「忙しい=優秀」という幻想からの脱却 ~なぜ、バグを直すだけでは評価されないのか~
お疲れ様です!海外でC#とWPF(Windows Presentation Foundation)を武器に、日々コードと格闘しているITエンジニアです。
今日は、これから海外へ飛び出そうとしている、あるいは漠然と「今のままでいいのかな」とモヤモヤしている日本のエンジニアの皆さんに、僕がこっちに来て最初にぶん殴られたような衝撃を受けた「マインドセット」の話をしたいと思います。
正直に言います。日本にいた頃の僕は、「火消し」が得意なエンジニアでした。
本番環境で発生したクリティカルなバグ、誰も触りたくないようなスパゲッティコードの解析、メモリリークの特定……。デスマーチの中で、「俺がなんとかしてやるよ」と徹夜で修正パッチを当て、翌朝涼しい顔で「直しておきました」と報告する。周りからは「さすがだね」「助かったよ」と感謝される。
その瞬間、得られるカタルシス。
「俺は現場を回している」「俺がいないとこのプロジェクトは回らない」という自負。
皆さんも経験ありませんか?
でも、海外のテック企業、特に開発スピードと品質の両立がシビアな現場に来て、その自信は見事に打ち砕かれました。
僕が渡航して間もない頃の話です。
担当していたWPFのデスクトップアプリで、UIスレッドがフリーズするという報告が入りました。当時の僕は、「よし、出番だ」とばかりに張り切りました。Dispatcherの使い方が悪いのか? Bindingのパスが死んでいるのか? それとも非同期処理のawait漏れか?
ログを漁り、再現手順を確立し、原因を特定して、ピンポイントで修正する。ここまでは完璧な仕事をしたつもりでした。
翌日のスタンドアップミーティング(朝会)で、僕は意気揚々と報告しました。
「昨日のUIフリーズの件、原因はViewModel側の非同期処理の競合でした。ロック制御を追加してパッチを当てたので、もう発生しません」
チームの反応は、予想していた「Good job!」とは少し違いました。
テックリードのデイビッド(仮名)は、コーヒーを啜りながら静かにこう言ったんです。
「修正ありがとう。で、『なぜその競合が起きる設計になっていたのか』、そして**『次に同じようなミスが混入しても、システム全体が死なないようにするにはどう設計を変えるべきか』**、そのプランはあるかい?」
僕は言葉に詰まりました。
「いや、バグは直しましたよ? テストも通っています」
デイビッドは笑って言いました。
「バグを直すのは『Reactive(受動的)』な作業だ。それはマイナスをゼロに戻したに過ぎない。僕たちがエンジニアとして給料をもらっているのは、ゼロをプラスにする『Proactive(能動的)』なデザインをするためだよ。火を消すのが上手い消防士も必要だけど、そもそも燃えない、あるいは燃えても延焼しない建物を建てるのが建築家(アーキテクト)の仕事だろう?」
ガツンときました。
日本での僕は、「バグが出たら即座に直す」反射神経の良さを誇っていました。しかし、ここでは「バグが出るような構造を放置し、対症療法(パッチ)を繰り返すこと」は、むしろ怠慢だと見なされるのです。
これが、今回皆さんにお伝えしたい**「Beyond Bug Fixes(バグ修正のその先)」**というテーマの入り口です。
海外の現場、特にモダンな開発手法を取り入れているチームでは、エンジニアリングへのアプローチが根本的に異なります。
彼らは「Reactive Patching(起きた事象へのつぎはぎ対応)」から、「Proactive Design for Disruption(混乱を前提とした能動的な設計)」へと完全にシフトしています。
「Proactive Design for Disruption」とは何か?
直訳すると「混乱のための能動的設計」となり、少し意味が分かりにくいかもしれません。
噛み砕いて言うと、**「システムは必ず壊れるし、人間は必ずミスをする。それを前提として、壊れても復旧しやすく、ミスが起きても安全な仕組みを、開発の初期段階から組み込んでおく(=Disruptionをデザインする)」**という考え方です。
例えば、WPFの画面開発で言えば、例外が発生したときにアプリごとクラッシュさせるのではなく、そのモジュールだけを切り離してエラー画面を表示し、ユーザーの作業データだけは裏で退避させるような仕組みを共通基盤として作っておくこと。
あるいは、複雑な計算処理があれば、それをいきなり実装するのではなく、まずは小さなプロトタイプ(彼らはこれをPoCと呼びますが、もっとカジュアルに”Toy”と呼ぶこともあります)を作って、わざと負荷をかけたり、異常なデータを食わせてみて、どう壊れるかを観察すること。
彼らは、バグを「敵」としてではなく、「システムの弱点を教えてくれる教師」として扱います。
だから、バグが出たときに「誰が書いたんだ!」と犯人探しをするのではなく、「おっ、ここが脆いのか。じゃあ、ここを強化するチャンスだな」と、まるでゲームの攻略法を見つけたかのように目を輝かせるのです。
このマインドセットの違いは、単なる「技術力の差」以上の結果を生みます。
「火消し」型のエンジニアは、常に忙しいです。システムが大きくなればなるほど、バグは増え、対応に追われ、新しい技術を学ぶ時間も、リファクタリングする時間もなくなっていきます。まさに「貧乏暇なし」の状態です。
一方で、「設計」型のエンジニアは、最初は仕組み作りに時間をかけますが、一度堅牢な土台ができると、バグ対応の手間が激減します。空いた時間で新しい機能を考えたり、最新のフレームワークを試したりする「余裕」が生まれます。
海外で働きたいと思っているエンジニアの皆さん。
もしあなたが、「自分は技術力には自信がある。どんなバグでも直せる」と思っているなら、一度立ち止まって考えてみてください。
その自信は、「マイナスをゼロにする能力」への自信ではありませんか?
もちろん、トラブルシューティング能力は海外でも必須のスキルです。英語のログを読み解き、異国の地の環境で問題を解決する力は、サバイバルには欠かせません。
しかし、それだけでは「便利な作業員」で終わってしまいます。
これからの時代、そして国境を超えて評価されるエンジニアに必要なのは、「バグを直す人」から「バグが起きても大丈夫な世界を作る人」への進化なのです。
このブログシリーズでは、僕が実際に現場で体験したエピソードを交えながら、どうすればその「マインドセットの転換」ができるのかを、具体的に掘り下げていきたいと思います。
次回の【承】パートでは、彼らが具体的にどうやってその「堅牢な設計」を生み出しているのか。その驚きのプロセスについてお話しします。
キーワードは「Play(遊び)」です。
真面目な日本の開発現場では怒られそうですが、こっちの優秀なチームほど、仕事中に「遊んで」います。
なぜ遊びがイノベーションを生むのか? なぜ遊びが最強のアーキテクチャを生み出すのか?
C#のコードの海に溺れかけていた僕を救ってくれた、目からウロコの「エンジニアリングの実験室」へ、皆さんをご招待します。
準備はいいですか?
この先を読むと、明日から仕事中にこっそり実験コードを書きたくてウズウズすること間違いなしですよ。
エンジニアリングの実験室 ~「遊び」から生まれる予期せぬイノベーションと設計思想~
「おい、また遊んでるのか?」
日本にいた頃の僕なら、業務時間中に画面に訳のわからない幾何学模様を表示させてニヤニヤしている同僚を見たら、心の中で(あるいは口に出して)そう突っ込んでいたでしょう。「納期、来週だぞ? そんな暇あるならチケット一枚でも消化しろよ」と。
でも、ここ(海外)に来て、その認識は180度変わりました。
彼らは遊んでいるのではありません。「エンジニアリング」しているのです。
この【承】のパートでは、なぜ海外の強いチームが「遊び(Play)」を重要視するのか、そしてそれがどうやって「予期せぬイノベーション」や「強固なアーキテクチャ」に繋がるのか、僕が体験したWPF開発の現場を例にお話しします。
■ 真面目な最適化 vs ふざけた実験
ある時、僕たちのチームは金融系のトレーディングツールの開発をしていました。
WPFで作られたそのアプリは、リアルタイムで数千件の株価データをグリッド表示し、さらにチャートを毎秒更新するという、描画負荷が極めて高いものでした。
リリース日が近づくにつれ、案の定、UIのパフォーマンス問題が浮上しました。
特定の操作をすると画面がカクつく(Laggyになる)。
日本の現場での「正攻法」なら、ここでプロファイラー(Performance Profiler)を回し、ホットパスを特定し、無駄なオブジェクト生成を減らしたり、Bindingを軽量化したりといった「地道な最適化」を行います。僕も当然、そのつもりで腕まくりをしていました。
しかし、チームのリードエンジニアである「マイク」は違いました。
彼はチケット管理システムの「Performance Tuning」というタスクを「In Progress」にした直後、全く関係なさそうな新しいプロジェクトをVisual Studioで立ち上げたのです。
「何してるの?」と僕が聞くと、彼は笑って答えました。
「いやー、WPFの標準コントロールって重いじゃん? だからさ、**『もしWPFの画面全部を、昔のインベーダーゲームみたいに1枚のビットマップとして描画したらどうなるか』**試してみようと思ってさ。DirectXの相互運用(Interop)とか使ってさ」
僕は呆れました。
「マイク、それはやりすぎだ。工数がかかりすぎるし、メンテナンス性が死ぬ。MVVMパターンも崩れるぞ。普通にVirtualizingStackPanelの設定を見直そうよ」
「わかってるよ。でもさ、面白そうじゃない? まぁ見ててよ、ただの実験(Spike)だから」
彼はその日の午後一杯を使って、業務コードには一行も触れず、ひたすらその「インベーダーゲーム風レンダリング」のプロトタイプを作って遊んでいました。画面には株価の代わりに、無数のパーティクル(粒子)が飛び交う謎のアートが表示されていました。
「やっぱり遊んでるじゃないか……」
僕は横目でそう思いながら、自分の担当箇所のメモリリーク調査を続けていました。
■ 「遊び」から生まれたブレイクスルー
ところが、翌日のことです。
マイクが「見てくれ、すごいのができた!」とチーム全員を呼び集めました。
彼が見せたのは、昨日遊んでいた「謎のパーティクルアプリ」の技術を応用した、超高速なデータグリッドのデモでした。
標準のWPFコントロール(DataGrid)を一切使わず、低レイヤーの描画API(DrawingContextやVisualレイヤー)を使って、文字や罫線を直接GPUに描画させていたのです。
驚くべきことに、そのグリッドは1万件のデータが毎秒更新されても、CPU使用率はほぼゼロ。スクロールはヌルヌルと滑らかで、おまけにデータが更新されるたびに、わずかに数字が光るような「美しいエフェクト」まで実装されていました。
「これ、どうなってるんだ?」
僕が驚愕していると、マイクは得意げに解説しました。
「昨日、パーティクルを飛ばして遊んでたときに気づいたんだ。WPFのレンダリングパイプラインの特定の箇所をフックすれば、XAMLの重い処理をスキップして、ゲームエンジンみたいに描画できるってね。これをライブラリ化したから、これを使えばアプリ全体のパフォーマンス問題は一発で解決するよ」
その瞬間、僕たちのプロジェクトの課題だった「パフォーマンス問題」は、単に解決されただけでなく、**「競合他社が真似できない圧倒的なユーザー体験(UX)」**という武器に変わりました。
もし僕たちが「真面目に」既存コードの修正だけをしていたらどうなっていたでしょう?
おそらく、コードは複雑怪奇になり(最適化のためのトリッキーなコードが増えるため)、パフォーマンスは「許容範囲内」に収まる程度で終わっていたはずです。
マイクの「遊び」は、既存の枠組み(WPFの標準コントロールを使うべきという常識)を飛び越え、アーキテクチャレベルでの改善をもたらしたのです。
■ 「Sandbox(砂場)」を持つことの重要性
この件で僕が学んだのは、**「本番コードの上で試行錯誤してはいけない」**ということです。
日本の開発現場では、よく「既存のソースコードを修正しながら、より良い方法を探る」というアプローチを取ります。しかし、これだと「既存の設計」に思考が縛られてしまいます。「ここを直すとあっちが壊れるから、大規模な変更はできないな」と、無意識にブレーキがかかるのです。
一方、海外のエンジニアは、よく**「Throwaway Code(使い捨てコード)」**を書きます。
何か難しい課題に直面したとき、あるいは新しいアイデアを思いついたとき、彼らはすぐに新規プロジェクト(Sandbox=砂場)を作ります。
そこは、汚いコードを書いても、変数名がtmpだらけでも、誰も文句を言いません。
彼らはそこで、子供が砂場で城を作るように、APIを叩きまくり、ありえない実装を試し、エラー画面を爆発させながら「実験」を繰り返します。
この「安全な失敗ができる場所」を持っているかどうかが、決定的な差を生みます。
- 真面目なエンジニア:仕様書通りに作るために、ドキュメントを読み込む。
- 遊ぶエンジニア:「これ、逆に動かしたらどうなるんだろう?」と、ドキュメントにない挙動をSandboxで試す。
多くの場合、公式ドキュメントに載っていない「エッジケース」や「隠れた仕様」の中にこそ、イノベーションの種や、致命的なバグの回避策が眠っています。それを発見できるのは、目的もなく「遊んだ」人間だけなのです。
■ 遊び心が生む「Proactive Design(能動的設計)」
マイクの例のように、「遊び」から得られた知見は、結果として「強固な設計」に還元されます。
彼が作った超高速グリッドは、その後、チーム内で「HighPerformanceGrid」という再利用可能なコンポーネントとして整備されました。
これは最初に話した「Proactive Design for Disruption」の実例です。
「標準のDataGridはいずれ限界が来る(Disruption)」という予感に対し、遊びを通じて「全く別のレンダリング方式」という代替案を用意していたことになります。
彼らは、バグが出てから「どう直そう」と考えるのではありません。
普段の遊びの中で「あ、この書き方だとメモリリークしやすいな」「このライブラリ、意外と並列処理に弱いな」という**「手触り」**を知っているのです。
だから、本番の設計をするときに、「あそこには落とし穴があるから、最初からこう設計しておこう」と、直感的に危険を回避できます。
これは、教科書や技術ブログを読んでいるだけでは絶対に身につきません。
実際に手を動かし、壊し、遊んだ経験の総量こそが、エンジニアの「勘」の正体だからです。
■ あなたの「Sandbox」はありますか?
これから海外を目指す皆さん、あるいはエンジニアとして一皮むけたい皆さん。
皆さんのPCの中に、誰にも見せない「実験用フォルダ」はありますか?
もしないのであれば、今日から作ってください。名前はPlaygroundでもLaboratoryでもGomi(ゴミ)でも何でもいいです。
そして、業務時間の10%でも、あるいは家に帰ってからの30分でもいい。
「タスクを消化するため」ではなく、「知的好奇心を満たすため」だけのコードを書いてみてください。
「WPFのボタンを丸くするんじゃなくて、星型にして回転させてみよう」
「C#のawaitを使わずに、全部コールバック地獄で書いてみたらどれくらい読みづらくなるか試してみよう」
「AIにコードを書かせて、わざとバグらせてみよう」
そんな「無駄」に見える遊びが、実は脳内の「技術的引き出し」を爆発的に増やしてくれます。
そして、いつか本番環境で誰も解決できないバグに直面したとき、その引き出しから「あ、これ、あの時遊んでたあのコードと同じ挙動だ!」という救世主が現れるのです。
海外の現場では、楽しんでいる奴が最強です。
眉間に皺を寄せてモニターを睨んでいるエンジニアより、コーヒー片手に「What if…?(もしこうだったら…?)」とニヤついているエンジニアの方が、恐ろしいほどの生産性を叩き出します。
さて、ここまで「遊び」の重要性を説いてきましたが、皆さんは疑問に思いませんか?
「そんなこと言っても、会社や上司がそれを許してくれるの?」
「失敗したら怒られるんじゃないの?」
ごもっともです。
日本では「遊んでないで仕事しろ」と言われるのがオチでしょう。
でも、僕がいる環境では、なぜこの「遊び」が許容され、推奨されているのか。
そこには、失敗に対する根本的な考え方の違い――**「Blame-Free Culture(非難なき文化)」**があります。
次回の【転】パートでは、この「失敗を祝福する文化」について、僕が体験した「サーバー全停止事故」のエピソード(今思い出しても冷や汗が出ます…)を交えてお話しします。
ミスをした犯人を探すのではなく、ミスから何を学んだかを問う。
その衝撃的な文化の違いを知れば、皆さんもきっと、もっと大胆にコードが書けるようになるはずです。
「誰がやった?」ではなく「何が起きた?」 ~失敗を祝福するブレーム・フリー(非難なし)文化の衝撃~
「終わった……。これでクビだ、いや、損害賠償ものかもしれない」
あれは、渡航して半年が過ぎた頃の金曜日の午後でした。
僕たちWPFチームは、クライアントアプリの重要なアップデートをリリースしました。新機能の目玉は、サーバーとの通信速度を改善する「スマート再接続機能」でした。
リリースボタンを押し、デプロイ完了の通知を見て、僕はチームメイトと「Have a nice weekend!」と言い合って帰路につきました。
しかし、その週末、僕の携帯は鳴り止みませんでした。
「サーバーがダウンしている。復旧させても、すぐにまたダウンする。何かがおかしい」
月曜日の朝、オフィスは戦場のような雰囲気でした。
原因は、僕が実装した「スマート再接続機能」でした。サーバーが一瞬でも不安定になると、全クライアント端末(数万台)が、間隔を空けずに一斉に再接続リクエストを連打する(Retry Storm)バグが潜んでいたのです。
結果、僕のコードは、自社のサーバーに対してDDoS攻撃を仕掛け、週末の間のサービスを完全に停止させてしまいました。
■ 日本で染み付いた「切腹」の精神
僕は顔面蒼白でオフィスに入りました。
日本にいた頃の記憶がフラッシュバックします。
「始末書だ」「原因報告書だ」「誰の承認でリリースしたんだ」「お前の責任だ」
頭の中では、すでに上司への謝罪の言葉と、荷物をまとめて会社を去るシミュレーションが始まっていました。
ミーティングルームに呼び出されました。そこにはCTO、テックリードのデイビッド、そしてインフラチームのリーダーがいました。
僕は震える声で切り出しました。
「I am so sorry. It’s my fault.(本当に申し訳ありません。私の責任です)」
「再発防止のために、今後は二重チェックを徹底し、二度とこのような……」
しかし、CTOは不思議そうな顔で僕の言葉を遮りました。
「Wait, wait. Why are you apologizing?(待て待て、なぜ謝っているんだ?)」
「え? だって、僕のコードのせいでサーバーが落ちて、会社の売り上げが……」
CTOは、これ以上ないほど穏やかな顔で、しかし力強く言いました。
「君は悪くない。悪いのは『一人のエンジニアがミスをしただけで、システム全体がダウンすることを許容していた我々のプロセス』だ」
そして彼はホワイトボードに向かい、こう書き殴りました。
“Post-Mortem (事後検証)”
■ 犯人探しをしない「Blameless Post-Mortem」
ここから始まった会議は、僕が知っている「反省会」とは全く異次元のものでした。
彼らは「誰が(Who)」バグを埋め込んだのかには一切興味を示しませんでした。
彼らが徹底的に追求したのは、**「何が(What)」起き、「どうやって(How)」**システムがそれを通過させてしまったのか、というメカニズムでした。
- なぜ、再接続ロジックに指数関数的バックオフ(Exponential Backoff)が実装されていなかったのか?
- → レビューで見落とされたから。
- なぜ、レビューで見落とされたのか?
- → 通信部分のコードが複雑すぎて、レビュアーがロジックを追いきれなかったから。
- なぜ、テスト環境で検知できなかったのか?
- → テスト環境の規模が小さく、数万台規模の同時接続シミュレーションが自動化されていなかったから。
- なぜ、サーバー側にはレートリミット(接続数制限)が掛かっていなかったのか?
- → インフラ側の設定漏れがあったから。
矢印は決して「僕」という人間に向かず、常に「システム」「プロセス」「環境」に向いていました。
テックリードのデイビッドは言いました。
「いいかい、人間はミスをする生き物だ。疲れていれば見落とすし、勘違いもする。君が明日辞めて、代わりに天才エンジニアを雇ったとしても、その天才もいつか必ずミスをする。だから『人に気をつけるように言う』ことには何の意味もないんだ」
彼らの結論はこうでした。
「人間(Human)を信頼するな。仕組み(System)を信頼しろ」
結果として、この「事故」のおかげで、以下の対策が導入されました。
- WPFアプリに通信負荷テストを自動で行うCIパイプラインの追加。
- サーバー側での厳格なレートリミット設定。
- 大規模リリース前の「カナリアリリース(一部ユーザーのみへの先行配信)」の義務化。
会議の最後、インフラチームのリーダーが僕の肩を叩いて笑いました。
「素晴らしいバグだったよ。おかげで我々のインフラの弱点が洗い出せた。君はこの週末で、会社に100万ドル分の『セキュリティ講習』をしてくれたようなもんだ」
■ 失敗は「資産」である
これが、海外の強いチームが持つ**「Blameless Culture(非難なき文化)」**の正体です。
これは単なる「優しさ」ではありません。極めて合理的で、冷徹なまでの「生存戦略」です。
もしここで僕が責められ、ペナルティを与えられていたらどうなっていたでしょうか?
僕は恐怖し、萎縮したでしょう。
次からは、バグを出すのが怖くて、新しい機能や難しい実装に挑戦しなくなります。
さらに最悪なのは、**「ミスを隠す」**ようになります。
「あ、ここちょっと危ないかも」と思っても、「余計なことを言って責任を取りたくない」から見て見ぬ振りをする。それが積み重なって、いつか取り返しのつかない大爆発を起こす。
海外の企業は、それを最も恐れています。
だから彼らは、「失敗した人間」を罰するのではなく、「失敗を報告した人間」を称賛します。
「よくぞバグを見つけてくれた! おかげでシステムが強くなる!」と。
以前、IBMの伝説的なトップ、トーマス・ワトソン・シニアの逸話を聞いたことがあります。
社員がミスをして1000万ドルの損失を出したとき、辞表を持ってきた社員に彼はこう言ったそうです。
「冗談じゃない。君の教育に今1000万ドルかけたところだ。辞められてたまるか」
僕の体験もまさにこれでした。
僕はクビになるどころか、その後「Retry Stormの専門家」として、チーム内で頼られる存在になりました。
「この実装、またサーバー落とすかもよ?」と、僕が言うと説得力が違いますからね(笑)。
■ 心理的安全性こそが「最強のコード」を生む
【起】のパートで「プロアクティブな設計」の話をし、【承】で「遊び心」の話をしました。
それら全ての土台にあるのが、この**「心理的安全性(Psychological Safety)」**です。
- 「こんな実験的なコードを書いたら怒られるかな?」
- 「この設計で失敗したら評価が下がるかな?」
そんな不安がある場所では、誰も「Proactive Design for Disruption(混乱に備えた設計)」なんて思いつきませんし、「Play(遊び)」なんてできません。
言われた通りのことだけをやる、退屈で受動的なエンジニアになるだけです。
「失敗しても大丈夫。チームが守ってくれる。システムが守ってくれる」
その確信があるからこそ、エンジニアはリスクを取って大胆なアイデアを試し、前例のないアーキテクチャに挑戦できるのです。
日本にいる皆さん。
もし今の現場が「誰がやった?」「なんでミスしたんだ?」と個人を吊るし上げる文化だとしたら、そこで「世界レベルのイノベーション」を起こすのは難しいかもしれません。
でも、諦めないでください。あなた自身が、今日から「Blameless」を始めることはできます。
同僚がミスをしたとき、「なんで?」と聞く代わりに、「どういう状況だった?」「仕組みで防ぐにはどうすればいい?」と聞いてみてください。
「ごめん」と言う同僚に、「謝らなくていいよ、これはシステムのバグだから」と言ってみてください。
その小さなマインドセットの変化が、あなたのチームを、そしてあなた自身のキャリアを、少しずつ「世界基準」に変えていくはずです。
さて、長い話にお付き合いいただきました。
「バグ修正のその先へ」「遊びが生むイノベーション」「失敗を祝福する文化」。
これらを通して僕が伝えたかったのは、単なる海外就職のノウハウではなく、どこにいても使える**「エンジニアとしての生き方」**の変革です。
次回の最終回【結】では、これまでの話を総括し、明日から皆さんのデスクで具体的に何を始めればいいのか。
小さな一歩から始められるアクションプランと、僕からの最後のエールを送りたいと思います。
明日からできるマインドシフト ~リアクティブなパッチ当てから、プロアクティブな破壊的創造へ~
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
海外で働く一人のC#エンジニアとして、現地の空気感をそのまま伝えたくて、少し熱くなりすぎたかもしれません。
「海外はすごい」「日本は遅れている」
そんな単純な出羽守(でわのかみ)の話をしたかったわけではありません。日本には世界に誇れる技術力があり、勤勉で優秀なエンジニアがたくさんいます。
ただ、ほんの少しの「マインドセットのボタンの掛け違い」で、そのポテンシャルが発揮できずに消耗している人が多いのではないか。そう感じて筆を執りました。
最終回となる今回は、これまでの話を総括し、あなたが今どこに住んでいようと、どの会社に属していようと関係なく始められる、**「世界基準のエンジニアになるための具体的なアクション」**を提示します。
■ 私たちが目指すべき「ゴール」の再定義
まず、私たちが目指すエンジニア像を再定義しましょう。
- 過去の私たち(Reactive):
- 仕様書通りに動くものを作る人。
- バグが出たら謝り、徹夜で直す人。
- 「忙しいこと」で安心感を得る人。
- 既存のコードを壊さないように恐る恐る触る人。
- これからの私たち(Proactive):
- 「仕様書にはないけれど、こうあるべき」を提案し、実装する人。
- バグをシステムの弱点発見と捉え、再発防止の仕組みを作る人。
- 「余裕(Slack)」を持ち、その時間で実験と学習をする人。
- 壊れることを前提に、回復力(Resilience)のある設計を楽しむ人。
このシフトチェンジに必要なのは、英語力でもビザでもありません。
**「自分の仕事の定義を変える勇気」**です。
「私はコーダー(作業員)ではない。私はアーキテクト(創造者)だ」と、自分自身に宣言することからすべては始まります。
■ アクションプラン:明日から始める「3つの変革」
では、具体的に明日、出社(あるいはリモートワークを開始)したら何をすべきか。
Visual Studioを開き、いつものソリューション(.sln)をロードする前に、以下の3つを実践してみてください。
1. 「すみません」を封印し、「ありがとう」に変換する
【転】で話した「Blameless」の実践です。
もし明日、あなたのコードにバグが見つかったら、反射的に「すみません、すぐ直します!」と言うのを我慢してください。
代わりに、こう言ってみましょう。
「バグ報告ありがとうございます。この挙動は興味深いですね。なぜテストをすり抜けたのか、メカニズムを解明して共有します」
最初は勇気が要るかもしれません。生意気だと思われるかもしれません。
でも、言葉を変えると意識が変わります。「謝罪」モードから「分析」モードに脳が切り替わります。
そして、同僚がミスをした時も同様です。「大丈夫?」ではなく「ナイス発見! で、どうやったら再現できる?」と、探偵のように接してみてください。
その空気が伝染すれば、チームの心理的安全性は確実に高まります。
2. 業務時間の10%を「闇プロジェクト」に充てる
【承】で話した「遊び(Play)」の実践です。
上司に「遊ぶ時間をください」と言っても、日本の多くの現場では許可が下りないでしょう。だから、こっそりやりましょう(笑)。
これを私は「闇プロジェクト(Underground Project)」と呼んでいます。
日々のタスクを効率化して、1日の中の30分~1時間を捻出してください。
その時間で、業務とは直接関係ない、でも将来役に立ちそうな技術検証を行ってください。
- 「今のMVVMフレームワークを捨てて、自作の超軽量バグだらけフレームワークを作ってみる」
- 「C#の新機能(例えばSource Generator)を使って、面倒なボイラープレートコードを自動生成させるツールを作る」
そして重要なのは、その成果がいずれチームを救う時が来るということです。
「あ、その機能なら、僕が裏で実験してたツールを使えば一瞬で実装できますよ」
そうやって実績を出せば、次第にその「遊び」は「R&D(研究開発)業務」として公認されるようになります。既成事実を作った者勝ちなのです。
3. コードを書く前に「破壊シナリオ」を3つ考える
【起】で話した「Proactive Design」の実践です。
新しい機能を実装する際、正常に動くコード(Happy Path)を書く前に、**「どうやったらこのコードを殺せるか」**を3つ考えて、コメントに書いてください。
- シナリオA: ネットワークケーブルを引っこ抜いたらどうなる?
- シナリオB: ユーザーが保存ボタンを1秒間に100回連打したらどうなる?
- シナリオC: ディスク容量がゼロの状態で書き込みに行ったらどうなる?
これを考えるだけで、実装は劇的に変わります。
try-catchの場所が変わります。リトライ処理が入ります。ボタンの非活性制御が入ります。
「動くコード」ではなく「死なないコード」を書く癖がつきます。
これが、海外のシニアエンジニアが息をするようにやっている思考プロセスです。
■ 最後に:国境はあなたの頭の中にしかない
私が日本を離れて海外に来たとき、物理的な距離以上に遠く感じたのは、この「マインドセットの距離」でした。
最初は戸惑い、打ちのめされました。
でも、慣れてしまうと、これほどエンジニアにとって居心地が良く、刺激的な世界はありません。
ここでは、C#もWPFも、単なる「仕様を満たすための道具」ではなく、**「自分のアイデアを具現化し、世界にインパクトを与えるための魔法の杖」**です。
XAMLのタグ一つ、C#のラムダ式一つを書くたびに、「これで世界が少し便利になる」「これでシステムが少し強くなる」という手応えを感じることができます。
今、日本にいる皆さん。
「海外に行かないと、その環境は手に入らない」なんて思わないでください。
あなたが今日から、「謝るのをやめ」「遊び心を持ち」「破壊に備える設計」を始めれば、あなたのデスクの周り半径2メートルは、すでにシリコンバレーであり、ロンドンであり、ベルリンです。
そして、そうやってマインドを変えたエンジニアが増えれば、日本の開発現場も必ず変わります。
あるいは、あなた自身がそのマインドセットというパスポートを持って、物理的に海を渡る日が来るかもしれません。その時は、どこかの国のカンファレンスで、コーヒーでも飲みながら「WPFってやっぱり最高だよね」と語り合いましょう。
エンジニアリングは楽しい。
本来、クリエイティブで、自由で、ワクワクするものです。
バグ修正のその先にある、広大な「創造の荒野」で、皆さんと一緒にコードが書ける日を楽しみにしています。
Happy Coding!
海外の空の下より、愛を込めて。

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