「コードは万国共通」の嘘。海外エンジニアとして僕が直面した「文化という名の設計ミス」

海外でC# / WPFエンジニアとして働き、日々XAMLと格闘しながら多国籍なチームをまとめている僕が、技術よりもずっと難解な「文化という名のデバッグ」についてお話しします。

これから海外を目指す人、あるいは現場で「なぜか話が噛み合わない」と頭を抱えている人のヒントになれば嬉しいです。


1. 完璧な「設計図」が機能しない現場:ドイツ的精密さとブラジル的柔軟性の衝突

どうも。海外でC# / WPFをメインに、デスクトップアプリの設計や開発をガリガリやっている日本人エンジニアです。

日本で働いていた頃、僕は**「エンジニアにとって、コードこそが唯一の共通言語だ」**と信じて疑いませんでした。たとえ英語が完璧じゃなくても、美しいアーキテクチャ図を描き、C#のインターフェースを厳密に定義し、ドキュメントに「期待される動作」を明記すれば、世界中どこにいても仕事は回るはず。そう思っていたんです。

でも、海外に出てその考えは木っ端微塵に打ち砕かれました。

剛性と弾性のデッドロック

当時、僕はヨーロッパにある多国籍企業のプロジェクトで、WPFを使った大規模な制御システムのUI刷新を担当していました。チーム構成はまさに「ダイバーシティ」。テックリードはドイツ人のハンス、そしてフロントエンドの実装を担当していたのがブラジル人のチアゴでした。

ハンスは絵に描いたような「ドイツ的精密さ」の持ち主。彼が書く設計ドキュメントは、MVVMパターンのViewModelのプロパティ一つひとつから、非同期処理の例外ハンドリングに至るまで、まるで法典のように緻密でした。

「このインターフェースの戻り値がnullになることは、論理的に許されない。もし例外が発生した場合は、この仕様書14ページのフローチャートに従って処理すること」

彼はいつもそう言い、僕らチーム全員に完璧な「設計図(Blueprint)」を共有していました。

一方のチアゴは、天才的な閃きを持つシニアエンジニアです。彼のコードは非常に柔軟で、UIの使い勝手を爆速で改善していく強みがありました。日本人である僕は、「ハンスがルールを決め、チアゴが形にすれば、プロジェクトはオンタイムで終わる」と楽観視していました。

ところが、開発が始まって2週間。プロジェクトは完全にストップしました。

「仕事を進めるOS」の互換性エラー

ハンスにとって、設計図は**「絶対に守らなければならない契約」**でした。たとえ途中で「こっちのボタン配置の方が使いやすい」と思っても、彼は変更手続き(Change Request)を通さない限り、1ピクセルも動かそうとしません。

対してチアゴにとって、設計図は**「あくまで目安」**でした。 「ハンスの設計だとバインディングが重くなる。だから構成を変えて、スムーズに動くようにしておいたよ。いいよね、こっちの方がユーザーは喜ぶし!」

ハンスは激怒しました。「なぜ仕様書通りに作らない!これはシステムの破壊だ!」 チアゴは肩をすくめます。「ハンス、状況は変わるんだ。臨機応変に調整する方がプロフェッショナルだろう?」

この時、僕は気づいたんです。彼らは「同じ英語」を話し、「同じC#」を使っているけれど、**「仕事を進める上での文化的なOS(オペレーティング・システム)」**が致命的に異なっていたことに。

「文化のコスト」をアーキテクチャに組み込む

日本人の感覚からすると、ハンスの生真面目さもチアゴの情熱も理解できます。しかし、この二つが衝突したとき、プロジェクトには目に見えない膨大な「調整コスト」が発生します。

僕の役割は、単にC#のコードを書くことではありませんでした。ハンスの厳格なインターフェース(Interface)を尊重しつつ、チアゴが柔軟に動けるための**「抽象化レイヤー(バッファ)」**を人間関係の中に設計すること。技術的なアーキテクチャだけでなく、人間関係のアーキテクチャを設計する必要があったのです。


2. ハイコンテクストの罠:メールの行間に潜む「書かれていない仕様」

文化のOSの違いを理解し始めた僕を次に待ち受けていたのは、コミュニケーションの「深淵」でした。エンジニアなら、一度は「仕様が曖昧だ!」と憤ったことがあるでしょう。しかし海外での「曖昧さ」の定義は、僕ら日本人が知っているものとは別次元です。

日本人エンジニアが陥る「察して」という脆弱性

僕ら日本人は、世界でも類を見ない「ハイコンテクスト(高文脈)」な文化の中で生きています。空気を読み、相手の意図を察し、言葉足らずな部分を善意で補完し合う。これは共通の価値観を持つ中では最強の武器ですが、一歩外に出れば致命的なバグになります。

ある時、WPFのカスタムコントロールの実装について、アメリカ人のリードエンジニア、ケビンにメールを送りました。僕は「直接的に言うのは失礼かな」という日本的な謙虚さでこう書きました。

「今の設計だと少しパフォーマンスに影響が出るかもしれないと思っているんだ。もし時間があれば、もう一度設計を見直してみるのはどうかな?」

僕の意図は**「絶対にバグるから今すぐ直してくれ」**でした。しかし、ケビンからの返信はこうです。 「Hi! 意見をありがとう。可能性はあるかもね。でも今は他のタスクが優先だから、何か起きたら教えて。Cheers!」

数週間後のデモで、アプリは案の定フリーズしました。ケビンは「なぜあの時、もっと明確に言わなかったんだ?」と驚き、僕は「メールで伝えたはずだ」と食い下がりました。しかし、ローコンテクストな彼らの世界では、**「言葉にしたこと=伝えたこと」の100%**であり、言っていないことは存在しないのと同じなのです。

C#のように「明示的にキャスト」せよ

これをC#に例えるなら、僕は「暗黙的な型変換(Implicit Conversion)」を期待してコードを書いていました。しかし、海外の現場は「厳格な型指定」を求めるコンパイラそのもの。明示的にキャスト(明文化)しない限り、意図しない動作をするだけです。

この失敗から、僕は自分のコミュニケーションを根本からリファクタリングしました。

  • 結論を一行目に(結論ファースト): Action Required: Please refactor the async logic.
  • 「かも」を捨て、事実とリスクを並べる: 「1000件のデータで500msブロックされます。修正が必要です」
  • 5W1Hを箇条書きにする: 情報を構造化し、解釈の余地をゼロにする。

ローコンテクストな文化の人たちにとって、最も親切なこととは、**「誤解の余地がないほど明確に伝えること」**なのです。


3. 沈黙は同意ではない:多国籍チームで試される「非言語」のデバッグ

メールを改善し、論理的なやり取りができるようになった僕を翻弄したのは、対面会議での「空気感」でした。

「首振り」というパケットロス

ある技術レビューで、C#のバックエンド構造の変更案をプレゼンした時のことです。説明を終えて「質問や反対意見はありますか?」と問いかけると、画面越しに沈黙が流れました。インド人のラージは首をゆらゆらと揺らし、フランス人のクロエは眉間に皺を寄せています。

僕は「沈黙は同意だ」と判断し、実装を進めました。しかし、プルリクエスト(PR)を出した途端、彼らから大量の修正要求が飛んできたのです。

  • インドのラージ: 首をゆらゆらさせるのは「No」ではなく「話を聞いているよ」というポジティブな相槌。
  • フランスのクロエ: 眉間の皺は怒りではなく「深い思考」。彼女は脳内でデバッグ中だったのに、僕が勝手に議論を打ち切ったと感じていた。

頷き(Ack)のオーバーロード

逆に、日本人の「頷き」も誤解の源です。僕らの「うん、うん」は単なる受聴(Listening)ですが、英語圏では「同意(Agreeing)」と見なされます。後から異論を唱えれば「なぜあんなに同意していたのに、今になって反対するんだ?」と、信頼(Trust)リソースをロストします。

海外の現場では、「沈黙」という名の例外(Exception)を放置してはいけません。 「みんな静かだね。これは A) 同意? B) 考え中? C) 混乱してる?」 ジョークを交えつつ、相手のステータスを明示的にアウトプットさせる。相手の沈黙を「合意」という定数で勝手に初期化せず、必ずNullチェックならぬ「コンテキストチェック」を行う。これが異国の地でプロジェクトを完遂させるための設計思想です。


4. Beyond Blueprints:真の「グローバル・アーキテクト」へ

「なんで技術以外のことで、こんなに消耗しなきゃいけないんだ」 そう不貞腐れていた時期もありました。しかし今、確信を持って言えるのは、あの苦労はエンジニアとしての**「OSのアップグレード」**だったということです。

「正解は一つ」という呪縛を解く

日本の開発現場には、唯一の「正しい進め方」があるように錯覚しがちです。しかし多国籍チームは、異なる標準ライブラリが混在する巨大な分散システム。そこにあるのは「唯一の正解」ではなく、**「その場で最適に動作するプロトコル」**だけです。

文化の違いを「壁」と捉えるのをやめ、一つの「仕様」として受け入れた時、視界は一気に開けます。

技術力 × 文化理解力 = 無敵のキャリア

海外で本当に必要とされるのは、技術が抜群に高い人……だけではありません。**「異なる価値観をブリッジ(架け橋)できるエンジニア」**です。

C#

// 文化をブリッジする疑似コード
public void CoordinateProject()
{
    var spec = Hans.GetStrictSpecification();
    var proto = Thiago.GetFlexiblePrototype();
    
    // 技術的なバックグラウンドを持ちながら、文化的な調整を行う
    var refinedArch = BridgeValues(spec, proto);
    Deploy(refinedArch);
}

「ハンスの精密さを活かすために、チアゴのプロトタイプをベースに計画を立てよう」と言える日本人エンジニアは、世界中のどのチームでも「最高のパートナー」として迎えられます。

失敗は「仕様変更」にすぎない

「文化のデバッグ」に失敗しても、落ち込む必要はありません。それは単なるランタイム例外です。ログを確認し、原因を分析し、次の伝え方を修正してデプロイすればいい。その繰り返しが、どんな環境でも生き抜ける強靭なメンタリティを育ててくれます。

世界は、IDEの画面よりもずっと広く、複雑で、そして面白い。 設計図(Blueprint)を飛び越えた先にある、多種多様な色が混ざり合うカオスな現場を楽しんでください。そこでの経験は、間違いなく君の人生にとって「最高のライブラリ」になるはずです。

Happy Coding, and Enjoy the Culture!

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