絶望のスパゲッティコードと、僕たちが背負わされる「遺産」の正体
1. 異国の地で出会った、5000行のViewModel
海外への転職が決まった時、僕が思い描いていたのは、シリコンバレーのようなガラス張りのオフィスで、最新の.NET Core(当時はまだCoreだったかな)やBlazor、あるいはクラウドネイティブなアーキテクチャを駆使して、スタイリッシュにコードを書く姿でした。
でも、実際に配属された現場——とある国の製造業を支える基幹システムの開発チーム——で僕を待っていたのは、まったく違う現実でした。
初日、オンボーディングの一環として「簡単なバグ修正」を任された時のことを今でも覚えています。
「この画面のボタンが特定の条件下で無効化されないんだ。直してくれ」
そう言われてリポジトリをCloneし、対象の画面のViewModelを開いた瞬間、僕は思わずモニターの前で「Wow…」と声を出してしまいました。
そこにあったのは、5000行を超える巨大な MainViewModel.cs。
#region で幾重にも折り畳まれたコードの塊。
ViewModelの中に直接書かれたSQLクエリ。
XAMLのコードビハインドに書かれた謎のビジネスロジック。
そして、変数名には現地の言語(英語ですらない!)が混ざり、コメントアウトされたコードが墓標のように並んでいる……。
これがいわゆる**「レガシーコード」であり、僕たちが「技術的負債」**と呼んで忌み嫌うものの正体です。
C#やWPFは歴史が長い分、WPFが登場した初期(2006年〜2010年頃)の、「まだMVVMパターンが確立されきっていない時期」のコードが、地層のように積み重なっていることがよくあります。
Prismも使われていない、DI(依存性注入)なんて概念もない、シングルトンの App.Current が至る所で参照されている……そんなコードを見た時、エンジニアなら誰しもこう思うはずです。
**「全部捨てて、書き直したい」**と。
2. 「書き直し」という甘い罠と、海外現場のリアリティ
日本にいた頃の僕なら、上司にこう提案していたでしょう。
「このコードはメンテナンス不可能です。バグの温床になるので、リファクタリングではなくリプレース(作り直し)を提案します」
しかし、海外の現場、特にビジネスのスピードとコスト意識がシビアな環境では、その提案は簡単には通りません。なぜなら、その「汚いコード」こそが、現在進行系で会社に**利益(Cash)**をもたらしている実体だからです。
ここで働くエンジニアたちは、ドライかつプラクティカルです。
「君がこれを『汚い』と言うのは構わない。でも、このコードは過去10年間、ダウンすることなく工場のラインを動かし続けてきた。君が新しく書く『綺麗なコード』は、10年分の例外処理とエッジケースの対応を含んでいるのかい?」
シニアエンジニアにそう言われた時、ハッとさせられました。
僕たちは「技術的負債」という言葉を、「コードが汚いこと」や「古い技術を使っていること」と同義だと思いがちです。そして、借金(負債)だから早く返済(リファクタリング)しなければならない、と焦ります。
でも、本当にそうでしょうか?
金融の世界において「負債(Debt)」は、必ずしも悪ではありません。企業は負債をテコ(レバレッジ)にして、自己資金以上の投資を行い、成長します。
システムにおける「技術的負債」もまた、過去のエンジニアたちが**「市場へのリリース速度(Time to Market)」**という利益を得るために、意図的に、あるいは無意識に借り入れた「時間」の結果なのです。
この5000行のViewModelは、当時のエンジニアが「きれいな設計」よりも「顧客の要望に明日応えること」を優先した結果、生まれたものかもしれない。
そう考えた時、目の前のスパゲッティコードが、単なるゴミの山ではなく、**「ビジネスを生き残らせてきた歴史の証人」**に見えてきました。
3. 「負債」のパラダイムシフト:ゴミ山ではなく遺跡として見る
海外で生き残るエンジニアに必要なのは、コーディングスキルだけではありません。**「認識の枠組み(Reframing)」**を変える力です。
多くのエンジニアは、レガシーシステムに入るとモチベーションを下げます。
「こんな古いWPFじゃキャリアにならない」
「ReactやVueをやりたいのに」
そうやって腐っていく同僚を何人も見てきました。
でも、僕はあえて提案したい。
**「この巨大な負債を、資産(Asset)に変えるゲームをしよう」**と。
ここで今回のテーマである**「Deconstructing the Burden(負担の解体)」**が登場します。
皆さんは「アーキテクチャル・ディグ(Architectural Dig)」という言葉を聞いたことがありますか? 直訳すれば「建築的発掘」です。
既存のコードベースを、ただの「修正対象」として見るのではなく、古代の遺跡を発掘するように調査するアプローチのことです。
考古学者が、土器の破片から当時の生活様式や文化を読み解くように、私たちエンジニアも、古い IValueConverter や複雑怪奇な DependencyProperty から、当時のビジネス要件や、システムが本当に守らなければならない「コア・バリュー」を読み解くことができるのです。
レガシーコードの中には、ドキュメントには残っていない(あるいはドキュメントが古すぎて嘘をついている)**「失われたロジック」**が眠っています。
- なぜ、ここで
Task.Delay(100)が入っているのか?(ハードウェアの応答待ちか?) - なぜ、このプロパティのSetterで、別のViewModelのメソッドを呼んでいるのか?(複雑な業務連動があるのか?)
これらを「汚いから消す」のではなく、「なぜ存在したのか」を突き止めた時、それはただのゴミコードから、**「業務知識の結晶」**へと変わります。
4. 次回への展望:スコップを持って現場へ降りよう
今回の【起】では、まずマインドセットの話をしました。
要点は以下の3つです。
- レガシーコードへの嫌悪感を捨てる:それはビジネスを支えてきた英雄の成れの果てかもしれない。
- 「書き直し」は最終手段:まずは現在のコードが稼いでいる価値を理解する。
- 負債=悪ではない:負債の中には、未来の開発を助ける「資産(Asset)」が埋まっている。
僕が海外の現場で評価されたのは、C#の文法に詳しかったからではありません。
誰もが触りたがらない「魔のモジュール」に飛び込み、そこから「現在のビジネスにも通用する重要なロジック」を抽出し、それを現代的な設計(MVVMやReactive Extensionsなど)でラッピングして再利用可能な形にしたからです。
これは、**「技術的負債の証券化」**とも言えるプロセスです。
不良債権だと思われていたものを、優良な投資商品に組み替えるのです。
さて、マインドセットが整ったところで、次回はいよいよ実践編【承】に入ります。
タイトルは**「『建築的発掘』の技法——10年前のコードから設計意図を読み解く」**。
具体的に、Visual Studioのどの機能を使ってコードを追うのか?
依存関係のグラフをどう脳内に描くのか?
WPF特有の「データバインディングの闇」をどう照らすのか?
僕が実際に現場で使っている、泥臭くも強力な「発掘ツールキット」を紹介します。
ヘルメットとスコップの準備はいいですか?
それでは、また次回の記事でお会いしましょう。
Happy Coding!
The “architectural dig”: How to systematically identify the valuable components within a legacy system.
1. 冒険の始まりは「F12(定義へ移動)」ではない
「よし、コードを読むぞ」と意気込んで、いきなりVisual Studioを開き、気になったメソッドで F12 キー(定義へ移動)を連打して深層へ潜っていく……。
これは、レガシーコード攻略において最もやってはいけない「遭難」のパターンです。
5000行のViewModelや、100個以上のプロジェクトが含まれるソリューションでこれをやると、30分後には「自分が今どこにいて、何を調べていたのか」完全に迷子になります。
海外の優秀なエンジニア(Principal Engineerクラス)とペアプロをして学んだのは、彼らは決して**「いきなりコードを読まない」**ということです。
彼らが行うのは**「Architectural Dig(建築的発掘)」**です。
文字を読むのではなく、構造(Structure)を掘り起こすのです。
2. 地図を作る:WPF特有の「隠された依存関係」を暴く
C#のWPF(Windows Presentation Foundation)におけるレガシーコードが厄介なのは、**「XAMLとコードの緩い結合」が、時として「追跡不可能なスパゲッティ」**を生み出す点です。
「このボタンを押した時に何が起きるのか?」
これを知りたくて “Find All References”(すべての参照を検索)をしても、何もヒットしない。なぜなら、そのコマンドはXAML上の文字列(String)としてBindingされているだけで、コンパイル時には検証されていないからです(x:Bind がなかった時代の遺産ですね)。
ここで僕が現場で必ず使う「三種の神器」があります。これを使わずにレガシーWPFに挑むのは、目隠しで地雷原を歩くようなものです。
- Snoop for WPF (あるいは XAML Spy)
- ソースコードから追うのは諦めてください。実行中のアプリに対し、Snoopを使って「今、このボタンの
DataContextに入っている実体の型は何なのか?」を透視します。 - レガシーコードでは、親の親のそのまた親のViewModelからデータが継承されていたり、予期せぬ場所で
DataContextが上書きされていたりします。Snoopは「事実」しか表示しません。これでまず「犯人(処理を担当しているクラス)」を特定します。
- ソースコードから追うのは諦めてください。実行中のアプリに対し、Snoopを使って「今、このボタンの
- Code Map (Visual Studio Enterprise)
- もしEnterprise版が使えるなら、迷わずCode Mapを生成してください。クラス間の依存関係を可視化すると、たいてい「すべての矢印が集まる不気味なクラス」が見つかります。それがシステムの中枢(あるいは癌)です。
- NDepend (静的解析ツール)
- 海外の現場では導入されていることが多いです。「変更頻度が高いのに、複雑度が極端に高いクラス」をヒートマップで可視化できます。ここが「発掘」の重点エリアです。
3. 「接合部(Seams)」を見つけるゲーム
「建築的発掘」の最大の目的は、コードの全容を理解することではありません。それは不可能ですし、時間の無駄です。
真の目的は、**「システムの『コア(資産)』と『ガワ(負債)』を分離できるライン」**を見つけることです。
マイケル・フェザーズの名著『レガシーコード改善ガイド』に出てくる**「接合部(Seams)」という概念があります。
「コードを編集なしに、振る舞いを変えられる場所」のことですが、もっと平たく言えば「ここならテストが書ける(=切り離せる)」**という切れ目のことです。
僕がレガシーシステムに入った時、まず探すのはこの「切れ目」です。
- インターフェースの境界:
interfaceが切られている箇所は、実装を差し替えられる貴重な「発掘ポイント」です。 - イベントの境界: WPFなら
EventAggregatorやMessengerを使っている箇所。ここは疎結合が保たれている可能性が高い。 - データの境界: データベースへのアクセス層。
逆に言えば、static メソッドの乱用や、new ClassName() でガチガチに固められた箇所は「岩盤」です。ここを無理に掘るとツルハシが折れます。
「岩盤」を避け、「砂地(接合部)」を探し、そこから慎重にコアロジック(ビジネスにとって重要な計算式やルール)を露出させていく。これが「発掘」の極意です。
4. チェスタトンのフェンス:その「変なコード」を消す前に
発掘作業中、あなたは必ず「理解不能なゴミコード」に出会います。
- なぜか
Thread.Sleep(50)が挟まっている処理。 - 明らかに冗長な
if (obj != null && obj.IsLoaded && obj.Parent != null ...)という過剰防衛的なチェック。 - 非同期メソッドの中で
Task.Run().Wait()を呼んでデッドロックのリスクを冒している箇所。
「うわ、酷いコードだ。リファクタリングして消してしまおう」
そう思った瞬間、あなたの背後で先輩エンジニア(あるいは未来のあなた)が叫びます。**「待て!」**と。
これは**「チェスタトンのフェンス(Chesterton’s Fence)」という有名な寓話です。
「道にフェンスが立っている。なぜこんな場所にあるのか分からないから撤去しよう」というのは愚か者の思考です。
賢い人はこう考えます。「なぜここにフェンスが立てられたのか、その理由が完全に理解できるまでは**、決して撤去してはいけない」。
レガシーコードにおける「汚いコード」には、必ず**「当時の痛み」**が埋まっています。
Thread.Sleepは、実は接続先の古いハードウェアがコマンドを受け付けるのに50msの待機時間を必要としていたからかもしれない。- 過剰な
nullチェックは、特定のUI操作手順でのみ発生するレアなタイミング問題を回避するための苦肉の策だったかもしれない。
これらを「汚い」という理由だけで削除すると、リリース後に「工場で特定の機械だけが動かない」といったクリティカルなバグとして復活します。
だからこそ、私たちは**「発掘」するのです。
Gitの blame 機能(誰がいつ書いたか)は、犯人探しのツールではありません。「歴史家へのインタビュー」**のためのツールです。
コミットメッセージを読み、当時のチケット(Jiraなど)を追い、もし可能ならそのコードを書いた人(退職しているかもしれませんが)の意図を想像する。
「ああ、2015年のこのコミット、OSのアップデートでWPFのレンダリングバグがあった時期だ。この変なコードは、その回避策(Workaround)だったのか!」
この瞬間、ただの「汚いコード」が、**「特定環境下でのみ発生する不具合を防いでいる、貴重な防壁(Asset)」**へと変わります。
これが「建築的発掘」の醍醐味であり、システムを壊さずに守るエンジニアだけが持つ「透視能力」です。
5. 結論:全体を理解しようとするな、価値ある「塊」を探せ
【承】のパートをまとめましょう。
- 迷子にならない: いきなりコードを読まず、ツール(Snoop, Code Map)を使って構造を俯瞰する。
- 接合部を探す: どこなら切り離せるか、テストが書けるかを探す。それがシステムの「関節」である。
- フェンスを安易に撤去しない: 一見無駄に見えるコードには、過去のトラブルシューティングの歴史(血と汗)が詰まっている。理由がわかるまで触るな。
こうしてシステムの「構造」と「歴史的経緯」を把握した時、あなたは初めて、その巨大な遺跡の中から**「今も輝きを失っていない宝石(=再利用可能なビジネスロジック)」**を見つけ出す準備が整います。
次回、【転】のパートでは、いよいよその「宝石」をどうやって磨き直し、現代のアーキテクチャに蘇らせるか。
**『Unearthing forgotten logic: 過去のエンジニアとの対話』**についてお話しします。
そこには、ドキュメントすら失われた「失われたアーク(聖櫃)」が眠っているかもしれません。
Unearthing forgotten logic: Discovering elegant solutions from past engineers that are still relevant today.
1. 「汚いコード」の中に潜む、美しき数式
前回の記事で、僕は「フェンスを勝手に撤去するな」と言いました。
スコップで慎重にコードを掘り進めていたある日のこと、僕はとある static なヘルパークラスの中に、奇妙なメソッドを見つけました。
それは、工場のラインスピードを計算するための処理でした。
変数名は d1, d2, temp_val と最悪で、コメントも一切なし。一見すると、新人が書いたスパゲッティコードの極みです。
「書き直そう」と決意し、そのロジックを解析し始めた僕は、数時間後にペンを止め、戦慄しました。
一見、冗長で無意味に見えた計算順序は、実は**「浮動小数点演算の誤差(丸め誤差)」を最小限に抑えるための、極めて高度で洗練されたアルゴリズム**だったのです。
もし僕が、これを「きれいなコード(例えばLINQで一行)」に書き換えていたらどうなっていたか?
計算結果に微細なズレが生じ、それが累積し、数ヶ月後には工場の製品規格に重大なエラーを引き起こしていたでしょう。
その瞬間、僕の中で「顔も知らない過去のエンジニア」への評価が、**「このクソコードを書いた犯人」から「このシステムを守り抜いた英雄」へと反転(ツイスト)**しました。
これが「Unearthing(発掘)」の真髄です。
レガシーコードの中には、当時のエンジニアが頭を悩ませ、試行錯誤し、たどり着いた**「最適解」**が化石のように眠っています。ガワは古くても、その中にある「核(ロジック)」は、今でも現役で通用するエレガントな資産なのです。
2. ドキュメントは嘘をつくが、コードは真実を語る
海外のプロジェクト、特に人の入れ替わりが激しい現場では、仕様書(Spec)なんてものは存在しないか、あっても5年前の日付で止まっています。
プロダクトオーナー(PO)ですら、詳細な仕様を把握していないことが日常茶飯事です。
「この機能の仕様はどうなっている?」とPOに聞くと、
「ああ、単純にAとBを足して2で割るだけだよ」と言われます。
しかし、コード(Legacy)を掘ると、そこには大量の if 文による例外処理が含まれています。
「気温が30度以上の場合は係数が変わる」
「特定の顧客IDの場合は特別な計算を行う」
これらは、POが忘れているか、知らされずに積み上げられた**「暗黙知(Tacit Knowledge)」**です。
ドキュメントは更新されなければ嘘をつきますが、コードは嘘をつきません。 今現在動いているコードこそが、唯一にして絶対の「真実の仕様書(Source of Truth)」です。
私たちはレガシーコードを読むことで、失われた文明の石碑を解読するように、**「会社そのものが忘れてしまっていた重要なビジネスルール」を再発見することになります。
それは単なるコードリーディングではなく、「ドメイン・アーキオロジー(業務知識の考古学)」**という知的探究へと昇華されます。
3. C#の歴史が生んだ「必然」へのリスペクト
また、技術的な視点でも「なぜこう書かれたのか」を知ることは重要です。
例えば、ジェネリック(Generics)も Task も LINQ もない時代のC# 1.0や2.0で書かれたコードを見たとします。
ArrayList にキャストを繰り返して詰め込んでいるコードを見て、「プッ、型安全じゃないね」と笑うのは簡単です。
しかし、想像力を働かせてください。
当時のエンジニアは、限られた武器(機能)で、メモリ管理やパフォーマンスと戦いながら、なんとか動くものを作り上げたのです。
非同期処理が async/await で書けなかった時代、複雑なスレッド管理を BackgroundWorker や生のスレッドで実装し、デッドロックを回避するためにあえて冗長なロックを掛けていたのかもしれません。
その苦労と工夫の跡を見つけた時、僕たちは先人に対して**「リスペクト」**を抱くべきです。
「今の僕ならもっと上手く書ける」のではありません。「今の便利なツールがあるから書ける」だけなのです。
このリスペクトの念が生まれた時、不思議とコードの見え方が変わります。
敵対していたコードが、**「引き継ぐべき遺産」**として、愛おしくすら思えてきます。
この心理的変化(転換)こそが、レガシーコード攻略の最大の鍵です。エンジニアがコードを愛せなければ、そのシステムは早晩死にます。
4. 魂(ロジック)を救い出し、新しい肉体(最新技術)へ
さて、英雄たちの偉業(貴重なロジック)を見つけ出し、リスペクトも捧げました。
では、そのまま古いコードを使い続けるべきでしょうか?
いいえ、違います。
ここで必要なのは、**「魂の救済」**です。
WPFのコードビハインドや、巨大なシングルトンクラスに埋もれている「純粋なビジネスロジック」だけを、外科手術のように切り出すのです。
具体的には、そのロジックを**「Pure Function(純粋関数)」**として抽出します。
UIへの依存(TextBoxの値など)や、データベースへの依存を断ち切り、
「入力を受け取ったら、計算して、結果を返す」だけの静的なメソッド、あるいは独立したクラス(Domain Service)として蘇らせるのです。
古いWPFの UserControl の奥深くに眠っていた計算式を、依存関係のない .NET Standard や .NET 6/8 のクラスライブラリに移植する。
そうすることで、そのロジックは:
- Unit Testが可能になる(品質が保証される)。
- Webアプリ(BlazorやASP.NET)でも再利用可能になる。
- 未来永劫、会社の資産として生き続ける。
これこそが、技術的負債の中に眠る「埋蔵金」を掘り当て、精錬し、資産として計上するプロセスです。
スパゲッティコードという泥を洗い流した時、そこには10年経っても色褪せない、ビジネスの競争力の源泉(Core Domain)が輝いているはずです。
5. 次回への展望:そして、資産運用へ
【転】のパートでは、レガシーコードに対する見方が「ゴミ」から「宝の山」へと劇的に変わる瞬間を描きました。
- 汚いコードには理由(必然性)がある。
- コードこそが真実の仕様書である。
- 先人へのリスペクトが、コード理解を深める。
- ロジックを抽出(救済)し、再利用可能な資産にする。
ここまで来れば、もう恐れるものはありません。
手元には、磨き上げられた「ビジネスロジック」という強力な武器があります。
最終回となる【結】では、
「Strategic reframing: Transforming “technical debt” into “foundational capital”」
抽出した資産をどう活用して、新規開発を爆速化させるか。
「負債」を返済し終えた私たちが、それを「資本」としてどう投資し、エンジニアとしての価値を最大化していくか。
その戦略的なゴールについてお話しして、このシリーズを締めくくりたいと思います。
それでは、また次回の記事で。
See you in the next build!
Strategic reframing: Transforming “technical debt” into “foundational capital” for accelerated development.
1. 「テスト済みのロジック」という最強の資産
前回、私たちは「汚いViewModel」や「古いコードビハインド」から、純粋な計算ロジックやビジネスルールを抽出(Extract)しました。
ここで、多くのエンジニアが気づいていない、ある重大な事実に触れます。
それは、**「この抽出されたロジックは、新規に書いたコードよりも価値が高い」**ということです。
なぜか?
それは、このロジックが**「Battle-tested(戦場で試練に耐え抜いた)」**コードだからです。
10年間、毎日工場のラインを動かし、数千回の例外処理を潜り抜け、あらゆるエッジケースを生き延びてきたロジック。これほどの信頼性を持つコードを、ゼロから書こうとしたらどれだけのテストコストがかかるでしょうか?
僕たちが手にしたのは、単なる古いコードの断片ではありません。
**「実証済みの信頼(Proven Trust)」**という名の資本です。
この資本を土台(Foundation)にすることで、私たちは「ビジネスロジックの正しさ」を疑う必要がなくなります。
「計算は絶対に合っている。あとは、それをどう見せるか(UI/UX)だけ考えればいい」
この状態からスタートできるプロジェクトほど、強くて速いものはありません。
2. 「ストラングラー・フィグ」で静かに、確実に殺す
では、この資産を使ってどうやってシステムをモダナイズするか。
ここで登場するのが、海外のリアーキテクチャ案件で頻出するデザインパターン、**「ストラングラー・フィグ(絞め殺しのイチジク)パターン」**です。
イチジクの木が、宿主となる木に巻き付きながら成長し、最終的には宿主を枯らして自分が大木になるように、新しいシステムで徐々に古いシステムを置き換えていく戦略です。
- 資産の隔離: 抽出した「純粋なロジック」を、.NET Standard 2.0 などのライブラリ(DLL)として独立させます。これで、古い .NET Framework 4.8 のアプリからも、最新の .NET 8 のアプリからも参照できるようになります。
- 腐敗防止層(Anti-Corruption Layer): 新しいアプリと古いロジックの間に、「通訳」となる層を挟みます。古いコード特有の奇妙な命名やデータ構造が、新しいきれいなアーキテクチャに侵入しないようにするためです。
- 部分的な置換: 全画面を一気に作り直すのではなく、「在庫検索画面」だけをBlazorやMAUIで新しく作り、ロジックは「隔離した資産」を呼び出すようにします。
こうすることで、ユーザーには「お、なんか一部の画面だけ速くて使いやすくなったぞ」という価値を即座に提供できます。
「全部作り終わるまで2年待ってください(その間リリースなし)」というビッグバン・リプレースは、現代のスピード感では許されません。
過去の資産を再利用しながら、走りながら着替える。これこそが、負債を資本に変えたエンジニアだけができる芸当です。
3. モダンC#で「資産」をラッピングする贅沢
古いロジックの中身は、コテコテの命令型コード(forループやifの嵐)かもしれません。
でも、それを使う側のインターフェースは、最新のC#機能で美しく飾ることができます。
例えば、古いエラーコード(int ret = -1; みたいなやつ)が返ってくるメソッドをラップして、ResultパターンやOneOfのようなモダンな型システムで包んであげる。
引数が多すぎるメソッドには、Record型を定義して、イミュータブルで安全なデータの受け渡しを実現する。
C#
// レガシーな資産(中身は10年前のロジック)
var legacyResult = LegacyCalc.Execute(p1, p2, out var err);
// モダンなラッピング(呼び出し側はここを使う)
public Result<CalculationData> Calculate(InputData input)
{
// ここで変換と呼び出しを行う(腐敗防止層)
...
}
こうすることで、チームの他のメンバー(特に若手)は、中身のドロドロを見ることなく、モダンで清潔なAPIを通じて「検証済みの強力なロジック」を利用できます。
これぞまさに**「資産運用」**です。苦労して発掘した石油(レガシーロジック)を精製し、使いやすいガソリン(モダンAPI)としてチームに供給するのです。
4. あなた自身が、最大の「架け橋」という資産になる
最後に、もっとも重要な「資産」の話をします。
それは、システムのことではありません。あなた自身のことです。
海外の現場で、「レガシーコードも読めて(=業務知識が深くて)」かつ「モダンな技術で設計できる」エンジニアは、**「Unicorn(ユニコーン)」**級の扱いを受けます。
多くのエンジニアは、新しい技術しかやりたがりません。
逆に、古いエンジニアは新しい技術についていけず、レガシーシステムと共に沈んでいきます。
しかし、このブログを通して「発掘」の旅をしてきたあなたは違います。
あなたは、過去(Legacy)と未来(Modern)をつなぐ**「架け橋(Bridge)」**です。
スパゲッティコードの中からビジネスの真髄を理解し、それを最新のクラウドネイティブな環境に移植できる能力。
この能力を持つエンジニアは、どの国のどの現場に行っても、「Replacement不可(代わりがいない)」な存在として重宝されます。
技術的負債と向き合うことは、決して貧乏くじを引くことではありません。
それは、誰もが嫌がる泥の中に飛び込み、誰よりも深くそのビジネスを理解し、システム全体の支配権を握るための**「キャリアの投資」**なのです。
5. エピローグ:次の現場へ
4回にわたるシリーズ、いかがだったでしょうか。
「技術的負債」という言葉を聞いた時、これからは溜息をつくのではなく、ニヤリと笑ってください。
「お、ここにはどんな埋蔵金が眠っているんだ?」と。
ヘルメットを被り、スコップ(Snoopやプロファイラ)を手に取り、恐れずに飛び込んでください。
その先には、あなたをエンジニアとして一段上のレベルへ引き上げる、素晴らしい冒険が待っています。
僕もまた、次の現場へ向かいます。
そこにはまた、誰も読めない数万行のCOBOLや、VB.NETの亡霊が待っているかもしれません。
でも、もう怖くはありません。なぜなら、僕は「資産」の作り方を知っているからです。
それでは、世界のどこかのコードベースで、またお会いしましょう。
Happy Coding & Keep Digging!

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