「Imagine a world where your UI designs are not just consistent, but effortlessly brilliant.」
そんなキャッチコピーがSNSのタイムラインに流れてきたのは、ちょうど僕が海外でエンジニアとして働き始めて3年目のころだった。2025年、気づけば僕らの開発現場は“デザインシステム”という言葉抜きでは語れない状況に変わっていた。
C# WPFで設計・開発をメインにやっている僕にとって、「UIデザインの効率化」って正直、長年の悩みのタネだった。WPFはパワフルだし、XAMLでのスタイル定義やテンプレート化もできる。でも、実際のプロジェクトではチームメンバーごとにコーディングスタイルやUIの表現が微妙に違っていて、統一感を出すのに膨大な時間をかける羽目になる。
たとえばボタンひとつ取ってもそうだ。
「ここは角丸にする?」「影つける?」「マウスオーバーで色が変わる挙動はどうする?」──そんなディスカッションが延々と続き、レビューで指摘が飛び交う。海外チームだとさらに文化的な好みや“標準”の認識が違うから、ますます収拾がつかない。
最初のころは「まあ、細かい違いなんて気にしなくていいじゃないか」と自分に言い聞かせていたけれど、リリースが近づくにつれてユーザー体験に大きな差が出てくるのを嫌でも感じる。ボタンや入力フォームの動きに一貫性がないと、それだけで「このアプリ、なんか雑だな」と評価されてしまう。どれだけロジックが完璧でも、見た目と使い心地がチグハグだと、製品全体の信頼感が揺らぐんだ。
そんなとき、海外のデザイナーがふと口にした言葉が頭に残っている。
「Design system is not just about design. It’s about trust.」
その瞬間、僕はハッとした。
単に「きれいに見せる」だけじゃなく、「誰が作っても同じ品質が担保される仕組み」を持つことこそ、グローバル開発現場で戦うための武器になるんだ、と。
そして、この気づきが僕のUI設計に対する意識を大きく変える転換点になった。
海外で働くからこそ痛感した“デザインの壁”
海外での開発現場って、言語や文化だけじゃなく、ツールやデザインに対する考え方にもギャップがある。
たとえば日本の現場では「まずは動くものを作ろう、デザインは後から整えよう」っていう流れが暗黙の了解になっていることも多い。でも、僕が働いた海外チームでは「UIの体験が最初の設計に組み込まれていないとダメ」という考え方が徹底していた。
最初のプロトタイプレビューで、「このボタン、どういうコンポーネントとして再利用できるの?」「テキスト入力欄のバリデーションはデザインシステムに沿っている?」なんて質問が飛んでくる。日本にいたときの感覚だと「え?そんなの動けばよくない?」って思ってしまう。でも海外では、それを軽く流すと「この人、基準に合わせられないエンジニアだな」と判断されかねない。
WPFのXAMLは柔軟性が高い分、個人の好みが出やすい。僕も最初は自分のクセでテンプレートをいじっていた。でも、チームで成果物を統一するには、それぞれの“好み”を超えた共通ルールが必要だった。
それがデザインシステムだった。
2025年、“デザインシステム前提”の時代
2025年になった今、状況はさらに進化している。
FigmaやAdobe XDのコンポーネント定義はもちろん、WPFやWebに落とし込むときも自動的にシステム化されたスタイルガイドに紐づくようになった。まるで「デザインとコードの翻訳機」が存在するみたいに。
これは単なる効率化じゃない。
「どの国のメンバーが追加開発をしても同じUIクオリティを再現できる」という安心感こそが、グローバルチームをつなぐ共通言語になった。
僕が入社当初、会議で「ボタンの角丸」を議論していたのが嘘みたいだ。今ではその“余白”の時間を、もっと本質的なユーザー体験の改善や新機能の提案に割けるようになった。
「デザインシステムを現場に持ち込む」奮闘の始まり
デザインシステムの重要性を頭で理解していても、実際に現場に持ち込むのは想像以上に大変だった。
なにせ僕が関わっていたのは、C# WPFをメインにしたプロジェクト。Web開発やモバイルアプリの世界ではFigmaやコンポーネント設計が当たり前になりつつあったけれど、デスクトップアプリ開発、それもXAMLベースのWPFでは「デザインシステム?なにそれ?」という空気がまだまだ根強かった。
最初にぶつかった壁は「認識のズレ」だった。
デザインシステムって言うと、多くの人は「デザインガイドラインのまとめ資料」くらいにしか思っていなかったんだ。フォントサイズや色コードを一覧化しておけばOK、みたいな。でも僕が学んだのは、それだけじゃない。
**“コードレベルで再利用可能なコンポーネントとして落とし込むこと”**こそが肝だった。
海外チームでの最初のプレゼン
ある週のスプリントレビューで、僕は思い切ってチームに提案した。
「みんな、ボタンのスタイルをXAMLのResourceDictionaryで統一しよう。角丸やシャドウ、ホバー時のアニメーションまで含めて、一括で管理できるようにしよう」
すると、海外のデザイナーがすぐに食いついてきた。
「それ、Figmaのコンポーネントとリンクできるの?」
当時の僕はFigmaを完全に使いこなしていたわけじゃないけど、「理論上はできるし、工夫次第で近いことは可能だ」と答えた。すると彼はニヤリと笑って、「ならやってみよう」と言ってくれた。
ただ、問題はエンジニア側だ。
ベテランの同僚は「そんな小細工しなくても、コードレビューで揃えればいいだろう」と反論してきた。正直、その意見も理解できる。実際、僕も以前は「レビューで指摘して直す」というやり方で乗り切っていた。でも、グローバルチームで国も文化も違うメンバーが次々加わる現場では、それが通用しなくなっていた。レビューのたびにスタイルを直すのは時間の無駄だし、指摘の仕方にも温度差が出る。
だから僕はこう言った。
「レビューで直すんじゃなくて、最初から直す必要がない仕組みにしたいんだ」
この一言で、少し空気が変わった。
最初の成功体験 ― “ボタン戦争の終結”
まず取り組んだのは、シンプルに「ボタン」だった。
いちばん議論が多くて、いちばんユーザーの目に触れる要素。ここを統一できれば、チーム全体に“デザインシステムの効果”を体感してもらえるはずだと思った。
- ResourceDictionaryにボタンスタイルを定義
- Primary / Secondary / Danger といったバリエーションをあらかじめ作成
- マウスオーバー時の挙動もすべて一元管理
これを試しに導入した結果、次のスプリントレビューでは驚きの変化があった。
「おお、ボタンの見た目が全部揃ってる!」
「レビューでUIの細かいことを言わなくて済むのは助かる」
さらに、デザイナーからはこんなコメントもあった。
「Figmaで作ったデザインとほとんど同じ挙動になってる。これならユーザーテストの精度も上がるね」
あのときの手応えは忘れられない。小さな一歩だったけれど、確かにチームの雰囲気が変わった瞬間だった。
文化の違いを乗り越えるコミュニケーション
ただし、すべてが順風満帆だったわけじゃない。
海外チームでの一番の難しさは、技術的なことよりも**「説得の仕方」**だった。
日本にいたときは「とりあえず実装してみて、良さそうなら採用」という流れが多かった。でも海外では、導入前に「なぜそれをやるのか」を明確に論理立てて説明しないと納得してもらえない。
僕は英語が得意じゃなかったから、最初は「えっと、it’s better… maybe」と弱気な言い方をしてしまい、すぐに突っ込まれていた。
でも、ある先輩からアドバイスをもらった。
「自信がなくても、まずは“Why”をシンプルに言い切れ。ディテールは後から議論すればいい」
それからは意識して、説明の仕方を変えた。
- Before: 「えっと、この仕組みだとレビューの時間が減ると思います」
- After: 「We lose time in every review. This system removes that waste.」
言葉を短く、断定的に言うだけで反応が変わった。エンジニアもデザイナーも、「確かにその通りだ」と議論の土台に乗せてくれるようになった。
これは技術的な工夫以上に、僕にとって大きな成長だったと思う。
「仕組みが人を助ける」実感
数ヶ月後、デザインシステム的な考え方を少しずつ広げていくことができた。
ボタンに続いて、テキスト入力欄やフォームバリデーション、さらにモーダルダイアログも統一化。ユーザーが触れる主要コンポーネントは、すべてスタイルと挙動が揃った。
その結果どうなったか。
バグ報告のうち、「UIが不揃い」というカテゴリが激減したんだ。レビューのたびに出ていた「色が違う」「影が消えてる」といった指摘もなくなった。
そして何より、チームメンバーの顔つきが変わった。
「俺たち、もっと本質的な部分に集中できるな」
「ユーザー体験に直結する議論に時間を割ける」
そのとき初めて、僕は心から理解した。
デザインシステムは単なる見た目のルールじゃない。チームの思考そのものをアップデートする仕組みなんだ、と。
「システム化したのに、うまく回らない?」
ボタンやテキスト入力欄など、基本的なUIコンポーネントを統一できて、チームは明らかに効率化していた。レビューのストレスも減り、ユーザー体験も安定した。
「これでデザインシステムの導入は成功だ!」と胸を張れると思ったのも束の間、新しい課題が次々と浮かび上がってきた。
そのひとつが、**「システムの肥大化」**だった。
最初はシンプルなボタン定義だけだったのが、気づけばプロジェクトが進むごとに追加要望が増え、スタイルのバリエーションが膨れ上がっていった。
- 「このボタンは角丸をもっと大きくしたい」
- 「ダークテーマのときは影を強めに」
- 「国によってカラーパレットを変えたい」
気づけば、ResourceDictionaryは数百行を超え、ちょっとした変更を入れるだけでビルドが大変になる。しかも複数のデザイナーから要求が同時に飛び込んでくるから、どれを優先するかでまた議論になる。
「結局、前より複雑になってない?」
そんな声がチームの中から出始めた。
デザインシステムは“万能薬”ではない
僕自身も少し焦っていた。
デザインシステムを導入すれば、すべてがスムーズになると思い込んでいた。でも現実はそうじゃない。**「ルールを作ったからこそ、逆にルールの管理が大変になる」**という新しい問題が出てきたんだ。
特に海外チームでは、文化やユーザー層の違いが直接デザイン要求に反映される。
- ヨーロッパのメンバーは「ミニマルでシンプルなUI」を好む。
- アジア圏のメンバーは「情報量が多くてもいいから色でメリハリをつけたい」と言う。
- アメリカのメンバーは「ボタンや要素のサイズはタッチ前提で大きめに」と主張する。
こうした意見をすべてデザインシステムに吸収しようとすると、コンポーネントがどんどん複雑になり、結局「誰も把握できない巨大な仕組み」になってしまう。
僕は会議のあと、よく自分のデスクでため息をついていた。
「デザインシステムを導入して、前より面倒になったら意味ないじゃないか……」
初めての“失敗”
ある日、僕が管理していたResourceDictionaryに修正を入れたときのこと。
新しいテーマカラーを追加したつもりが、既存の定義と競合してしまい、一部の画面でボタンが真っ白になって表示されなくなるという不具合が発生した。
ユーザーからのバグ報告が来たとき、正直冷や汗が止まらなかった。
レビューで叩かれていた頃よりも、むしろダメージが大きかった。
「仕組みに任せたのに壊れた」という信頼の揺らぎは、手作業で直していた頃よりも深刻に感じられた。
その日の振り返りで、僕はチームに正直にこう言った。
「デザインシステムは、使い方を間違えると“足かせ”になる」
その瞬間、空気が重くなったけれど、逆に全員がハッとしたように見えた。
海外チームでの学び ― “削ぎ落とす勇気”
この失敗をきっかけに、僕らは方向転換を始めた。
「全部をデザインシステムに入れようとするのはやめよう」
「本当に必要なものだけを残し、シンプルにする」
つまり、“足す”ことより“削る”ことを優先する勇気が必要だったんだ。
海外のメンバーからも賛同があった。
あるデザイナーはこう言った。
「システムは全員の希望を叶える魔法の箱じゃない。むしろ、チームとしての“優先順位”を映す鏡なんだ」
その言葉に救われた気がした。
僕らは改めて話し合い、以下のルールを作った:
- コンポーネントは「8割のケースで使われる」ものだけをシステム化する。
- 例外的なデザインは、むしろローカルで持たせる。
- デザインシステムの更新には必ず「Why」を添えて提案する。
このルールに従って整理を進めたら、複雑化したシステムが少しずつスリムになり、管理しやすくなった。
文化的ギャップを超える“共通言語”
もうひとつ、大きな学びがあった。
それは、デザインシステムそのものが「文化的な違いを超える共通言語」になるということ。
たとえば色やフォントは国ごとに好みが違っても、「このプロジェクトでは、ユーザーが最もストレスなく操作できるUIを優先する」という合意があれば、議論は感情論ではなく、システムに沿った合理的な話し合いになる。
僕らは英語でコミュニケーションしていたけれど、デザインシステムがあったおかげで「仕様の英語」よりも「UIの共通ルール」で意思疎通できた。
これは、言語が苦手な僕にとって特に大きな助けだった。
ある意味、デザインシステムは“第二の英語”だった。
それがあったからこそ、僕は海外チームで自信を持って発言できるようになったのだと思う。
「未来を見据えたUI設計」へ
僕が海外でデザインシステム導入に奮闘してきた数年間を振り返ると、まるでジェットコースターのようだった。
- 最初は「UIを揃えるだけでも大変だ」と悩んでいた。
- その後「デザインシステム」という解決策に出会い、小さな成功を重ねた。
- でも次に直面したのは、システムの肥大化や文化的摩擦といった新しい壁。
そして最後に学んだのは、**「完璧な仕組みは存在しない」**ということだった。
大事なのは、仕組みを盲信することではなく、それをチームの文脈に合わせて“生きた道具”にすること。
その気づきがあったからこそ、僕はいま「未来のUI設計」について胸を張って語れる。
2025年以降に必要なマインドセット
「Imagine a world where your UI designs are not just consistent, but effortlessly brilliant.」
このフレーズを初めて読んだとき、僕は半信半疑だった。でも今ならわかる。UIを「努力で揃える」時代は終わりつつある。これからは**「揃って当たり前」**の世界が広がっていく。
では、エンジニアに求められるものは何か。
- ルールを守るだけの人ではなく、ルールを進化させる人になること
デザインシステムは常に進化する。だから「与えられた定義を使うだけ」では不十分で、必要に応じて改善提案を出し、未来に合う形にしていく姿勢が求められる。 - 多文化環境で合意を作るスキル
技術的に正しいだけでは不十分。海外チームで働くと、UIひとつ取っても文化的背景やユーザー層の違いが影響する。だから「正しさ」を押し通すのではなく、「共通のゴール」に向かって合意形成できる人材が重宝される。 - ツールを横断してつなぐ視点
Figmaで作ったデザインがWPFやReactに落とし込まれ、さらにモバイルでも一貫性を持たせる――そんな世界がもう現実になりつつある。エンジニアは「特定のフレームワークに閉じない視点」を持つ必要がある。
僕が見据える未来像
これからのUI設計は、ただの「見た目合わせ」ではなく、人と人、人と文化をつなぐ基盤になっていくだろう。
たとえば:
- AIが自動でユーザーの行動データを解析し、最適なUIコンポーネントを提案する。
- デザインシステムは「固定されたルール」ではなく、「リアルタイムで学習・適応する動的な仕組み」へと進化する。
- グローバルチームでは「言語の壁」よりも「設計思想の違い」をどう橋渡しするかが中心課題になる。
こうした未来に備えるために、僕はこれからも「仕組みをつくる」エンジニアであり続けたい。単にコードを書くのではなく、**「チームの働き方」や「文化の接点」までデザインする人」**でありたいのだ。
これから海外で働くエンジニアへ
最後に、未来の仲間に向けて僕から伝えたいことがある。
- 完璧じゃなくていい。まず小さく始めて、体感を積み上げよう。
僕が最初にやったのは、ボタンを揃えることだけだった。それでも十分だった。 - 失敗を恐れない。失敗の中にこそ本当の学びがある。
僕はResourceDictionaryを壊して痛い目を見たけれど、その経験が「削ぎ落とす勇気」を教えてくれた。 - 英語が下手でもいい。デザインシステムそのものが共通言語になる。
言葉に自信がなくても、ルールや仕組みを通じて議論すれば必ず伝わる。
そして何より――
「Imagine a world…」の世界は本当にやってくる。
2025年の今、僕たちがその入り口に立っている。
未来のUI設計は、ただ効率的なものではなく、チームを、文化を、そして世界をつなぐものになる。
僕はその未来を、一緒に作っていきたいと思っている。

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