理想と現実のギャップ ~期待していたグローバルな仕事ってこうじゃなかった!?~
僕が初めて海外でITエンジニアとして働くことになったとき、それはまさに夢が叶った瞬間だった。
日本のオフィスで、夜な夜なLinkedInで海外求人を眺めていたあの日々。
「海外で働くエンジニア=最先端プロジェクトで、フレンドリーなチームに囲まれて、自由でオープンな開発スタイル」
そんなキラキラしたイメージを胸に、僕はついにアメリカ西海岸の某IT企業に転職した。
初出勤の日、オフィスのドアを開けた瞬間は今でも忘れない。
MacBookとデュアルモニターが並ぶデスク。スタンディングデスクもあって、みんなラフな服装で、自由にコーヒーを取りに行く。
Slackでは絵文字が飛び交い、ランチミーティングではピザが配られる。
「うわ、これが憧れのシリコンバレーっぽい職場か…!」
胸が高鳴る思いだった。
でも、実際に自分のデスクに座り、プロジェクト用のリポジトリをクローンした瞬間から、現実は一気に僕にのしかかってきた。
最初の壁:「設計書がない」「仕様がない」「ドキュメントどこ?」
配属されたプロジェクトは、社内向けの業務アプリケーション開発だった。
使用技術は、まさかの C# WPF。
正直、「え、アメリカでWPF!?」と心の中で驚いた。
でもそれ以上に衝撃だったのは、
「設計書がほぼ存在しない」
「過去コードを読んで仕様を推測しろスタイル」
だったこと。
日本で働いていた頃は、たとえウォーターフォールだろうがアジャイルだろうが、
最低限のUI設計書、クラス設計書、画面遷移図くらいは用意されていた。
それに、レビューもかなり厳しかったし、ドキュメントベースでの設計レビューも何度もあった。
でも、こっちの現場は違った。
マネージャー:「So, here’s the repo. Just take a look at the existing code. Let me know if you have any questions.」
僕:「(え…?仕様は?設計書は?この画面の動作フローは?)」
先輩エンジニアに聞いても、
「Yeah, we usually just read the code and ask each other if something’s unclear.」
「設計?そんなのあったら苦労しないよ(笑)」
みたいな反応。
英語で詰まる、技術で詰まる、文化で詰まる。
さらに追い打ちをかけたのが、
英語の壁
文化的なコミュニケーションスタイルの違い
C# WPF特有のレガシーコードとの戦い
のトリプルコンボ。
特に辛かったのが、「質問の仕方がわからない問題」。
日本なら、「この画面のボタンクリック時のイベントフローを設計書で確認してから、仕様漏れがないかレビューする」
みたいな流れがあるけど、
こっちは、「まずコード読んで、自分で理解して、それでもわからない部分をピンポイントで質問しろ」スタイル。
例えば、こんな感じで詰まった。
僕:「Excuse me, could you tell me the flow when I click this button on the UI?」
先輩:「Just check the Button_Click event in the code. Let me know if it’s unclear after that.」
…Yes, of course.
もちろん、Visual Studioでイベント追っていくことはできる。
でも、初日から全体アーキテクチャも知らない、デザインパターンもどうなってるかわからない、そんな状況で
**「まずコード読め」「設計は自分で推測しろ」**は、なかなかにキツい。
「アジャイル文化」の現実
あとでわかったことだけど、
この会社は「アジャイル開発」っていう名の、**「ドキュメント最小化&コミュニケーション重視」文化だった。
最初は「アジャイル=柔軟で効率的」くらいにしか思ってなかったけど、
実態は、「スピード重視で細かい設計は現場任せ」**だった。
Sprint Planningでは、Jiraのチケットだけが唯一の仕様書代わり。
チケットには、
「Implement save feature for XYZ screen」
とか、たった一行だけ。
そのたった一行で、
「どこまで実装するか」「どんなエラーハンドリングが必要か」「どんなUIフローか」
を全部自分で読み取って動く。
**「不明点があれば自分でどんどん聞け」**が大前提。
ここまでのまとめ(起の締め)
最初の1ヶ月、僕は「設計書がない不安」と「英語での質問の難しさ」と「レガシーWPFコードとの格闘」に追われ続けた。
「これ、ほんとに慣れる日が来るのか?」
「日本式に設計から入るほうが正解なんじゃないか?」
何度も悩んだし、
何度も家に帰ってから日本語で検索して「海外エンジニア 設計書ない」「アメリカ IT開発 流れ」みたいなキーワードでググりまくった。
でも、この時の混乱と苦労が、
のちの僕にとってめちゃくちゃ大事な「海外IT現場のリアル理解」につながっていくことになる。
カオスからの脱出 ~自分流のサバイバル術を見つけるまで~
最初の1ヶ月は、本当に心が折れそうだった。
朝デスクに座って、Slackで飛んでくるタスク指示を見るたびに、胃が痛くなる。
Jiraのチケットには相変わらず一行説明しかないし、
上司も先輩もみんな忙しそうで、気軽に長文の質問を送ることもできない雰囲気。
何より、**「WPF特有のデータバインディング地獄」**と
**「MVVMパターンが中途半端に適用されたレガシーコード」**に翻弄され続けていた。
自分で始めたこと①:「勝手に非公式設計書を作る」
まず僕が最初にやったのは、
「自分用の設計書」を勝手に作り始めることだった。
- クラス間の関連図(簡易UML)
- 画面遷移フロー
- ViewModelとViewのバインディングマッピング
- 各画面ごとのイベントフロー図
正直、誰に頼まれたわけでもない。
でも、これをやらないと、
「どこに何のロジックがあるか」
「どのプロパティがどのUIコンポーネントにバインドされているか」
が全然頭に入らなかった。
最初は手書きのノートに図を描いて、
慣れてきたらdraw.io(今はdiagrams.net)とか、Visual StudioのClass Designerも使い始めた。
この「勝手ドキュメント化作戦」は、のちにチームの新人向け資料としても流用できることになる。
(この時はそんな未来を知る由もなかったけど…)
自分で始めたこと②:「質問の英語テンプレを作る」
次にやったのは、
**「英語での技術質問テンプレ」**の作成。
毎回聞きたいことは似ているのに、
いざSlackで文章にしようとすると、
変な言い回しになったり、相手に意図が伝わらなかったり。
だから、以下のような「使い回しできる定型文集」をNotionにストックし始めた。
僕が作ったリアル英語質問テンプレ:
- 「Could you please help me understand the expected behavior for this feature?」
(この機能の期待される動作について教えていただけますか?) - 「I’ve checked the existing code, but I’m still unclear about the flow for this part. Could you clarify?」
(既存コードは確認したのですが、この部分の流れがまだ不明です。教えてもらえますか?) - 「Is there any existing documentation or related tickets that describe this feature in more detail?」
(この機能に関する詳細なドキュメントや関連チケットはありますか?) - 「I’m currently assuming that the intended behavior is XXX. Could you confirm if this is correct?」
(現在XXXという動作が意図されていると想定していますが、これで正しいでしょうか?)
このテンプレをストックしておくだけで、
質問するまでの心理的ハードルがぐっと下がった。
自分で始めたこと③:「Git履歴ダイブとコードリーディング強化」
もう一つ、地味だけど効果が大きかったのが、
「Git履歴ダイブ」と「過去プルリクの読み込み」。
設計書がない代わりに、
「過去のプルリクコメント」
「コミット履歴」
には、先輩たちの思考の断片が残っている。
僕は、関連チケットのGit履歴を遡って、
「この機能はどんな議論のもと実装されたのか」
「過去、どんな不具合が出て、どう修正されたのか」
を読み解くようになった。
特に役立ったのが、先輩エンジニアのコメント。
「Why we didn’t use MVVM here」
「Temporary fix due to time constraints」
「Refactor needed in the future」
…こういう一言が、設計意図を読み解く手がかりになった。
自分で始めたこと④:「毎朝10分の今日の目標メモ」
この時期、メンタルが崩れかけてた僕が、
なんとか気持ちを立て直すために始めた習慣がある。
それが、
「朝イチで今日の目標を3つだけ書くメモ」。
例:
- 「Buttonクリックの処理フローを全部トレースする」
- 「英語でチケットに質問を1件投稿する」
- 「デバッグ時に使えるVisual Studioショートカットキーを1つ覚える」
これだけでも、毎日「小さな達成感」が得られて、
次の日へのモチベーションが少しだけ保てた。
少しずつ見えてきた「海外現場で生き抜くコツ」
こうして、
「自分でドキュメントを作る」
「質問テンプレを用意する」
「過去コードに学ぶ」
「一日一小目標で前進する」
この4つの習慣が、僕の海外エンジニア生活のサバイバル術になっていった。
周りは相変わらず「仕様?そんなの読めばわかるでしょ?」スタイルだったけど、
この頃から少しずつ、
「あ、これは慣れてきたかも」
という感覚が生まれ始めた。
信頼を得るまでのリアルプロセス ~“使えない日本人”から“頼れるメンバー”へ~
サバイバルモード全開でなんとか1〜2ヶ月を乗り切った僕だったけど、
その頃の評価は正直、**「遅い」「慎重すぎる」「質問が多い」**というネガティブなものだった。
Slackのダイレクトメッセージで何か聞くたびに、
先輩たちは「またか…」みたいなリアクションを見せる時もあったし、
スプリントレビューの時に進捗が思わしくないと、
さりげなくマネージャーから「もう少しスピードを上げようか」なんて言われることもあった。
心の中では、
「こっちは初めての海外プロジェクトで、言語も文化も違うんだから、もう少し配慮してくれよ…」
なんて思ってたけど、
それを口に出せるだけの英語力も勇気もなかった。
「スピードと品質、どっち優先?」文化の違いに戸惑う
ある時、特に印象に残っている出来事がある。
WPFのフォームに、新しいデータ入力機能を追加するタスクを任された時のこと。
日本なら、まずUIデザインレビューをして、画面遷移図を作って、クラス設計して…
という流れを踏むのが当たり前だった。
でも、こっちの文化は違った。
チケットにはたった一行:
「Add data input functionality for XYZ screen」
僕は不安だったから、Figmaで簡易モックを作って、
データバインディングの設計方針もドキュメントにまとめて、
上司にレビュー依頼を出した。
返ってきた返事はこれ。
「Looks fine, but don’t overthink. Just ship it.」
…「Don’t overthink」
これがこの会社で何度も聞かされたキーワードだった。
スピード重視。
とにかく「動くものをまず作れ」。
細かい設計書とか、画面レビューとか、「あとで直せばいいから」。
この文化ギャップに、めちゃくちゃ苦しんだ。
「失敗から学べ」と言われて、実際に失敗した話
そんな中、ある日やらかした。
あるタスクで、データ保存処理の非同期実装を任された時のこと。
CancellationTokenの扱いが甘くて、UIがフリーズするバグを本番環境に出してしまった。
翌日のデイリースタンドアップで、
マネージャーからこう言われた。
「No worries. Just make sure to write a post-mortem and share it with the team.」
ポストモーテム?
え、失敗した原因分析を、チーム全員に公開するの…?
正直めちゃくちゃ恥ずかしかったけど、これも文化。
日本なら「こっそり修正して終わり」にしがちなミスも、
アメリカの現場では「チーム全体で学びに変える」のが当たり前。
僕はNotionに以下の内容でポストモーテムを書いた。
【Post-Mortem Example】
- What Happened:
UI freeze occurred when saving data due to missing CancellationToken checks. - Root Cause:
Inadequate handling of long-running async tasks in the ViewModel layer. - What I Learned:
Always check CancellationToken in async methods, especially in WPF MVVM pattern. - Action Items:
Update code with proper token checks.
Write unit tests to cover this scenario.
Share best practices with the team.
これをチームSlackに投稿したときは本当に心臓バクバクだったけど、
意外にも先輩たちからは、
「Thanks for sharing!」
「Good learning!」
「Happens to everyone. Don’t worry.」
とポジティブなコメントが返ってきた。
これが、
「失敗しても責めない文化」
「学びをオープンにする文化」
の強さだと初めて体感した瞬間だった。
自分の強みを逆手にとる作戦
それからは、「自分なりの強みを活かす」方向に舵を切った。
具体的には:
- 設計書がないなら、僕が率先して簡易設計図を作ってシェア
(Jiraのチケットに添付するようになった) - ユニットテストが弱いなら、自分でテストケースをまとめてPull Requestに含める
(「ちゃんと考えて実装してる感」が伝わる) - Slackでのやりとりは極力短く、論点だけまとめる英語スタイルを習得
(例:「Issue: UI freeze / Cause: Missing token / Fix: Added check」みたいな三行報告) - 先輩のレビューコメントは全部Notionにストックして、自分用の「チーム開発Tips集」を作る
少しずつ変わり始めた周囲の反応
こういう努力を続けているうちに、
明らかにチームの僕に対する空気が変わってきた。
- レビューコメントが雑じゃなくなる(具体的フィードバックが増える)
- Slackでの質問にもすぐ返信が返ってくるようになる
- 時には「これ、新人君ならどう思う?」と意見を求められるようになる
特に嬉しかったのは、あるスプリントの振り返りミーティングで、
チームリードがこう言ってくれたこと。
「I like how Hiro documents his thought process. Makes it easier for others to review and understand.」
あの一言は、今でも僕の心の支えだ。
「文化に合わせる」ではなく、「自分流で貢献する」マインドセット
この経験を通じて、僕が学んだことはシンプルだった。
「日本式がダメなんじゃない。うまく翻訳して、チームにプラスになる形で提供すればいい」
設計書好きな自分、
慎重な自分、
細かい部分にこだわる自分。
全部「海外では不要」だと思っていたけど、
ちゃんとアジャイルなやり方に合わせつつ、
**「必要最低限で、チームに価値がある形」**に変換すれば、
むしろ武器になる。
これに気づけたことが、
僕にとって最大のターニングポイントだった。
海外エンジニア経験が僕にくれたもの ~未来へのステップと次の挑戦~
半年が過ぎる頃、僕はようやく「現場で普通に仕事ができるエンジニア」として認められるようになっていた。
振り返ってみると、この半年は本当に濃かった。
言葉の壁、文化の違い、スピード重視の開発文化、設計書不足、ドキュメント皆無のレガシーコード…。
あの頃の悩みと焦りは、今でも忘れない。
でも、同時に気づいた。
**「この環境だったからこそ、成長できたんだ」**って。
スキルセットの変化:Before / After
改めて、僕がこの半年で手に入れたスキルを整理してみる。
Before(日本時代)
- 日本語ベースでのウォーターフォール開発経験
- 詳細設計書必須文化
- コードレビューはドキュメント重視
- 英語での会話経験:ほぼゼロ
- C#とWPF経験はあったが、規模は中小プロジェクト程度
After(アメリカ半年後)
- 英語でのSlackテキストコミュニケーションスキル
- 設計情報がない中での既存コードリーディング力
- Jiraチケットだけを頼りにタスクを進めるアジャイル適応力
- チームレビューに耐えうる「英語でのプルリク説明力」
- シニアメンバーへのピンポイント質問スキル
- Post-Mortem文化対応力
- 「最低限で最大効果を出すドキュメント力」
- 海外での「報連相」にあたる“Status Update”スキル
海外エンジニアキャリアの次のステップ
このプロジェクトが終わったあと、
僕は次のチャンスを得た。
それは、より大規模なグローバルプロジェクトへのアサイン。
今度は、ヨーロッパや南米のチームともリモートで連携する必要があり、
時差をまたぐSlackコミュニケーション、
深夜のZoom会議、
そして**多文化間の「前提条件の違い」**とも戦うことになる。
でも、あのWPFプロジェクトで経験した「カオスの中でのサバイバル経験」が、
ここでも大きな武器になった。
「海外で働きたい人」へのリアルアドバイス
これから海外でエンジニアとして働きたい人へ、僕からの正直なアドバイス。
✅ 1. 「設計書がない現場」に耐える覚悟を持とう
日本のように完璧な仕様書がある環境はレア。
「まずはコード読んで動きを掴む」「足りない情報は自分で聞く」「自分で図にする」
これが当たり前。
✅ 2. 「質問するスキル」を身につける
英語力が完璧じゃなくてもOK。
でも、「何がわからないか」を具体的に伝える力は必須。
最初はテンプレでいい。徐々にカスタマイズしていけばいい。
✅ 3. 「失敗しても死なない」文化を信じる
むしろ、**「失敗→学び→シェア」**が評価されることが多い。
恥をかくのを恐れないこと。
ポストモーテムは「信用貯金」だと思って書こう。
✅ 4. 「自分の強み」を翻訳して活かす
日本流の「慎重さ」「設計力」「テスト意識」も、
正しくチームに伝えれば必ず武器になる。
ただし、**「スピードと簡潔さ」**を意識すること。
✅ 5. 「日々少しずつ前進する」こと
一気に海外スタンダードに追いつくのは無理。
でも、**「今日できることをひとつやる」**を繰り返せば、
気づけば半年後、確実にレベルアップしてる。
最後に:あの頃の僕に言いたいこと
もし、渡米初日のあの不安でいっぱいだった自分に今の僕が声をかけられるなら、こう言う。
「大丈夫、君はここでちゃんと成長できる。
失敗しても、恥かいても、それでも前に進め。
半年後には、きっと自分を誇れるようになるから。」
次のゴール:
この経験を活かして、次は**「テックリード」**ポジションを目指す。
「日本人エンジニアでも、グローバル現場で通用する」
そんな背中を、次世代に見せられるように。
このストーリーはまだ終わらない。

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