境界線での決別:幻の「クリーンアップ月間」を捨て、スプリントに溶かせ
どうも!海外を拠点にC# / WPFエンジニアとして、日々数百万行クラスのコードベースと格闘している設計開発担当の「僕」です。
皆さんのプロジェクトのコンディションはいかがでしょうか?「新機能の追加が多すぎて、気づけばViewModelが3000行を超えている」「コードビハインドに謎のロジックが埋め込まれ、誰も触れない『聖域』ができている」……。そんな溜息は、東京のオフィスでもロンドンのパブでも、エンジニアが集まる場所ならどこでも聞こえてくるものです。
特にWPFのような、10年選手が当たり前のデスクトップアプリケーションを扱っていると、私たちは常に「遺産(レガシー)」という名の負債と向き合うことになります。そこでよく出る提案が、これです。
「来月、リリースが落ち着いたら『クリーンアップ月間』を作って、一気に返済しましょう!」
断言します。その「クリーンアップ月間」は、一生来ません。
「いつかやる」という言葉の、グローバルな評価
海外のシニアエンジニアやテックリードと働いて痛感したのは、彼らが「後でまとめて直す」という言葉を一切信じていないことです。
あるプロジェクトで、私が設計の歪みを見つけ「今はデッドラインが近いから、これを一度マージして、来月にリファクタリングするよ」とチームに伝えた際、イギリス人のテックリードから即座に冷徹なフィードバックが飛びました。
「その『来月』のチケット、今すぐバックログから削除していいかい? どうせ優先順位は上がらず、1年後もそのまま残っているはずだからね。負債を返済するなら、今のチケットの**Definition of Done(完了定義)**に含めてくれ」
技術負債は、金銭的な借金と全く同じ構造を持っています。返済を先延ばしにすればするほど、そのコードの上に乗る新機能の開発スピードは落ちていく。この「利息」の支払いが、やがて開発チームの機動力を奪い、プロジェクトを死に至らしめます。
返済の運用化:Operationalizing the Paydown
海外のハイパフォーマンスなチームにおいて、負債の返済は「特別イベント」ではなく、**「機能を正常にリリースするための、当たり前のコスト」**です。私たちは、スプリントの中で必ず「20%の時間はリファクタリングや技術負債の返済に充てる」というルールを、エンジニア側の「プロとしての権利」として行使しています。
プロダクトオーナー(PO)に許可を求めるのではありません。見積もりの段階で、負債返済を「完了定義」に内包させるのです。リファクタリング専用の枠を設けるのではなく、日々のタスクの中に、まるで血管を掃除するように返済ロジックを忍び込ませる。これが、サステナブルな開発の第一歩です。
加速装置としてのAI:レガシーコードの「解読」と「刷新」を並行させる
理想は分かっていても「実際に手を動かす時間が足りない」というジレンマは常に付きまといます。そこで、現代のエンジニアが手に入れた最強の武器が、AI(GitHub Copilotや各種LLM)です。
かつて、WPFの複雑なUIロジックや依存関係が絡み合うC#コードのリファクタリングは、石橋を叩いて壊すような慎重さが必要でした。しかし今は、AIを**「リファクタリングの加速装置」**として使い倒すことで、開発スピードを落とさずにモダナイズ(最新化)を進めることが可能です。
解読のコストをアウトソーシングする
リファクタリングで最も時間を要するのは「コーディング」ではなく、**「意図不明なスパゲッティコードの解読」**です。
10年前に書かれた「秘伝のタレ」のようなViewModelに対し、私たちはまずAIにこう投げます。 「このC#メソッドの責務を箇条書きで抽出し、副作用(Side Effects)を特定してくれ」 AIによるコードリーディングは、私たちの認知負荷を劇的に下げ、リファクタリングの着手ハードルを最小化します。
C# / .NETエコシステムの進化を味方につける
私たちは、AIに対して「このクラスをC# 12の最新構文を使い、プライマリコンストラクタやパターンマッチングを活用して簡潔に書き換えて」と指示します。また、WPF特有の長大な OnPropertyChanged のボイラープレートを、CommunityToolkit.Mvvm を使ったソース生成(Source Generator)スタイルへ変換する作業も、AIなら一瞬です。
道具を使い倒し、新機能をデリバリーしながらもコードをクリーンに保つ。AIをエンパワーメントの手段として捉えることで、エンジニアは「ただの作業員」から、システム全体の健全性に責任を持つ「アーキテクト」へと昇華できるのです。
借金限度額(Debt Ceiling):品質低下を自動で検知し、立ち止まる勇気を持つ
どれだけAIで武装しても、ビジネスの荒波は常に押し寄せます。そこで重要になるのが、個人のスキルを超えた**チームとしての「防衛ライン」**の設定です。
海外の成熟したチームには、**「コードの借金限度額(Debt Ceiling)」**という概念が存在します。特定の品質指標が「赤」を示した瞬間、私たちは新機能の開発を一切停止し、チーム全員で「守り」にシフトします。
感情ではなく「数字」でNOを言う
「コードが汚い」という主観的な訴えは、非エンジニアには響きません。私たちは、以下の指標に閾値(しきいち)を設定し、それを自動化ツール(SonarQube等)で監視しています。
| 指標 | 意味 | 借金限度額(例) |
| サイクロマティック複雑度 | メソッドの分岐の多さ | 1メソッドあたり 30以上を禁止 |
| コード・カバレッジ | テストの網羅率 | 80%以下でビルド失敗 |
| 重複コード(Duplication) | コピペコードの割合 | プロジェクト全体の 5%以上を警告 |
Google スプレッドシートにエクスポート
数値が限度額を超えた瞬間、それはもはやエンジニアの「わがまま」ではなく、プロジェクトの**「存続危機」**として扱われます。この「自動的なブレーキ」があるからこそ、私たちはビジネスサイドからの無理な要求に対しても、プロとして「今は直す時間だ」と堂々と宣言できるのです。
特にWPFのようにUIとロジックが密結合しやすい環境では、一度「腐敗(Code Rot)」が始まると指数関数的に悪化します。パッチを当てる前に立ち止まる。その一瞬の停止が、プロダクトの寿命を数年単位で延ばすことになります。
永続的な開発習慣:未来の自分に「自由」という資産を残す
技術負債の管理とは、単なるコードの整理ではありません。それは、自分自身の**「エンジニア人生の管理」**に他なりません。
私たちが技術負債を忌避するのは、汚いコードそのものが嫌いだからではありません。その負債のせいで、本来ならワクワクする新機能の実装に使えたはずの貴重な人生の時間が、不毛なデバッグや仕様解読に奪われるからです。
ボーイスカウト・ルール:世界共通のエンジニアリング・マナー
海外のチームで最もリスペクトされる習慣、それが**「ボーイスカウト・ルール」**です。
“Leave the campground cleaner than you found it.”(キャンプ場は、来た時よりも綺麗にして去ろう)
自分が触ったコードは、一行だけでも、一箇所でもいいから、触る前より綺麗にしてコミットする。変数名を分かりやすくする、未使用のnamespaceを削除する。そんな「微細な返済」の積み重ねが、数年後に巨大な資産となってあなたを助けます。
キャリアの機動力(Mobility)を確保せよ
負債まみれのプロジェクトに浸かり、その場しのぎの力技だけで問題を解決する習慣がついてしまうと、エンジニアの市場価値は「そのプロジェクト専用」に特化してしまいます。それは、外の世界で通用しないスキルばかりが溜まっていく、本当の意味での「人生の負債」です。
モダンな負債返済術を身につけ、AIを使いこなし、数値で品質を語り、クリーンな設計を追求する。その姿勢があれば、世界中のどのチームからも「君のようなエンジニアを探していたんだ」と歓迎されるでしょう。
最後に
技術負債は、敵ではありません。それは、あなたが「より良い設計」や「より効率的なプロセス」を学ぶための、格好の教材です。
負債に追いかけられるのではなく、負債を手なずけて、自分の成長のステップに変えていく。未来のあなたが、クリーンなコードベースの上で、最高にクールな機能を鼻歌まじりに実装している。そんな姿を想像しながら、まずは今日、目の前のコードを一行だけ綺麗にすることから始めてみませんか?
あなたのエンジニア人生が、よりサステナブルで、よりエキサイティングなものになることを、地球のどこかで応援しています!

コメント