【海外エンジニアの警鐘】技術的負債の向こう側にある「見えないコスト(Silent Costs)」の話をしよう —— 2025年、コードが背負う社会的責任と未来への請求書

  1. 「動くコード」が隠している亡霊 —— 技術的負債を超えた、現代のエンジニアが直面する不可視の重荷
      1. 2025年の開発現場で見えてきた「歪み」
      2. エンジニアの無邪気な「善意」が招く悲劇
      3. コンソール画面には表示されないエラーログ
      4. このブログで伝えたいこと
  2. 「とりあえず動けばいい」が凶器になる瞬間 —— 速度と誠実さのトレードオフが生む、社会的なバグと副作用
      1. 悪魔の囁き「MVPだから、とりあえずこれで」
      2. WPF開発での苦い教訓:ハイスペックマシンの盲点
      3. エッジケースは「例外」ではなく「マイノリティ」である
      4. 整合性と速度のジレンマ
      5. 次のフェーズへ:指標を変える時が来た
  3. 従来のメトリクスはもう古い? —— 2025年の開発現場で求められる「倫理的品質」と、エンジニアの新しい評価軸
      1. 「ベロシティ」という虚構の神様
      2. 2025年、AI時代における「スキル」の再定義
      3. 1. Green Code Index(環境負荷効率)
      4. 2. Cognitive Sustainability(認知的持続可能性)
      5. 3. Ethical Impact Score(倫理的インパクト)
      6. 測定できないものを、大切にする勇気
      7. 未来への架け橋として
  4. 未来の自分と社会に誇れるコードを書くために —— 明日から始められる「サイレント・コスト」への処方箋
      1. エンジニア版「ヒポクラテスの誓い」
        1. 1. 「弱者」の視座を持つ —— The Empathy Check
        2. 2. 「なぜ」を残す —— The “Why” Documentation
        3. 3. 勇気を持って「止まる」 —— The Courage to Stop
      2. コードは遺産(Legacy)になる

「動くコード」が隠している亡霊 —— 技術的負債を超えた、現代のエンジニアが直面する不可視の重荷

こんにちは、海外でキーボードを叩いている現役エンジニアです。

今、このブログを僕は現地のカフェで、少しぬるくなったラテを横目に書いています。窓の外を行き交う多様な人種、飛び交う知らない言語。海外で働くということは、毎日が「想定外」の連続ですが、それがエンジニアとしての僕のOSをアップデートしてくれているようにも感じます。

さて、普段はC#とWPF(Windows Presentation Foundation)を使って、デスクトップアプリケーションの設計や開発をしています。「え、今さらWPF?」なんて思いましたか? いやいや、製造現場や金融、医療の現場では、堅牢でリッチなUIを持つデスクトップアプリの需要はまだまだ根強いんですよ。XAMLでUIをガリガリ書き、MVVMパターンでロジックを綺麗に分離できた瞬間の快感は、何年やっても変わりません。

でも、今日話したいのは、そんな技術的な詳細の話ではありません。もっと根本的で、少し背筋が寒くなるような、僕たちエンジニアが2025年の今、直面している**「ある問題」**についてです。

皆さんは、**「技術的負債(Technical Debt)」**という言葉、もちろん知っていますよね?

「今は時間がないから、汚いコードだけど実装してしまおう。あとでリファクタリングすればいい」

そうやって借りた「借金」が、利子をつけて将来の開発速度を遅らせるあれです。僕も何度も経験があります。納期直前にOnPropertyChangedを飛ばしてViewに直書きしたコードが、半年後にメモリリークの原因になって自分を苦しめる……なんて悪夢は日常茶飯事でした。

しかし、海外のテックシーンの最前線で揉まれる中で、最近強く感じることがあります。

**「今、僕たちが恐れるべきは、技術的負債だけではない」**ということです。

もっと恐ろしい、目に見えないコストが存在します。僕はこれを**「サイレント・コスト(The Silent Costs)」と呼んでいます。

これは、コードレビューでもGitの履歴でも見つけることができません。なぜなら、そのコードは「正しく動き、バグもなく、仕様通り」**だからです。

コンパイラはエラーを吐きません。単体テストもオールグリーンです。WPFのバインディングも完璧に機能しています。

それでも、そのコードは「負債」以上の何かを、社会や未来に対して積み上げている可能性があるのです。

2025年の開発現場で見えてきた「歪み」

なぜ今、こんな話をするのか。それは、2025年という時代背景が大きく関係しています。

AIコーディングアシスタントが当たり前になり、僕たちは以前の10倍の速度でコードを書けるようになりました。Copilotに「WPFのDataGridで大量のデータを非同期で読み込むViewModelを書いて」と頼めば、数秒でそこそこのコードが生成されます。

開発スピードは劇的に上がりました。ビジネスサイドは大喜びです。「来週までにプロトタイプを」と言われても、「いや、明日出せますよ」と言える時代になりました。

しかし、ここに落とし穴があります。

「動くものが早く作れる」ことと、「それが長期的に正しい影響を与える」ことは、全く別問題だからです。

僕の実体験をお話ししましょう。

以前、ある国向けの公共系キオスク端末のUIを開発していた時のことです。多言語対応が必須のプロジェクトでした。

僕たちはWPFの強力な機能を使って、リソースファイル(.resx)を切り替えるだけで言語が変わる仕組みを完璧に作り上げました。英語、スペイン語、フランス語……切り替えはスムーズで、アニメーションも美しい。技術的には100点満点でした。

しかし、リリース後、現地からクレームが届きました。

「特定の言語圏の高齢者が、この端末を使えない」というのです。

原因は、僕たちが選んだ「フォント」と「配色」でした。

僕たちのチームは、「モダンでクールなデザイン」を優先し、コントラスト比が低めのスタイリッシュなテーマを採用していました。そして、ある言語特有の文字の視認性が、その配色のせいで極端に落ちていたのです。

さらに、タッチパネルの反応速度(スレッショルド)の設定が、現地の高齢者のゆっくりとした指の動きを「誤操作」として弾いてしまう設計になっていました。

コードは仕様通りでした。バグもありません。技術的負債(汚いコード)もありませんでした。

しかし、そのシステムは**「社会的コスト」**を発生させていたのです。

デジタル・ディバイド(情報格差)を助長し、特定のユーザー層を排除するという、目に見えないコストを支払わせていたのです。

これが「サイレント・コスト」の正体です。

エンジニアの無邪気な「善意」が招く悲劇

海外で働いていると、日本にいた時以上に「多様性」という壁にぶつかります。

日本では「あうんの呼吸」で通じていたコンテキストが、ここでは通用しません。エンジニアとして「良かれと思って」やったことが、文化的なタブーに触れたり、予期せぬ差別を生んだりすることがあります。

例えば、WPFの開発では、ユーザーの操作性を高めるために「予測入力」や「自動補完」を実装することがよくありますよね。

ある業務アプリで、入力の手間を省くために「過去の入力履歴から、性別や職業を推測してデフォルト値をセットする」機能を実装したことがありました。技術的には気の利いた機能です。

しかし、これが大問題になりました。

その推測ロジックに含まれていたバイアスが、特定の属性の人々に対して「あなたはこういう職業に就くべきだ」という偏見を強化する結果になってしまったのです。

アルゴリズムは過去のデータを学習しただけです。悪意はありません。

ですが、「悪意のないコード」が、社会的な不平等を再生産するマシーンになってしまったのです。

技術的負債は、開発チームを苦しめます。

しかし、サイレント・コストは、ユーザーや社会そのものを苦しめます。

そして厄介なことに、そのコストが表面化するのは、リリースして何年も経ってから、あるいは社会問題として取り返しのつかない状態になってからということが多いのです。

コンソール画面には表示されないエラーログ

僕は普段、Visual Studioの出力ウィンドウを睨みつけてデバッグをしています。

例外が発生すればスタックトレースが表示され、どこでNull参照が起きたのかすぐに分かります。

でも、「サイレント・コスト」のエラーログは、Visual Studioには表示されません。

  • そのアルゴリズムは、環境にどれだけの負荷をかけていますか?(グリーンソフトウェアの観点)
  • そのUI設計は、ユーザーの依存症を助長していませんか?(デジタルウェルビーイングの観点)
  • そのデータ収集は、ユーザーのプライバシーを将来にわたって守りきれますか?(セキュリティを超えた倫理の観点)

これらは、2025年のエンジニアにとって、C#の文法やWPFのコントロールテンプレートを覚えることと同じくらい、あるいはそれ以上に重要な「必須スキル」になりつつあります。

海外のカンファレンスに出ると、最近は「How to」よりも「Why」や「Impact」を問うセッションが増えています。

「Rustでメモリ安全性を確保しよう」という話と同じ熱量で、「AIの推論コストが環境に与える影響」や「アクセシビリティを人権としてどう実装するか」が語られています。

日本で働いていた頃の僕は、正直こう思っていました。

「それは仕様を決めるPM(プロジェクトマネージャー)や、経営者の仕事でしょ? 僕たちエンジニアは、言われた仕様通りに、バグなく、高性能なものを作るのが仕事だ」と。

しかし、海外に出て、多様な価値観の中で「技術が人の生活にダイレクトに介入する」現場を目の当たりにして、考えが変わりました。

コードを書くのは僕たちです。

最終的にそのロジックをコンパイルし、世に放つボタンを押すのは、僕たちエンジニアの手なのです。

だからこそ、僕たちは「Gatekeeper(門番)」でなければなりません。

仕様書には書かれていない「社会への副作用」を予見し、

「この機能は便利ですが、ユーザーの自律性を奪う可能性があります」

「この実装だと、通信環境が悪い地域のユーザーが置き去りになります」

そう指摘できることこそが、2025年における「シニアエンジニア」の条件なのだと感じています。

このブログで伝えたいこと

これから続くパートでは、この「サイレント・コスト」について、さらに深掘りしていきます。

脅かしたいわけではありません。むしろ、これを知ることで、エンジニアとしての市場価値は飛躍的に高まります。

なぜなら、これからの時代、企業が求めるのは「ただコードが書ける人」ではなく、「技術のリスクと社会的インパクトをコントロールできる人」だからです。

次の章(承)では、具体的にどのような場面で「Good Enough(とりあえずこれで十分)」という判断が凶器に変わるのか。

速度と誠実さのトレードオフについて、もう少し生々しい現場の話を交えながら掘り下げていきたいと思います。

C#のガベージコレクションがメモリをお掃除してくれるように、僕たちのコードが社会にゴミを残さないためにはどうすればいいのか。

一緒に考えていきましょう。

「とりあえず動けばいい」が凶器になる瞬間 —— 速度と誠実さのトレードオフが生む、社会的なバグと副作用

海外のオフィスから、再びこんにちは。

こちらでは今、金曜日の夕方です。同僚たちは「Happy Friday!」と言いながら、ビール片手にコードレビューをしたり、早々に帰宅したりしています。この「オンとオフの切り替え」の早さは、海外に来て一番最初に学んだスキルかもしれません。

さて、前回は「サイレント・コスト」という、バグではないけれど社会に負荷をかける見えないコストについてお話ししました。

今回は、そのコストがどこで発生するのか、**「犯行現場」**についてお話しします。

その現場は、大抵の場合、GitHubのPull Requestの中にあります。

そして、その引き金となる言葉は、たったの4文字。

「LGTM」(Looks Good To Me / 私には良さそうに見える)です。

悪魔の囁き「MVPだから、とりあえずこれで」

僕たちが働くアジャイル開発の現場では、**MVP(Minimum Viable Product:実用最小限の製品)**という言葉が神様のように扱われています。「完璧を目指すな、早く出せ」「Fail Fast(早く失敗しろ)」と。

確かにビジネスにおいてスピードは正義です。競合より早くリリースしなければ、どんなに素晴らしいアプリも無価値になるかもしれない。それは理解しています。

しかし、C#でバックエンドやデスクトップアプリのロジックを書いていると、この「MVP」という言葉が、時として**「手抜きの免罪符」**として使われている現場に遭遇します。

「例外処理? まあ、MVPだし、基本パスが通ればいいよ」

「UIの非同期処理? 複雑になるから、とりあえずメインスレッドで回しちゃおう。データ量少ないし固まらないでしょ」

「アクセシビリティ? それはフェーズ2で考えよう(そしてフェーズ2は永遠に来ない)」

これをエンジニアは「技術的負債」として認識します。「後で直さなきゃな」と。

ですが、ユーザー側から見ると、これは負債ではありません。**「欠陥」であり、時には「攻撃」**です。

WPF開発での苦い教訓:ハイスペックマシンの盲点

僕がまだ海外に来て間もない頃、ある物流倉庫向けの管理システムをWPFで開発していた時の話です。

その案件は納期が非常に厳しく、まさに「動くものが正義」の状態でした。

要件の一つに、「数千件の在庫データをリアルタイムでグリッド表示し、フィルタリングする」というものがありました。

WPFをご存知の方ならわかると思いますが、WPFのDataGridは高機能ですが、大量のデータをそのままバインドして描画させると、UIスレッド(Dispatcher)が簡単に悲鳴を上げます。本来なら、データの仮想化(UI Virtualization)を慎重に実装したり、非同期でバックグラウンドでフィルタリング処理を行ってからUIに通知したりと、丁寧に作り込む必要があります。

しかし、当時の僕は焦っていました。

「ライブラリを使えば一発じゃん」

僕は、見た目がリッチで機能も豊富な、サードパーティ製の重厚なUIコントロールスイートを採用しました。開発マシン(Core i9、メモリ64GBのモンスターマシン)では、数千件のデータもヌルヌル動きます。「Good Enough(十分動くじゃん)」と判断し、僕はそのコードをコミットしました。

PRも「LGTM」であっさり通過。リリースされました。

悲劇が起きたのは数週間後です。

現場から**「アプリが固まって仕事にならない」「荷物の出荷が遅れている」**という怒りのレポートが届きました。

僕が想定していなかったこと。それは、現場のPC環境でした。

物流倉庫の現場で使われていたのは、5年以上前のロースペックなPC。しかも、他の業務アプリも複数立ち上がり、メモリはカツカツの状態でした。

僕の「Good Enough」なコードは、現場のPCのCPUを100%に張り付かせ、UIをフリーズさせ、現場の作業員の時間を奪い、彼らのストレスを極限まで高めていたのです。

たかがアプリのフリーズ? いえ、違います。

その倉庫では、出荷作業が遅れると、トラックドライバーの待機時間が増え、配送ルートが乱れます。

結果として、時間給で働くドライバーの賃金に影響が出たり、配送先の店舗での欠品に繋がったりします。

僕が開発室でコーヒーを飲みながら「まあ、これでいいか」と判断したその数秒が、遠く離れた誰かの生活のリズムを破壊し、経済的な損失(=サイレント・コスト)を与えていたのです。

開発環境という温室で育ったコードは、野生の環境では凶器になり得ます。

「自分にとってのGood Enough」は、決して「ユーザーにとってのGood Enough」ではない。

この当たり前の事実を、スピードという麻薬は忘れさせます。

エッジケースは「例外」ではなく「マイノリティ」である

もう一つ、海外ならではの視点をお話しします。

エンジニアはよく「エッジケース(極端な事例)」という言葉を使います。「そんな入力する人は稀だから、エッジケースとして弾こう」とか「エラーメッセージを出せばいい」と考えがちです。

しかし、多様な人種や背景を持つ人々が住む社会では、**「エッジケース」=「マイノリティ(社会的少数者)」**であることが多々あります。

例えば、氏名入力フォームのバリデーション(入力チェック)を考えてみてください。

「名前はアルファベットのみ、2文字以上」というルールを「Good Enough」として実装したとします。

これだけで、世界中の多くの人々をシステムから排除することになります。

ミドルネームを持つ人、ハイフンが入る人、あるいはアジア圏の一文字の姓を持つ人。

「姓がない」文化圏の人さえいます。

ある金融系アプリのプロジェクトで、住所入力欄の文字数制限を厳しく設定しすぎたために、特定の地域の居住者が口座開設できないという問題が起きたことがありました。

開発チームにとっては「データベースの設計をきれいにするための仕様」でしたが、ユーザーにとっては「住んでいる場所による差別」として受け取られました。

コードの中の if (input.Length < 2) return Error; という単純なロジックが、現実世界では「あなたはここでは歓迎されていません」という拒絶のメッセージとして機能してしまうのです。

これはバグではありません。仕様通りです。

でも、**「倫理的な欠陥」**です。

2025年の今、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は企業の最重要課題の一つです。

人事部がいくら多様性を叫んでも、エンジニアが書くバリデーションロジック一つが差別的であれば、そのプロダクトは社会的な信頼を失います。

「スピード優先でとりあえず実装しました」という言い訳は、もはや「コンプライアンス違反」と同義になりつつあるのです。

整合性と速度のジレンマ

もちろん、ビジネスにおいて「無限の時間」はありません。全てのケースを網羅し、あらゆる環境で最適化することは不可能です。

どこかで線引き(Trade-off)をする必要があります。

しかし、問題なのは、その線引きを**「何も考えずに」「無意識に」**行ってしまうことです。

「C#のデフォルトがこうだから」「Stack Overflowにこう書いてあったから」「今までこうしてきたから」。

思考停止した「Good Enough」は、技術的負債だけでなく、将来への「倫理的負債」を積み上げます。

僕たちが作るWPFアプリは、ボタン一つで物理的な機械を動かしたり、医療データを操作したり、誰かの資産を動かしたりします。

画面の向こうには、生身の人間がいます。

その重みを想像できなくなった時、僕たちの手元にあるキーボードは、創造の道具から、無差別な攻撃兵器へと変わってしまうのかもしれません。

次のフェーズへ:指標を変える時が来た

ここまで、少し暗い話をしてしまいましたね。

「じゃあ、どうすればいいんだ? 納期は守らなきゃいけないし、完璧なコードなんて書けないよ!」

そんな声が聞こえてきそうです。

安心してください。僕も毎日そのジレンマと戦っています。

重要なのは、「完璧を目指すこと」ではありません。

**「何を犠牲にしているかを自覚すること」**です。

そして、その判断基準(メトリクス)を、古い時代のものからアップデートすることです。

コード行数やベロシティ(開発速度)、バグの数。

これらは従来の指標です。

2025年のエンジニアが持つべき新しい「モノサシ」とは何か。

次の「転」のパートでは、この従来のメトリクスがなぜ現代において機能しなくなっているのか、そして僕たちが代わりに何を計測し、何を誇りにすべきなのかについて、具体的な提案をしていきたいと思います。

従来のメトリクスはもう古い? —— 2025年の開発現場で求められる「倫理的品質」と、エンジニアの新しい評価軸

コーヒーのおかわりを入れてきました。

窓の外はすっかり暗くなり、オフィスの静寂の中でキーボードの打鍵音だけが響いています。この時間は、コードと対話するのに最適ですが、今日はもう少し抽象的な、「価値」の話を続けましょう。

前回、「Good Enough(とりあえずこれで十分)」が引き起こす悲劇について話しました。

では、なぜ私たちは、そんな危険な判断をしてしまうのでしょうか?

答えはシンプルです。**「そう評価される仕組みの中にいるから」**です。

僕たちは、何を基準に「優秀なエンジニア」「順調なプロジェクト」と判断されているでしょうか。

2025年の今になっても、多くの現場では、2010年代、いや、もっと古い時代の「亡霊のような数字」を追いかけています。

「ベロシティ」という虚構の神様

アジャイル開発の現場では、「ベロシティ(Velocity)」が神聖視されます。スプリントごとに消化したストーリーポイントの合計値です。

「先月は20ポイントだったけど、今月は30ポイント消化できた! 生産性が上がったぞ!」

PMは喜び、グラフは右肩上がり。スクラムチームは拍手喝采です。

でも、ちょっと待ってください。

その「30ポイント」の中身は何ですか?

もし、その増加分が、将来のメンテナンス性を無視したコピペコードによるものだとしたら?

もし、セキュリティチェックを簡略化して稼いだ時間だとしたら?

あるいは、WPFのXAMLで本来再利用すべきStyleやControlTemplateを定義せず、画面ごとにベタ書きして量産した結果だとしたら?

数字は上がります。でも、それは**「借金をしながら贅沢な暮らしをしている」**のと同じです。

見せかけの速度(Velocity)は上がっても、製品の寿命(Sustainability)は削られています。

僕自身、かつて「爆速で機能を実装するエンジニア」として評価された時期がありました。

LINQを駆使して複雑なロジックを1行で書き(可読性は最悪)、async/voidを多用してとりあえず非同期にし(例外ハンドリングは崩壊)、見た目の機能だけを揃えました。

その結果、評価面談では「A評価」をもらいました。

しかし、その半年後、そのプロジェクトを引き継いだ後輩が、僕の書いた「スパゲッティコード」の解析に追われ、精神的に追い詰められて休職してしまったのです。

僕の「A評価」は、後輩の「健康」と引き換えに手に入れたものでした。

これこそが、従来のメトリクスの限界であり、罪です。

「誰かの犠牲の上に成り立つ生産性」を、僕たちはもう評価してはいけないのです。

2025年、AI時代における「スキル」の再定義

さらに、2025年の今、状況はもっとシビアです。

「コードを速く書く」ことの価値は、生成AIの登場によって暴落しました。

単純なCRUD処理や、WPFのMVVMパターンのボイラープレートなんて、AIに任せれば数秒で終わります。GitHub Copilotは、僕たちが1時間かけて書いていたコードを、瞬きする間に提案してきます。

これからの時代、「どれだけ速く書いたか」を競うのは、電卓がある時代にそろばんの速さを競うようなものです。

では、AIが台頭する世界で、人間のエンジニアは何を評価されるべきなのか?

それは、「何をあえて書かないか」という判断であり、「そのコードが世界にどう影響するか」という予見能力です。

新しい時代のメトリクスは、GitHubの草(Contributions)の濃さではありません。

例えば、以下のような指標が、僕の周りの先進的なチームでは真剣に議論され始めています。

1. Green Code Index(環境負荷効率)

「C#でSpan<T>やMemory<T>を使ってメモリ割り当て(Allocation)を減らしましょう」

これは以前なら、単なる「パフォーマンス・チューニング」の話でした。ミリ秒を削るためのマニアックな最適化だと。

しかし今は違います。これは**「環境貢献」**の話です。

クラウド上で動くサーバーレス関数や、常時稼働するデスクトップアプリにおいて、無駄なメモリ割り当てとCPUサイクルを減らすことは、直接的に電力消費量の削減=CO2排出量の削減につながります。

「機能要件は満たしているけど、無駄なオブジェクト生成が多くてGC(ガベージコレクション)が走りまくるコード」は、以前なら「動くからOK」でした。

しかし2025年の基準では、それは**「環境に優しくないダーティなコード」**として、レビューで却下されるべき対象です。

「君のコードは、地球に優しくないね」

そんな会話が、コードレビューで飛び交うのが当たり前になりつつあります。

2. Cognitive Sustainability(認知的持続可能性)

次に、**「読み手の脳への負荷」**という指標です。

静的解析ツール(SonarQubeなど)で出る「Cyclomatic Complexity(循環的複雑度)」の話だけではありません。もっと人間的な指標です。

AIが生成したコードは、往々にして「正解だけど、人間には理解しづらい」ことがあります。

ロジックは合っているけれど、文脈(Context)や意図(Intention)が見えない。

そんなコードが増えると、将来のメンテナがバグ修正をする際に、膨大なエネルギー(認知コスト)を支払うことになります。

「後任のエンジニアが、このコードを読んで5分以内に意図を理解できるか?」

この「理解までの時間(Time to Comprehension)」こそが、ベロシティよりも重要な指標です。

WPFで言えば、Code-behindにロジックを詰め込むのではなく、適切にViewModelに切り出し、Behaviorを使ってUIロジックを分離する。それは「美しいから」やるのではありません。「未来の誰かの時間を奪わないため」という、時間泥棒にならないための配慮なのです。

3. Ethical Impact Score(倫理的インパクト)

そして最も難しいのがこれです。

その機能は、ユーザーの「自律性」を奪っていないか?

そのUIは、ユーザーを「中毒」にさせていないか?

「ユーザーの滞在時間を伸ばす」「クリック率を上げる」

これらはビジネスの指標としては正解でした。しかし、ダークパターン(ユーザーを騙すようなUI)を使って数値を上げても、それはエンジニアとしての勝利ではありません。

僕たちが作るアプリが、ユーザーの意思決定を尊重しているかどうか。

例えば、通知機能の実装一つとってもそうです。

「デフォルトで通知ON」にするのか、「ユーザーに選択させる」のか。

技術的にはフラグ一つの違いですが、そこには「ユーザーの時間をどう扱うか」というエンジニアの哲学が表れます。

2025年の「シニアエンジニア」とは、コードの行数を稼ぐ人ではなく、PMやビジネスサイドに対して、

「このUIはコンバージョンを上げるかもしれませんが、ユーザーの信頼を損なう『倫理的負債』になります。だから実装すべきではありません」

と、Noを突きつけられる人のことを指すのです。

測定できないものを、大切にする勇気

こういった新しい指標は、JiraのチケットやGitの統計情報のように、簡単に数値化できるものではありません。

「環境への配慮」や「倫理観」を数値化するのは難しい。

だからこそ、多くの組織は安易な「ベロシティ」や「稼働率」に逃げてしまいます。

しかし、アインシュタインの言葉(と言われているもの)にこうあります。

「数えられるものがすべて重要とは限らない。重要なものがすべて数えられるとは限らない。」

僕たち現場のエンジニアができることは、この「数えられない重要なもの」を言語化し、チームの文化にしていくことです。

PRのコメントで、「この実装、速くていいですね!」と褒めるのをやめてみましょう。

代わりに、「この実装、メモリ効率が良くて環境に優しいですね」とか、「変数名が直感的で、未来のメンテナへの愛を感じますね」とコメントしてみる。

WPFのXAMLを書くときに、スクリーンリーダーが読み上げやすいようにAutomationProperties.Nameを一行追加する。それは誰にも気づかれないかもしれないし、ベロシティには反映されないかもしれない。

でも、その一行が、視覚障害を持つユーザーにとっての「世界への扉」になるかもしれない。

そういった**「見えない価値」に誇りを持つこと**。

それこそが、AIには決して真似できない、人間としてのエンジニアリングの本質ではないでしょうか。

未来への架け橋として

従来のメトリクスが「過去(どれだけやったか)」を測るものだとしたら、新しいメトリクスは「未来(どう在り続けるか)」を測るものです。

技術的負債という言葉は、「いつか返す借金」というニュアンスを含んでいました。

しかし、サイレント・コストは違います。気づかないうちに、取り返しのつかないダメージを社会や環境に与えてしまうものです。

だからこそ、僕たちは変わらなければなりません。

手を動かすだけのコーダーから、技術の社会的影響を設計するアーキテクトへ。

さて、いよいよ最後のパートです。

ここまでの話を踏まえて、明日から僕たちは具体的に何を変えればいいのか。

PCの前でできる「小さな革命」について、最後にお話しして締めくくりたいと思います。

「誓い(Oath)」という少し大げさな言葉をタイトルにつけましたが、中身はとても実践的なアクションプランです。

未来の自分と社会に誇れるコードを書くために —— 明日から始められる「サイレント・コスト」への処方箋

すっかり夜も更けました。

カフェの客もまばらになり、BGMのボリュームが少し下がった気がします。冷めたラテの底に残った泡を見つめながら、僕は今、このブログをどう締めくくろうか考えています。

ここまで、少し厳しい現実や、耳の痛い話をしてきました。

「見えないコスト」や「倫理的な責任」。そんな重たいものを背負わされて、キーボードを叩く手が重くなってしまった人もいるかもしれません。

でも、最後に伝えたいのは、決して悲観的なメッセージではありません。

むしろ、これは**「希望」**の話です。

なぜなら、僕たちエンジニアには、世界を「少しだけ良くする」ための具体的な力があるからです。

政治家が法律を変えるには何年もかかります。

でも、僕たちはたった数行のコードで、誰かの毎日のストレスを消し去ったり、誰かの「できない」を「できる」に変えたりすることができます。

その強大な力を、正しく使うための「誓い(Oath)」について、最後にお話しさせてください。

エンジニア版「ヒポクラテスの誓い」

医師には「ヒポクラテスの誓い」があります。「患者に害をなさない」という職業倫理の根幹です。

僕たちソフトウェアエンジニアにも、そろそろ同じような誓いが必要な時代が来ているのではないでしょうか。

それは、仰々しい儀式ではありません。

毎日のスタンドアップミーティングで、あるいはPR(プルリクエスト)を作成する瞬間に、心の中で自分に問いかける小さな習慣です。

僕が海外で働きながら、心に刻んでいる「3つのチェックリスト」があります。

明日から、あなたのIDE(統合開発環境)の横に、この付箋を貼ってみてください。

1. 「弱者」の視座を持つ —— The Empathy Check

WPFで画面を設計する時、あるいはAPIのレスポンスを設計する時、想像してみてください。

**「この機能を使う、最も弱い立場のユーザーは誰か?」**と。

  • 最新のiPhoneではなく、画面の割れた数年前のAndroidを使っている人かもしれません。
  • 視力が弱く、スクリーンリーダーを頼りに操作している高齢者かもしれません。
  • 通信環境が不安定な、地下鉄の中で操作しているサラリーマンかもしれません。

「自分の開発マシンの環境」=「世界の標準」ではありません。

もし、あなたのコードが、ハイスペックな環境でしか動かないなら、それは「裕福な人専用の機能」を作ったことになります。

C#でasync/awaitを書くとき、単にUIを固めないためだけでなく、「低スペックなPCを使っているあの倉庫の作業員さんのために」と想像してみてください。

例外処理(Exception Handling)を書くとき、「何が起きたか分からず不安になるユーザーのために、分かりやすいメッセージを出そう」と想像してみてください。

その想像力(Empathy)こそが、サイレント・コストを未然に防ぐ最強の盾になります。

コードに優しさを込めるのです。コンパイラはそれを理解しませんが、ユーザーは必ず感じ取ります。

2. 「なぜ」を残す —— The “Why” Documentation

「技術的負債」の多くは、「どう書いたか(How)」は分かるのに、「なぜそうしたか(Why)」が分からないコードから生まれます。

2025年の今、AIがコードを書く時代だからこそ、人間は「意図」を記録することに全力を注ぐべきです。

コードコメントに、「この変数はint型です」なんて書く必要はありません。そんなことはIntelliSenseを見れば分かります。

書くべきは、

// ここで非同期処理にしているのは、回線速度が遅い環境でのタイムアウトを防ぐため

// このライブラリをあえて使わないのは、ライセンス上の懸念と、バイナリサイズ肥大化を避けるため

といった、**「文脈」**です。

未来のメンテナンス担当者(それは半年後のあなた自身かもしれません)は、そのコメントを読んで涙を流して感謝するでしょう。

「ああ、このコードは適当に書かれたんじゃない。ちゃんと考えられていたんだ」と。

その安心感が、開発チームの認知負荷を下げ、持続可能な開発(Sustainable Development)を支えます。

3. 勇気を持って「止まる」 —— The Courage to Stop

これが一番難しいですが、一番重要です。

仕様書に書かれている機能が、どう考えてもユーザーの不利益になる場合。

あるいは、納期優先でセキュリティや品質を犠牲にしなければならない場合。

**「Wait(待ってください)」**と言う勇気を持ってください。

「このUI設計は、ユーザーを誤認させるダークパターンになりかねません」

「この実装のままリリースすると、将来的にデータベースの負荷が指数関数的に増えます」

そう指摘することは、面倒な奴だと思われるリスクがあります。

でも、海外の現場で学んだのは、**「プロフェッショナルとは、イエスマンのことではない」**ということです。

リスクを予見し、クライアントや上司に正しく伝えることこそが、エンジニアの付加価値です。

もし、それでプロジェクトが止まったとしても、あなたは「サイレント・コスト」という巨大な負債からチームを救った英雄なのです。

コードは遺産(Legacy)になる

最後に。

私たちが書いたコードは、私たちがその会社を辞めた後も、場合によっては私たちが死んだ後も、サーバーの中で動き続けるかもしれません。

C#のIDisposableインターフェースをご存知ですよね?

使い終わったリソースは、Dispose()メソッドできれいに後始末をする。これが作法です。

僕たちのエンジニアとしてのキャリアも同じです。

いつか自分が去った後、

「あの人が書いたコードは汚かったな」と言われるのか、

「あの人のコードは、数年経っても変更に強く、読みやすく、何よりユーザーへの配慮があった」と言われるのか。

僕たちが今日書くcommitの一つ一つが、その評価を積み上げていきます。

2025年。テクノロジーは加速し、世界はますます複雑になっています。

だからこそ、基本に立ち返りましょう。

「Be a Good Ancestor(良き祖先であれ)」

これは、哲学者ローマン・クルズナリックの言葉ですが、エンジニアにこそふさわしい言葉だと思います。

未来のエンジニア、未来のユーザー、そして未来の社会にとって、「良き祖先」であれるようなコードを書きましょう。

技術的負債やサイレント・コストに怯えるのではなく、それをコントロールし、技術の力で世界を少しだけ優しくする。

それが、海外の片隅でC#を書いている僕がたどり着いた、現時点での答えです。

さて、ラテも飲み干しました。

そろそろ店を出て、夜風に当たりながら帰ろうと思います。

家に帰ったら、まだ書きかけのサイドプロジェクトのコードが待っています。

もちろん、Dispose()の実装は忘れないようにしないとね。

このブログが、世界のどこかで画面に向かうあなたの、小さな「気付き」になれば幸いです。

それでは、Happy Coding!

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