいないと回らない」と思わせれば安泰だ、と。

しかし、海外のマネジメント視点では、これは評価されるどころか「リスク要因」として排除の対象になりかねません。なぜなら、その人がボトルネックになり、チーム全体のスピードを落とすからです。

特にC# WPFのような、歴史があり、かつ自由度の高いフレームワークを使っていると、この罠に陥りやすいのです。

XAMLのコンバーターの中に複雑なビジネスロジックを埋め込んだり、コードビハインドに大量のイベントハンドラを記述したり。動けばいい、自分にはわかっているからいい。そうやって積み上げた「俺の城」は、チームにとっては「入ったら二度と出られない迷宮」です。

私が海外に来て最初に直面したのは、まさに前任者が残したこの「迷宮」でした。ドキュメントはなく、あるのは数千行のViewModelと、「Don’t touch this(触るな)」というコメントだけ。バグが出るたびに、チーム全体が恐怖に怯え、誰も手出しができず、修正に数日を要する。

その時、私は思いました。「なんてことだ。でも待てよ、日本にいた時の私も、後任者に同じ思いをさせていたんじゃないか?」と。

「Clarity(明瞭さ)」の文化への転換

ここで今回のテーマである「Beyond the Code(コードの向こう側)」に行き着きます。

私たちが目指すべきは、一人で難解なパズルを解くスーパープログラマーではありません。私たちが目指すべきは、**「次に誰がここを通っても、迷わずにゴールできる道を整備するエンジニア」**です。

これを実現するためには、単にきれいなコードを書くだけでは不十分です。チーム全体に「Clarity(明瞭さ)」を最優先する文化を根付かせる必要があります。

「Clarity」とは、具体的に以下の状態を指します。

  1. Whyが共有されていること: なぜその設計にしたのか、なぜそのライブラリを選んだのか、その背景にある意思決定のプロセスが、誰にでもアクセス可能な状態にあること。
  2. 知識が民主化されていること: 特定の個人の頭の中にしかない知識(暗黙知)が、ドキュメントやコードを通じて形式知化され、チームの共有財産になっていること。
  3. 変更への心理的安全性が高いこと: 「これを触っても壊れない」「壊れても検知できる」という確信があり、誰もが恐れずにコードを改善できる状態にあること。

「そんな理想論、忙しい現場でできるわけがない」

そう思うかもしれません。私も最初はそう思いました。「ドキュメントを書く時間があるなら、機能を一つでも実装したい」と。

しかし、逆なのです。急がば回れ。明瞭さを追求することでしか、開発スピードを持続的に上げる方法はありません。特に、言語や文化の壁があるグローバル環境では、これが唯一の生存ルートです。

技術的負債という「見えない税金」

少し視点を変えて、お金の話をしましょう。

私たちは皆、給料をもらってコードを書いています。しかし、不明瞭なコードやドキュメントの欠如は、チームに対して「見えない税金」を課しているのと同じです。

  • 新しく入ったメンバーが環境構築に3日かかる(=3日分の給料の無駄)。
  • 仕様確認のために、チャットで何度も往復する(=全員のコンテキストスイッチのコスト)。
  • 古いコードを恐れて、迂回するための継ぎ接ぎコードを書く(=将来の負債の利払い)。

海外の現場では、この「コスト意識」が非常にシビアです。エンジニアは「コードを書く職人」であると同時に、「リソースを効率的に運用するマネージャー」的な視点も求められます。

「私が書いたこのコードは、来年のチームにとって資産になるか? それとも負債になるか?」

この問いを常に自分に投げかけることが、プロフェッショナルとしての第一歩です。

ドキュメントは「置き手紙」じゃない、チームで回す「パス」だ

(Collaborative Documentation: Making Knowledge Sharing a Team Sport)

「ドキュメントを書け」と言われると、なぜ私たちは憂鬱になるのか

「起」のパートで、私は「明瞭さ(Clarity)」こそがグローバルチームでの生存戦略だと言いました。そのための最大の武器がドキュメントです。

……と、言った瞬間に、画面の向こうの皆さんが少し嫌な顔をしたのが見えた気がします(笑)。

わかります。痛いほどわかります。

エンジニアにとって「ドキュメント作成」ほど、モチベーションが上がらない作業はありません。「コードを書くのが仕事で、ドキュメントはそのおまけ」「納品前に徹夜ででっち上げるもの」。日本にいた頃の私は、完全にそう思っていました。

特にWPFのようなリッチクライアント開発では、画面仕様書、クラス図、シーケンス図……と、作らなければならない(とされている)資料が山のようにあります。そして、苦労してExcel方眼紙やWikiに書き残したそれらのドキュメントは、書いた瞬間から陳腐化し、誰も読まない「情報の墓場」へと送られます。

1年後に誰かがそのWikiを開き、「実装と全然違うじゃん!」と叫ぶ。ここまでがワンセットの様式美です。

しかし、海外の現場に来て、私はこの「ドキュメント」に対する認識を根底から覆されました。

今のチームでは、ドキュメントは「最後に残す置き手紙」ではありません。**開発というゲームを有利に進めるために、リアルタイムで回し合う「パス」**なのです。

今回は、英語の壁や文化の壁がある環境で、いかにして「生きたドキュメント」を運用し、知識共有を「個人の負担」から「チームスポーツ」に変えていくか。その具体的な戦術をお話しします。

完璧な英語はいらない。「箇条書き」と「図」で戦え

海外で働く日本人エンジニアがドキュメントを書くとき、最初にぶつかる壁が「英語」です。

「正しい文法で書かなければ」「格好いい言い回しを使わなければ」。そう気負ってしまい、筆が止まる。あるいは、翻訳サイトと睨めっこして1行書くのに10分かける。これは時間の浪費です。

私の同僚のシニアエンジニア(彼は母国語がスペイン語です)が私に言った言葉が、今でも心に残っています。

“We are engineers, not poets. Code is our shared language.”(我々はエンジニアだ、詩人じゃない。コードこそが共通言語だ。)

彼はこう続けました。

「流暢な英語の長文なんて読むのも疲れるだけだ。箇条書き(Bullet points)にしろ。コードスニペットを貼れ。Mermaid.jsで図を描け。それが最短で伝わるなら、文法なんて二の次でいい」

これは目から鱗でした。

実際、現在のチームでは、ドキュメントの半分は「コードブロック」と「図」です。

例えば、WPFの複雑なデータバインディングの挙動を説明する場合。

下手な英語で “When the user clicks this, the ViewModel updates the property via ICommand…” と長々と書くよりも、XAMLの該当箇所とViewModelのコード片を貼り付け、矢印で関係性を示したシンプルな図を一枚貼る。これだけで、インドのエンジニアも、ブラジルのエンジニアも、一瞬で理解してくれます。

【実践テクニック】

  • Be concise: 接続詞や修飾語を削ぎ落とし、箇条書きを多用する。
  • Visual over Text: フローチャートやシーケンス図は、Markdownの中に直接書ける「Mermaid」などを使って、テキストベースで管理する(修正が楽だからです)。
  • Broken English is OK: 意味が通じればいい。「主語 + 動詞 + 目的語」の単純な構文を徹底する。

「完璧な英語で書こう」とするプライドを捨てた瞬間、ドキュメント作成のハードルは劇的に下がります。

Wikiを捨てよ、コードの隣に住まわせよ

次に変えるべきは「ドキュメントの場所」です。

あなたのチームでは、仕様や設計に関する情報がどこにありますか? Confluence? SharePoint? それともGoogle Docs?

もしそれらがコードリポジトリ(Gitなど)から離れた場所にあるなら、それは「死に体」です。

海外のテック企業、特にDevOpsが進んでいるチームでは、「Docs as Code」(ドキュメントもコードと同じように扱う)という思想が主流です。

具体的には、設計書やAPI仕様書をMarkdownファイルとして書き、ソースコードと同じリポジトリの中に格納します。

これには強烈なメリットがあります。

**「Pull Request(PR)の中に、ドキュメントの変更を含められる」**のです。

私が以前、WPFのConverter周りのロジックを大幅に変更した時のことです。

私はコードの修正だけをPRに出しました。すると、レビュアーから即座にこうコメントがつきました。

“Update the /docs/architecture/converters.md regarding this change. Don’t create hidden knowledge.”(この変更に合わせてドキュメントも更新してくれ。隠れた知識を作るな。)

コードとドキュメントが同じリポジトリにあれば、レビュアーは「コードが変更されたのに、ドキュメントが更新されていない」ことにすぐに気づけます。

「Wikiを更新しておいてね」という口約束は忘れ去られますが、「PRのマージ条件にドキュメント更新が含まれている」ならば、強制力が働きます。

こうして、ドキュメントは「いつかやるタスク」から、「開発プロセスの一部」に組み込まれます。これが「チームスポーツとしてのドキュメント」の第一歩です。

「How」はコードが語る。「Why」を書き残せ

では、具体的に何を書けばいいのでしょうか?

日本の現場でよく見る詳細設計書には、「このボタンを押すと、データベースのAテーブルのBカラムが更新される」といった「処理の流れ(How)」が事細かに書かれています。

しかし、極論を言えば、「How」はコードを読めばわかります。コードこそが、嘘をつかない唯一の「How」の仕様書です。

グローバルチームで最も重視されるドキュメント、それは**「ADR (Architecture Decision Records)」**です。

つまり、「なぜそうしたのか(Why)」の記録です。

  • なぜ、この画面ではMVVMパターンを崩してCode Behindにロジックを書いたのか?(パフォーマンスの問題? サードパーティ製品の制約?)
  • なぜ、標準のObservableCollectionではなく、カスタムしたコレクションクラスを使ったのか?
  • なぜ、このライブラリのバージョンを上げたのか?

コードには「結果」しか書かれていません。「意図」や「捨てた選択肢」は、コードからは読み取れません。

そして、チームメンバーが入れ替わった時、最もトラブルの原因になるのが、この「Whyの欠如」です。

「このコード、汚いから書き直そうぜ」と後任者がリファクタリングした結果、実はその汚いコードには「特定の環境でクラッシュするのを防ぐ」という深い理由があった……なんて悲劇は、枚挙にいとまがありません。

私はこれを痛感してから、コードの中に、あるいはMarkdownの中に、「Context(背景)」と「Decision(決定)」、そして**「Consequences(結果・影響)」**を簡潔に残すようにしました。

例えばこんな感じです:

Title: リスト表示の仮想化(Virtualization)の無効化

Context: データ件数が少ない(最大50件)が、各行のレイアウトが非常に複雑で高さが可変である。

Decision: VirtualizingStackPanel.IsVirtualizing=”False” に設定する。

Consequences: メモリ使用量はわずかに増えるが、スクロール時のカクつき(Jank)が解消される。数千件に増える場合は再検討が必要。

これがあるだけで、未来のチームメイト(あるいは半年後の自分)は、「なんだこの設定、無効化されてるじゃん、有効化しとこ」という地雷を踏まずに済みます。

「Why」を共有することは、未来のチームへの最大の愛です。

チャットで答えるな、リンクを貼れ

最後にもう一つ、チームの文化を変える強力なハックを紹介します。

SlackやTeamsでの質問への答え方です。

同僚から「ねえ、あの認証ロジックってどうなってるんだっけ?」と聞かれた時。

親切なあなたは、チャットで丁寧に解説してしまうかもしれません。でも、それは「悪手」です。

その解説は、チャットのログとして流れ去り、また来月、別の誰かが同じ質問をしてくるでしょう。

私は、質問が来たらこう返します。

「いい質問だね! その説明、まだドキュメントになかったかも。今からこのページ(Docsのリンク)に追記するから、10分待ってて」

そして、チャットで説明するつもりだった内容を、そのままMarkdownファイルに書き込み(あるいはコピー&ペーストし)、そのPRのリンク、もしくはマージ後のドキュメントのURLを相手に投げます。

これは最初は手間に感じるかもしれませんが、長期的には劇的な時短になります。

2回目以降、同じ質問が来たら、無言でURLを貼るだけで済むからです(笑)。これを繰り返すうちに、チームメンバーも「聞く前にドキュメントを探す」習慣がつき、さらには「気づいた人がドキュメントを更新する」文化が生まれてきます。

これが、知識共有を「ソロプレイ(個人の記憶)」から「チームプレイ(共有資産)」に変えるということです。

心理的安全性の土台を作る

こうして蓄積された「生きたドキュメント」は、チームに心理的安全性をもたらします。

「わからないことがあったら、ドキュメントを見ればいい」

「ドキュメントに書いてないなら、それはチームの不備だから、堂々と聞けばいい」

「自分が得た知見を書き足すことで、チームに貢献できる」

特に、言葉のハンデがある私たちにとって、ドキュメントという「静的な情報源」が充実していることは、精神的な安定剤になります。早口の英語でのミーティングで聞き逃しても、後でADRを読めば背景がわかる。これは救いです。

さあ、ドキュメントに対するアレルギーは少し収まったでしょうか?

それは面倒な雑用ではなく、あなたとチームを守る盾であり、未来へパスをつなぐためのツールです。

完璧でなくていい。カッコ悪くていい。まずは「Why」を一言、コードの隣に残すところから始めましょう。

さて、情報が整理され、チームの視界がクリアになってきました。

しかし、私たちの目の前にはまだ、歴史の積み重なった「巨大なコードベース」が横たわっています。

次章「転」では、この強敵にどう立ち向かうか。大掛かりなリファクタリングプロジェクトという「幻想」を捨て、日々の業務の中でコードを浄化していく「マイクロ・リファクタリング」の極意についてお話しします。

巨大なリファクタリングという幻想を捨て、「マイクロ」な習慣へ

(Micro-Refactorings: The Continuous Improvement Habit)

「全部書き直したい」という悪魔の囁き

「このコード、クソすぎる(This code is garbage)。」

海外のエンジニアは、良い意味でも悪い意味でも率直です。私の隣に座っている同僚は、レガシーなWPFのコードベースを開くたびに、Fワード混じりのため息をついています。

そして、私たちは必ずこう夢想します。

「いっそのこと、このスパゲッティ状態のMainViewModel.csを捨てて、最新の.NETとモダンなMVVMライブラリで、ゼロから綺麗に書き直せたらどんなに素晴らしいだろう!」

わかります。私も何度それを夢見たことか。

しかし、海外の現場で「リファクタリングのために2ヶ月ください」とマネージャーに提案しても、答えは99%「No」です。

なぜなら、ビジネスサイドから見れば、リファクタリングは「機能が増えないのにコストだけかかるリスクの高い作業」だからです。特に、動いている(稼いごうとしている)システムを止めてまでやる価値はないと判断されます。

ここで陥るのが、**「リファクタリングできないストレスを抱えながら、汚いコードの上にさらに汚いコードを積み重ねる」**という負のループです。

日本の現場では、我慢強いエンジニアが人知れず残業して直したりしますが、海外では「契約範囲外」のことはしません。結果、コードは腐敗の一途をたどります。

この絶望的な状況を打破する唯一の方法。それが**「マイクロ・リファクタリング」**という習慣です。

掃除のための時間は来ない。「通りがかり」にやるのだ

ボーイスカウトには「来た時よりも美しく(Always leave the campground cleaner than you found it)」という有名なルールがあります。

これをコーディングに適用するのです。

「マイクロ・リファクタリング」とは、**「機能追加やバグ修正のチケットを処理するついでに、その周辺のコードだけを少しきれいにする」**というテクニックです。

重要なのは、「ついでに」という点です。

例えば、WPFで「設定画面に新しいチェックボックスを追加する」というタスクがあったとします。

該当するViewModelを開くと、そこには5000行の巨大なクラスがあり、変な名前の変数が散らばっています。

× やってはいけないこと:

ViewModel全体をリファクタリングしようとして、3日かけて泥沼にはまる。

○ やるべきこと(マイクロ・リファクタリング):

新しいプロパティを追加する「その周辺の10行だけ」をきれいにする。あるいは、そのメソッドの中で使われている変数の名前だけを直す。

これなら、工数はプラス10分程度です。これならマネージャーの許可も要りませんし、レビュアーも「おっ、少し読みやすくなったね」と感謝してくれます。

この「小さな勝利」を積み重ねることこそが、巨大なレガシーコードというモンスターを倒す唯一の道です。

1. 「名前」を変えるだけで、世界は変わる

では、具体的に何をすればいいのか? C# WPFの現場で最も効果的で、かつ安全なマイクロ・リファクタリングは**「名前の変更(Rename)」**です。

海外のチームで働いて痛感するのは、「ネーミング(命名)」に対するこだわりの強さです。

英語がネイティブな彼らにとって、変な変数名は、私たちが日本語で「データ取得てきなやつ関数」という名前を見るのと同じくらい気持ち悪いものです。

以前、私が修正したコードにこんなメソッドがありました。

void GetData() { … }

これをレビューに出した時、同僚からこう指摘されました。

” ‘Get’ implies it’s cheap and immediate (like a property). This method connects to the database and takes time. Use ‘Fetch’ or ‘Retrieve’ or ‘LoadAsync’.”

(Get はプロパティのように一瞬で取れる軽い処理を想起させる。これはDBに繋いで時間がかかるんだから、Fetch か Retrieve か LoadAsync を使え。)

なるほど、と思いました。

  • Get: 計算済みの値やフィールドを返す(軽い)。
  • Fetch / Retrieve: 外部から取ってくる(重い)。
  • Find: 探索して、見つからないかもしれない(Nullの可能性がある)。
  • Create / Build: 新しく作る。

このニュアンスの違いが、コードの可読性を劇的に左右します。

私はその場で、GetData を FetchUserDataAsync にリネームしました。ロジックは1行も変えていません。しかし、これだけで「このメソッドは非同期で重い処理なんだな」と、次に読む人に伝わります。

Visual StudioやRiderを使っていれば、F2キーで一発で安全にリネームできます。

目についた曖昧な名前を、より具体的で(Specific)、意図が伝わる(Expressive)名前に変える。これこそが、最もコストパフォーマンスの高いリファクタリングです。

2. XAMLとViewModelの「癒着」を剥がす

WPF特有の悩みとして、View (XAML/Code Behind) と ViewModel の境界が曖昧になりがちという点があります。

特に古いコードでは、Code Behind (.xaml.cs) にビジネスロジックが書かれていたり、逆にViewModelが System.Windows.Controls などのView系のライブラリを参照していたりします。

これらを一気に直すのは大変ですが、マイクロ・リファクタリングならこうします。

シナリオ:

「ボタンを押すと、データを保存して、成功したらメッセージボックスを出す」という処理が、Code Behindのイベントハンドラにベタ書きされている。

マイクロ・リファクタリングの手順:

  1. まず、データの保存ロジック部分だけを「メソッドの抽出(Extract Method)」で切り出す。
  2. そのメソッドをViewModel(あるいはServiceクラス)に移動する。
  3. Code Behindは、そのメソッドを呼ぶだけにする。

これだけです。ICommand化までやると時間がかかるなら、まずは「ロジックの場所を移動する」だけでも十分な前進です。

これにより、ビジネスロジック部分だけは単体テスト(Unit Test)が書けるようになるかもしれません。

「完璧なMVVM」を目指す必要はありません。「テスト可能な部分を1行でも増やす」。この意識が重要です。

3. コメントは「弁解」ではなく「警告」に使え

「起」のパートでドキュメントの話をしましたが、コード内のコメントも同様です。

汚いコードを見ると、つい「// TODO: 後で直す」と書きたくなります。しかし、期限のないTODOは決して実行されません。

海外のエンジニアは、リファクタリングできない汚いコードを残す時、そこに**「なぜ汚いままなのか」**という理由を残します。

例えば:

C#

// HACK: This is a temporary workaround for the scrolling bug in DataGrid (Issue #123).
// Do not refactor this loop into LINQ, as it causes performance degradation on older hardware.
// (DataGridのスクロールバグ回避のためのハック。古いハードでの性能低下を招くため、LINQに書き換えないこと。)

このようなコメントは、後から来た人が「うわ、なんだこの汚いループ、LINQにしちゃえ」と良かれと思って修正し、バグを再発させる事故を防ぎます。

リファクタリングとは、コードを綺麗にすることだけではありません。「地雷に旗を立てておく」ことも立派な改善活動です。

許可を求めるな、謝罪せよ? いや、プロとして振る舞え

日本のエンジニアは真面目なので、「リファクタリングしていいですか?」と許可を求めがちです。

しかし、海外のプロフェッショナルな文脈では、それは奇妙に響きます。

外科医が「手術中に消毒していいですか?」と患者に聞くでしょうか? 消毒は手術の一部であり、成功率を高めるためのプロの所作です。

エンジニアにとって、可読性を高め、保守性を上げる作業は「仕事の一部」です。

機能追加の見積もりに、最初からマイクロ・リファクタリングの工数(+10%〜20%)を含めておくのです。そして、それは隠すことではなく、品質保証(QA)の一環として堂々と行うべきことです。

私が今のチームで信頼を得られたのは、バグを直した時に、

「バグの原因はここでした。修正しましたが、ついでに(Also)、この周辺のロジックが複雑で再発のリスクがあったので、小さなメソッドに分割してテストを追加しておきました」

と報告した時でした。

マネージャーは「コードが綺麗になったこと」そのものには興味がないかもしれません。しかし、「再発リスクを下げた」「将来の変更コストを下げた」というビジネス価値には強く反応します。

マイクロ・リファクタリングを、エンジニアの自己満足ではなく、ビジネス価値として伝える。これが海外で生き残るための「翻訳スキル」です。

技術的負債の利子を払い続けるな

私たちは毎日、過去の誰か(あるいは過去の自分)が書いたコードの「負債」に対する「利子」を払っています。

コードを読むのに時間がかかる、修正の影響範囲調査に時間がかかる。これが利子です。

マイクロ・リファクタリングは、この元本を少しずつ返済する行為です。

今日10分かけてメソッド名を直せば、明日そのコードを読む同僚の5分を節約できます。それがチーム全体で100回読まれれば、500分の節約です。

巨大なリファクタリングプロジェクトを待つのはやめましょう。それは来ません。

今、目の前にあるエディタの、カーソルのあるその1行から始めるのです。

さて、ドキュメントという武器を持ち、マイクロ・リファクタリングという習慣を身につけました。

しかし、チームを変えるには、もう一つだけ必要なピースがあります。

それは、あなた自身が周囲に影響を与える**「インフルエンサー」**になることです。

最終章「結」では、単なるイチ開発者から、チーム全体の文化を変革する「レガシーコード・チャンピオン」へとステップアップするためのマインドセットについてお話しします。

「レガシーコード」を呪うな、変革の「チャンピオン」になれ

(Legacy Code Champions: Inspiring Change from Within)

誰もが嫌がる場所にこそ、最大のチャンスがある

ここまで、ドキュメント(承)とマイクロ・リファクタリング(転)についてお話ししてきました。

しかし、正直に言いましょう。これらは地味で、根気のいる作業です。

キラキラした新規プロジェクトで、最新の.NETとBlazorを使ってゼロから開発するほうが、どう考えても楽しいですよね。

海外の現場でも同じです。多くのエンジニアは、古びたWPFのコード、テストのないビジネスロジック、誰が書いたかわからないSQLプロシージャを嫌います。

「こんなレガシーな環境じゃキャリアが死ぬ」「早く転職したい」と、ランチタイムのたびに不平不満(Rant)が聞こえてきます。

でも、だからこそ、ここに巨大なブルーオーシャンがあります。

私が海外で生き残れた理由は、技術力が飛び抜けて高かったからではありません。「誰もが嫌がって逃げ出すような混沌(カオス)」の中に飛び込み、そこに「秩序」をもたらそうとしたからです。

チームメンバー全員が「このモジュールは触りたくない」と遠巻きにしているコードがあるとします。

そこであなたが手を挙げ、「大丈夫、私が調査して、安全に触れるように整備しておくよ」と言えたなら。

その瞬間、あなたは単なる「C#エンジニア」から、チームにとってなくてはならない**「レガシーコード・チャンピオン」**へと昇格します。

レガシーコードへの「敬意」を持つ

まず必要なのは、マインドセットの転換です。

私たちは「レガシーコード=悪」と捉えがちです。しかし、冷静に考えてみてください。

その「汚いコード」こそが、今まで会社にお金を稼ぎ出し、今のあなたの給料を支払っているのです。

バグだらけかもしれない。コピペだらけかもしれない。でも、それは激しいビジネスの要求変更や、厳しい納期プレッシャーの中で、先人たちが「なんとか動くもの」を送り出した生存競争の記録でもあります。

海外の優れたシニアエンジニアたちは、決して過去のコードを馬鹿にしません。

“It worked for 10 years. That’s an achievement.”(10年も動いてたんだ。大したもんだよ。)

そう言って敬意を払いながら、外科医のように冷静にメスを入れます。

「誰だこんなクソコード書いたのは!」と犯人探しをするのではなく、

「当時の彼らには、こうするしかない制約があったんだろう。でも今は状況が違う。だから私が良くするんだ」

と考える。この**共感(Empathy)**こそが、グローバルチームで信頼を勝ち取るための第一歩です。

「石のスープ」を作ろう:リーダーシップは役職ではない

「でも、自分はマネージャーじゃないし、勝手にチームの文化を変えるなんて無理だ」

そう思うかもしれません。特に日本人は「役職」や「権限」を気にしがちです。

しかし、海外のテック業界では**「Leadership without Authority(権限なきリーダーシップ)」**が極めて高く評価されます。

では、どうやって権限なしに人を動かすのか?

ここで、私の好きな寓話**「石のスープ(Stone Soup)」**の話を紹介しましょう。

ある旅人が、村の広場で「石」を鍋で煮始めます。興味を持った村人が「何をしてるんだ?」と聞くと、旅人は「魔法の石のスープを作ってるんだ。とても美味しいけど、ちょっと人参があればもっと美味しくなるんだけどな」と言います。村人は家に帰って人参を持ってきます。別の村人が通りかかると、「玉ねぎがあれば…」「肉があれば…」と、次々に具材が集まり、最後には村全員で最高に美味しいスープを囲むことになりました。

これは、チーム開発における「改善」のメタファーです。

いきなり「全員でドキュメントを書くルールにしましょう!」と号令をかけても、誰も動きません。

まずは、あなた一人が「石」を煮始めるのです。

  1. あなたが、黙って見やすいドキュメントを一つ作る。
  2. あなたが、黙ってViewModelを一つだけ綺麗にする。
  3. そして、チャットでさりげなく共有する。「ここのロジック、図にしてみたら意外とシンプルだったよ(リンク)」

すると、必ず誰かが反応します。「お、これ見やすいね。じゃあ俺もこっちのクラスの図を追加しておくよ」

これが「石のスープ」効果です。

強制するのではなく、**「楽しそうに」「便利そうに」**改善をしている姿を見せる。それが周囲を巻き込む最強の引力になります。

割れ窓理論:あなたのコードが「標準」になる

犯罪心理学に「割れ窓理論(Broken Windows Theory)」というものがあります。

建物の窓が一枚割れているのを放置すると、「ここは管理されていない」というシグナルになり、やがて全ての窓が割られ、街全体が荒廃するという理論です。

コードも全く同じです。

「どうせ汚いから」と、あなたが適当な変数名でコミットすれば、次の人はもっと適当なコードを書きます。

逆に、あなたが「ここだけは死守する」という綺麗なコードをコミットすれば、次の人は「おっと、ここではこのレベルの品質が求められるのか」と背筋を伸ばします。

海外のチームは、メンバーの出入りが激しい分、この「雰囲気」に敏感です。

あなたが書くその1行のコード、あなたが残すその1行のコメントが、チームの「品質の基準線(Quality Bar)」を決定づけているのです。

私はいつも自分に言い聞かせています。

「私が最後の防衛線だ。ここから先には、不明瞭なコードは通さない」

そのプライドが、言葉の壁を超えて、同僚たちに伝播していきます。

日本人エンジニアの「几帳面さ」は最強の武器だ

これから海外を目指す、あるいは今戦っているあなたへ伝えたいことがあります。

私たち日本人が持っている「几帳面さ」「細部へのこだわり」「他者への配慮」。これらは、グローバルな開発現場において、とてつもない武器になります。

海外のエンジニアは、爆発的な瞬発力や独創的なアイデアを持っていますが、一方で「細かい詰め」や「継続的なメンテナンス」を苦手とする人も多いです(もちろん人によりますが)。

そこに、私たちのようなタイプが入ることで、チームは完璧な補完関係になれます。

  • 彼らが豪快に広げた風呂敷を、私たちが丁寧に畳む。
  • 彼らが勢いで書いたプロトタイプを、私たちが堅牢なプロダクションコードに昇華させる。
  • 彼らが言葉足らずで放置した仕様を、私たちが明瞭なドキュメントとして定着させる。

「英語がネイティブほど喋れない」なんてことは、些細な問題です。

「Clarity(明瞭さ)」を生み出せるエンジニア。

チームに「安心」を提供できるエンジニア。

これこそが、私たちが目指すべきポジションであり、AI時代になっても決して陳腐化しない価値です。

さあ、最初の一歩を踏み出そう

長いブログにお付き合いいただき、ありがとうございました。

「コードの向こう側:明瞭さの文化を耕す」というテーマでお話ししてきましたが、いかがでしたでしょうか。

最後に、あなたに一つのアクションをお願いして、このシリーズを締めくくりたいと思います。

今日(あるいは明日)の仕事で、**「たった一つのことでいいから、自分以外の人を楽にする」**ことをやってみてください。

  • 複雑なメソッドに、要約コメントを1行足すだけでもいい。
  • よく聞かれるセットアップ手順を、メモ帳にまとめてチームチャットに貼るだけでもいい。
  • 変数名を x から retryCount に変えるだけでもいい。

その小さな親切(Micro-kindness)が、積み重なって「文化」になります。

そしてその文化が、巡り巡ってあなた自身を助け、あなたのエンジニアとしての評価を不動のものにします。

世界は広いです。でも、コードを通じてわかり合いたいと願うエンジニアの心は、どこに行っても同じです。

恐れずに、その「明瞭さ」の種をまいていきましょう。

Good luck, and happy coding!

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