脱・便利屋エンジニア! なぜ僕は「自動化」のメスを入れたのか?
1. 異国のオフィスで鳴り響く「Help me!」
僕が働いているオフィスの午後3時。コーヒーブレイクを終え、C#で書かれたWPFアプリケーションの複雑なデータバインディングのロジックと格闘して、ようやく「ゾーン」に入った瞬間でした。
「ヘイ! ちょっと来てくれ! 画面がクラッシュしたんだけど、このポップアップ、なんて書いてあるんだ? 漢字だらけで全く読めないぞ!」
同僚のデイビッド(仮名)が大声で僕を呼びます。彼が見ているのは、僕たちが保守している工場のライン管理システムの画面。そこには、無情にもWindowsのメッセージボックスが表示されており、日本語でこう書かれていました。
『オブジェクト参照がオブジェクト インスタンスに設定されていません。』
ああ、懐かしき NullReferenceException。
僕たち日本人エンジニアにとっては「親の顔より見た」既視感のあるエラーですが、漢字が読めない現地のエンジニアにとっては、それはただの「暗号」であり、恐怖の象徴です。
「これはヌルポ…いや、変数が空っぽのまま使おうとしたってことだよ」
「Oh, Null Pointerか! なんだ、またかよ。ありがとう!」
僕は席に戻ります。しかし、集中力は完全に途切れてしまいました。エディタに向かい直って5分後。今度はSlackの通知が鳴ります。
「@here サーバーのログに見たことないエラーが出てる。日本語っぽい。誰か訳せる?」
…これです。これが、海外で働く日本人エンジニアが陥りやすい最大の罠、**「人間翻訳機(Human Translation Layer)」**という役割です。
2. 「頼られること」の甘い罠と、忍び寄るキャリアの危機
海外で働き始めた当初、僕は正直、こうやって頼られることを少し嬉しく思っていました。「チームの役に立っている」「自分にしかできない仕事がある」という承認欲求が満たされていたからです。
特に、僕の現場のようにC#やWPFを使っている場合、古い日本のソースコードや、日本語環境のWindowsサーバーで動くレガシーシステムを引き継ぐことがよくあります。そこでは、コメントアウトも、変数名も、そしてエラーログさえも日本語(しかもShift-JIS!)という魔境が広がっています。
現地の優秀なエンジニアたちが手も足も出ない状況で、颯爽と現れて「ああ、これはデータベースの接続タイムアウトだね」と告げる。まるで魔法使いになった気分です。
しかし、ある日気づいてしまったのです。
「これ、エンジニアの仕事じゃなくない?」 と。
僕がログを翻訳している間、僕自身の設計タスクは止まっています。
僕がエラーの原因を突き止めて「あげる」ことで、同僚たちは「日本語のエラーが出たら彼に投げればいい」と学習し、エラー調査のスキル向上の機会を失っています。
何より、僕の評価は「都合の良い翻訳係」になりつつあり、「技術的なリードを取れるアーキテクト」からは遠ざかっていたのです。
海外では、Job Description(職務記述書)に書かれた成果を出して初めて評価されます。「親切心で翻訳してあげた時間」は、残念ながらパフォーマンスレビューでは「自分のタスクを進捗させられなかった時間」としてカウントされかねません。
「このままでは、現地のエンジニアとして生き残れない」
危機感を覚えた僕は、決意しました。
僕の脳内で行っている「エラーログを読む→翻訳する→原因を推測する→Jiraにチケットを切る」というプロセスを、すべてコードに落とし込み、自動化してしまおう。
僕がいなくても、デイビッドが一人で「Oh, Null Pointer again!」と笑って解決できる仕組みを作ろう、と。
3. 目指したのは「静かなる革命」
自動化といっても、単にGoogle翻訳のAPIを叩くだけでは意味がありません。なぜなら、エンジニアが必要としているのは「直訳」ではなく「コンテキスト(文脈)」だからです。
例えば、『特定のキーが辞書に存在しません』というエラーを “The given key was not present in the dictionary” と翻訳しても、システムを知らない人には「辞書? 何の話?」となります。「Dictionary型のコレクションへのアクセスエラー」であることを伝え、さらに「どのモジュールで」「どのデータフローの最中に」起きたかを提示しなければ、解決には至りません。
僕が構想したのは、以下のようなフローを完全に無人で回すシステムです。
- Error Detection(検知): サーバーやクライアントアプリが吐き出す日本語のエラーログをリアルタイムでフックする。
- Translation & Analysis(翻訳・解析): 単なる言語翻訳ではなく、エラーコードやスタックトレースと照らし合わせ、技術的な意味を付与する。
- Key Integrations(統合): チームが普段使っている Slack に通知し、自動的に Jira チケットを作成する。
これを実現するために、僕は週末を使ってプロトタイプを作り始めました。
C# で書かれた既存のロガーに手を入れるのではなく、ログファイルを監視する別のマイクロサービスを立ち上げ、Pythonの自然言語処理ライブラリと、OpenAIのAPI(当時はまだGPT-3が出始めの頃でした)、そしてSlackのWebhookを組み合わせました。
同僚たちには内緒でした。「また変なツールを作ってる」と思われるのが癪だったからです。完成して、実際に彼らの目の前で動くところを見せるまでは、誰にも言わないでおこうと決めました。
これは僕なりの、チームに対する小さな「サプライズ」であり、自分のエンジニアとしての尊厳を取り戻すための戦いでもありました。
4. なぜ「ライブデモ」にこだわるのか?
今回の記事のテーマにある「Dissecting the Automation(自動化の解剖)」には、**Live Demo(実演)**というキーワードが含まれています。
これには、海外特有のエンジニア文化が深く関わっています。
日本では「縁の下の力持ち」が美徳とされます。「何も言わずに直しておきました」がカッコいいとされる文化があります。
しかし、欧米、特に僕がいる環境では “Show, Don’t Tell”(語るな、見せろ) が鉄則です。
どれだけ素晴らしいスクリプトを書いても、それがどのように動き、どれだけの時間を節約し、どうやってチームのペイン(痛み)を取り除くのかを視覚的にデモンストレーションできなければ、その価値は半分も伝わりません。
「裏で動いてます」ではダメなのです。「見て! このボタンを押すと、今まで30分かかっていた解析が2秒で終わるよ! クールだろ?」とプレゼンして初めて、エンジニアとしての価値が認められます。
だからこそ、僕はただツールを作るだけでなく、**「日本語のエラーログが、目の前で英語の解析レポートに生まれ変わる瞬間」**をドラマチックに見せるデモの準備を入念に行いました。
それはまるで、手品師が種明かしをするショーのようなものです。
5. 技術的挑戦:カオスなログとの戦い
さて、ここからが技術的な本題への入り口です。
実際にこの自動化に着手したとき、僕は「日本のシステム開発の闇」とも言えるカオスな現実に直面しました。
- 文字化けの壁: レガシーシステムは平気で Shift-JIS と UTF-8 を混在させてきます。ログファイルを開くだけでバイナリエディタが必要になるレベルです。
- 曖昧なエラーメッセージ: 『システムエラーが発生しました。(E999)』という、何も語っていないに等しいメッセージ。これをどうやって「意味のある情報」に変換するか?
- 文脈依存の省略: 日本語は主語を省きます。『保存に失敗しました』とは、何が? どこに? データベースに? ファイルサーバーに?
これらを一つ一つ紐解き(Dissect)、ロジックに落とし込んでいく作業は、まさに外科手術のようでした。
しかし、C# エンジニアとして培った「型(Type)」へのこだわりと、例外処理(Exception Handling)への深い理解が、ここで活きてきました。
WPFアプリ特有の、UIスレッドで発生する例外(DispatcherUnhandledException)と、バックグラウンドタスク(TaskScheduler.UnobservedTaskException)で発生する例外をどう区別して拾うか。
.NET Framework のバージョン違いによるエラーメッセージの揺らぎをどう吸収するか。
これらは単なる「翻訳」の問題ではなく、深い「デバッグ技術」と「アーキテクチャ理解」が必要な領域です。
僕は、この「日本語エラーログ」という厄介な敵を、ブラックボックスのままにするのではなく、完全に解剖(Dissect)し、白日の下に晒すことにしました。
ここまでが、僕が自動化に踏み切った背景と、その動機です。
単なる「効率化」ではありません。これは、「自分自身の時間を生きるため」、そして**「チーム全体の技術リテラシーを底上げするため」**の、エンジニアとしてのプライドをかけたプロジェクトだったのです。
次回の記事(承)では、いよいよこの自動化システムの「中身」を解剖していきます。
具体的にどのようなアーキテクチャで、Slack や Jira とどう連携し、あの難解な日本語ログをどのように処理しているのか。
実際のコードスニペットや、デモの様子を交えながら、ステップ・バイ・ステップで解説していきます。
C# エンジニアの方も、そうでない方も、「異文化環境でのトラブルシューティング」という観点で、きっと役に立つヒントがあるはずです。
次回、**「Dissecting the Automation: ライブデモで見る、エラー検知から解決までの『解剖図』」**でお会いしましょう。
準備はいいですか? ここからが、本当のエンジニアリングの時間です。
Dissecting the Automation: ライブデモで見る、エラー検知から解決までの「解剖図」
1. システムアーキテクチャ: “The Translation Pipeline”
まず、僕が構築した自動化パイプラインの全体像を共有します。
複雑なことはしていません。既存のツールを「糊(グルー)」となるスクリプトで繋ぎ合わせた、いわゆる「マイクロサービス的なアプローチ」です。
コンセプトは “Detect, Decrypt, Deliver”(検知、解読、伝達)。
- Target (C# WPF App / Server): エラー発生源。
- Watcher (Log Monitor): ログファイルの更新を監視するエージェント。
- Brain (Analysis Core): 日本語を解析し、技術的な文脈を付与する翻訳エンジン(Azure Cognitive Services + OpenAI API)。
- Hub (Slack): チーム全員が見る場所へ通知。
- Tracker (Jira): チケット化して管理。
では、実際に僕がチームの前で行ったデモのシナリオに沿って、各ステップを深掘りしていきましょう。会議室のプロジェクターには、左側に「開発中のWPFアプリ」、右側に「Slackのチャンネル」が映し出されています。
2. Step 1: The Trigger – エラーの「瞬間」を捕まえる
「よし、これから意図的にアプリをクラッシュさせるよ。瞬き厳禁だ」
僕はそう言って、デバッグ用の隠しボタンをクリックしました。このボタンは、意図的に System.InvalidOperationException を発生させるトラップです。
画面が一瞬フリーズし、お馴染みのWindowsのエラーダイアログが出現します。
『コレクションが変更されました。列挙操作は実行されない可能性があります。』
「出たな、日本語エラー!」
同僚たちがざわつきます。通常なら、ここで僕が呼ばれ、「これはコレクションをループ中に削除しちゃったエラーだよ」と説明する場面です。
しかし、このシステムでは、WPF側の App.xaml.cs に仕込んだ DispatcherUnhandledException と TaskScheduler.UnobservedTaskException がこの例外をフックします。
ここで重要なのは、単にログファイル(.txt)に書き出すだけでなく、構造化されたJSON形式でもログを吐き出すようにロガー(Serilogを使用)を設定しておくことです。
JSON
{
"timestamp": "2025-11-24T10:15:30",
"level": "Error",
"message": "コレクションが変更されました。列挙操作は実行されない可能性があります。",
"exception": "System.InvalidOperationException",
"stackTrace": "at System.ThrowHelper.ThrowInvalidOperationException..."
}
このJSONが生成された瞬間、サーバー側で待機している FileWatcher(Pythonで記述した軽量スクリプト)がファイルの更新を検知。「新しい獲物(エラー)が来たぞ」とパイプラインを起動させます。
3. Step 2: The Decryption – 直訳ではなく「意訳」せよ
ここがこの自動化の心臓部です。
単に翻訳APIに投げると、”Collection was modified; enumeration operation may not execute” と返ってきます。これでも通じますが、不十分です。エンジニアが知りたいのは「翻訳」ではなく「解決策」だからです。
僕のスクリプトは、OpenAIのAPI(GPTモデル)に対して、以下のようなプロンプトと共にエラー情報を投げます。
System Role: You are a senior C# engineer.
Input: Japanese Error Message & Stack Trace.
Task:
- Translate the error into English.
- Analyze the root cause based on the stack trace.
- Suggest a potential fix (e.g., “Use a for-loop instead of foreach” or “Use ToList()”).
- Output format: JSON.
これこそが、僕がこだわった「人間翻訳機」からの脱却です。
僕が脳内でやっていた「推論」のプロセスごと、AIにアウトソーシングするのです。
デモ画面の裏側では、この処理がわずか数秒で行われています。
かつて僕がShift-JISの文字化けと格闘し、辞書を引きながら考えていたプロセスが、APIコール一発で完了します。
4. Step 3: The Delivery – Slackへの「着弾」
「みんな、Slackを見てくれ」
僕が指差したスクリーン上のSlackチャンネルに、新しい通知がポップアップしました。
普段の無機質なテキスト通知ではありません。Slackの Block Kit をフル活用した、視覚的にリッチなカード形式の通知です。
- ヘッダー(赤色バー): 🚨 Critical Error Detected
- Original Message: 『コレクションが変更されました…』
- Translated: “Collection was modified; enumeration operation may not execute.”
- Analysis (The “Aha!” Moment):Bot: “Looks like you’re trying to remove an item from a list while iterating over it with foreach.Fix Suggestion: Try using for loop with reverse iteration or create a copy with .ToList() before iterating.”
- Location:
ProductViewModel.cs(Line 42)
「Wow…」
同僚のデイビッドが口を開けています。
「これ、君が書いたコメントじゃないのか?」
「いいや、全て自動だ。僕はこの間、コーヒーを飲んでいられる」
このSlack通知のポイントは、**「情報の階層化」**です。
一番上に「何が起きたか(英語)」、次に「どうすべきか(解決策)」、最後に詳細な「スタックトレース」を配置します。
これにより、マネージャークラスの人は上だけ見て「ああ、バグか」と理解し、エンジニアは中段を見て「修正方針」を即座に得られます。
5. Step 4: The Integration – Jiraへの「自動起票」
デモはまだ終わりません。
Slack通知の下部には、アクションボタンが配置されています。
[Create Jira Ticket] というボタンです。
「このエラー、放置できないよね? デイビッド、そのボタンを押してみてくれ」
彼がおずおずとボタンをクリックします。すると、SlackアプリがWebhookを叩き、JiraのREST APIを経由して、新しいバグチケットが自動作成されました。
- Project: Maintenance
- Issue Type: Bug
- Summary: [Auto] InvalidOperationException in ProductViewModel
- Description: (Slackに表示された解析結果とスタックトレースが整形されて自動入力)
- Priority: High (エラーレベルから自動判定)
画面には “Ticket MAIN-1024 created successfully!” の文字。
「これでバグ報告完了だ。僕に『チケット切っといて』って言う必要も、ログファイルをコピペしてメールする手間もない。エラーが出たら、通知を見て、ボタンを押す。それだけだ」
会議室に一瞬の静寂が流れ、その直後、拍手が起きました。
それは、僕が「便利な翻訳係」から、「ワークフローを改善するエンジニア」へと認識が変わった瞬間でした。
6. 技術的なこだわり: 既存ツールとのシームレスな連携
このセクションの最後に、これから同じような自動化を目指す方へ、技術的なヒント(Tips)を共有しておきます。
- Slack Incoming Webhooks vs Slack App:当初はWebhookだけでやっていましたが、ボタン操作(インタラクティブ機能)を実装するために、簡易的なSlack Appとして登録しました。これにより、Jiraへの連携のような「ユーザーのアクション」をトリガーにした処理が可能になります。
- Jira REST APIの認証:セキュリティポリシーが厳しい海外企業では、APIトークンの管理が重要です。僕はAzure Key Vaultを使用してトークンを管理し、スクリプト内にハードコーディングしないよう徹底しました。これは「信頼」を得る上で非常に重要です。
- エラーの「間引き(Throttling)」:同じエラーがループで1秒間に100回発生することもあります。これをそのままSlackに流すと通知爆撃(Notification Bomb)になり、チームが麻痺します。Redisなどを使って「同じエラーは5分間通知しない」といった重複排除ロジックを必ず入れましょう。これも「気が利くエンジニア」の必須スキルです。
承のまとめ: 自動化は「魔法」ではない
このライブデモを通じて、僕がチームに伝えたかったのは、「僕がいなくても大丈夫」という安心感です。
- Detection: 人間が監視するのではなく、コードが監視する。
- Resolution: 知識を個人の頭の中に留めるのではなく、システムに外部化する。
- Integration: ツールを行き来する時間をゼロにする。
しかし、デモが成功し、システムが稼働し始めた数週間後。
僕は予想だにしていなかった「新たな問題」に直面することになります。
それは技術的なバグではありません。もっと根深い、「組織と文化」の壁でした。
自動化によってエラーが可視化されすぎた結果、チーム内で「誰がこのクソコードを書いたんだ?」という犯人探し(Blame Game)が始まり、逆に雰囲気が悪化してしまったのです。
そして、日本側の開発チームとの間に横たわる、「品質に対する考え方」の溝も浮き彫りになってきました。
次回、【転】のパートでは、自動化が暴き出したこの「不都合な真実」と、それを乗り越えるために僕が取った「エンジニアリング以外の生存戦略」についてお話しします。
技術で解決できることには限界がある。その先にあるものとは?
**「予期せぬ障壁と『文化』の違い。自動化が暴いたチームの本当の課題」**でお会いしましょう。
予期せぬ障壁と「文化」の違い。自動化が暴いたチームの本当の課題
1. 「パンドラの箱」が開いた日
自動化システムを導入してから1週間。Slackのチャンネルは活発に動いていました。
エラーが出るたびに即座に翻訳され、解析され、解決策が提示される。エンジニアたちは「これは便利だ!」と喜び、僕のデスクには感謝のドーナツが置かれるようになりました。
しかし、ある日を境に、Slackの空気変わり始めました。
きっかけは、ある一つのエラーログでした。
『参照されたオブジェクトの値が不正です。処理を続行します。(Warning)』
僕のツールはこれを正確に翻訳し、解析しました。
- Translated: “Invalid value in referenced object. Continuing process. (Warning)”
- Analysis: “Data integrity might be compromised, but the system swallowed the exception to keep running.”
これを見た現地のシニアエンジニア、マイク(仮名)が激怒したのです。
「おい、なんだこれは? 『値が不正』なのに『処理を続行』だと? 誰だこんなクレイジーなコードを書いたのは!」
これまでは「読めない漢字のログ」としてスルーされていたものが、英語でクリアに意味が分かってしまったことで、**「コード品質への不信感」**が顕在化してしまったのです。
「これまでは『なんか動いてるからヨシ』だったものが、『動いてるけど中身はゴミじゃないか』とバレてしまった」
僕は青ざめました。僕は便利ツールを作ったつもりでしたが、実際には**「パンドラの箱」**を開けてしまったのです。
2. Blame Game(犯人探し)の始まり
海外、特に欧米のエンジニアリング文化には**「Directness(直接性)」**があります。
良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり言います。コードレビューでも容赦はありません。
僕のツールには、Gitのコミット履歴と連携して「最後にこの行を触った人」を表示する機能は(あえて)つけていませんでしたが、彼らはすぐにリポジトリを掘り返しました。
「おい、この『Try-Catchですべて握りつぶす』ロジックを書いたのは、日本チームのタナカだな?」
「なんでこんな設計が通るんだ? 日本のコードレビューはどうなってる?」
「これだからレガシーコードは触りたくないんだ」
Slackチャンネルは、エラー解決の場から、**「日本チームのコード品質への弾劾裁判所」へと変貌しました。
「Human Translation Layer(人間翻訳機)」を卒業したはずの僕は、今度は「Cultural Diplomat(文化の外交官)」**として、矢面に立たされることになったのです。
「いや、マイク、待ってくれ。これには歴史的な経緯があって…日本ではシステムを止めないことが最優先される場合があって…」
必死に弁明する僕に対し、マイクは冷たく言い放ちました。
「ナンセンスだ。間違いは間違いだ。お前のツールのおかげで、このシステムがいかに『時限爆弾』かがよく分かったよ」
皮肉なことに、僕の作ったツールが高性能であればあるほど、チーム内の分断は深まっていきました。
3. 文化の衝突: “Clean Code” vs “Shoganai”
ここで直面したのは、単なる技術力の差ではなく、**「エンジニアリング文化の根本的な違い」**でした。
- 現地の価値観(Western Engineering):
- **正しさ(Correctness)**が正義。
- 悪いコードは「技術的負債」であり、直ちに返済(リファクタリング)すべき悪。
- エラーは隠さず、Fail Fast(早く落とす)すべき。
- 日本の現場の価値観(Legacy Japanese System):
- **稼働(Stability)**が正義。
- 動いているコードには触るな。「臭いものには蓋」も一つの生存戦略。
- エラーで止まるくらいなら、ログだけ吐いて動き続けろ(たとえデータが少し狂っても)。
日本で働いていた頃の僕なら、「まあ、納期もあるし、しょうがない(Shoganai)」で済ませていた部分です。しかし、ここでは「Shoganai」は通用しません。
自動化によって「言葉の壁」を取り払った結果、その奥にあった、より高く険しい**「意識の壁」**にぶち当たってしまったのです。
デイビッドたちは、日本語のエラーログを見て笑っていた頃の方が、ある意味では幸せだったのかもしれません。意味を知ってしまった今、彼らは「こんな信頼性の低いコードの上で新機能を開発したくない」と言い出し、プロジェクトの進捗さえ危ぶまれる事態になりました。
4. 技術で解決できない問題にどう立ち向かうか
僕は悩みました。ツールの稼働を止めるべきか? いや、それは逃げだ。
では、どうすればいい?
僕は、エンジニアとしての自分のスタンスを見直す必要に迫られました。
これまでは「C#が書ける」「WPFに詳しい」ことが自分の価値だと思っていました。しかし、この状況下で求められているのは、**「異なる正義を持つ2つのグループを、技術的見地から調停する力」**でした。
僕は自動化ツールのロジックに、急遽「調整弁」となるアップデートを加えました。
- Severity Filtering(重要度のフィルタリング):すべてのエラーをSlackに流すのをやめました。「直ちに対応が必要なクリティカルなエラー」と、「既知の技術的負債(Warning)」を区別。後者は週次レポートとしてまとめる形に変更し、Slack上のノイズを減らしました。
- Contextual Annotation(背景情報の付与):AIのプロンプトを修正し、単に「悪いコードです」と指摘させるのではなく、「なぜこう書かれている可能性があるか」という推測を含めるようにしました。例: 「この実装は推奨されませんが、古いライブラリとの互換性を保つための回避策の可能性があります。リファクタリングには十分なテストが必要です」
そして何より、マイクやデイビッドと対話の時間(1on1)を設けました。
「君たちの言う通り、このコードは汚い。でも、このコードが過去5年間、工場のラインを止めることなく稼働させてきたのも事実だ。僕のツールは『犯人探し』のためじゃなく、『未来を良くする』ために使ってほしい」
5. 自動化の本当の目的とは
この騒動を通じて、僕は痛感しました。
「自動化(Automation)」は、単なる効率化ツールではなく、「現実を拡大するレンズ」であると。
良いプロセスを自動化すれば、生産性は爆発的に上がります。
しかし、悪いプロセスや潜在的な不満がある状態で自動化すると、その**「悪さ」も爆発的に可視化・加速**されます。
僕の失敗は、チームの「心理的安全性(Psychological Safety)」や「レガシーコードへの受容度」を考慮せず、ただ技術的に「見える化」してしまったことにありました。
技術は中立ですが、それを使う人間は感情の生き物です。
「エラーログが読めるようになった」という事実は、現地エンジニアにとっては「パンドラの箱」であり、日本側のエンジニアにとっては「晒し者」にされる恐怖だったのです。
転のまとめ: コードを書くことだけが解決策ではない
【転】のパートでは、少し重たい話になりましたが、これが海外就職のリアルです。
言語の壁を越えるツールを作っても、文化の壁は依然として残ります。むしろ、言葉が通じるようになったからこそ、文化の違いが鋭く対立することもあります。
しかし、この「修羅場」を経験したことで、僕はエンジニアとして一皮むけることができました。
ただコードを書くだけの人間から、**「技術を使って、チームの文化やプロセスそのものをデザインする人間」**へと視座が変わったのです。
このカオスな状況を、僕とチームはどうやって乗り越え、最終的な「ハッピーエンド(信頼の獲得)」へと繋げたのか?
そして、自動化の先に見つけた、海外エンジニアとしての「本当の生存戦略」とは?
いよいよ最終回、【結】へ続きます。
次回、**「自動化の先にあるもの。海外で『信頼』を勝ち取るエンジニアの働き方」**でお会いしましょう。
自動化の先にあるもの。海外で「信頼」を勝ち取るエンジニアの働き方
1. 「告発者」から「参謀」へ
自動化ツールが「パンドラの箱」を開け、チーム内に不穏な空気が流れたあの後。僕はツールを止めるのではなく、**「使い方の定義」**を変えることに注力しました。
マイクやデイビッドと話し合い、このツールを「過去のコードを断罪する裁判官」ではなく、「未来の負債を返済するためのナビゲーター」として位置づけ直したのです。
具体的には、Jiraに起票されるチケットの運用ルールを変えました。
以前は「バグ(Bug)」として起票していましたが、レガシーコード起因のものは「技術的負債(Technical Debt)」というタグを付け、優先度を調整。
そして、**「ボーイスカウト・ルール(来た時よりも美しく)」**を徹底しました。
「エラーログが出た箇所を修正する際は、その周辺のロジックも少しだけリファクタリングしよう。僕のツールが、修正すべき箇所のヒント(英語の解析結果)を出してくれるから、君たちならできるはずだ」
すると、不思議な変化が起き始めました。
これまで「日本語だから触れない」と敬遠されていたコードに、現地のエンジニアたちが少しずつ手を入れ始めたのです。
「ヘイ、昨日の自動解析ログのおかげで、ここのNULLチェック漏れを直したついでに、LINQを使って書き直しておいたよ。これでスッキリしたろ?」
デイビッドが誇らしげにプルリクエストを送ってくるようになりました。
僕のツールは、もはや「日本人の僕を呼ぶための呼び鈴」ではなく、**「彼らが自律的にレガシーコードと戦うための武器」**に変わっていたのです。
2. 言語の壁を超えた「共通言語」の正体
このプロジェクトを通じて、僕は「言葉の壁」について深く考えさせられました。
これまでは、英語力が足りないから、あるいは日本語のドキュメントがないから、コミュニケーションがうまくいかないのだと思っていました。
しかし、本当に足りなかったのは**「コンテキスト(文脈)の共有」**でした。
僕のツールが提供したのは、単なる英訳ではありません。
「このエラーは、WPFのデータバインディングの仕組み上、こう解釈すべきだ」という**「技術的な共通認識」**です。
エンジニアにとって、最も強力な共通言語は「英語」ではなく、**「動くコード」と「明確なロジック」**です。
あやふやな日本語の事象を、誰もが理解できる「データ」と「プロセス」に変換したこと。これこそが、チームを一つにする鍵でした。
結果として、日本側の開発チームからも感謝されるようになりました。
「現地からの問い合わせが具体的になった」
「『動かない』ではなく、『〇〇の例外が出ているから、ここを直してほしい』というプルリクエストが来るようになった」
僕という「人間翻訳機」を介さなくても、東京と現地のオフィスが、コードを通じて直接対話できるようになったのです。
3. 自分を「不要」にするという生存戦略
逆説的ですが、「自分がいなくても回る仕組み」を作ったことで、僕の社内での価値はかつてないほど高まりました。
「翻訳係」としての仕事がなくなった僕は、ようやく本来やりたかったアーキテクチャの設計や、新機能の提案に時間を使えるようになりました。
パフォーマンスレビュー(人事評価)でも、以下のように評価されました。
“He didn’t just solve the bug; he solved the workflow. He empowered the team to work independently.”
(彼はバグを直しただけでなく、ワークフローそのものを解決した。チームが自律的に動けるように力を与えた。)
海外では、「自分にしかできない仕事」を抱え込む人は、ボトルネックとして嫌われます。
逆に、**「自分の知見をツールやドキュメントに落とし込み、チーム全体をスケールさせる人」**こそが、シニアエンジニアとして高く評価されます。
「いつでもクビにできる(なぜなら仕組みがあるから)」状態を自ら作り出すことが、結果として「絶対に手放したくない人材」として信頼される。これが、僕が見つけた最強の生存戦略です。
4. これから海外を目指すあなたへ
最後に、この記事を読んでいる日本のエンジニアの皆さんに伝えたいことがあります。
海外に出ると、言語のハンデ、文化のギャップ、孤独感に打ちのめされる日が必ず来ます。
「なんでこんな簡単なことが伝わらないんだ」
「なんで日本のように阿吽の呼吸で動いてくれないんだ」
そんな時、どうか**「技術」で解決することを諦めないでください。**
不満を言う前に、スクリプトを書きましょう。
説明に苦労するくらいなら、デモアプリを作りましょう。
文化の違いに嘆くくらいなら、そのギャップを埋めるAPIを叩きましょう。
僕たちはエンジニアです。
言葉で語り合うのが苦手なら、キーボードで語ればいい。
僕たちが持っている C# や Python、そして設計力というスキルは、世界中どこでも通用する魔法の杖です。
「日本語のエラーログ」という、一見するとただの厄介なゴミでさえ、アイデアと技術次第で、チームを変える宝の山に変えることができました。
あなたもきっと、あなたの現場にある「理不尽」や「不便」を、素晴らしいチャンスに変えられるはずです。
5. エピローグ: 静かになったオフィスで
現在、僕のSlack通知はとても静かです。
かつてのように「Help me!」というメンションが飛び交うことはもうありません。
時折、ボットからの通知がポロンと鳴ります。
『System Warning Detected -> Fixed by David via Auto-Suggestion』
その通知を見るたび、僕はコーヒーを一口飲み、ニヤリと笑って、自分の画面(Visual Studio)に向き直ります。
さあ、次はどんな「不便」をハックしてやろうか。
世界は広く、解決すべき課題はまだまだ山積みです。
いつか、世界のどこかのオフィスで、技術で現状を打破しようとしているあなたと出会えることを楽しみにしています。
Good luck on your journey.
Happy Coding!

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