チャオ!ベルリンでC# / WPFエンジニアとして設計開発をしている「僕」です。
こっちの冬はとにかく暗くて長いのですが、ようやく少しずつ日が長くなってきました。カフェで濃いめのエスプレッソを流し込みながら、コードをガリガリ書く時間は最高にエキサイティングです。しかし、そんな充実した気分を一瞬で地獄に叩き落とす言葉があります。
それが、「It works on my machine(僕の環境では動いてるんだけど)」。
エンジニアなら誰しも一度は口にしたことがある、あるいは同僚から聞いたことがある魔法の言葉。しかし、多国籍なメンバーが集まる海外の現場でこれを言ってしまうと、単なる「言い訳」では済まされません。今回は、僕が海外に出て最初にぶち当たった大きな壁――**「沈黙するバグ(Silent Bug)」**の正体について、実体験をベースに深く掘り下げてみたいと思います。
1. 『It works on my machine』という名の甘美な罠
あれは僕が今のチームに入って数ヶ月、ようやくWPFの大規模な基幹システムの設計を任され始めた頃のことでした。タスクは、複雑なデータグリッドにリアルタイムで計算結果を反映させる、フロントエンドの肝となる部分の改修。MVVMパターンを忠実に守り、RelayCommand を駆使し、非同期処理(async/await)も完璧に組み込みました。
「これぞプロの仕事だ」と自画自賛しながら、単体テストも通し、高スペックな開発用PCでは完璧に動作していました。テックリードからも「Good job」と言われ、意気揚々とマージ。ところが、リリースから数日後、深夜にSlackが鳴り響いたのです。
「特定のユーザーの環境で、数値が合わない。しかも、クラッシュもしないしエラーログも出ていない」
これが、僕が初めて真っ向から対峙した『沈黙するバグ』でした。
「動いている」という錯覚の解体
沈黙するバグとは、派手に例外(Exception)を投げてアプリを落としてくれる親切なバグではありません。裏側でひっそりと、しかし確実にデータを蝕んでいく、まるでDNAに刻まれた欠陥のような存在です。
僕のケースで起きていたのは、**「カルチャー設定(CultureInfo)」と「暗黙の型変換」**の組み合わせでした。ドイツ語圏では数値の小数点(.)と桁区切り(,)が英語圏とは逆になります。僕がローカルで成功と信じていたロジックは、特定の外部ライブラリの中でシステムのロケール設定を勝手に参照し、「10.5」を「105」として処理していました。恐ろしいのは、プログラムは「正常に」計算を続け、誰も気づかないうちにDBの数値を破壊し続けていたことです。
2. 幽霊が繁殖する3つの苗床:依存関係・思い込み・甘い処理
海外の多国籍チームで開発していると、日本では想像もつかない場所でバグが「受精」し、僕らの知らないところで「孵化」しています。その苗床は、大きく分けて3つあります。
① 「自分のコード」の外側にある見落とされた依存関係
WPFやC#のプロジェクトは、気づくとNuGetパッケージの山になります。 「このレンダリングにはあのライブラリが最適だ」と積み上げた依存関係が、海外の「BYOD(Bring Your Own Device)」環境では牙を剥きます。あるユーザーの環境だけで画面が真っ白になる現象を突き詰めると、**「特定のGPUドライバとサードパーティ製ライブラリのレンダリングエンジンの相性」**だった、なんてことがザラにあります。
② 「普通はこうでしょ?」という時代遅れの思い込み
日本から来たエンジニアが最もハマりやすいのが、この「共通言語としての常識」の罠です。 例えば「時間(DateTime)」。サーバーがアイルランド、開発者がドイツ、ユーザーがインド。この環境で DateTime.Now を使うのは自殺行為です。オフセットの処理を1箇所でも誤れば、WPFのバインディングは「未来のタスク」や「昨日のデータ」を平然と表示し始めます。
③ 「とりあえず握りつぶす」という不誠実なエラー処理
「クラッシュさせたくない」という良かれと思って入れた空の catch ブロック。これが沈黙を助長します。フランス人のシニアエンジニアから言われた言葉が忘れられません。
「バグを隠すのは、犯罪と同じだ。エラーが起きたなら、派手に、勇気を持ってクラッシュさせろ(Fail Loudly)。それがシステムへの誠実さだ」
ソフトウェア開発において、**「沈黙は毒」**です。エラーを可視化し、即座にテレメトリを飛ばす設計こそが、プロフェッショナルとしての信頼を生みます。
3. 組織の「サイロ化」が提供する、バグの絶好の隠れ家
技術的な要因以上に厄介なのが、組織や人間関係の中に潜むブラインドスポットです。ベルリンのような多国籍な現場では、専門領域ごとに分断される「サイロ化(Siloing)」が加速します。
「それは僕の担当じゃない」という死角
あるプロジェクトで、ポーランドのAPIチームがレスポンスのJSON構造を少し変更しました。フロントエンド担当の僕は、以前の仕様通りにDTOへマッピングしていました。型が合わない部分は null になりましたが、エラー処理を甘くしていたせいで、WPFの画面には「0」や「空文字」が整然と並んでいました。
APIチームは「仕様変更はドキュメントに書いた」と言い、僕は「コードは動いている」と言い、QAは「エラーログは出ていない」と言う。お互いが自分のサイロに閉じこもり、**「システム全体として正しいか」**という視点が抜け落ちていたのです。
「阿吽の呼吸」が通じない世界での対話
日本はハイコンテクスト(高文脈)な文化ですが、海外は「ローコンテクスト」です。言葉にしていないことは存在しません。 「タイムアウト時にはこう振る舞うのが常識だよね」という合意がないまま各自がコードを書くと、ある場所ではリトライし、ある場所では黙って諦める。この振る舞いの不一致が、極めて発見しづらい沈黙のバグを生みます。
PR(プルリクエスト)での「LGTM(良さそうだね)」という思考停止も危険です。構文チェックに終始し、「隣のチームの変更と競合しないか?」という俯瞰的な視点が漏れたとき、沈黙するバグのDNAがマスターブランチへと送り出されてしまうのです。
4. ローカルの成功を捨て、システム全体の堅牢性を掴む
海外でエンジニアとして生き抜くために必要なのは、自分のPCという箱庭での「成功」を捨て、**「どこで壊れても検知できること」**に全力を注ぐマインドセットへの転換です。
「Fail Fast」と「可観測性(Observability)」
プロフェッショナルな海外エンジニアは、自分のコードが完璧であることを証明しようとはしません。代わりに、**「もし壊れたら、誰よりも早く明確に悲鳴を上げる仕組み」**を設計に組み込みます。
- 例外を隠さない: エラーを握りつぶさず、システムの「健康診断」のためにさらけ出す。
- 依存関係を疑う: 外部ライブラリが自分を裏切ることを前提に、防御的なコード(Defensive Programming)を書く。
- 可観測性を武器にする: ログ出力の先にある「可観測性」を重視します。WPFのフロントエンドにもテレメトリを導入し、バインディングエラーや異常値をクラウド上のダッシュボードで監視します。
これから世界を目指す君へ
海外で働くということは、自分とは全く異なる常識、言語、文化を持つ同僚たちと、一つの巨大な「システム」を作り上げていくプロセスです。そこでは、沈黙するバグのように、言葉にされない誤解や、見落とされた前提条件が常に渦巻いています。
しかし、その「沈黙」に耳を澄ませ、コードとコミュニケーションを通じて一つずつデコード(解読)していく作業こそが、あなたを世界で通用するエンジニアへと変えてくれます。
「僕のPCでは動いてるんだけど」という言葉が喉まで出かかったら、一度深呼吸してみてください。そして、こう自問してみてください。 「このバグが沈黙を破って僕に助けを求めてきたとき、僕はそれを受け止める準備ができているか?」
ベルリンの空が白んできました。そろそろ僕も、今日の実装に取りかかるとします。次は、世界のどこかの現場で、あなたと出会えるのを楽しみにしています。
Viel Glück!(幸運を!)

コメント