- 日本で“英語アレルギー”だった僕が、アメリカに来た理由
- 英語を“スキル”として鍛えた日々 〜テック英会話の壁を超えるまで〜
- 🛠「技術英語」を“声”で覚える日課
- 🎧 YouTube + シャドーイング:英語耳の強化
- 💬 ChatGPTとの英語ミーティング練習
- 📈 1年後、会議で「主導権」を握れるように
- ✨英語を使いこなす=自分の武器が一つ増えること
- 英語という「言語の壁」と、技術者としての「自分の殻」を破った瞬間
- 🎭「英語ができない自分」を隠していた日々
- 🧠技術よりも「メンタルの壁」が本当の敵だった
- 🤝会話は「英語力」よりも「人間力」
- 🍻技術以外の「ゆるい会話」の壁
- 💡技術者としての“声”を持てた瞬間
- ☁️文化の違いを越えて、仲間になる
- 英語を越えて広がった“世界”──非ネイティブITエンジニアとして生きる選択肢
- 🌍「英語が話せる」より、「英語で働ける」ことの価値
- 📱実務が変わる:設計レビューも、WPFのUIディスカッションも英語で
- 💼キャリアが変わる:LinkedIn経由でのオファーや海外面談
- 💬海外エンジニアとの「友情」と「仲間意識」
- 🧭これから海外を目指すエンジニアへ伝えたいこと
- 🚀英語×技術=あなたの“人生の選択肢”が広がる
- 🧩あなたのストーリーは、これから始まる
日本で“英語アレルギー”だった僕が、アメリカに来た理由
「英語が苦手なんですよね〜」
C#で業務アプリを作ってるような日本のエンジニア仲間と話してると、だいたいこの言葉をどこかで聞く。実は、僕自身もかつては“英語アレルギー”の代表選手だった。TOEICも700点前後で止まってたし、リスニングも映画は字幕がないとチンプンカンプン。職場で英語のエラーメッセージが出ても、まずはGoogle翻訳を開いてた。正直、「英語なんてできなくても、コードさえ書ければ食っていける」って思ってた。
でも、転機が来たのは30代に入ったころ。社内で英語を使うプロジェクトにアサインされたのがきっかけだった。
そのプロジェクトは、アメリカのソフトウェア会社と共同で開発する業務支援アプリで、UIはWPF、バックエンドはASP.NET Core、データベースはSQL Server。技術的には慣れ親しんだものだったけど、**“毎週のテック会議が英語オンリー”**という地獄みたいな条件が付いてた。
最初の会議の日、Zoomの前で心臓がバクバクしたのを今でも覚えてる。
「Hello, this is 〇〇 from Japan.」
……その先が出てこない
最初の自己紹介すら、声が震えてうまく言えなかった。アメリカ側のメンバーが優しく笑ってくれたのが唯一の救いだったけど、正直それが「優しさ」なのか「哀れみ」なのか、当時の僕には判断できなかった。
会議の内容も、3割くらいしか理解できない。しかも、聞き取れた単語は「dependency injection」とか「async/await」とか、プログラミング用語ばっかり。日常英会話力はゼロに近かったから、雑談タイムが一番つらかった。
あるとき、アメリカ側のエンジニアが「週末に子どもとキャンプに行った話」をしていて、みんなが笑っていた。でも僕には、”tent” も “s’mores” も分からなくて、一人だけポカンとしていた。Zoomの画面越しでも、その孤独感はしっかりと感じられた。
「英語が話せない自分は、技術者として半人前なのか?」
そんな自己否定のループに入っていた時期があった。
もちろん、日本語だけでできる仕事もたくさんあるし、技術力さえあれば通じる世界もある。でも、「世界中のエンジニアと肩を並べて働きたい」と思ったら、英語は避けて通れない壁だった。
それから僕は、「英語の勉強」を“試験対策”から“実戦重視”に切り替えることにした。
- 技術英語を毎日声に出して読む
- YouTubeで海外のカンファレンス動画をシャドーイング
- 英語でSlack投稿する勇気を出す
- 毎朝10分、ChatGPTと英語でダイアログ練習
すぐには変わらなかったけど、半年後には「わからないことがあっても質問できる英語力」が、1年後には「雑談にちょっと混ざれる英語力」が身についてきた。
でも、これはあくまで“序章”。
次の「承」では、「どんなトレーニングをして、何が一番効果的だったか」「アメリカでの実務にどう役立ったか」「英語の自信がついた瞬間はいつか」など、英語力がブレイクスルーした具体的なプロセスをリアルに描いていきます。
英語を“スキル”として鍛えた日々 〜テック英会話の壁を超えるまで〜
「とにかくしゃべれ。」
これが、当時の僕の英語学習に対する結論だった。
どんなに英語の参考書を読んでも、YouTubeで“勉強”しても、本番のテック会議では緊張で口が開かない。原因は簡単で、「英語を“情報”として入れてばかりで、“技能”として鍛えていなかった」からだった。
コーディングと同じだ。
MVCパターンを知ってるだけじゃWPFアプリは書けない。DI(依存性注入)の意味を理解しても、実際に使ってみなきゃ手に馴染まない。
英語もまったく同じだった。
🛠「技術英語」を“声”で覚える日課
僕はまず、自分が日常的に使う「技術英語」から徹底的に練習した。
たとえば以下のようなフレーズを、毎朝音読した。
- “Let me walk you through the architecture.”(アーキテクチャの説明をします)
- “We’ve identified the root cause in the service layer.”(原因はサービス層にありました)
- “It’s not a bug, it’s expected behavior based on the spec.”(バグじゃなく、仕様通りの動作です)
音読の材料は、以前に参加した会議の議事録や、自分で作ったコードレビューコメント、Slackのやりとりなど。自分の“英語現場”をそのまま教材にした。
そうすると、次の会議でそのまま同じフレーズが使える。これが自信に直結した。
🎧 YouTube + シャドーイング:英語耳の強化
スピーキングに加えて、リスニング力も底上げする必要があった。
特にアメリカのエンジニアは、早口で略語をよく使う。「CI/CD」や「infra」みたいな略語はわかっても、「we’ll sync offline later」とか、「let’s take it async」と言われると、当時の僕は「何を非同期に?コードの話?」と混乱していた。
そこで活用したのが、YouTubeのテック系チャンネル。
✅ 実際に見ていたチャンネル:
- Fireship(技術用語の速習に最適)
- TechLead(現場英語のニュアンスに慣れる)
- Google I/O Talks(リアルなカンファレンス英語)
- TED-Ed(英語の表現を広げる)
動画を1回普通に観て、2回目は字幕付きでシャドーイング、3回目は字幕なしで聞き取れるかをチェックする。この3ステップを毎日30分続けた。
💬 ChatGPTとの英語ミーティング練習
僕にとって、ChatGPTは「最強の英会話パートナー」だった。
気疲れしないし、訂正してくれるし、何度でも付き合ってくれる。
実際にやっていたのは:
役割:あなたはアメリカ人のプロジェクトマネージャー。私は日本のエンジニアです。
状況:今からZoomミーティングを始めます。トピックはバグの再発とその修正案です。
このような**“擬似テック会議”のシナリオを設定**して、英語で会話練習を毎朝10分行った。最初は不自然でも、「英語の発話に対する心理的ブロック」がかなり薄れた。
📈 1年後、会議で「主導権」を握れるように
努力の成果が明確に現れたのは、プロジェクト2年目に入った頃だった。
アメリカ側のリードエンジニアが体調不良で1週間休んだ。そのとき、「今週のデイリースクラムを日本側で回してもらえないか」と依頼が来た。
心臓がバクバクしたけど、準備を整えてZoomに入った。
10分間、自分の英語でチームをファシリテートし、全員の進捗を確認した。
終わった後、アメリカ人メンバーが言った。
“Great job leading today. Clear and concise.”
その言葉で、胸の奥のモヤモヤが一気に晴れた。
「英語が下手でも、意志があれば伝わる」
そう信じていたけど、「英語がある程度うまくなると、もっとスムーズに伝わる」こともまた、事実だった。
✨英語を使いこなす=自分の武器が一つ増えること
英語が流暢になることで、自分のキャリアの幅は明らかに広がった。
- 海外チームと技術議論ができる
- オープンソースプロジェクトに参加できる
- 英語の最新技術記事を一次情報として読める
- LinkedIn経由でヘッドハンティングされるチャンスも増えた
英語力は「世界で戦うエンジニアの武器」の一つ。
でも、才能じゃない。鍛えれば誰でも手に入る“スキル”だと僕は実感した。
英語という「言語の壁」と、技術者としての「自分の殻」を破った瞬間
🎭「英語ができない自分」を隠していた日々
正直に言うと、英語力が少しずつ上がってきた頃の僕には、変なプライドが芽生えていた。
「ある程度聞き取れるようになった」
「テック会議も乗り切れるようになってきた」
——そんな自信が、逆に**“分からないと言えない空気”**を作り出していた。
実は、会議中に聞き逃した単語や、意味が分からなかった文脈もたくさんあった。でも、話の流れを止めたくなくて、わかったフリをする癖がついてしまっていた。
特に雑談になると、「理解したつもり」で笑ってしまうこともあった。
あとで辞書で調べて「全然違う話だった……」と青ざめることもしばしば。
🧠技術よりも「メンタルの壁」が本当の敵だった
そういう中途半端な状態が続くと、英語力よりもメンタルが削られていく。
- 聞き返すのが怖い
- 質問すると無能だと思われる気がする
- 冗談が通じずに変な空気にしてしまったらどうしよう
技術者としては自信があっても、「英語が苦手なせいで、全体のバリューが下がる気がする」
——そんな感覚に悩まされるようになった。
そんなとき、アメリカ人のチームリーダーがSlackでこんなことを言ってくれた。
“Don’t hesitate to ask or repeat. We’re not here to judge your English, but to build things together.”
その瞬間、ふっと力が抜けた。
「完璧な英語」じゃなくて、「伝える意志」こそが大事なんだ。
ようやく、心の中で何かが腑に落ちた。
🤝会話は「英語力」よりも「人間力」
この気づきをきっかけに、僕は英語の“正しさ”よりも“共感”を大事にするようになった。
たとえば、相手が話している内容が少し曖昧でも、表情や身振りで反応する。
文法が間違っていても、「それ、面白いですね!」と返す。
自分が聞き取れなかったときも、素直にこう言うようにした。
“Sorry, I didn’t catch that. Could you say it again in another way?”
このフレーズ、魔法のように会話を救ってくれる。
恥ずかしさを「柔らかく表現する」ことが、グローバルな現場ではすごく重要だった。
英語での雑談や雑なユーモアに戸惑うことも多かったけど、次第にこう思えるようになった。
「わからないことを正直に聞けるのが、本当のコミュニケーション力なんだ」
🍻技術以外の「ゆるい会話」の壁
実は、テック英語よりも難しかったのが**“飲み会英語”や“オフィスのスモールトーク”**だった。
朝のコーヒーブレイクでこんなことを聞かれた。
“How was your weekend?”
日本の感覚なら「特に何もしてないよ」で済ませられるけど、アメリカでは「週末は人生の一部」と言わんばかりにみんなが熱く語る。
僕が「I just stayed home.」と答えると、会話が終わってしまうことが何度もあった。
ある日、「何を話せばいいのか?」と悩んで、ChatGPTに相談した。すると、こんなアドバイスをくれた。
“Instead of saying just ‘I stayed home,’ try to add a personal touch. Like ‘I stayed home and rewatched some Studio Ghibli movies. My favorite is Spirited Away.’”
実際にそれを会話で使ってみたら、アメリカ人の同僚が「えっジブリ好きなの?オレも!」と盛り上がり、そこから昼休みに映画談義になった。
英語が流暢になるとは、「言葉が出る」だけじゃなくて、「自分を表現できる」ってことだった。
💡技術者としての“声”を持てた瞬間
英語力が一定のレベルに達したとき、僕はようやく“自分の意見”を英語で言えるようになった。
かつては会議で黙っていた機能設計の提案も、今では英語でこう言える。
“Instead of loading the entire dataset upfront, how about lazy loading it as the user scrolls?”
英語に慣れていなかった頃なら、「あとで日本語でまとめてSlackに書こう」と逃げていた。でも今は、その場でディスカッションに参加できる。
英語の上達は、技術力の伝達力を何倍にもしてくれる増幅装置だと思う。
☁️文化の違いを越えて、仲間になる
ある日、アメリカ人の同僚にこう言われた。
“You’re not just a dev, you’re part of the team.”
その言葉に、胸が熱くなった。
技術だけじゃない。英語だけでもない。
**“伝えようとする姿勢”と“相手に歩み寄る気持ち”**が、国境を越える力になるんだと実感した。
英語を越えて広がった“世界”──非ネイティブITエンジニアとして生きる選択肢
🌍「英語が話せる」より、「英語で働ける」ことの価値
英語をある程度使えるようになって、最初に感じたのは「仕事の自由度が格段に上がる」ということだった。
日本の職場だけで働いていた頃は、転職やプロジェクトの選択肢も、日本語が使える企業・環境に限られていた。でも、英語で技術的な意思疎通ができるようになると、「世界中の求人が対象になる」。
- カナダやドイツのリモート企業
- 東南アジアの急成長スタートアップ
- アメリカのオープンソース系開発チーム
- 海外のB2B SaaS開発プロジェクト(C#/.NET系)
そういった場所に、自分の履歴書やGitHubを英語で送り、「候補者」として見てもらえるチャンスが一気に増えた。
“英語を話せること”はゴールじゃない。
それはむしろ、「世界とつながるスタート地点」だった。
📱実務が変わる:設計レビューも、WPFのUIディスカッションも英語で
僕が関わったプロジェクトでは、WPFでUI設計を行うときも英語でのディスカッションが行われていた。
例えば:
- ユーザー操作のUXフローをどうするか
- ViewModelの設計をMVVMパターンにどれだけ忠実にするか
- XAMLのテンプレート設計を共通化する方法
- 英語圏と日本語圏のUIローカライズの考慮(フォント、文字数、日付形式など)
これまでは「技術はわかってるけど、それを説明できない」と苦しんでいたけれど、今では**「技術的な提案を英語でプレゼン」する機会すら楽しめるようになった。**
エンジニアとしての“発言権”を持てたことで、自分の影響力が増したと感じる。
💼キャリアが変わる:LinkedIn経由でのオファーや海外面談
英語力がついてから、LinkedInでのプロフィールを英語で整備し、過去のプロジェクトや技術ブログも英語でまとめ始めた。
すると、次第に以下のようなコンタクトが増えてきた:
- 「.NET MAUIを使ったクロスプラットフォーム開発経験はありますか?」
- 「WPFからBlazorへのマイグレーションプロジェクトに興味はありますか?」
- 「リモートで週20時間、US西海岸時間で働けますか?」
かつては考えもしなかったような**“グローバルな副業案件”**にも声がかかるようになった。
英語の壁を超えることで、自分の技術が“世界通用”になる手応えを感じた。
💬海外エンジニアとの「友情」と「仲間意識」
英語を通して得たものは、仕事だけじゃなかった。
テック会議の後、週末の雑談やSlackの#randomチャンネルでのやりとり、GitHubでの軽いジョーク交じりのコードレビュー。
そういう小さな交流が重なって、いつの間にか海外のチームメンバーと「仲間」として繋がれるようになった。
一度、アメリカの同僚にこんなことを言われた。
“I really enjoy working with you. You always bring clarity and structure to our messy ideas.”
これは、英語のうまさを褒められたんじゃなくて、技術者としての価値を英語で伝えられるようになった証だった。
自分の強み(構造化力、設計力、ユーザー視点)を、英語で“届くかたち”にして届ける。
それができるようになって、僕はやっと**「グローバルチームの一員」になれた気がした。**
🧭これから海外を目指すエンジニアへ伝えたいこと
ここまで読んでくれたあなたが、もし「英語が苦手だ」と感じているなら、僕から伝えたいことは一つです。
“完璧じゃなくても、英語は実践すれば必ず伸びる”
以下は、僕が実際に効果を感じた英語学習ステップ:
🔹Step 1:自分の業務に使う「定型フレーズ」を音読(10分/日)
例:
- “Can you elaborate on that?”
- “Let’s revisit this after the stand-up.”
🔹Step 2:テック系YouTubeを活用し、聞き取り強化(15分/日)
シャドーイングで発音も鍛える
🔹Step 3:ChatGPTで毎日英語ロールプレイ(10分/日)
例:
- 「コードレビューのやりとり」
- 「英語で仕様の確認をする会話」など
🔹Step 4:SlackやGitHubで、短くても英語でアウトプットする習慣
🚀英語×技術=あなたの“人生の選択肢”が広がる
英語ができるようになると、「海外就職」という夢が現実になる。
「日本に住みながら海外案件を請ける」も、「海外移住して現地で働く」も、すべて選択肢になる。
そして何より、あなたの技術が“地球規模で届く”ようになる。
僕は今でも完璧な英語は話せません。ネイティブの冗談には戸惑うし、スラングはまだ調べながら覚えてる。
でも、技術を語れるだけの英語力、相手と信頼関係を築ける英語力は身につきました。
そのおかげで、自分の技術と人生の可能性が、大きく広がりました。
🧩あなたのストーリーは、これから始まる
この体験談が、これから英語を武器に世界に挑もうとしているあなたの背中を少しでも押せたら嬉しいです。
たどたどしくてもいい。わからなくても、黙らないで。
伝えようとする“意志”は、必ず誰かに届く。
世界は、あなたのようなエンジニアを待っています。

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