失敗は“能力不足”じゃない。視点不足なだけだ(約3000文字)
海外でエンジニアとして働き始めた頃、正直に言うと
**「失敗=終わり」**だと思っていました。
コードレビューで仕様の勘違いを指摘される。
設計レビューで「Why did you choose this approach?」と聞かれ、言葉に詰まる。
英語も拙く、ロジックも十分に説明できず、
頭の中ではこう思っていました。
「やっぱり自分は、ここで働くレベルじゃないんじゃないか」
C# WPFで設計開発をしてきた経験は日本では通用していた。
でも海外の現場では、ミスの“重さ”が違って感じられたんです。
単なる実装ミスではなく、
「考え方そのものが間違っている」と言われている気がして。
日本で育ったエンジニアあるあるかもしれませんが、
私たちは無意識にこう刷り込まれています。
- 失敗しない人=優秀
- ミスをする=準備不足
- 想定外=リスク管理が甘い
だから「やらかす」こと自体を、
人格や能力と結びつけてしまう。
でも海外で働き続ける中で、
ある違和感に気づきました。
海外の現場は、失敗している人ほど評価が高い?
同じチームのエンジニアを見ていると、
不思議なことがありました。
- バグを出す人ほど、次の設計で信頼される
- 失敗談をよく話す人ほど、発言権が強い
- 「前にこれでやらかしたんだけどさ」と言える人ほど、会議で聞かれる
最初は意味が分かりませんでした。
「いやいや、失敗してるじゃん?」
「なんでその人がリードするの?」
でもよく観察すると、
彼らは失敗そのものを評価されているわけではない。
評価されているのは、
**失敗の“扱い方”**でした。
- 何が起きたかを言語化できる
- なぜ起きたかを構造で説明できる
- 次にどう変えるかを、他人に共有できる
つまり彼らは、
失敗を“個人イベント”で終わらせていない。
ここでようやく、
自分の中の価値観がズレていたことに気づきました。
「失敗=マイナス」は、かなりローカルな発想
失敗を恐れる文化は、決して悪いものではありません。
品質を守り、再現性を高めるためには必要です。
でも問題は、
失敗を“消すもの”として扱ってしまうこと。
海外の現場では、
失敗はこう扱われます。
「Interesting. That’s unexpected. Why do you think that happened?」
この一言に、何度も救われました。
責められていない。
能力を疑われてもいない。
ただ、材料として扱われている。
失敗=データ
失敗=学習ログ
失敗=次の意思決定の根拠
この視点に立った瞬間、
エンジニアとしての働き方がガラッと変わりました。
実は、人類の進歩は“やらかしログ”でできている
ここで少し視野を広げてみてください。
私たちが当たり前に使っているものの多くは、
最初から正解を狙って生まれたわけではありません。
- ある科学者が、片付け忘れた実験皿
- ある企業が、「失敗作」とラベルを貼った接着剤
- ある発明家が、机の上でこぼした薬品
これらはすべて、
「Oops(やってしまった)」から始まっています。
でも彼らは、
そこでなかったことにしなかった。
「失敗した」で終わらせず、
「なぜこうなった?」と立ち止まった。
そして、
「これ、別の使い道ないか?」と考えた。
この視点の切り替えこそが、
ブレイクスルーの正体です。
海外で働くエンジニアにとって、これは“人生保険”
海外の現場では、
避けられないものがあります。
- 言語の壁
- 文化のズレ
- 暗黙知の欠如
- 前提条件の勘違い
どれだけ優秀でも、
どれだけ準備しても、
必ず「Oops」は起きる。
だからこそ重要なのは、
失敗しないこと
ではなく
失敗した瞬間に、何を見るか
ここを間違えると、
自己否定に入ってしまう。
でもここを掴めると、
失敗は一気に資産になります。
この先の「承」では、
ペニシリン、ポストイット、加硫ゴムという
**歴史的な“やらかし”**が、
どうやって世界を変えたのかを見ていきます。
そしてそれが、
海外エンジニアとしてのあなたの
明日の失敗を、どう守ってくれるのか。
「やらかした…」と思った瞬間に、
少しだけ楽しみになる。
そんな視点を、次で一緒に掘り下げます。
歴史は“Oops”を“Aha!”に変えた人でできている(約3000文字)
ここで一度、エンジニアという肩書きを外して、
**人類全体の「やらかしログ」**を眺めてみましょう。
面白いことに、
「最初から完璧な設計で生まれた大発明」は、ほとんどありません。
むしろ歴史を動かしてきたのは、
うまくいかなかった実験
失敗と判断された試作品
偶然起きた想定外の出来事
こうした「Oops」たちです。
そして重要なのは、
それを見逃さなかった人間がいたという事実です。
ペニシリン:片付けなかった人が、世界を救った
1928年、細菌学者アレクサンダー・フレミングは
ブドウ球菌の研究をしていました。
ある日、休暇から戻ると、
実験室のシャーレの一つがカビだらけになっていた。
普通ならどうするでしょう?
- 「失敗だ」
- 「管理が甘かった」
- 「捨てよう」
実験の世界では、
むしろ捨てるのが正解です。
でもフレミングは、
すぐに捨てなかった。
彼はこう思った。
「……あれ?
カビの周りだけ、細菌が死んでないか?」
この「違和感」に立ち止まったことで、
世界初の抗生物質、ペニシリンが誕生します。
ここで注目したいのは、
彼が天才だったからではありません。
- 実験を失敗と断定しなかった
- 想定外をノイズ扱いしなかった
- 「おかしい」を観察対象にした
つまり、
失敗を“観察可能なデータ”として扱った。
これは、
海外のエンジニア現場で評価される姿勢と
驚くほど似ています。
ポストイット:誰も欲しがらなかった「失敗作」
次は3Mの話です。
3Mの研究者は、
「超強力な接着剤」を作ろうとしていました。
ところができたのは、
くっつくけど、すぐ剥がれるという
中途半端な代物。
市場価値ゼロ。
誰も評価しない。
典型的な「失敗作」です。
普通の企業なら、
ここでプロジェクト終了でしょう。
でも3Mは違った。
- 失敗した理由を共有する
- 社内で自由にアイデアを試す
- 「使い道があるかもしれない」と保管する
数年後、
ある社員が教会の聖歌集に挟んだ紙が
すぐ落ちることに困っていました。
そこでふと思い出す。
「あの、弱い接着剤…使えるんじゃ?」
こうして生まれたのが、
Post-it Notesです。
ここでのポイントは明確です。
- 技術そのものは変わっていない
- 価値が変わったのは「文脈」
- 失敗が、用途変更で成功に変わった
これは、
海外の現場でよく見る光景でもあります。
「この設計、ダメだった」は終わりじゃない
海外で設計レビューを受けていると、
こんな会話が普通にあります。
「This approach didn’t work last time.
But in this context, it might actually help.」
日本だと、
一度「ダメ」と言われた設計は
二度と口に出しにくい。
でも海外では、
過去の失敗が、そのまま引き出しになります。
なぜなら、
- 失敗=状況依存
- 正解は文脈で変わる
- 昨日のNGは、今日の最適解かもしれない
この考え方が、
ポストイットの誕生と完全に一致している。
ゴムを焦がした男が、産業を変えた
チャールズ・グッドイヤーは、
ゴムを実用化しようとしていました。
当時の天然ゴムは、
- 夏はベタベタ
- 冬はカチカチ
- とても製品にならない
何年も失敗続きで、
借金まみれ。
投獄まで経験します。
ある日、
ゴムと硫黄の混合物を
誤ってストーブの上に落とした。
普通なら、
「最悪だ」となる場面。
でも彼は、
焦げたゴムを観察した。
すると、
- 熱に強い
- 弾力がある
- 温度変化に耐える
これが加硫ゴムです。
またしても、
「Oops」が世界を変えた。
共通点は、才能じゃない
ここまで3つの話を見てきて、
共通しているものは何でしょうか?
- 高いIQ?
- 天才的ひらめき?
- 特別な教育?
違います。
共通点は、
失敗を“確定させなかった”こと。
- すぐに捨てない
- すぐに忘れない
- すぐに自分を責めない
代わりにやったのは、
- 観察する
- 記録する
- 文脈を変えて考える
これはそのまま、
海外エンジニアとして生き残る力です。
海外の現場は「未完成ログ」を歓迎する
海外のミーティングで、
こんな発言をよく聞きます。
「I’m not sure yet, but here’s what I’ve seen so far.」
未完成。
仮説段階。
失敗含み。
それでも共有する。
なぜなら、
- 完成品より、途中経過の方が価値を生む
- 他人の視点で化ける可能性がある
- 早く出した方が、被害が小さい
これは、
歴史的ブレイクスルーと同じ構造です。
海外現場で気づいた、失敗に強いエンジニアの共通点(約3000文字)
ここまでで見てきたように、
歴史を動かしたブレイクスルーはすべて
「やらかし」から始まっています。
でも、こう思ったかもしれません。
「いやいや、それは歴史的天才の話でしょ」
「自分はただの現場エンジニアだし…」
実はここが、一番大きな勘違いです。
海外のIT現場で評価されているのは、
天才的にミスをしない人ではありません。
むしろ評価されているのは、
失敗に“強い”人です。
では、その「強さ」はどこから来るのか。
実体験ベースで、はっきり言語化します。
① 失敗を「説明可能なオブジェクト」に変える
海外の設計レビューやポストモーテム(振り返り)では、
感情の話はほとんど出てきません。
代わりに出てくるのは、
- 前提条件
- 判断基準
- トレードオフ
- その時点で見えていた情報
つまり、
失敗を“構造物”として扱う。
例えばこんな言い方です。
「Given the constraints at that time,
this choice seemed reasonable,
but we didn’t anticipate X.」
ここで重要なのは、
「正当化」ではないという点。
- なぜその判断に至ったか
- どこが見えていなかったか
- 次は何を追加で見るべきか
これを言語化できる人は、
一気に信頼を得ます。
C# WPFの設計でも同じです。
- なぜMVVMをこう切ったのか
- なぜこの責務分離にしたのか
- なぜこのイベント設計にしたのか
結果が失敗でも、
説明可能なら価値は落ちない。
② 失敗を「共有前提」で扱っている
海外のエンジニアは、
最初からこう思っています。
「これは、たぶんどこかでズレる」
だから、
失敗を「隠すもの」として扱わない。
- 小さな違和感を早めに出す
- 仮説段階で相談する
- 完璧じゃなくてもレビューに出す
最初は、
この姿勢が怖かった。
「まだ詰めきれてないのに?」
「英語も自信ないのに?」
でも、
早く出した人ほど、
ダメージが小さい。
そして面白いことに、
失敗を先に出した人ほど、主導権を握る。
なぜなら、
- 議論のフレームを作るから
- 問題定義をした人になるから
- 「考えている人」と見なされるから
これは日本との決定的な違いです。
③ 「失敗=自分」にならない
海外で働いて一番救われたのは、
この感覚でした。
失敗しても、
人格否定に直結しない。
- This design failed.
- This approach didn’t scale.
主語は常に、
設計・プロセス・判断。
I(私)ではない。
だから、
心理的に立て直しが早い。
日本だと、
無意識にこう変換してしまいます。
設計が失敗した
→ 自分がダメ
→ 次は黙ろう
海外では逆。
設計が失敗した
→ 情報が増えた
→ 次はどう改善する?
この違いは、
長期的に見ると
キャリアの寿命を大きく左右します。
④ 失敗談を「信用通貨」として使っている
海外のシニアエンジニアは、
よくこんな話をします。
「昔、これで盛大にやらかしてね…」
しかも、
笑いながら。
最初は驚きました。
「そんなこと言って大丈夫?」
でもこれは、
自分の地雷マップを共有している行為です。
- ここは危ない
- ここは過去に爆発した
- だから今回はこうする
結果として、
- チーム全体の事故率が下がる
- シニアの発言が重くなる
- 若手が安心して挑戦できる
失敗談は、
信頼を失うどころか、
信頼を蓄積する。
⑤ 英語が拙くても、失敗の価値は下がらない
これは、
海外で働く日本人エンジニアに
一番伝えたいことです。
英語が完璧じゃなくてもいい。
- 単語が足りなくても
- 文法が怪しくても
失敗を構造で話せれば、十分伝わる。
むしろ、
- 何を考えていたか
- どこで詰まったか
- 何を学んだか
これが話せる人は、
英語力以上に評価されます。
私自身、
流暢とは程遠い英語でも、
失敗レビューで発言するようになってから
明らかに扱いが変わりました。
海外エンジニアの「強さ」の正体
まとめると、
失敗に強いエンジニアは、
- 失敗を構造化する
- 早めに共有する
- 自己と切り離す
- 経験知として語る
そして、
これは才能ではありません。
習慣です。
次に転ぶとき、あなたはもう得をしている(約3000文字)
ここまで長く読んでくれたあなたは、
もう気づいているはずです。
失敗そのものが、人生やキャリアを壊すわけじゃない。
壊すのは、
「失敗にどう意味づけるか」という解釈です。
ペニシリンも、ポストイットも、加硫ゴムも、
最初の瞬間だけを切り取れば、
全部「やらかし」です。
でも歴史は、
その瞬間ではなく、
**その後の“向き合い方”**を評価しました。
これはそのまま、
海外で働くエンジニアの人生に当てはまります。
失敗は「避けるイベント」ではなく「必ず来るイベント」
海外の現場で働く以上、
失敗は避けられません。
- 言語の壁
- 文化の違い
- 前提条件のズレ
- 認識齟齬
- 暗黙知の欠如
どれだけ準備しても、
どれだけ慎重でも、
必ず転びます。
だから大事なのは、
転ばないこと
ではなく
転んだあと、何を拾うか
この視点を持てるかどうかで、
海外エンジニアとしての“寿命”が変わります。
次に失敗したら、こう考えてほしい
次に「やらかした」と感じたとき、
自分にこう問いかけてください。
- これは、どんな前提のもとで起きた?
- 当時、見えていなかった情報は何?
- この失敗は、どの文脈なら価値になる?
- 誰に共有すれば、チームの資産になる?
これは反省ではありません。
設計レビューです。
しかも、
あなた自身の人生設計レビュー。
失敗は「信用残高」を積み上げる
海外の現場で、
本当に信頼される人は
「失敗しない人」ではありません。
信頼されるのは、
- 失敗を隠さない人
- 失敗を言語化できる人
- 失敗を再利用できる人
こういう人です。
失敗談を語れる人は、
「何も考えずに動いた人」ではなく、
「考えた痕跡を持っている人」。
だから、
発言に重みが出る。
これは英語力とは別の話です。
英語が不安なあなたへ
海外で働く日本人エンジニアは、
どうしてもこう思いがちです。
「英語ができないから、発言しない方がいい」
でも実際は逆。
失敗を構造で話せる人は、
多少英語が拙くても評価される。
なぜなら、
- 完璧な英語より
- 完璧なロジックより
「実体験から来る判断」が一番価値があるからです。
あなたの失敗は、
あなたにしか持っていないデータです。
人生術としての「Oops → Aha」
ここまでの話を、
一つの人生術にまとめます。
「Oops」は、
視点を変えれば
必ず「Aha!」になる余地がある
これは楽観主義ではありません。
構造的な現実です。
- 失敗は情報を増やす
- 情報は判断を良くする
- 判断は信頼を生む
このループを回せる人は、
どんな環境でも強い。
最後に、海外で働くあなたへ
もし今、
- ミスして落ち込んでいる
- 自分の実力に疑問を持っている
- 周りと比べて苦しくなっている
そんな状態なら、
一つだけ覚えておいてください。
あなたは、もう得をしています。
なぜなら、
- 転んだから
- 気づいたから
- 立ち止まったから
その経験は、
次に同じ場所を通る誰かを守れる。
それは、
エンジニアとして、
そして一人の人間として、
とても価値のあることです。
失敗は、
キャリアの傷ではありません。
履歴です。
次に転ぶとき、
あなたはもう前より強い。
そう信じて、
今日も一歩、前に進んでください。

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