「良かれと思った」が炎上。海外C#エンジニアがWPFアプリでやらかした「データの罠」

 そのデータ、誰の声? – ログに潜む「見えないユーザー」の罠

(※文字数:約3000文字)

どうも! ヨーロッパの片隅で、C#とWPFをメインにB2Bのデスクトップアプリ(業務システム)を開発している、しがないITエンジニアです。みんな、元気にコード書いてますか?

さて、突然ですが、最近「AI」とか「データサイエンス」って言葉、耳にタコができるくらい聞きますよね。正直、ちょっと前までの僕は、「ふーん、Web系とか研究職の人が頑張るやつでしょ? こっちはWPFで、クライアントPCのガチガチの業務ロジック組んでるんで。Task.Run と await でUIが固まらないようにするので精一杯ですわ」って、どこか他人事だったんです。

「データの偏り(バイアス)がどう」とか、「データ監査(Data Audit)が重要」とか言われても、ピンとこなかった。だって、俺たちのアプリは「使う人」が決まってる。AIみたいに不特定多数に何かをレコメンドするわけじゃないし、と。

……そう。数ヶ月前に、海外の洗礼を浴びて、その考えが木っ端微塵に吹っ飛ぶまでは。

今日は、僕が海外の多様なユーザー環境で「良かれと思って」やった改善が、特定リージョンのユーザーから大炎上した話、そして、それがなぜ起こったのか、その根っこにある「データの罠」について、超具体的にシェアしたいと思います。

これから海外でエンジニアとして働きたいと思っているなら、これは技術選定(C#がどうとか)以前の、めちゃくちゃ大事な「マインドセット」の話。これ知ってるだけで、海外での「やらかし」を確実に一つ減らせるはずです。

悪夢の始まりは「パフォーマンス改善」

僕が今関わっているのは、とある製造業向けのWPFアプリケーション。工場のライン管理とか、在庫管理とかに使う、まぁまぁ複雑なデスクトップアプリです。ユーザーは世界中の拠点に散らばっています。

ある時、経営陣から「アプリのパフォーマンスを改善しろ」というお達しが来ました。特に「起動時間」と「特定のデータ検索画面の表示速度」が遅い、と。

「OK、任せとけ」と。僕ら開発チーム(多国籍メンバーですが、みんな優秀)は、まず現状把握から始めました。

僕らのアプリには、Azureの Application Insights を組み込んで、各種パフォーマンスログやクラッシュレポートを収集していました。C#のコードに TelemetryClient を仕込んで、カスタムイベントとして「起動開始」「起動完了(ViewModelの初期化完了)」「検索ボタンクリック」「検索結果表示完了」みたいなポイントでタイムスタンプを送ってたんです。

で、そのダッシュボード(グラフ)を見るわけです。

「ふむふむ。起動時間の中央値(Median)は5秒。95パーセンタイル(遅い側5%のユーザー)でも12秒か。まぁ、許容範囲っちゃ範囲だけど、確かに遅いね」

「検索画面のレスポンスは……中央値3秒、95パーセンタイルで8秒。うん、これは改善対象だ」

僕らはさっそく、コードのボトルネックを探しました。

WPFのUIツリーのレンダリングが重いのか? 起動時に読み込んでるマスタデータが多すぎるのか? 検索クエリ(SQL)が非効率なのか?

プロファイラを回し、非同期処理(async/await)を見直し、不要な Task.Delay を消し、重いI/O処理を別スレッド(Task.Run)に追い出し、データの遅延読み込み(Lazy Loading)を実装し……。

C#エンジニア、WPFエンジニアとしての腕の見せ所です。

結果、開発環境では起動時間が平均7秒から3秒に、検索画面も平均5秒から2秒に短縮!

「完璧じゃん!」

僕らは意気揚々と、この改善版を全世界のユーザーにリリースしました。

サイレントだった「クレーム」

リリース翌日。北米やヨーロッパの主要拠点からは、「お、なんか速くなったね!」「グッジョブ!」とポジティブなフィードバックがちらほら。

ダッシュボードを見ても、起動時間や検索時間の95パーセンタイルが劇的に改善しているのが分かりました。

「いやー、勝利ですわ。これで今夜のビールは美味い」

そう思っていた、リリースから3日後の朝でした。

東南アジア(とだけ言っておきます)の、とある大規模拠点のマネージャーから、僕の直属の上司(VP)宛に、真っ赤な「URGENT!!」がついたメールが届きました。

「新バージョンにしてから、検索画面が『全く』開かなくなった。業務が完全にストップしている。昨日から生産ラインに影響が出ている。どうなっているんだ!!!」

……血の気が引きました。

「え? なんで? こっちは速くしたはずなのに」

「『全く開かない』ってどういうこと? クラッシュしてる?」

慌てて Application Insights のクラッシュレポートを確認します。……が、その拠点からのクラッシュ報告はゼロ。

「おかしい。クラッシュしてないなら、ただ遅いだけ?」

「でも、ダッシュボード上では、95パーセンタイルのユーザーですら速くなってるのに……」

ここで、僕はある仮説……というか、最悪のシナリオに気づきました。

「まさか……遅すぎて、ログが届いてない?

フック:「Data Audit(データ監査)」の本当の意味

僕らが直面していた問題。それこそが、今回のテーマである Pillar 1: Data Audit & Diversification(データ監査と多様化)の核心でした。

AI/MLの世界では、「Data Audit」というと、AIモデルに学習させるデータセットに人種的・性別的な偏り(バイアス)がないか、法的な問題がないかを監査する、という意味合いが強いです。

でも、僕らクライアントアプリ開発者にとっての「Data Audit」は、もっと身近で、もっと泥臭い話でした。

それは、**「今、自分たちが見ている『ログデータ』は、本当に全ユーザーの『現実』を正しく反映しているか?」**を徹底的に疑うことです。

僕らは、クレームをくれた拠点(仮にA拠点とします)に絞って、データを洗い直しました。

そして、愕然としました。

1. ネットワーク・バイアス(ログが届かない)

A拠点は、他の拠点に比べてネットワークインフラが脆弱で、極端に回線が細く、不安定でした。僕らが「速くなった」と喜んでいた改善版は、実は起動時に読み込むマスタデータの「初期読み込み量」を少し増やし、その代わり検索時の処理を軽くする、というトレードオフを含んでいました。(※これは架空のシナリオですが、よくある話です)

結果、A拠点では、起動時のデータダウンロードが終わらず、タイムアウトしていたのです。

じゃあ、なぜログがなかったのか?

Application Insights へのログ送信(HTTPリクエスト)も、その不安定なネットワークのせいで、パケットロスしたり、タイムアウトしたりして、Azureのサーバーに到達していなかったんです。

僕らが見ていた「95パーセンタイル」の美しいグラフ。

あれは、「かろうじてログを送信できた、比較的ネットワークがマシなユーザー」だけの統計だったのです。

本当に困っていた「A拠点」のユーザーは、ログの「分母」にすら入っていなかった。彼らは「見えないユーザー(Underrepresented Groups)」そのものでした。

2. タイムアウト設定のバイアス(「遅い」の定義)

さらにタチが悪かったのは、検索処理です。

僕らは、C#のコード(HttpClient やDB接続)のデフォルトのタイムアウト値を、例えば「60秒」とか、かなり長めに設定していました。WPFアプリが「クラッシュ」しないように、という配慮です。

しかし、ユーザーにとって「60秒待たされる」のは、「動いていない」のと同じです。

A拠点では、検索処理が(クラッシュはしないものの)50秒かかっていた。でも、60秒以内なので「エラー」としてはログが上がってこない。

僕らは「検索成功率99.9%」というデータを見て安心していたけど、その裏には「50秒待たされてキレてるユーザー」が大量に隠れていたわけです。

3. 開発者バイアス(「自分」が基準)

そして何より、僕ら開発チームの環境が良すぎた。ギガビット回線、ハイスペックPC。そんな環境で「3秒が2秒になった!」と喜んでいても、劣悪なネットワークと低スペックPCで動かすユーザーの現実とは、あまりにもかけ離れていた。

「起」のまとめ:データは「集める」だけでは意味がない

僕らが今回の失敗から学んだ、これから海外で働くエンジウムニアに伝えたい「得する情報」はこれです。

海外で開発するなら、「データがない」=「問題がない」と絶対に思うな。

「データが取れていない」こと自体が、最大の問題(=バイアス)である可能性を疑え。

日本国内向けのシステム開発でも、もちろん環境差はあります。でも、海外、特にグローバルに展開する場合、その「差」は想像を絶します。僕らが「常識」だと思っているネットワーク速度、PCスペック、なんなら「PCを毎日再起動するかどうか」まで、全く違う。

デスクトップアプリ(WPF)は、Webアプリと違って、ユーザーのローカル環境に深く依存します。だからこそ、ログ(データ)は「集める」だけじゃなく、「あらゆる環境から、偏りなく集められているか?」を監査(Audit)する視点が、死ぬほど重要なんです。

この「データ監査(Data Audit)」の視点がないまま、ダッシュボードの「平均値」や「中央値」だけを見て「改善した!」と喜ぶのは、超危険。

僕らはこの大炎上で、自分たちのデータがいかに「偏っていた」か、いかに「多様性(Diversification)」に欠けていたかを痛感させられました。

じゃあ、この「見えないユーザー」だらけの状況で、僕らはどうやって問題を特定し、どうやって「本当に遅い」という証拠(データ)を集めに行ったのか?

次の「承」では、僕らが実行した、超泥臭い「データ監査」の具体的なテクニックと、AI用語でいうところの「データ拡張(Data Augmentation)」ならぬ、「データの穴埋め」の戦いについて、詳しくお話ししようと思います。

泥臭く、執拗に。WPFアプリ開発者が挑んだ「データの穴埋め」大作戦

(※文字数:約3000文字)

さて、「起」の続きです。

東南アジアのA拠点から「業務停止」の真っ赤なメールが届き、僕らのダッシュボード(Application Insights)にはA拠点からのエラーログが「ゼロ」だった、という絶望的な状況。

僕らが直面したのは、「本当に困っているユーザーの声(データ)ほど、集まらない」という、恐ろしい「ログ収集のバイアス」でした。

「データがない? なら、問題ないね」

……なわけがない。

ここからが、僕らWPF開発チームの、超絶泥臭い「データ監査(Data Audit)」と「データ多様化(Data Diversification)」の始まりでした。AIエンジニアがやるようなスマートなもんじゃない。もっとこう、地べたを這いずり回るような、執拗な犯人探し(デバッグ)です。

僕らがやった「データの穴埋め」大作戦は、大きく分けて3つ。

これは、海外の多様な環境で戦うエンジニアなら、絶対に知っておくべき「サバイバル術」です。

作戦1: ログが「死んでも」送れる仕組みを作る(データ監査の実践)

まず、僕らが最優先でやったこと。

それは、「ネットワークが不安定だろうが、アプリがクラッシュしようが、ログだけは絶対に開発チームに届ける」という、超堅牢なログ送信の仕組みを、大至急で作って組み込むことでした。

Application Insights の TelemetryClient.TrackException() は、確かに便利です。でも、あれは「ログ送信(HTTPリクエスト)が成功すること」を前提にしている。

A拠点のように、ネットワーク自体がボトルネックになっている場合、「エラーが起きた!」というログ送信(TrackException)自体が、ネットワークエラーで失敗するんです。最悪の悪循環。

そこで、僕らはC#でこう組みました。

  1. 「ローカル退避」こそ正義全てのネットワーク通信処理(DB接続、API呼び出し、マスタダウンロード)の try-catch を見直しました。そして、catch (Exception ex) ブロックの中で、Application Insights に送る**「前」**に、まずローカルファイルにログを書き出すように変更したんです。C#// C# (WPF) でのコードイメージ
    try
    {
    // 従来のマスタデータダウンロード処理
    await DownloadMasterDataAsync();
    }
    catch (Exception ex)
    {
    // ★最重要★
    // まず、絶対にローカルに書き出す!
    SaveLogToLocalFile(ex, “MasterDownloadError”);

    // その「後」で、ダメ元でAppInsightsにも送ってみる
    // (ここは失敗しても、ローカルに残ってるからOK)
    _telemetryClient.TrackException(ex);
    }書き出し先は、Environment.GetFolderPath(Environment.SpecialFolder.LocalApplicationData) とか、ユーザーが普段見ない安全な場所。これで、少なくともユーザーのPCには「エラーの証拠」が残る。
  2. 「ログ専用」の非同期アップローダーを実装ローカルに保存しただけじゃ、僕らは見れません。そこで、アプリ起動時に Task.Run で、このローカルのログファイル(.log とか .txt)を探し出し、AzureのBlobストレージとか、Application Insights とは「別」の、もっとシンプルなエンドポイントに送信する、専用のアップローダーをバックグラウンドで動かすようにしました。こいつのキモは、「リトライ処理」です。送信に失敗しても、エラーにせず、次の起動時、あるいは1時間後とかに、静かにリトライし続ける。ネットワークがマシな瞬間に、溜まったログを全部送ってもらうんです。まさに、「ログの穴埋め」。僕らはこれを「ゾンビ・ロガー」と呼んでました(笑)。

この緊急パッチをA拠点にだけ先行リリースしました。

「頼む、なんかログを吐いてくれ……!」

作戦2:「合成データ」で地獄を再現する(シミュレーション)

ログが届くのを待つ間も、僕らは手をこまねいていたわけじゃありません。

フック(Pillar 1)には「Synthetic Data Generation(合成データ生成)」って言葉がありましたよね。

AIの世界では、学習データが足りないときに、AIに「それっぽい」偽データを作らせることを指します。

僕らWPFエンジニアにとっての「合成データ」は、そんな高尚なものじゃない。

**「劣悪なネットワーク環境を、自分たちの開発PCで『合成(シミュレート)』する」**ことです。

海外開発のキモは、**「いかにして、ユーザーのクソな環境をローカルで再現するか」**にかかっています。

僕がやったのは、Fiddler(Webデバッガ)を使ったネットワークシミュレーションです。

Fiddlerには、通信速度を意図的に遅くする機能(Rules > Performance > Simulate Modem Speeds)があるんですが、これじゃまだ生ぬるい。

もっとリアルにやるなら、「Clumsy」という無料ツールが最強です。

こいつは、Windowsのネットワーク層に割り込んで、意図的に「パケットロス(Packet Loss)」や「遅延(Lag)」、「帯域制限(Bandwidth Limit)」を発生させられる神ツール。

僕らは、A拠点から聞いたヒアリング(「なんか、いつも夕方になるとネットが重くなるんだよね…」)を元に、

「パケットロス: 5%, 遅延: 300ms (Round Trip), 帯域: 1Mbps」

みたいな設定を Clumsy で作りました。

そして、自分たちの開発環境で、この「地獄ネットワーク」をONにして、アプリを起動する。

……起動しました。僕らのWPFアプリが。

「うわっ……起動しねぇ……」

スプラッシュスクリーン(起動画面)が出たまま、5分経ってもウンともスンとも言わない。

そう。ついに「A拠点の現実」を、僕らのローカルPCで「合成(再現)」できた瞬間でした。

「起動時に読み込んでるマスタデータ、デカすぎだろ……」

「このAPI、タイムアウト設定短すぎ。リトライもしてないじゃん」

これまで「95パーセンタイル」の影に隠れていた、致命的な設計ミスが、次々と炙り出されていきました。

作戦3: 「データ」がダメなら、「人間」に聞け(定性データという最強の武器)

ログ(定量的データ)がダメ。シミュレーション(合成データ)も準備中。

でも、顧客は「今」困ってる。

僕がすぐにやったこと。

それは、A拠点のマネージャーに Microsoft Teams で「今すぐ、30分だけ時間をくれ。あなたのPC画面を、僕に『見せて』ほしい」とお願いすることでした。

海外(特に時差がある拠点)との仕事で、これが一番効きます。メールで10往復するより、30分の画面共有。

マネージャーはイライラしていましたが、なんとかOKしてくれました。

そして、画面共有が始まる。

「いいかい、今から起動するぞ」

マネージャーがWPFアプリのアイコンをクリックする。

……(スプラッシュスクリーン)……

……(1分経過)……

……(2分経過)……

僕「(まだ起動しない……!)」

マネージャー「ほらな。いつもこうだ。もう朝の業務は諦めたよ」

……(3分経過)……

やっとログイン画面が出た。

僕「ありがとうございます! じゃあ、例の検索画面、開いてもらえますか?」

マネージャーが検索ボタンをクリックする。

WPFお得意の、くるくる回る BusyIndicator が表示される。

……(10秒経過)……

……(30秒経過)……

……(50秒経過)……

そして、くるくるが止まった。

でも、画面は遷移しない。クラッシュもしていない。

ただ、検索画面のまま、何も起きない。

僕「……マネージャー、これ、いつもこうですか?」

マネージャー「ああ。こうなったらもうダメだ。アプリをタスクマネージャーで殺すしかない」

これでした。

僕らが Application Insights で見ていた「検索成功率99.9%」の正体はこれだ。

コード上は、どこかで(おそらくUIスレッドじゃない場所で)Task がタイムアウトしたか、Exception が握り潰されて(catch してるけどログを吐いてない)、処理が「ただ終了した」だけ。

クラッシュじゃないから、ログは上がらない。

でも、ユーザー(マネージャー)にとっては「アプリが死んだ」のと同じ。

この30分の画面共有(=生きた定性データ)は、僕らが1週間かけて Application Insights のグラフをこねくり回すより、100倍有益でした。


「承」のまとめです。

僕らは、この「ゾンビ・ロガー(作戦1)」、「地獄ネットワーク(作戦2)」、そして「画面共有(作戦3)」という、3つの泥臭いアプローチで、ついに「見えないユーザー」のデータを掴むことに成功しました。

「起」で提起した、「データ監査(Data Audit)」と「データ多様化(Diversification)」。

それは、僕ら現場のエンジニアにとっては、

  • データ監査 = ログが「取れていない」可能性を疑い、ローカル退避とリトライで、しつこくログを「狩る」仕組みを作ること。
  • データ多様化 = ログ(定量)だけでなく、シミュレーション(合成)や、ユーザーの生の声(定性)という、多角的な「証拠」を集めること。

だと言えます。

さあ、データは集まった。

A拠点では、起動時に3分、検索処理は50秒で黙って死ぬ。

この「平均値」のグラフからは完全に見落とされていた、最も重要な現実を、僕らはどうやって解決したのか?

次の「転」では、この「多様すぎるデータ」を前に、僕らがC#のコードに、どんな「IF文」を書き加える決断をしたのか。そして、それがなぜ「海外で働く」ということの本質なのか、という話をします。

 「平均値」の嘘。多様性(Diversity)がコードの「IF文」を変えた瞬間

(※文字数:約3000文字)

「承」で、僕らはついに「見えないユーザー」だったA拠点の、生々しい現実を掴みました。

「ゾンビ・ロガー」が吐き出したログファイル。「地獄ネットワーク」シミュレーターが再現した絶望的な遅さ。そして、マネージャーの画面共有で見た、「50秒で黙って死ぬ検索画面」。

データは集まった。

A拠点は、起動に3分かかり、検索は(クラッシュせず)無反応になる。

他の95%の拠点は、僕らの改善で「爆速になった」と喜んでいる。

さあ、どうする?

この状況、エンジニアとして一番悩ましい局面だと思いませんか?

  • A案: A拠点のために、改善を全部ロールバック(差し戻し)する。→ これをやったら、A拠点は「元通り(クソ遅い)」に戻るだけ。そして、改善を喜んでいた95%のユーザーから「なんで遅くしたんだ!」とブチ切れられる。最悪の選択肢。
  • B案: 95%の「声が大きい」ユーザーを優先し、A拠点には「お前のとこのネットワークが悪いんだろ」と我慢してもらう。→ これも最悪。A拠点は業務が停止してる。エンジニアがインフラのせいにして「解決」から逃げるのは、ただの敗北です。

僕ら開発チーム(C#/WPF)は、頭を抱えました。

僕らが信じていたダッシュボードの「平均値」や「中央値」。あれは、最大多数の「そこそこ快適な」ユーザーの声を集約しただけの、「幻想」でした。

「平均的なユーザー」なんて、どこにもいなかった。

いたのは、「ギガビット回線でサクサク動いてハッピーなユーザー」と、「1Mbpsの不安定回線でアプリが起動すらしなくてブチ切れてるユーザー」という、あまりにもかけ離れた「両極端」でした。

この「データの多様性(Data Diversity)」を前にして、僕らがやろうとしていた「たった一つの、全員を満足させる完璧なパフォーマンス改善」なんてものが、そもそも土台無理な話だったんです。

この事実に気づいたとき、僕の頭の中に、今回のフック(Pillar 1)の最後のキーワードが浮かびました。

Diversification(多様化)です。

僕らは「データの多様性」を思い知った。

ならば、僕らが書くC#のコードも、「多様」であるべきじゃないか?

……そう。

僕らがたどり着いた「転」――逆転の一手は、

「ユーザーを『平均』で見るのをやめ、『環境』で分類する」

という、シンプルなC#の if 文でした。

「低帯域モード(Low-Bandwidth Mode)」というIF文

僕らは、アプリに新しい「モード」を導入する決断をしました。

Application.Resources(WPFアプリ全体で共有するリソース)か、どこかシングルトンな AppConfig クラスに、こんなプロパティを一個追加したんです。

C#

// C# (AppConfig.cs)
public static class AppConfig
{
// このフラグが「アプリの振る舞い」を根本から変える
public static bool IsInLowBandwidthMode { get; private set; } = false;

// 起動時に、このモードを判定するロジック
public static async Task DetectEnvironmentAsync()
{
// どうやって判定するか?
// 1. 拠点ごとに配布する設定ファイル(.config)に明記する(確実)
// 2. 起動時にサーバーへのPing値や、小さなテストファイルのDL速度を測る(動的)

// 今回は、A拠点のIT部門と連携し、
// A拠点のPCにだけ配布する config ファイルで明示的にTrueに設定した
IsInLowBandwidthMode = LoadConfigFromFile("Network.config");
}
}

そして、アプリ起動時の App.xaml.cs で、この判定処理を(スプラッシュスクリーンが出てる裏で)呼び出す。

C#

// C# (App.xaml.cs)
public partial class App : Application
{
protected override async void OnStartup(StartupEventArgs e)
{
// スプラッシュを表示
var splash = new SplashScreen("...");
splash.Show(false);

// ★ここで「環境」を判定する★
await AppConfig.DetectEnvironmentAsync();

// メインウィンドウ起動
var mainView = new MainWindow();
mainView.Show();
splash.Close(TimeSpan.FromSeconds(0.5));
}
}

たったこれだけ?

いや、ここからが本番です。

この AppConfig.IsInLowBandwidthMode という bool 値。

こいつを使って、アプリの「あらゆる」振る舞いを、C#コードの if 文で分岐(Diversify)させていったんです。

1. 起動時のマスタ読み込み(ViewModel)

僕らが「良かれと思って」やった改善は、起動時に多くのマスタデータを先読み(プリロード)して、検索時のレスポンスを上げる、というものでした。これがA拠点でコケた。

だから、こう変えました。

C#

// C# (MainViewModel.cs のコンストラクタとか)
public async Task LoadInitialDataAsync()
{
if (AppConfig.IsInLowBandwidthMode)
{
// [低帯域モード]
// 起動時は「絶対に必要な最小限」のマスタ(例:ユーザー権限)だけ読む。
await _masterService.LoadMinimumMastersAsync();
}
else
{
// [通常モード]
// 従来通り、快適さのためにガッツリ先読みする。
await _masterService.LoadAllMastersAsync();
}
}

2. 検索画面のロジック(SearchViewModel)

A拠点で50秒黙って死んでいた検索処理。

原因は、ネットワークが遅いのに、大量のデータを一気に取ってこようとして、HttpClient やDB接続がタイムアウトしていたことでした。

これも分岐です。

C#

// C# (SearchViewModel.cs)
private async void OnSearchExecute()
{
if (AppConfig.IsInLowBandwidthMode)
{
// [低帯域モード]
// 1. UI側で、日付範囲の入力を「必須」にする(Validation)
// → これで、そもそもサーバーに投げるクエリの負荷を下げる
if (string.IsNullOrEmpty(SearchStartDate) || string.IsNullOrEmpty(SearchEndDate))
{
ShowMessage("低帯域モードでは、日付範囲の指定は必須です。");
return;
}

// 2. タイムアウト値を「長く」設定し、必ず「進捗」を見せる
var results = await _searchService.SearchAsync(
criteria,
timeout: TimeSpan.FromMinutes(3), // 60秒→180秒に延長
progressCallback: (p) => { this.ProgressPercent = p; }
);

// 3. データは「10件ずつ」しか取ってこない(Paging)
this.CurrentResults = new IncrementalLoadingCollection(criteria);
}
else
{
// [通常モード]
// 従来通り、リッチな検索。一気に100件取ってきて表示。
var results = await _searchService.SearchAsync(criteria, timeout: TimeSpan.FromSeconds(30));
this.CurrentResults = new ObservableCollection(results);
}
}

「転」のまとめ: 多様性とは「分岐」である

もうお分かりですよね。

僕らがやったのは、魔法のような「誰でも速くなる」コードを書くことじゃありません。

「データ監査(Audit)」によって暴き出された「データの多様性(Diversity)」に基づき、C#のコードで「振る舞いを分岐(Diversify)」させた。

これこそが、僕らがAI/MLの世界から学んだ、「Data Audit & Diversification」の、WPFアプリ開発における「答え」でした。

「平均的なユーザー」という幻想を追いかけるのをやめ、「A拠点(低速)」と「その他(高速)」という、実在する2つのグループに、それぞれ最適化された体験(UX)を提供する。

この if (AppConfig.IsInLowBandwidthMode) こそが、僕らの「転」の象徴です。

この修正版をリリースしたとき。

A拠点からは「検索が動いた! しかも進捗バーが出るから、待てる!」と感謝され、

他の拠点からは「(何も変わらないから)快適なままだよ」と、文句も出ない。

僕らは初めて、「データ」に基づいて、グローバルなユーザー全員を(それぞれの形で)満足させることができたんです。

さあ、長かったこの失敗談も、いよいよ次で最後です。

この一連の炎上案件を通して、僕が「海外で働くエンジニア」として、C#の技術スキル以上に「本当に大事だ」と痛感したマインドセット。

それを、これから海を渡るあなたへの「お土産」として、お渡ししようと思います。

これから海外へ出る君へ。最強の武器は「データを疑う」視点だ

(※文字数:約3000文字)

長かった僕の失敗談に付き合ってくれて、ありがとう。

「起」で問題にぶち当たり、「承」で泥臭くデータを掘り起こし、「転」で if 文による「解の分岐」にたどり着いた。

僕らが「良かれと思って」やった改善が、なぜある拠点で大炎上したのか。そして、その裏にあった「データの罠」とは何だったのか。

このブログの最後に、この一連の経験から僕が学んだ、C#の async/await の使い方よりも、WPFの MVVM パターンの実装方法よりも、**100倍重要だと断言できる「マインドセット」**について、これから海外で働こうとしている君に伝えたい。

これが、僕がこの炎上で得た、一番「得する情報」だ。

「平均的なユーザー」という名の妖怪

僕らがハマった最大の罠。それは、「平均的なユーザー」という幻想を信じてしまったことだ。

Application Insights のダッシュボードに表示される「起動時間:中央値 5秒」。

この「5秒」という数字を見たとき、僕らは無意識に「なるほど、うちのユーザーはだいたい5秒くらいで起動するんだな」と思い込んでしまった。

でも、現実は違った。

「ギガビット回線で2秒で起動するユーザー」と「不安定な1Mbps回線で3分(180秒)かかるユーザー」がいただけだ。

(2 + 180)÷ 2 = 91秒。

ほら、「平均」や「中央値」なんて、この両極端な現実の前では、何の意味もない数字だ。

日本国内で開発していると、ユーザー環境の「差」は、そこまで極端じゃないかもしれない。みんな、ある程度安定した光回線を使い、ここ数年で買ったPCを使っている。

でも、「海外」は違う。

君がこれから飛び出すフィールドは、「差」がとんでもなくデカい。

ヨーロッパの石造りのオフィスでWi-Fiが絶望的に飛ばない場所もあれば、アジアの拠点でいまだにADSLが現役だったり、南米でスコールが来るとネットワークが全滅する、なんてことが「日常」として存在する。

この**「環境の多様性(Diversity)」**こそが、海外開発のラスボスだ。

そして、このラスボスを倒す唯一の方法が、今回のテーマだった Data Audit & Diversification なんだ。

君の「IF文」は、ユーザーの「現実」を見ているか?

僕らにとって、

Data Audit(データ監査) とは、AI用語なんかじゃなく、「俺のダッシュボードに映ってない『最悪の環境』のユーザーはどこだ?」と疑い、探し出す「技術的共感(Technical Empathy)」のプロセスのことだ。

そして、Data Diversification(データ多様化) とは、AIに偽の画像を食わせることじゃなく、「見つけ出した『最悪の環境』のユーザーを、コードの『IF文』で救済すること」だ。

「転」で書いた、あの if (AppConfig.IsInLowBandwidthMode) こそが、僕らの Data Diversification の答えだった。

  • 通常モード(else 節)は、快適な95%のユーザーのためのコード。
  • 低帯域モード(if 節)は、「ゾンビ・ロガー」と「画面共有」で見つけ出した、A拠点のユーザーのためのコード。

僕らC#エンジニアは、とかく「クリーンなコード」を求めがちだ。if 文を減らし、ポリモーフィズム(多態性)を使ってエレガントに実装したい、と思う。

でも、海外の多様な現実を前にしたとき、ユーザーの「環境」という現実から目をそらした「エレガントなコード」は、ただの自己満足でしかない。

たとえ泥臭くても、ユーザーの現実に合わせて処理を「分岐」させる if 文こそが、グローバルエンジニアの書くべき「正義」だと、僕はあの一件で学んだ。

これから海を渡る君への、3つの「お守り」

もし君が、僕と同じように海外でクライアントアプリ(WPFだろうがWebだろうが)の開発者としてやっていくなら、この3つを「お守り」として持っていってほしい。

  1. 「ログがない」は、「エラーがない」ではない。「ログが『取れていない』最悪の事態」を常に想定しろ。ログはローカルに退避させろ。Application Insights がコケてもログを拾える仕組み(ゾンビ・ロガー)を、君の「標準装備」にすること。
  2. 自分の「爆速環境」を信用するな。Clumsy でも Fiddler でも、ChromeのDevToolsでも何でもいい。開発プロセスの「必須項目」として、「パケットロス5%・遅延500ms」みたいな「地獄ネットワーク」での動作確認を組み込め。これをやらないうちは、WPFアプリの Release ビルドを叩くな。
  3. 「データ」より「ユーザー」を信じろ。ダッシュボードのグラフがどれだけ美しくても、たった一人でも「動かない」というユーザーがいたら、真実はそっちにある。グラフを100回見るより、そのユーザーと15分、Teams で画面共有しろ。その15分が、君の「平均値」の呪いを解いてくれる。

僕が今、海外でエンジニアとして(なんとか)飯を食えているのは、C#の最新機能(record とか .NET 9 とか)を知っているからじゃない。

「このデータ、なんか嘘くさくね?」

「この機能、あの拠点の遅い回線で動くんか?」

と、**データを疑い、ユーザーの現実を想像する「視点」**を持てたからだ。

君の最強の武器は、キーボードでもなければ、Visual Studioでもない。

その「視点」だ。

さあ、準備はいいか?

デカい「差」が待ってる、面白くて、最高にやりがいのあるフィールドへ、ようこそ!

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