はじめに
僕が初めて海外で働き始めたとき、一番大きなショックは「技術の壁」ではなく「言語の壁」でした。
C# WPFを使った設計開発なんて、日本で散々やってきたし、正直「技術的には戦える」と思っていました。確かに、ソースコードを追いかけていく分には国境なんて関係ない。if 文も for ループも、世界中どこに行っても同じ書き方です。
でも、会議室の外、Slackのやり取り、ホワイトボードを使ったディスカッションの場では、急に自分が小さくなる感覚がありました。周りのエンジニアが楽しそうにアイデアを出し合っているのに、僕だけ「聞き取れているようで聞き取れていない」。頭の中で英語を日本語に翻訳して、そのあと日本語から英語に訳し直して発言して……その間に会話は次のトピックに進んでいる。
「コードでは対等なのに、会話になると置いていかれる。」
このギャップが、思っていた以上に僕の自信を削りました。
正直に言うと、最初の頃は「技術力で勝負すればいい」と思っていました。英語は最低限でOK。コードが読めれば、Pull Requestにコメントできれば、エンジニアとして十分やっていけるだろうと。
でも、現実は違ったんです。
設計レビューで「なぜこのアプローチを選んだのか」を説明しようとしても、言葉が追いつかない。相手の「本当の懸念」が英語の細かいニュアンスに隠れていて、気づけないまま実装を進めてしまう。結果的に、再修正で余計な工数が増えたり、チームから「彼は話が通じにくい」と思われたりする。
そこで僕は痛感しました。
「技術力」だけじゃ、グローバルな現場では足りない。
むしろ「言葉を通じて相手の視点を理解できる力」がないと、いくらコードが書けてもチームの一員にはなれないんだと。
その頃の僕は、Slackで送られてくる同僚の短いジョークが理解できずに、ただ「笑顔のスタンプ」を押すだけの日々。ランチで同僚が話すサッカーの試合結果に「へぇ」と曖昧に相槌を打つけど、実際は全然ついていけていない。
「自分はエンジニアとして評価されたいのに、なんだか“壁の向こうにいる人”みたいに扱われている気がする。」
それが辛かったんです。
僕が海外で働き続ける意味ってなんだろう? ただコードを書くなら日本でもできるのに、わざわざ異国の地に来た意味って?
そんなモヤモヤを抱えていたある日、チームのメンバーから言われた一言がきっかけで、僕の考え方がガラッと変わりました。
「Hey, I know your code is great, but I want to know what you think. Not just in code reviews, but in discussions.」
――「君のコードは素晴らしい。でも、君自身の意見をもっと知りたいんだ。レビューだけじゃなく、議論の場でね。」
ハッとしました。
僕は「コードで伝われば十分」と思っていたけれど、仲間は「僕自身の考え」を知りたがっていたんです。
この出来事から、「言語を学ぶ」ということの意味が僕の中で大きく変わりました。
単なるツールじゃない。
相手の視点に近づき、相手の感情を理解し、相手と一緒に未来を描くための「橋」なんだと。
それから僕は本気で英語に取り組むようになりました。
もちろん最初は大変だったけれど、その過程で「コードの外」にある仲間の考えや文化を知れるようになったんです。そして、いつしか「会話の中で自分の意見を出せる」ようになっていったとき、僕のエンジニアとしてのキャリアは大きく動き出しました。
(学びのスタートライン)
僕が「言語を学ぶしかない」と覚悟を決めたとき、正直ワクワクなんてしていませんでした。
むしろ、どんよりした気分でした。
なぜなら、それまで僕はずっと「英語=試験のためのもの」だと思ってきたからです。受験英語の記憶はあっても、スムーズに口から英語が出てくる経験なんてほとんどなかった。だから「今さら勉強しても間に合わないんじゃないか」という焦りが大きかったんです。
最初の一歩:毎日のランチを変える
ただ、考えてみると、僕には「生の教材」が溢れていました。
――それは職場の同僚たち。
「ランチに一緒に行かない?」
ある日、同僚に誘われたとき、僕は迷わずOKしました。今までは気後れして断ることも多かったけど、このときは「まず場数を踏もう」と思ったんです。
最初のランチは、まるで修行のようでした。
みんながサッカーの話で盛り上がっている横で、僕は必死に聞き取ろうと耳を集中させる。でも、知らない選手の名前やジョークが飛び交うたびに、理解はどんどん置いていかれる。結局、僕が発した言葉は「Yeah」「Oh, really?」の二つだけ。
惨敗。
でも、その日から「ランチは絶好のトレーニングだ」と気づいたんです。コードレビューでは難しい雑談のスキルが、ランチなら自然に鍛えられる。失敗してもダメージは少ないし、相手もカジュアルに助けてくれる。
それ以来、僕は毎日のように誰かと一緒にランチに行きました。
小さな習慣化:Slackで「一言」でも発言する
次に僕が意識したのは、Slackです。
今までは「読む専門」になりがちだったけれど、意識的に「一言でも書く」ことを自分に課しました。
たとえば、同僚が何か情報を共有してくれたら、
「Thanks for sharing!」
「Interesting, I’ll try it out.」
たったこれだけ。
でも、驚くほど効果がありました。
最初は「そんな短いコメント、意味あるの?」と思っていたんですが、やってみると「お、こいつリアクションしてるな」と思ってもらえる。そこから自然に「じゃあ質問してみよう」という流れにつながっていったんです。
小さいけれど、「自分も会話の一部になっている」という実感が、少しずつ自信に変わっていきました。
失敗からの学び:言葉より大事な“伝える姿勢”
もちろん、順調ばかりではありませんでした。
ある日、設計レビューで大失敗しました。
僕が提案したアーキテクチャについて説明しているとき、単語を間違えて伝えてしまったんです。結果的に「セキュリティ的に大きな懸念がある設計」と誤解され、会議が一時中断。上司から「本当に理解してるのか?」と詰められ、顔から火が出そうになりました。
その夜、落ち込みながら考えました。
「自分の英語力が低いせいで、信頼を失ったんじゃないか…」
でも次の日、チームのリードが言ってくれた言葉が救いになりました。
「It’s okay. We all make mistakes. What matters is that you tried to explain your idea. Next time, just double-check the words.」
――「大事なのは“伝えようとした”ことだよ。」
そこで気づいたんです。
完璧な英語じゃなくてもいい。
大切なのは「自分の考えを出す姿勢」だって。
言語学習のブースト:技術トピックを武器にする
そこから僕は学習方法を少し変えました。
闇雲に英単語帳を覚えるんじゃなくて、自分の仕事に直結する英語に絞ったんです。
具体的には:
- C#やWPF関連の英語記事を毎日読む
- 分からない単語は、次のミーティングで必ず使ってみる
- 英語のドキュメントをチームにシェアしてみる
すると、不思議なことに「仕事で必要な言葉」から理解が広がっていきました。
たとえば dependency injection という単語を初めて会話で使ったとき、同僚から「お、ちゃんと伝わってるじゃん!」と笑顔を返された瞬間、心の中でガッツポーズをしたのを今でも覚えています。
文化を知ることで、言葉が生きる
言葉だけでなく、文化を知ることも大きなヒントになりました。
アメリカ人はよく「直球のフィードバック」をするけれど、それは批判ではなく建設的な文化。
インド人の同僚は、家族の話をよくするけど、それがチームの信頼関係の土台になっている。
そういう背景を知ると、同じ言葉でも聞こえ方が変わるんです。
ただ「英語を学ぶ」じゃなくて「相手の視点を学ぶ」こと。
それが本当の意味での“言語を使った共感”だと気づきました。
(ブレイクスルーの瞬間)
毎日のランチやSlackでの小さな挑戦を続けていた僕に、ある日大きな試練がやってきました。
それは「海外拠点との合同プロジェクト」のキックオフミーティング。
参加者はアメリカ本社、インドの開発チーム、ヨーロッパのQAチーム、そして僕がいるアジア拠点。
Zoomの画面に並ぶ顔ぶれは20人以上。
プロジェクトの初期設計を担当していた僕は、なんと「技術的な方針を説明する役」を任されたんです。
正直、最初は胃がキリキリしました。
「俺が英語でプレゼン!? 本当に大丈夫なのか…」
震えながら始めたプレゼン
プレゼン当日。
スライドを画面共有しながら、僕は必死に準備してきたフレーズを口にしました。
「Today, I’d like to walk you through the design proposal for our WPF application…」
心臓はバクバク。
頭の中は真っ白。
それでも、練習してきた「キーフレーズ」を頼りに一歩ずつ進めました。
すると意外なことに、相手の表情は思ったほど厳しくなかったんです。
むしろ「うんうん」とうなずきながら聞いてくれる人が多い。
途中で言葉に詰まったときも、同僚が「Take your time, we’re following you」と声をかけてくれた。
その瞬間、「あ、通じてる!」という感覚が全身を駆け抜けました。
初めての“議論”への参加
さらに驚いたのは、プレゼン後の質疑応答でした。
以前の僕なら質問を受けた瞬間にパニックになっていたはず。
でも、このときは「聞き取れなかったら聞き返せばいい」と腹をくくっていました。
「Sorry, could you say that again, a bit slower?」
そう勇気を出して言うと、相手はちゃんとスピードを落としてくれた。
そこからは、自分の意見も交えながらやり取りを続けられたんです。
「I see your point, but from our perspective…」
「What if we try this approach instead?」
気づけば、僕はただ質問に答えるだけじゃなく、議論の流れを一緒に作っていた。
チームの見方が変わった瞬間
会議のあと、アメリカ本社のマネージャーからSlackでメッセージが届きました。
「Great job today. It was really helpful to hear your thoughts directly.」
――「今日はよくやったね。君の考えを直接聞けて、本当に助かったよ。」
読みながら、胸の奥が熱くなりました。
あの日言われた「コードじゃなくて君自身の意見を知りたい」という言葉が、やっと現実になった気がしたんです。
そしてその後、僕の役割は明らかに変わりました。
単に「コードを書く人」から、「議論に参加し、方向性を示せる人」へ。
言語が変えた“信頼の質”
この経験を通して僕は気づきました。
言語力は、単に意思疎通の道具じゃない。信頼の質を変えるスイッチなんだ。
英語を学び始める前、僕は「彼は技術的には優秀だけど、コミュニケーションは弱い」と見られていたと思います。
でも今は「彼はチーム全体を見て意見を言える」と評価されるようになった。
そして、この変化はキャリアの広がりにも直結しました。
次のプロジェクトでは、僕が設計リードに選ばれたんです。
グローバルチームと協力して進める経験を任せてもらえたのは、間違いなく「言葉を使って信頼を築けるようになったから」だと思います。
ブレイクスルーの裏にあった“日々の積み重ね”
この大きな成功体験があったからといって、急に英語がペラペラになったわけではありません。
会議中に聞き取れないこともあれば、いまだにジョークが分からなくて苦笑いすることもあります。
でも、あのキックオフで学んだのは、完璧じゃなくてもいいということ。
むしろ「相手に伝えようとする姿勢」と「毎日の小さな積み重ね」が、大きなチャンスを引き寄せるんだということでした。
(学びの総括と未来へのメッセージ)
あのキックオフミーティングを乗り越えてから、僕の海外エンジニア生活は大きく変わりました。
「英語が弱点」だった自分が、今では「議論の場で意見を言える人」になった。
それだけで、チームからの信頼の度合いがガラッと変わったんです。
でも、ここまで来て分かったのは――
言語そのものよりも、「姿勢」と「習慣」がすべてを変えるということ。
完璧じゃなくていい。通じれば十分。
僕が英語を学び始めた頃、一番のストレスは「正しく話さなきゃ」というプレッシャーでした。
文法を間違えたらどうしよう。発音が変だったら笑われるんじゃないか。
でも実際には、同僚たちは僕の細かい間違いなんて気にしていませんでした。
むしろ、「言おうとしていること」を理解しようと耳を傾けてくれていた。
ある日、アメリカ人の同僚にこう言われました。
「Don’t worry about your grammar. We care about your idea.」
――「文法なんて気にするな。大事なのは君のアイデアだよ。」
その言葉が僕を救ってくれました。
“正しさ”より“伝える姿勢”。
この意識に切り替えられたことで、一気に会話が楽になったんです。
言語は「共感のツール」
もうひとつ大事なのは、言語はただのスキルじゃないということ。
それは「相手の視点に近づくためのツール」なんです。
例えば、インド人の同僚が「家族の体調で今日は休む」と言ったとき、日本人の感覚では「仕事より家族か」と一瞬思ってしまう人もいるかもしれません。
でも、その国では家族が最優先であることが当然。
その背景を知っていれば、同じ言葉でも受け取り方が変わる。
つまり、言語を学ぶことは、相手の文化や価値観を学ぶことでもあるんです。
その理解が深まるほど、チームの中での信頼関係も強くなる。
習慣化がすべてを変える
ここまで読んで「でも自分には無理そう」と思った人もいるかもしれません。
僕も最初はそうでした。
でも、僕がやったのは本当に小さなことばかりです。
- 毎日ランチで雑談に挑戦
- Slackで一言リアクションをつける
- 会議で「聞き返す勇気」を持つ
- 技術記事を1日10分読む
この程度です。
だけど、それを「毎日」続けると、半年後には確実に景色が変わってきます。
言語は才能じゃない。習慣の積み重ねです。
海外で働くことを考えているエンジニアへ
もしあなたがこれから海外で働こうとしているなら、ぜひ伝えたいことがあります。
- 技術力だけじゃ足りない。
コードは世界共通語だけど、信頼を築くには「言葉」が必要です。 - 完璧な英語は不要。
文法がぐちゃぐちゃでもいい。言おうとする姿勢が評価されます。 - 文化を知ることが強みになる。
言語を通じて相手の背景を理解すれば、関係性が一気に深まります。 - 小さな習慣を続けること。
毎日の一言、毎日の5分が、未来を変えます。
僕自身、最初は「Yes」と「No」しか言えなかったんです。
それでも今、グローバルな会議で議論をリードできるようになったのは、ただ地道に習慣を続けただけ。
結びに
海外で働くエンジニア生活は、楽しいことばかりではありません。
言葉の壁にぶつかり、自信を失い、孤独を感じる瞬間もあります。
でも、その壁を越えたときに得られるものは、想像以上に大きいです。
言語はキャリアのブーストスイッチ。
それを押した瞬間、あなたの世界は一気に広がります。
だから、もし迷っているなら――
「まず一言」から始めてみてください。
その一歩が、未来のあなたを変える最初のトリガーになります。

コメント